ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
罅
【笑う棺桶】の幹部。
《赤眼の》ザザ。
それはかつて、忌み名という意味で最前線を繰る《攻略組》の間で流布していた名だ。ユウキ自身としても直接手を合わせたことはないが、それでも脳裏に刻み込まれている。
首領であるPoHにいつもくっついている上位幹部で、得物は《突剣》と呼ばれる、刀身に刃がなく、攻撃方法は突きだけだというアナーキーな武器だが、それが彼のトレードマーク的なものとなっていた。
「……GGOの中に金属剣があるなんて初耳なんだけど」
ブレードの切っ先を一秒たりとも深く被ったフードの奥に向けたまま離さない少女に、ザザはしゅうしゅうと掠れた嗤いを漏らした。
「お前と、したことが、不勉強だったな、《絶剣》。《ナイフ作製》スキルの、上位派生、《銃剣作製》スキルで、作れる。長さや、重さは、この辺が、限界だが」
「えっ、嘘ッ!ホントに作れたの!?」
「ク、ク……なら、そんなオモチャは、さぞかし、不満、だろう」
再び嗤い混じりに放たれた言葉に、少女の両手に握りしめられた二振りの光剣が怒ったように細かいスパークを散らした。《絶剣》と呼ばれる少女は肩をすくめ、次いで不敵な笑みを返す。
「そんなことないよ。剣は剣、君のHPを切り飛ばせればそれで充分!」
「威勢が、いいな。できるのか、お前に」
返答はない。
明確な号令など必要ない。
互いの思念が火花を散らした時、全く同時に両者は動いた。
ゾガガゴゴギギギギギャギャギャ――――ッッ!!!
一瞬と呼ぶのも馬鹿らしくなるほどの間、狭い屋内で銀の煌めきと紫の輝線が交錯し合う。光剣の生み出す過激な熱気が大気をかき乱し、突剣がそれを引き裂いていく。
生み出された暴風と衝撃波は木製の床を軽々と砕き、一階部分へと両者を落とすが、それすら強者達は互いの殺気の邪魔にはならないとばかりに落下していく欠片を足場に一層激しい空中戦を展開する。
下手な爆撃が爆竹ほどに聞こえるほどの轟音が炸裂した。
ギュパッッ!!という鋭い音とともに突剣が幾重にも重ねられた軌跡を放つのに、やむなく少女は勢いよく後ろに飛んで距離を取り、一階の床に足を埋没させるような勢いをもって着地する。
数瞬遅れ、こちらはふわりと音もなく着地を決めたザザに向かい、ユウキは再び剣閃を向けた。ネオン灯を思わせる紫の輝煌を跳ね返すように光る真紅の瞳を揺らしながら立ち上がる影。
話を、しようか、絶剣。
それが途切れ途切れにでも、そして唐突にでも眼前の《敵》が言った言葉だった。
彼我の距離は五メートル強ほど。心意による痛覚遮断を貫通する一撃を計四発受けたとは言え、それでもユウキの闘志は欠片ほども折られていない。
気合いを入れる時によく自らの顔を張るなどをするが、あれと同じことだ。痛みは人の意思を挫くこともあるが、その反対として奮い立たせる重要なファクターとなりうる可能性もある。
いつでも互いの剣が届く距離で睨みあいながら、ユウキは口を開いた。
「話すことなんてない。君がこんなトコで何をしてるのか、何を企んでいるのか聞き出す以外はね」
「…………?」
精一杯の威圧を込めて睨みつけたが、しかしボロボロのマントを羽織るアバターは僅かに小首を傾げただけだった。
「おかしな、ことを言う。ここですること、など、遊びしかないだろう」
「…………………………」
それもそうか。
一瞬納得しかけた少女だったが、すぐにいやいやと頭を振った。
「そのSAOをメチャクチャにしたのは、どこの人達だったっけ?」
「ク、ク……メチャクチャに、していたのは、お前のかわいい……弟も、だろう」
「――――――ッ」
思わず固まる少女を見、引き攣るような、軋るような嗤いを続けていたザザだが、すぐに引っこめると一転して昏い口調で言葉を続けた。
「……絶剣。お前は、今の自分に、満足しているのか」
は?と。
唐突な疑問に今度はユウキが首を傾げる番になったが、それに構わずゴーストのようなアバターは言葉を紡ぐ。
「力を手にした、俺には、分かる。お前は、今の自分に、満足していない……そう、だろう?ク、ク……」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
次いで、猛毒が身体を巡り、蝕んでいくように、理解した。
「な、んで……そんなこと……」
どうしようもなく声が震えるのが自分でも分かったが、それを自制するまで意識が及ばなかった。いや、及ばせられなかったと言うべきか。
ユウキの言葉を聞き、これまでの掠れたような嗤い声ではない。本当の、無機質ではなく限りなく生々しい負の感情が見え隠れする甲高い哄笑を放った。
「分かる、分かるさ。俺も、そうだった。だが、俺は、手に入れた。本物の、力……何者にも、負けない、力……何者も、及ばない、力を――――《死銃》の力を……!」
「――――な」
に、と叫ぶのを少女は必死で堪えた。
《死銃》とは、そもそもレンとユウキがこの世界に寄越された原因そのものの名前ではなかったか。シゲさんが言った、現実の肉体をも死に至らしめる究極の殺人鬼。
つまり、ザザの言う《力》とは――――
「く……おああああああああアアァァッッ!!」
何かを振り切るようにして放たれた二つの斬撃は宙空に鮮やかなクロスを描いたが、対するゴーストのようなアバターは滑らかなステップでそれを回避した。
「心意!心意なのか――――ッ!それで二人も!!」
「ク、ク、ク……!やはり、お前達が、来たのは、そのためか……!!」
ヴン、とまるでコマ落ちした映画のように、死銃と名乗った男の輪郭がブレた。
懐に一瞬で潜り込まれた、と判った時には、もう銀閃が煌めくように、勝ち誇ったような光をまき散らした後だった。
突剣スキル五連続突撃《ニュートロン》
親友のアスナの得意とする細剣スキルでも繰り出せる技だが、その全撃が突きでの攻撃のため、突き攻撃しかできないエストックでも撃てる。
だが、それはソードスキルの実装されていたSAOでの話だ。このGGOでは、スキルのファーストモーションを取ろうが、身体がシステムアシストに導かれて超人的な加速を開始することはないはずだ。
しかし、ユウキの視覚内に入ってくる全情報はその事実を真っ向から拒否している。
システム的にありえない、発光現象が起きている。
死銃が取り出した、分類上は《銃剣》に当たるらしいその手製のエストックは、その細長い刀身は、鋭利に研ぎ澄まされた先端部分は眩いばかりに《ドス黒い》光を放っていた。
―――過剰光……ッッ!!?
ぞっ、と皮膚が粟立ったのは、半ば本能によるものだったかもしれない。
心意戦ならば、ユウキとてかつて《六王》の末席に名を連ねた者として、レンや卿、シゲさんには及ばないまでも幾ばくかの経験がある。しかし、ユウキにとって心意はあくまでシステム面での攻撃行為の延長でしかなかった。
心のどこかでそう願っていただけかもしれない。少なくとも、目前に迫る虚無の斬光を目の前にした少女は、それがどれだけ恣意的なものかをありありと肌で感じていた。
とてもシンプルな答え。
コレを受けたら、死ぬかもしれない。
闘志は、単純な恐怖に変わった。
自分でも何を言っているのか分からない叫び声を上げながら、《絶剣》と呼ばれる少女は二振りの得物に普段まったく込めない一つの感情をありったけつぎ込んだ。
すなわち、《殺意》
《六王》として。
《絶剣》として。
《剣士》として。
その非凡な才能を全てつぎ込んだ技と術は、突き攻撃中最速を誇っていた《ニュートロン》の雷速の五連撃を全て跳ね除けた。
半ば半自動的に閃いた両腕は、僅かに黒い紫色を刀身どころか腕全体に漲らせながら死銃の両腕を音もなく両断した。
高熱のエネルギーブレードのはずなのに、一瞬の間隙を経てずり落ちた断面はまるで鋭利すぎる刃物によって断絶されたのように、一切の潰れた箇所がない完璧な切り口だった。ドス黒い血液すら、流れ出てくることを躊躇うほどに。
そして、薙がれた双剣がすぐさま跳ね上がり、《敵》の首を断絶せんと迫――――
「――――ッ!」
「……そう、そこだ」
そこで、お前は、止まる。
止まってしまう、と。
両腕の鋭利すぎる断面から大量の血液を迸らせながらもなお、無機質さを張り付けながらザザは声を発する。
「だから、お前は、相応しくない。だから、あの、《冥王》も、愛想を、つかすんだろうな」
「な、なんでそこで、レンの……ことに」
「関係が、あるだろう。いや、ありすぎる、だろう。お前にとっては、まさしく――――」
そこでゆらりと身体を揺すり、一拍の間をおいて死銃を名乗るプレイヤーは告げた。
「アイツと、繋がる、すべてなのだから」
ニヤリ、と。
鬼火のような光を二つ宿らせる黒いゴーグルの下で口角が吊り上がったのを、ユウキは寒々と感じる。
「《冥王》は、お前を、見捨てるだろう。愛想を、つかすだろう」
せり上がってくるモノに堪え切れず、少女の脚が僅かに震えた。
なあなあで、誤魔化し誤魔化しで、必死に目を背けようとしていた事実を、これ以上ないくらいの形で突き付けられる。
「蔑むだろう」
「嘲るだろう」
「罵るだろう」
「だがそれは、お前の、自業自得でしかない。お前の、お前自身の、力が、技が、経験が――――」
「そして、何よりも、覚悟が、なかった。……それだけの、話だ」
「認めろ」
「向き合え」
「お前は、弱い」
「だからこそ」
「得られる、余地が、残されている」
「良い子ぶるのも、いい加減に、しろ」
「力を」
「欲しろ」
「欲せよ」
「……そうだ」
―――その調子だ。
頭がねじくれる。
声が、入り込む。
声が、声ガ、こエエエえええががガががガガがががががががががががガガガガガガガガガガガガガガガガ――――――――
気が付くと、眼前には真紅の水溜り以外、何も残っていなかった。
一瞬、本当に一瞬、ユウキは己が誰なのか生まれて初めて自問した。
膝から伝わってくる硬く、しかし筋張った感触によって、辛うじて現在地点がザザと話していた場所と同一なことが分かる。だが、その事実は同時に先刻の戦闘と会話がアミュスフィアの見せた幻覚などではなく、紛れもなくサーバ内に克明に記されているはずの現実だったということを脳に刻み付けた。
カラン、と。
軽い音がして狭窄した視界を真下に動かすと、砕かんばかりに握りしめられていた両手の握力が緩み、落下した光剣の柄だった。もうブレードは出ておらず、何物も輝かない屋内の中で金属特有の鈍い光を放っている。
視線を上げると、乱暴にくり貫かれた屋根の向こう側に見える曇天の雲をスクリーンにして浮かび上がっているコングラチュレーションの文字が映った。
自分の息がいやに荒い。
両腕に刻まれた四つの傷痕がじくじくと痛んだ。
「…………ボク、は……」
呟くように。
消え入るように。
宙空に放たれたその言葉に連なる音の羅列は、出てこない。
出てこなかった。
試合時間、十一分三十六秒。
第三回バレット・オブ・バレッツ予選トーナメントBブロック決勝戦、終了。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「いやにテンション高いな…」
なべさん「いやぁ、やっとドシリアスが舞い込んできたってね。やっぱり原作に忠実はあっしには無理ですわ」
レン「二次創作者が堂々と言うな!あとこのGGO、今までにないくらい原作キャラの出番薄いからな!」
なべさん「後悔も反省もしない」
レン「最悪じゃねぇか!!」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください!」
――To be continued――
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