White Clover
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放浪剣士
終焔の魔女Ⅰ
「なにをしているの?行きましょう」
女性の言葉にはっと我にかえる。
いつもの悪い癖だ。
花を見ると、つい物思いに耽ってしまう。
そんな私を、彼女は「能天気なものね」といつも罵る。
彼女の名前は『アーシェ』。
出会いは何年前になるだろうか…。
彼女とはとある小さな村の宿屋で知り合った。
今でもあのときの事ははっきりと思い出せる。
宿屋の食堂で、賑わう他の食卓を避けるかのようにポツンと隅の席で頬杖をつき、気だるそうに淡々と口元へスープを運ぶという作業を繰り返していた女性。
不思議だった。
普段なら目にも止めやしないのだが、なぜか彼女からは何か不思議な気配が漂っていたのだ。
美しくさらりと肩まで伸びた緋色の髪と、まるで宝石のような緑の瞳。
花に誘われる蜜蜂のように、気がつくと私は彼女の前へと立っていた。
「何か用?」
彼女は不機嫌そうに私へと問いかける。
焦った。
なにも用事などはありはしないのだから。
「変な人ね」
彼女はそう言うと、すっと席をたち宿屋を出た。
私と彼女の話はそこで終わり…。
そのはずだった。
だが、気がつくと私は彼女のあとを追っていたのだ。
目が離せなかった。
これが神の啓示というものなのだろうか?
後をつける私に気が付いているのか否か、彼女は気にもせず歩みを進める。
賑わう露店通りを抜け―――。
居住区を横切り―――。
路地裏を通り―――。
ついに街道へ出たところで、彼女は振り向き私を見据えた。
「本当に変わった人」
その瞳には軽蔑も蔑みもなく、ただその美しいままの瞳で私を真っ直ぐと見ていた。
戸惑いながらも、私は言葉を絞り出した。
どこへ行かれるのですか?
その言葉に、彼女は刹那目を見開くと、視線を下へと落とし思考を巡らせた。
「どこまでも。探し物を全て見つけるためにね」
その瞳には悲しみのような感情が見えてとれた。
よろしければ護衛を致しましょう―――。
彼女の目的も行く先も分からない。
しかし、彼女をほおる事は出来なかった。
剣の扱いには多少の覚えはある。
それに、強盗山賊の蔓延るこの地は丸腰ともいえる女性が一人で旅をするにはあまりにも危険だからだ。
「護衛を雇うほどのお金は持ち合わせていないの」
私は首を横にふった。
お金はいりません―――。
彼女はその言葉にふっと微笑むと、再び歩をすすめだした。
「お好きにどうぞ」
整地された街道を進み―――。
国境の橋を渡り―――。
次の目的地という村を目指し、山道へ差し掛かったところだった。
「本当についてくるつもりなの」
振り向きもせず、歩を進めながら彼女は問いかけてきた。
もちろん―――。
答えは決まりきっていた。
「あなたもどうせ、すぐにいなくなってしまうのでしょうけど」
あなたも―――。
どうやらこの申し出をしたのは私が初めてでは無いらしい。
「すぐに後悔すると思うわよ。私についてきたことを」
そう彼女が言った、その時だった。
左右の茂みがざわつき、一人、二人、三人―――。
小汚ない衣服を身に纏った屈強な男たちが次々と現れ、私達の行く手を遮った。
命がおしければ―――。
身ぐるみを―――。
金を―――。
常套句だ。
言うまでもない、山賊の集団。
当然だ。
こんな人気のない山道で何事もなく無事に通れるはずもない。
私は溜め息をつくと、腰の剣へと手をかける。
なんということもない。
たかだか山賊。
ろくに剣術もなにも知らない烏合の衆だ。
「見てて」
剣を抜こうとした私を彼女は止めた。
静かに、彼女は山賊へと歩み寄る。
その足取りには躊躇いも恐怖もない。
ただ、何事もないかのように。
その瞬間だった。
まばゆい閃光と熱風。
私は不意のそれに、思わず目を背ける。
「これでわかったでしょう」
その言葉に、眩んだ目で彼女を―――。
その先の山賊の群れを見ると。
居ないのだ。
山賊の姿はどこにもなく、そこに居るのは彼女をただ一人。
彼女の前方には、黒い焦げ跡のみ。
まさか―――。
私が口を開く前に、彼女は言いはなつ。
「私は魔女よ」
その一言で全てを悟った。
どうしてこんなにも彼女に惹かれたのか。
彼女の放つ不思議な雰囲気はなんだったのか。
そして―――。
私のするべき事を。
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