黒魔術師松本沙耶香 魔鏡篇
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19部分:第十九章
第十九章
「暫くです」
「そうね。それでだけれど」
「いつものをですね」
「ええ、それを御願いするわおかみ」
その美女をおかみと言ってみせたのである。
「いつものをね」
「わかりました。それでは」
「お酒もね。あと二人分ね」
「こちらの方のをですね」
「そうよ106
美女を見ながらの言葉であった。
「御願いね」
「畏まりました。それでは」
おかみは一礼してから立ち上がりそのうえで部屋を後にした。そして暫くして店の女達が来てだ。二人に対して料理を出してきたのであった。
まずは豆腐料理だった。冷奴にそれに湯葉、それと揚げだった。そういったものが出て来たのだった。
まずはそれを食べていく。酒も一緒だ。沙耶香はお猪口でその酒を飲みながら美女に対して問うた。
「それでだけれど」
「はい」
「味はどうかしら」
それを彼女に対して問うのである。
「このお豆腐の味は」
「はい、これが東京のお豆腐ですか」
「東京の豆腐料理は関西のものに比べればどうしても落ちるわ」
これは水の関係で、である。関東は関西に比べて水が悪い。関東は元々火山灰が積もった土地だからだ。豆腐には水が重要だ。そしてそれは酒にも関係している。
しかし今二人が食べている豆腐は絶品だった。美女もその豆腐を食べて目を丸くさせている。そういうことなのだ。
「ここまで美味しいお豆腐は今まで東京では食べたことがなかったです」
「そうでしょうね。これは関東のものだけれど腕によりを込めて作ったものだから」
「だからですか」
「そうよ、味がいいのよ」
だからだというのだ。
「そしてそれは他のものも同じよ」
「お豆腐だけではなくてですか」
「そうよ、他のものもね」
言いながらその酒を飲んでみせた。そのうえでの次の言葉だ。
「これもね」
「お酒もですか」
「飲んでみればわかるわ。もっともこれは関東のお酒ではないけれど」
「関西のですか」
「ええ、そうよ」
楽しげに笑っての言葉であった。
「京都のお酒よ」
「京都ですか」
「飲んでみればわかるわ」
具体的に飲んでみろと誘うのだった。明らかな誘いの言葉だった。
「日本酒は大丈夫かしら」
「はい」
沙耶香の言葉にこくりと頷いてみせたのだった。
「それは」
「だったらいいわ。貴女のもあるから」
「これですね」
「そうよ、それよ」
美女の膳のところにあった。美女はそれを自分で手に取ってそのうえで飲みはじめた。そして飲んでから言った感想はというと。
「これは」
「いいものね」
「こんなお酒もあるのですか」
「お酒は様々よ。美酒は何処までも上があるものなのよ」
言いながらまた一杯飲んでみせたのだった。
「何処までもね」
「何処までもですか」
「ええ、何処までもね」
また飲む。しかしその表情は変わらない。赤くもならず白いままだ。酔った素振りは全く見せずそのうえで言ってみせたのである。
「そしてこのお酒はね」
「その美酒の中でもですか」
「最上のものよ。いいでしょ」
「はい、幾らでも飲める感じです」
「美酒はこの世の楽しみの一つだから」
その沙耶香の言葉である。
「飲めるのなら飲むべきなのよ」
「だから今はですか」
「飲むべきよ」
美女への言葉である。
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