White Clover
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放浪剣士
異端審問官Ⅲ
ロベールの居場所を見つけ出すのは、そう苦労しなかった。
手配書と異端審問官の証。
その二つがあれば、同じ街のなかならば簡単に見つけ出せる。
異端者を殺す私達は異端者と同じか、それ以上に民に恐れられていたからだ。
異端審問官は合法的に殺人を認められている。
ただし、殺せるのは異端者の烙印を押された者のみだが。
しかし、その基準はあくまでも現場の異端審問官に一任されている。
つまり、異端者ではない普通の人間も異端審問官の気持ち一つで異端者として殺せると言うことだ。
そんな状況では、私達異端審問官の協力を拒む者などいるはずもなく。
知り得る事であるならば、簡単にその口を割る。
たとえ、討伐対象が自分の親しい者であったとしても。
皮肉なものだ。
民を護るための権力が、異端者以上に民に恐れられる要因になろうとは。
ロベールは、貧困街の片隅にひっそりと建つ廃墟に潜伏していた。
中は気配もなく静まり返っている。
ここに居るのは分かっている―――。
もちろん、そんな言葉で姿をあらわすはずも無いが。
挑発にはなる。
案の定だった、
不意に背後に感じる気配。
剣を引き抜き、背後を斬りつける。
「ほう…」
刃はロベールの額を僅かにかすめただけだった。
ボサボサの髪とひび割れた眼鏡。
衣服は所々破れもはや布切れといったほうが良い、汚ない姿。
もちろん、今の一撃で殺せるとは思ってはいない。
剣をロベールへと向ける。
「気配は消していた筈なんだがな…」
気味の悪い歪んだ笑い。
ロベールのそれはベルモンドに近いものがある。
ありがたい―――。
あの母親のような魔術師でなくて良かったと、心からそう思う。
ベルモンドと重ね合わせる事ができるような輩で本当に良かったと思う。
ためらうことなく、この男を殺せる。
「この魔術…他にも使えるやつに会った事があるんだな」
会った事があるどころではない。
その魔術を使う魔女と一緒に旅をしているのだから。
「まぁ、そんな事はどうでもいいがな」
ロベールの両腕に、周囲に微かに吹いていた風が集約されてゆく。
「次の瞬間にはミンチだ」
放たれる数多の風の刃。
殺傷能力に特化した良い魔術だと思う。
そこらに居る異端審問官に対しては、の話だが。
剣でその刃を斬り捨てると、ロベールは驚愕した。
「なんで斬れる…」
実態の無い風の刃。
斬りつけたところで、刃をすり抜け対象を切り刻む。
ただしそれは、普通の刃ならばだ。
洗礼武器―――。
そう、私の剣はベルモンドの赤い剣と同じ。
異端者を殺すためだけに鍛え上げられた異端者殺しの剣。
魔力を絶ち斬り無へと還す。
「今までの下っぱとは違うってわけかい」
それは面白い、と飛びかかってくるロベール。
無駄にいたぶるのは流儀じゃない―――。
剣の一閃は、ロベールの身体を縦に割り肉塊へと変える。
ずしゃりと地面に落ちる肉。
生命力は大したもので、まだ意識があるようだった。
半分になった口をぱくぱくと動かすが、声帯はすでに機能せず言葉を発っせていない。
相手の実力差を見極めるべきだった―――。
剣をもう一振るいし、両方の肉の首を斬り飛ばす。
そこまでして、ロベールはようやくその命を終えた。
それを確認し、剣をふるい刃についた血液を振り払って鞘へと納める。
「一応、能のある鷹だったって事かしら?」
廃墟の奥の暗闇から現れたアーシェ。
君が、この男の気配を消していたのか―――?
「だとしたら、どうするの?」
くすくすと楽しそうにアーシェは笑う。
私は剣に再び手をかける。
返答次第では、斬らなければならない。
「できもしないくせに」
視界に捉えていた筈の彼女がふわりとその姿を消す。
そして、次の瞬間には私の目と鼻の近さにまで迫り、剣にかけていた手を押さえられた。
押さえられた手はピクリとも動かない。
「残念だけど、私は無関係よ」
そう耳元で囁き、アーシェは緩やかに後ろへと飛び退いた。
「そう沢山いる訳じゃないけど、あれくらいの魔術なら使える奴は居るわよ」
私をからかって遊んでいるのだろうか。
相変わらずの余裕だった。
「本当は私が殺そうと思っていたのだけど。手間が省けたわ」
お礼よ、とアーシェは不意に槍状の炎を私めがけて放った。
なっ―――!?
反応が遅れ、対象できない。
死が脳裏をよぎる。
しかし、その炎は軌道をかえ、私の横をすり抜ける。
後方で何かが弾け飛ぶ音。
驚きを拭いきれぬまま、背後を振り返ると―――。
「なるほど…殺さないのではなく殺せない、か」
背後には、アーシェの放った炎を素手で握り潰した奴が立っていた。
そう、ベルモンドが。
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