| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

精神の奥底
  47 ブリキの心臓

 
前書き
今回は彩斗自身も知らなかった謎の正体が明らかになります。
気づけばもう半年近くスターダストとしての戦闘は無いのですが(シドウが生身で身内と戦ってたり、脱走したりはありましたが)...そろそろ、またアクション回が近づいてきました!

ぜひ最後までおつきあいください! 

 
彩斗とメリーは脱衣所から出るとリビングへ向かう。
2日分の垢を洗い流すのに時間を掛け、若干のぼせ気味だ。


「...喉乾いたろ?冷蔵庫にさっき買ってきた飲み物が入ってる。コーラもあるしジンジャーエールも、あとリポビタンとオロナミンも」
「じゃあジンジャーエール...すみません、長風呂になってしまって」
「いや、僕も髪を洗うのに時間を掛け過ぎた。自分でも知らないうちにかなり伸びていたんだ」
「昔から伸びるのは早かったじゃないですか。今も襟足はもうすぐ背中に届きそうなくらい...でもすごく綺麗でサラサラな髪質ですよね、羨ましいです」

メリーは彩斗の髪を撫でた。
彩斗は比較的、その容姿の通り女性らしい特徴を備えていた。
実際のところ、女性から見ても羨む要素は多く、それが男性だけでなく女性に妬まれる原因でもあった。
普段は限りなく真っ黒だが、所々も青みを帯びた箇所がある他、光が当たると僅かに茶色がかった色に見える不思議な色合いで、日頃から手入れは大してしていなくてもサラサラでまとまりがある。
彩斗は恥ずかしそうな顔をしながら、リビングに入ると冷蔵庫からオロナミンとジンジャーエールを取り出してテーブルの方へ向かった。

「お先に頂きました」
「アイリスちゃん、僕らはこれを飲み終わったら休む。君はお風呂に入るなり、好きにしてくれていいよ」
「ええ。ありがとう」

アイリスはリビングで本を読んでいた。
彩斗とメリーが無事に戻ってきてから、今に至るまでの争いも何も無い時間が、ネットナビであるアイリスが人間としての生活を送れていた時間だった。
久々の休息と楽しみを味わったアイリスは何処か清々しい顔で立ち上がる。

「じゃあ、お風呂に...このコピーロイド、ハートレスから借りたものだし、一応、洗って綺麗にしておきたい」
「それがいいね。彼女から借りたものは無傷で返さないと、いつもならメタクソに怒られる。さっき壊したパソコンのこともジョーカープログラムのことが無ければ、今頃顔のアザが増えてたかも」
「...一応、100メートル防水らしいけど気をつけるわ」
「そういえば当の本人は?ガレージ?」
「...多分、サイトくんが手に入れてきた敵のストレージや端末に他に何か隠されてないか、解析してるんだと思う」

アイリスは嘘をついた。
本当はハートレスは先程、彩斗の血液の分析をしているのだ。
血液を採取されたことを知らない上、自分がスターダストを使っていくことでどんどん人間とは違ったものになっているのではないかという恐れを持った彩斗には言うべきではないと思ったからこそついた嘘だった。

「そうか。でもストレージの持ち主のクラッカーは利用されていただけ、端末の持ち主のSWAT隊員もWAXAへの敵対心を手球に取られただけの下っ端...あまり期待できないかも。でも念には念を。ハートレスらしいね」

だが彩斗は特に疑う様子を見せなかった。
本来なら彩斗に嘘は通用しない。
シンクロが働き、隠している「もの」はともかく、隠している「こと」だけはどうしても意識の上にあるため読み取られてしまうのだ。
アイリスは嘘が見抜かれずに安心した反面、不安に駆られた。

サイトくん、私が嘘をついてるのに気づいてない?そう...シンクロが使えないまでに疲れてるんだ...こんなに平気そうな顔してるのに...

彩斗の生命活動の一部とまでなったシンクロが自然に働かない程に疲労しているのだ。
先程の外出から1時間以上経つが、未だに回復する兆候が無い。
あの驚異的な回復力を以ってしても、そんな状態であるということは戦闘での疲労は想像を絶するものであったということだ。
アイリスは彩斗を心配しながらも会話が途切れないように、思いついたことを口にする。

「高垣美緒の端末は?」
「どうだろうね?さっきハートレスが僕に見せた高垣のデータによると、彼女は一応、Valkyrieの幹部クラスの人間ではあるけど、これまで今日のように工作を行っている現場に現れた記録は無かった。多分...」
「後方支援要員ってこと?」
「うん。つまり手を直接下すこと無い、I.P.Cの主要株主、そして自分の会社での立ち位置を利用して誰かにやらせる。それを考えると自然にインターネットがダウンした手口も想像がつく」
「高垣の仕業だったの!?」
「正確には高垣に唆された人間だと思う。東ニホンのインターネットを管制するデンサンシティのシステムの定期的なメンテナンスを行っているのは、恐らくI.P.Cのはずだ。5年近く前のシステムの設置にあたってもI.P.Cが中心になっていたってニュースで見た覚えがある」
「じゃあ、メンテナンスの時に?」

彩斗は入浴しながら、脳を休めつつも、頭の中を整理していたのだ。
一応、筋は通っているし、システムそのものに関しての情報から考えれば、かなり可能性としては高いものだ。

「多分、メンテナンスに行かせるエンジニア、それもギャンブルやヤミ金にハマったり、何かしらの弱みがある人間に接触して援助をすると持ち掛けたり、あるいは弱みで強請って、メンテナンスの時に時限式のプログラムを仕込ませたんだろう」
「......」
「西ニホンのインターネットを管制する才葉シティやエンドシティのシステムもI.P.Cと何かしら関連しているはずだ。この手の大型ネットワークシステムが構築できるとすれば、ニホンでは大手のI.P.Cとトリニティーブレインのどちらか。だとすればメンテナンスもそこに頼むのが自然じゃない?」
「なるほど...すごい、サイトくん。確かに同じ会社の中での権力者なら容易い...」
「僕の想像も入ってるけど、大きくは外れていないはずさ。だから高垣自身は計画の概要自体は知らされていても、直接的に多く関わってはないのかもしれない。だから...あまり他の2人と同じく計画の全容以上に重要なものは出てこないと思う」

彩斗は美緒に対して激しい怒りのみを抱き続けていたために、悪の権化だと思い込んでいた。
だが冷静になってみると、彼女もまたValkyrieの計画を動かす上での1パーツにすぎない。
ため息をつきながら、オロナミンを一口飲んだ。
しかしその時、偶然目があったメリーは何とも表現しづらい顔をしていた。
眠そうで虚ろになった目に悔しそうでムッとした表情だ。

「?ふぅ...ん?うっ...」
「どうかした?何処か痛むの?」
「いや...」

彩斗は先程と同じく鈍くも突き刺すような痛みを胸のあたりに感じた。
だが徐々に軽くなっていく。
痛みの感じとしては、直接的に殴られたり叩かれたようなものではない。
内側から湧き上がってくる感じの痛みだ。
彩斗はもう一口、ドリンクを飲んで糖分を補給して再び脳を動かす。

この感じは...毒?いや、毒だとしたらいつ盛られた?このドリンクか!?...いや開封された形跡は無い

だがよく考えれば前にも何度かこのような痛みを感じたことがある。
だとすれば、その度に毒を盛られているとも考えにくい。

「大丈夫ですか?兄さん?」

毒じゃない?そうだ、この感じの痛みは外的なものが要因じゃない。僕自身の抱えているものが原因...何かのアレルギー反応?

彩斗は自分自身の中に原因を探ろうとする。
そしてその中でも心臓付近の痛みに関するものに絞り込む。

僕の持っているアレルギーはソバ...花粉...待て、心臓に影響を与えるアレルギー...まさかアナフィラキシー!?蜂の毒か!?

彩斗の頭に最悪の想像が過ぎった。
先程、入浴している時に首筋に何かに刺された跡があったのを思い出す。
だが前にこの痛みを覚えた時も偶然、蜂に刺されていたとも考えにくい。
それにアナフィラキシーショックなら痙攣やめまい、呼吸困難等の症状も起こっている場合が多い上、蜂はともかくアナフィラキシーショックを起こす可能性のあるペニシリンは前に使った時は平気だった。
結局、振り出しに戻り、その間にも痛みは引いていった。

「疲れてる時って胸のあたりが傷んだりするものかな?」
「え?...確かに心臓は全身に血を送るポンプの役割を果たしてるわ。あれだけ激しい戦闘を行っていれば、通常の数倍、心臓や肺は活動しているだろうし...多分、そのせいじゃないかしら?」
「...だよね。ありがとう」
「...本当に大丈夫?」
「あぁ...うん。多分」

彩斗は次の一口でドリンクを飲み終えた。
そして一度、深呼吸をする。

「じゃあ、私はお風呂に...サイトくん、無理はしないでね?何かあったらすぐに呼んで」
「うん、ありがとう」

アイリスは心配そうな顔を浮かべながら、リビングを後にした。
彩斗も今までこの痛みを感じた時の状況に共通点が無いかを考えようとした。
だがすぐに集中力が切れてしまう。

「あまり無理しない方がいいですよ?」
「え?」
「ハートレスに聞きました。兄さんの身体の回復スピードが異様に早いってこと。確かに回復が早いのはいいことかもしれない。でも回復を早めるっていうことは身体のサイクルを早めるっていうことで...結局は身体に負担を掛けているはずだって」
「...ハートレスがそんなことを?」
「多分...あの人も兄さんが...サイトさんが心配なんですよ」
「どうだか?」

自分でも感じていたことだが、自分たちに今まで冷たく接してきたハートレスがそんな心配をしているとするとは、にわかに信じられない。
彩斗は何処か嬉しそうな顔を浮かべながら、時間を確認した。

「そろそろ寝ようか」
「あっ、もうこんな時間...」

立ち上がり、メリーの飲んだジンジャーエールのコップと自分のオロナミンの瓶をキッチンの方へ片付ける。
そしてテーブルの上のエコドライブと腕のシーマスターを比べた。
先程よりもズレが広がっていた。
正確さが「売り」のクォーツムーブメントを搭載したエコドライブが機械式のシーマスターよりも精度が低いということは故障以外考えられない。

「ズレが広がっている」
「調子悪いんですか?」
「うん...」

彩斗はメリーに返事しながら、エコドライブを再びテーブルの上に置き、久しぶりに着けたシーマスターの使い方を確認する。
ダイバーズベゼルを回し、0時位置の畜光クリスタルパーツを10時位置に動かす。
そしてヘリウムエスケープバルブを一度、ボールペンのノック部のように押して引き抜いた。
特定の手順を踏むと、先端部に即効性の麻酔針が仕掛けられたバルブが脱着できるようになっていたのだ。
ディーラーの一部の人間に支給されるシーマスターには何かしらの仕掛けが施されている。
彩斗は一般の学校に通う都合上、ディーラーと敵対する者による誘拐などのリスクが伴っていたために支給されていた。
それを確認して彩斗はバルブを再び、戻してベゼルを0時位置に戻す。

「さっき君が眠っている時、気づいたんだけど。明日、これを修理してもらおうと思う。アイリスちゃんも連れて3人で出かけよう」
「ハイ!」

久しぶりの外出にメリーは素直に喜んだ顔を見せた。
いつもトランサーやパソコンの中にいることの多いメリーは、現実空間で外出することは珍しかった。
今まで自分を人間でありながら、ネットナビとして生活してきたメリーは普通の人間であるということを味わうことができると期待を膨らませている。
だが反面、彩斗は不安を覚えていた。
このデンサンシティはまだ安全とはいえない。
ひったくりや通り魔など珍しくはない。
そんな犯罪が溢れる街にメリーを放ってしまっていいのだろうかという気持ちがあった。

「......」

彩斗は街の中でも比較的安全なルートを考えて始めている。
そして不安なことはもう1つあった。
クォーツの時計というのは生産コストが抑えられ、しかも正確という利点がある反面、電子回路をしようしており、回路がやられていればアウトだ。
それに通常使用で不具合が無くても、電子回路である以上は寿命がいずれは訪れる。
良くも悪くも寿命は短い。
修理できない可能性が比較的高いのだ。
ため息をつきながら、もう一度、シーマスターを確認した。
その点、機械式は精度はクロノメーター検定に通ったものでもクォーツには到底及ばず、ゼンマイが巻き上げられなければ2日程度で止まってしまう上、メンテナンス代も高い。
しかし歯車など磨り減ったり、壊れるパーツはある程度決まっており、それをちゃんと交換して手入れをすれば、クォーツに比べてかなり長い期間使用することが可能となる。
そしてデメリットであってもゼンマイを巻いたり、手を加えなければ止まる生き物のような部分に愛着を持つ者もこのスマートウォッチが流行する現代でも少なくない。

「そういえば、君はどこで寝る?」
「あっ」
「大丈夫。これだけ広い家なんだ。空き部屋の1つや2つ...」
「......ん」

メリーはなにか物欲しそうな顔を浮かべていた。
その内容はシンクロが使えずとも何となく想像がつく。

「...一緒に寝ようか?」
「...ハイ」

メリーはまだValkyrieに捕まった時の恐怖が抜け切っていないのだ。
彩斗はそれを考慮せずに部屋を探そうと言ったことを反省する。
ゆっくりとメリーを連れてリビングを出ると階段を登って4階の部屋へと向かう。
彩斗もこの家での生活は1日目で詳しい構造は分かっていない。
だが迷うことはなかった。
その部屋は他の部屋には無い特徴があるからだ。

「案の定、ドアはそのままか...」

残留したスターダストの力で彩斗が破壊してしまったドアが部屋の前の廊下に横たわっていた。
ハートレスかアイリスのどちらかが修理しようとしたようで、ガムテープの残骸と修理用の工具箱が置かれている。
2人はドアを踏まないように部屋の中に入ると、すぐさまベッドに入る。

「君は手前に寝るんだ。僕は奥、壁側に寝る」
「...兄さんが変な気を起こしちゃったら、後ろが壁じゃ私、逃げられないですからね...」

彩斗は顔を赤らめて目を逸らした。
メリーはもともと自分の肉親ではなく、後天的に血縁関係ができてしまった相手だ。
それまでは普通の異性として意識してきた相手であり、今となってもそれは抜け切っていなかった。
だがそんな彩斗の心遣いを受けつつも、少し微笑んでメリーは率先して奥の方で横になった。

「メリー?」
「大丈夫です、私の知ってる兄さんはそんな気を起こすような人じゃないです。もし起きても...別に...」
「!?メリー...大丈夫か?」

メリーは次の瞬間にはぐったりと眠ってしまった。
既に先程から何度か眠そうな顔はしていたが、とうとう我慢できなくなったのだろう。
だが正直なところ、彩斗にもメリーを気遣っていられる余裕は無かった。

「あっ...ふぅ...」

彩斗はメリーの前に倒れ込むようにベッドに飛び込んだ。
自分でも今まで感じたことのないくらいの疲労が蓄積していた。
今までなら緊張感から例え眠気や疲労があっても、それを感じることはなかった。
だが今はValkyrieに襲われる心配もなく、明日から学校に行って再び理不尽な暴力を受けることも無い。
ハートレスはともかくアイリスとメリーという味方が側にいてくれる。
それが不思議と彩斗を安心させていた。
しかし次の瞬間、再び胸のあたりに痛みが湧き上がってきた。

「!?うぅ...あぁ!...がぁ...」

今までの中でもかなり強い痛みだ。
思わずシーツを鷲掴みにして、歯も信じられないくらいギリギリと音を立てる。
何か吐きそうな感覚を覚えた。
だが吐いても楽になれそうにもない。
もはや彩斗にはこの痛みの原因を考えるだけの体力も知力も残されていなかった。

「うぅぅ...!?がぁ...あぁ」

苦しい...死ぬ...死にそうだ...!

しかし次の瞬間、今度の首筋にチクリとした痛みを覚えた。

「!?ッ...うぅ...」

そして次の瞬間には全身が楽になり、激しい呼吸を何度か繰り返しながら、彩斗の意識は完全に眠りに落ちた。

「...悪く思わないでね?」

そこにはベッドで横たわる2人を見下ろすようにハートレスが立っていた。
ハートレスの手には今、彩斗に使用した注射器が握られている。
この薬が彩斗の痛みを止めたのだ。

「......」

ハートレスは次に眠った彩斗の腕から再び少量の血を採取する。
そしてそのまま部屋の押入れの中のエレベーターに飛び乗った。
エレベーターはリビング同様に地下のガレージに通じている。
急速にエレベーターで落下しながら、ハートレスはポケットからiPhoneを取り出して発信ボタンをタップした。

「...私です、キング」
『ジョーカープログラムのことはよくやってくれた。感謝の言葉もない』
「学校を占拠したValkyrieの残党もWAXAの手で全て捕らえられたようです」

発信先はディーラーの首領であるキングだった。
替え玉も多く用意しているが、その威圧感があり、背筋に悪寒が走る声は紛れも無い本人の声だ。
変声機でも中々再現できない。
そして性格もハートレス自身もあまり長い間、話していたいとは思わないタイプの人間だった。
まして顔を合わせて話すのも部下でありながら、お断りしたいくらいだった。

『君が手に入れた敵の計画は見させてもらった。読む限り、シンクロナイザーの手によって既に計画自体は頓挫したように思える』
「はい。しかし、警戒は続けた方がよろしいかと。現にValkyrieは未だにデンサンシティでのビジネスから手を引いていません。ユナイトカードの性質上、使用者はValkyrieの駒になります。もし市民が大勢で牙を向いてくれば脅威になりかねません」
『分かっておる。当然、そのつもりだ。そのために力を得る必要があるのだ。シンクロナイザーからスターダストを引き離し、その力を手中に収めることができれば...』
「それは難しいかもしれません。スターダストに適合できる人間は少なく、適合できても使いこなせる人間は恐らくディーラー中ではシンクロナイザー以外いないでしょう」
『...しかしウィザードが手中にあるならば...』

キングはスターダストの力を欲しがっていた。
最初、彩斗の下に現れた不完全な状態の時は大した脅威には思わなかったが、ジャックとクインティアの2人を寄せ付けることもなく勝利したその凄まじい力がその認識を変えた。
キングはその力を手中に収めておきたくなったのだ。
だがスターダストの力は彩斗から分離することは恐らくできない上、仮に分離できてもキングに渡すつもりなどハートレスには毛頭無かった。

「このウィザード、トラッシュは全身のデータが軍事機密レベルに暗号化されており、全て解読するには長い年月を要します」
『それほどの存在でありながら、今まで私が認識していないとは...』
「それに私の主観ですが、トラッシュは言語こそ話しませんが、明白な意思と思考力を兼ね備えており、シンクロナイザーを適合者と認識しているようで、彼の窮地を2度も救い、護身用の武器まで与えています」
『...ウィザードがシンクロナイザーを適合者としている上、そのウィザード自体のデータにもアクセスできず、その認識を変更することもできない以上...』
「何度、シンクロナイザーから切り離しても、いずれはシンクロナイザーの下に戻ってしまうでしょう」

キングは電話口でも分かるくらいに歯ぎしりをした。
元々、自分に何か手に入らないものがあるというのが許せないタイプではあったが、それを別の人間が持っているというのが余程腹が立ったのだろう。
ハートレスも深くため息をついた。

「ここはシンクロナイザーから切り離すのではなく、シンクロナイザーをコントロール下において、ディーラーのそのものの戦力とするのが得策かと」
『そうだな...ところでどうだ?シンクロナイザーの様子は?』
「心配されているのですか?」

『もちろん...あらゆる意味で貴重なサンプルだからな』

「......」

ハートレスは今一度、キングというとこの卑劣さを思い知った。
恵まれない子供たちを支援するという人格者の仮面の下はドス黒い欲望の塊だった。
子供たちには父親のような笑顔を振り撒き、両親のいない子供たちが幼心に求める親の存在を埋めることで信頼を得ていくが、本人には父親の自覚など無い。
手懐け、いずれは自分の欲望のために働いてもらうことだけを期待している。
父親でもなければ、人間ですらない。
一言で言って、「悪魔」という言葉がよく似合う男だった。
ハートレスは電話口に入らないように一度、舌打ちをする。

「現在は眠っていますが、原因不明の高速の治癒能力が肉体そのものに負担を掛けている状態です。しかしそれによる疲労もすぐに回復するでしょう」
『結構だ』

「しかし!...スターダストシステムの多用により『H.B.D.』の症状が加速しています。激しい症状に襲われていたようなので、数分前に薬『W.O.A』を2万単位程投与しました」

『ん?最後に投与したのはいつだ?』
「今朝の8時頃です。通常なら10日に一度の投与で症状を抑えられるはず。激しい戦闘やスターダストシステムによる肉体への干渉が恐らく負担を掛けたのでしょう」
『そうか...ならば今後は投与の期間を短くして、量も再度計算をし直そう』
「......」

ハートレスは不思議と罪悪感に襲われた。
今までディーラーは彩斗にあらゆる薬を投与してきた。
しかしこの薬だけは定期的に幼少期から欠かすこと無く投与し続けてきていた特殊なものだった。
彩斗が心臓に抱えている“爆弾”を抑えるために必要なのだ。
副作用も無く、無条件で一時的に症状を抑えることが可能なもので「H.B.D.」が不治の病とされていた頃に症状を抑えるために生まれたものだった。

『どうした?』

ディーラーが今まで彩斗が外の学校への入学を認めたり、金を与えるなど、他の孤児たちに比べてある程度の自由を与えていたのは、このためだった。
もし彩斗が与えられた金を貯金して、ディーラーから脱走した場合でも、当然捜索は行うが、見つからずとも最悪の場合、自然に命を落としてディーラーの機密が漏れることはないからだ。
仮に体調の異変を感じて病院に駆け込もうとしても、保険証やクレジットカードはディーラーから与えられたものである以上、すぐに足がつくと恐れて使用はしない。
もちろんロキの子の中ではトップクラスの能力を発揮する彩斗に逃げられるのは痛手だが、ディーラーには大したダメージは無い。
スペアになるロキの子は大勢いたからだ。
しかし状況は変わった。
もはやスペアとなる人間がいないまでの異彩へと彩斗は成長を遂げてしまった。
ハートレスにとっては今までの罪に対する償いのチャンスが訪れたのだった。

「...薬の副作用は無くとも心臓へのダメージは徐々に蓄積されます。これ以上の『H.B.D.』と『W.O.A.』による飼い殺しは危険です。このままではそう遠くないうちにシンクロナイザーの命は燃え尽きてしまう...」
『何が言いたい?』
「あの子はバカではありません。逃げ出しても行き場が無いことは承知しているはずです。ここは治療して正式にディーラーの戦力に組み込むのが良いのでは?」
『それはできんね。治療してしまえば、逃げられた時のリスクが大きい』
「しかしスターダストシステムを使える人間は現状、彼だけです。それにシンクロナイザーの死後もディーラーのコントロール下に置けるかは分かりません」
『...いずれにせよ、答えはノーだ。あと2年で用済みになるモルモットだ。スターダストの力は惜しいが、治癒したシンクロナイザーの逃亡による情報漏洩のリスクも考慮すれば今のままの体制を変える必要はない。君はいつから私に口答えするようになったんだ?』
「...失礼しました」

ハートレスの望みは一蹴りで砕かれた。
今までの計算なら彩斗は今のままで10年は生きられるはずだった。
しかし逆に言えば、10年程度しか生きられない。
それも薬を定期的に射ち続けることでようやく可能となるものだ。
その生き様は、ちょうどゼンマイで動くブリキのおもちゃや機械式の時計さながらだった。
薬というゼンマイを使うことで動く人形、しかしメンテナンスを怠ったそのブリキの心臓を形作る歯車は徐々に磨り減っていき、最後には壊れてしまう。
治療法が見つかり、治せるはずの病に蝕まれていき、刻一刻と彩斗の時間は終わっていく。
ただでさえ夢に溢れる純粋な子供から記憶を奪い、本来あるべき自由な生活を奪っておきながら、大人である自分は何もできない。
もちろんハートレス自身の理想には彩斗の存在が鍵となるものの、せめて抱えている“爆弾”だけは外してあげたかったのだ。
ハートレスは思わず唇を噛んだ。

『他に報告することは?』
「...戦闘から数時間後の血液サンプルを採取し、分析したところ、血中に残留した大量の神経伝達物質が検出されました」
『神経伝達物質?』
「ドーパミン、エンドルフィンの他、アドレナリン、ノルアドレナリン...これだけの量が戦闘後しばらく経ってからでも残留しているとすれば、戦闘中に凄まじい量が分泌されていたことになります」
『脳内麻薬を使ったドーピング...まさか』
「シンクロナイザーが姿を消していた約7日の空白の間に“彼ら”と接触していた可能性が」
『...ご苦労』

その一言でキングは電話を切った。
“彼ら”とはキングさえもできることなら、相手にしたくない集団のことだった。
ハートレスの感性からしても正気の沙汰ではない集団であり、ディーラーの科学力を持ってしても理解不能な手段を駆使して暗躍している。
視覚や聴覚への、言葉や書物による簡単な説法のようなものだけで洗脳し、その人間の能力や体質を大きく変えてしまうといった具合だ。
この手の洗脳としては独裁国家で法令や教育、その政治体制により国民の認識を操作するものが使われてはいる。
しかしその枠に既に収まっている人間に対して、何かを施し、人間の体質まで変え、その技術を自在に操るということは、もはやオカルトの域に達していると言っていい。
彩斗がそんな連中と出会っていないことを祈りつつ、再びデータを見なおした。

「これだけの脳内麻薬が分泌されていたなら、痛みが感じなかったのも頷ける...」

脳内麻薬は体内で生成されるものでありながら、違法薬物すらも遥かに凌ぐ効果を持つ。
特にエンドルフィンに至っては、モルヒネの6倍から7倍近い鎮痛効果をもたらし、彩斗のこの分泌量ではもはや痛みなど感じているはずもない。
それと同時にもたらされる多幸感や自信が、本来の彩斗に備わった身体能力や明晰な頭脳を動かす。
これこそが、武装した傭兵の大群を相手に、文字通り『怯むこと無く』戦い続けた冷血な電波人間、スターダスト・ロックマンを形作っていたのだった。
トラッシュとの融合で掛かる多大な負荷も、常軌を逸した鎮痛効果と治癒能力により乗り越えることに成功した。
それにより、晴れてスターダストシステムが望む理想の肉体へと作り変えられ、次の戦闘では脳内麻薬にも頼ること無く、これまでの能力を遥かに超えた力を発揮するだろう。

「......どれか1つでも致命傷なのに」

ハートレスはモニター上のデータを整理して呟いた。
彩斗を今、生かしている「W.O.A.」には副作用は無い。
しかし薬物である以上、多用するのは決して身体にいいことではない。
何かしらの形で反動が返って来かねない上、原因である心臓には負担が掛かっている。
それに強い依存性を持つ脳内麻薬が加われば、身体の異常を使える痛みが機能しなくなるために、自分の限界が見えなくなってしまう。
身体がボロボロになるのは予想に難くない。
寿命はますます削られていく。
データを見る限り幸いなことに、彩斗は薬物依存等にはある程度の耐性があるのか、現実にも自らの肉体への自虐行為など脳内麻薬の分泌を加速させるような依存症状を示していない。
だが安心はしていられない。
スターダストという今まで前例が無いシステムのおまけが付いている以上、彩斗の肉体には何が起こるか予想ができないのだ。

「...まだチャンスはある。あと1年でいい。ディーラーにも私の計画がバレることもなく、シンクロナイザーも助かる方法はまだ残ってる...」

ハートレスは今開いている全てのタスクを終了させ、再び新たなタスクを開く。
今度はValkyrieの計画がまだ終わっていなかったと仮定した時の対策を練り始めた。
衛星回線を使って海外のネットワークに接続し、敵に関する情報や対応の手段になる手がかりを探す。
Valkyrieの現状一番の切り札は銃火器はない。
人間を電波人間に変身させるユナイトカード、そしてそれが中継器となって広めるダークチップの精神干渉波だ。
ユナイトカードを使用する者たちはともかく、精神干渉波は目に見えない以上、防ぐのは難しい。

「ダークチップ...このオリジナルを生み出したのは、Dr.リーガル率いるシンジケート・ネビュラ。彼らが数年前に壊滅する際に実行に移したネビュラグレイ事件」

ハートレスはダークチップそのものに関しての知識から入った。
英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語、中国語、あらゆる言語の海外のデータベースから情報を引き出して、要約したものを呟きながら記憶していく。

「ここで使われたのは、ココロネットワークと呼ばれる光正博士、Dr.ワイリーがかつて研究していた特殊なネットワーク、それを用いて人間の精神に干渉、ダークチップのデータを...似ている...Valkyrieの計画と」

当時の事件の資料から類似点を見つけ出す。。

「キーワード...ココロネットワーク...」

キーワードを変更して更に新しいウィンドウで検索を広げていく。
だが極秘裏に研究が進められていたもの故にデータは非常に少ない。
不思議なことに資料よりニュース記事の方が多い始末だ。
少し手を加えれば、資料として使えそうなものは数件に絞られた。

「ん?これは...」

ハートレスは1つの資料を開いたところで指を止めた。
探し求めているもののほぼ答えと言っていいものが意外なところに現れたからだ。
全く予想していなかった上、それを先に発見していたのは自分の知っている人間だったからだ。

「...親から子に引き継がれて輝く...そんなこともあるものね」

それは1つの論文だった。
世界共通で通じる英語で書かれたもので、タイトルは「KOKORO NETWORK:The Next Generation of Communication Network's Effects and Advantages」、直訳すると「ココロネットワーク:次世代ネットワークの影響と優位性」といったところだろう。
これこそ数年前のネビュラが引き起こした事件から生まれた産物だった。
ココロネットワークがただの情報発信だけでなく、人間同士の心を繋いでいく本当の意味でのネットワークを実現するという優位性の面と、ネビュラのようなものが悪用すれば人間の心を操る術にもなる諸刃の剣である危険な面が詳細に記されている。
そしてそのリスクを減らしていく方法についても述べられ、その技術の応用や社会づくりの例など実現されれば、今の社会を大きく変える可能性に満ちあふれている。
SFでもなく、読むのもの胸を高鳴らせる文字の羅列はもはや芸術の域に達しているだろう。
先程、検索で除外したニュース記事はこの論文が世界的に評価されている事に関するものだった。
そして特徴的なものに最後の参考資料や協力者の欄の後、最後にはこう記されていることだ。

Dedicate To My Father.<この論文を父に捧ぐ>

この論文の筆者、それはココロネットワークの生みの親である光正の息子であり、科学省を代表する天才科学者であり現代のネットワーク社会の立役者である光祐一朗だった。



 
 

 
後書き
意外に思われた方もいるかもしれませんが、そうです、彩斗、まだ病気は治ってませんでした(笑)

本当は一度、死んだはずなのに蘇ったってことは治ってるのかな?と思われた方も多かったかもしれませんが、これこそ今まで彩斗が度々苦しんだり、なんでディーラーの一員の彩斗が普通の学校へ通ったり放し飼いされているの?犯罪組織だって知ってるのに逃げたりしないの?と思われた方々への答えとなります。
彩斗は逃げるつもりは最初から無い上、あったとしても逃げれば薬の投与が受けられなくなって野垂れ死にしてしまい、ディーラーの秘密が広まったりする可能性は低かったからでした。


そして彩斗が痛みを感じていなかった理由は脳内麻薬でしたが、これに関してはあまり触れません。

理由は...もし次回作を作ることがあった場合の伏線として用意したものだからです(笑)ごめんなさいm(_ _)m

ハートレスの意外な優しさとエグゼ5のココロネットワークが登場したことがゲームをプレイされたことのある人が少し反応した部分でしょうか?
敵の力はエグゼ5に登場したダークチップに近いものがあります。
ということは...?
プレイされた経験のある方なら弱点も思い当たるのでは?(^^)

英語には一応、訳はつけましたが、訳が必要な程の英語でも無かったですね(笑)
ごめんなさいm(_ _)m

そして次回は逃亡したあの男にスポットライトが当たります!

質問、感想等はお気軽に! 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧