White Clover
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放浪剣士
魔女の血を継ぐものⅣ
光の柱は雲を突き抜けると、やがてその形を透過していった。
目の前の現象を理解できないまま、やがてそれは姿を表す。
全身が焼けただれ、最早虫の息となったアリスの母親。
「……ありがとう……」
そう一言呟き、彼女は静かに瞳を閉じて二度と開くことはなかった。
炎の翼が消え地上へ降りると、彼女は母親へと歩み寄る。
その母親の屍を無表情で見下ろす彼女。
なぜ―――?
私の問いかけに彼女は振り向く。
「掟だから」
彼女は語った。
森羅万象を操れる者の代償。
それは、内なる魔力に蝕まれ、やがて魔物へと転化するというのだ。
そしてそうなった時、彼女達は死を選ばなければいけない。
それは、同胞による殺害。
「彼女は分かっていたのよ。自分がもう限界だってことに。だから私にお願いをしてきたの…終わりを」
娘一人残してか―――。
「殺せば姿は戻る。こうして殺せば彼女は誰かに殺された可哀想な母親となって、あの子は可哀想な孤児として孤児院に引き取られるわ」
馬鹿げてる―――。
私はその話を受け入れられなかった。
いや、受け入れたくなかった。
「なぜ、そんな顔をするの?あなた達には好都合でしょう?手を汚すのも死ぬのも私達なのだから」
そういうことではない―――。
私が掴みかかるより先に、彼女は私の胸ぐらを掴んだ。
「同情なんて必要ない。されたくもない…あなた…いや、あなた達、異端審問官にだけは」
気が付いていた。
驚きはしない。
始めから気が付いていたのだろう。
そして、あえて見せていたのだ。
自分達は何者であるのかを。
私は彼女の手を振りほどき、真っ直ぐと見据える。
「殺せるものなら殺せ。敵なら敵らしくしろ。同情なんて必要ない」
殺さない―――。
いや、闘ったとして殺されるのは私だろう。
しかし、あえて私は殺さないと言う。
まだ、私は彼女達の事を何も知らなかったのだから。
「本当に馬鹿な奴ね」
彼女の表情からは何の感情も読み取れなかった。
怒り、悲しみ―――。
いろんな感情が混ざりあいすぎて、もう彼女の感情は壊れてしまっているのかもしれない。
その時だった。
背後に気配を感じ、慌てて振り向く。
兵士に見つかったのか―――?
しかし、背後に立っていたのは兵士ではなくアリスだった。
母親の屍を目にして固まるアリス。
その表情は絶望だった。
「………どうして」
アリスの小さな身体が震える。
これは―――。
「だれがお母さんを殺したの………」
その目には以前のような愛くるしさも光もない。
アリス、君にはまだ理解できないかもしれないが―――。
「私が殺したの」
私の言葉を遮る彼女。
「馬鹿ね。私のような魔女を泊めるからこうなるのよ」
なぜそんな事をいうのだ。
私には理解できなかった。
幼い彼女に復讐心でも植え付けようとでもしているのか?
馬鹿な―――。
なぜそんな事を―――。
「人間っていうのは愚かよね」
そういう事か―――。
アリスの背後から迫る幾つもの人影と、彼女の一言ですべてを理解した。
「お母さんは……違うっ」
殴りかかろうとするアリスを、彼女は平手で地面へと倒す。
「私を殺したければ生きなさい。どんな手を使っても…何を犠牲にしてでも」
地面から彼女を睨み付けるアリス。
その瞳には光が宿っていた。
復讐という禍々しい光が。
「また生きて会えたなら相手してあげるわ」
迫っていた人影はアリスを守るように前をふさぎ、私達の前に立ちふさがる。
兵士と村人たちだった。
アリス同様、母親の屍を見て、村人達は怒り、悲しみ、責め立てた。
悪魔め―――。
殺されてしまえ―――。
魔女が―――。
彼女のもくろみ通りとなったわけだ。
アリスは悪逆非道な魔女に母親を殺された、普通の、人間の女の子。
「ゴミどもに殺されてあげるほど安い命ではないの」
そういって、彼女は私達と村人達の間に一瞬で巨大な火柱の壁を作り上げた。
壁の向こうでは怒鳴り散らす村人達の声。
「殺すなら殺す。去るなら去りなさい」
そう、私を見る彼女。
しかし―――。
ついてゆく――――。
それが私の答えだ。
彼女はその答えに黙り混み、やがて口を開く。
「アーシェ。あなたが……いえ、あなたを殺す魔女の名前よ」
こうして、魔女と異端審問官―――。
私とアーシェの旅は始まった。
敵同士の奇妙な旅が。
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