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蒼翠の魔法使い

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【第二章】 魔法継承篇
  Episode 4:encounter―出会い―

 臭いを嗅いだだけで口の中に味が広がる気がする。とても苦くて、苦手な人は砂糖を入れるであろう、あの香り。
 そう、コーヒーだ。
 そんな苦みが口いっぱいに広がる――わけではなく、広がるのは鉄の味。
 あたしは何を飲食しているんだろう? 鉄とか、普通は食べないし…。というか、寝る前って何してたんだっけ? 学校出て、柚夜と一緒に帰って――あれ? …違う。帰らずに公園に寄ったんだ。
「まだ寝てるいたりするのかしら?」
 あたしの思考を断ち切ったのは、謎の声。
 聞き覚えが全くない。
 声からするに、女の人で二十代に達していないと思われる。
「起きてること前提に話を進めるのだけれど、まだ、(まぶた)が重いんじゃないかしら?」
 口を開きたいが、口は開かない。――いや、開こうと思えば、開けるだろうけど、少し開いただけでかなり(あご)付近が痛む。なので口は開かない。もちろん目も同じ感じだ。
 でも、返事しないのも悪いし……。一応、頷いておこう。
 コクッと頷く。
「でしょうね。身体(からだ)全体がケガだらけなのだから、仕方ないのだけれど」
 この女の人の声は、あたしの身体が全体的に怪我をしている。と教えてくれている。
 試しに右腕を動かしてみる。
  ピクッ
 少し動いたものの、右腕には鋭い痛みが迸る。
 これで、女の人が言っていることが本当のことだと分かった。
 信じて良いかどうかはともかく、まだ起き上がれないので、寝ているしかなかった。

 どれくらいの時間が経っただろうか?
 瞼の重みも軽くなり、目が開けれるようになる。
 ゆっくりと目を開くと――女の人の顔があった。
「うわぁ!?」
 寝転がっている状態になっているので、後ろには下がれないことに気付き、ソファーの手摺(てす)りの方へと身体を引っ張り上げた瞬間、(いた)る所に激痛が走った。
「うぐっ!」
 肘や膝を軽く曲げると激痛が走って、腹部は鈍い痛みが残り続けている。痛む部分を見ると、(あざ)がくっきりと残っていた。
 ――そうだ。柚夜と喧嘩になって、ボコボコにやられてしまったんだ。
「痛むかしら?」
「んっ!!」
 女の人がいきなり、あたしの視界に入っきた。
 顔自体は、日本人形のような可愛いといった感じではなく、美人に近い気がする。それが日本人形の実物大に成長させた感じだから、尚更美人と思えてくる。しかし、いや、だからと言うべきなのか、表情は(まった)くの無表情なのが何とも言えないくらい残念だ。ついでに……怖い。
「体調はどうかしら? まだ痛むのなら、寝ていてもらっても構わないのだけれど?」
「あっ、あぁ、大丈夫……かなぁ……」
「そうかしら? 顔色がま――」
「い、いや、問題ない、大丈夫よ、めちゃめちゃ元気! 今まで生きてきた中で、一番元気よ!!」
「あなたがそう言うなら、良いのだけれど」
 何故か変な汗をかいてしまったが、それ以上に妙な罪悪感に駆られてしまう。
 それらを拭いさるためか、体が反射的に目を閉じて、一呼吸をした。 
 そんなあたしを無視して、女の人はカップにコーヒーを注いで、テーブルに置いてあたしの方へ滑らせる。
「……飲んで良いわよ」
「えっ……?」
 女の人のお気遣いはありがたいのだが、あたしはコーヒーが飲めない。口に広がる苦みが、どうしても我慢できない。
「ご、ごめんなさい。コーヒーはちょっと飲めなくて……」
「大丈夫。少し飲んでみて」
 女の人はもう一押ししてくる。
 まぁ、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけなら、飲めないこともないし…。
「それじゃあ、頂きます」
 どこのファミレスにでもありそうな白いカップに口を付けて、コーヒーをゆっくりと(すす)る。
 口の中には、ほろ苦い風味が広がっていき、やがて甘さへと変わっていく。
 あれ? 甘いけど砂糖の甘さじゃない気がする。
 もう一啜りする。
 やはり、口の中には、コーヒー独特のほろ苦さが広がる。――そして、謎の甘さ…。
「…あの……これ、砂糖とか入れました?」
 あたしの見ていた前じゃ、砂糖は入れていなかった。もしかしたら、最初から入れられていたのかもしれないが、普通は後から入れるものじゃないのだろうか?
 そんな、あたしの考えは間違いだと言うように、首を横に振る。
「えっ? じゃあ……」
「自己紹介をし合おうと思うのだけれど、良いかしら?」
「あっ、はい」
 すると女の人は、緊張を振り払うように深呼吸を一回して、手に人の字を書いた後、目を(つむ)ってから「…羊が一匹……羊が二匹……羊が――」と数え出す。
 女の人も相当緊張しているのだろうか。初対面なのだから、仕方ないこととは思う。
 このまましておくと、寝てしまいそうなので、あたしからすることにする。
「あの……あたしからしますね」
 そう言った後、一度息を吐く。
 あの人も人見知りなのだろうか? あたしは、どちらかというと人見知りに近い方だと思う。決して、極端な人見知りではないため、初対面の人相手にガチガチになることはない。
「あたしの名前は、夜月(よづき) 珠澪(みれい)です。えーっと……」
 ここから何を話せばいいのだろう? 誕生日とか? いやいや初対面の人に誕生日とか……
 などと考えながら結局、歳、高校だけで自己紹介を済ませた。

  ◇ ◆ ◇ ◆

 珠澪は自己紹介を終えると、不思議なコーヒーを一口飲んで、ゆっくりとテーブルに置いて、目の前の女性を改めて見てみる。
 真っ黒の髪は目と肩に掛からないように、切り(そろ)えられている。所謂(いわゆる)ボブカットと言われる髪型だ。顔はどこか幼さと共に大人の雰囲気をも醸し出す不思議な感じ。なんと言っても、一番のチャームポイントと思えるのが、髪の毛と同じくらい際立(きわだ)っている、漆黒の瞳――パッチリとした目だ。しかし、今の視線は女性自身のカップに落とされて、(うかが)うことは出来ない。
 色々と考える珠澪だったが、考えることがバカらしくなり、結局考えることを止めた。
「ふぅー」
 と一息を吐き、珠澪自身の何かのスイッチをオフにした。
 すると、緊張感がスッと解けて、楽になった。
 緊張感が解けた珠澪の身体は、ソファーの背もたれに体重を乗せる。
 意外とソファーの背もたれは柔らかく、珠澪の体を優しく受け止めた。
 それと同時に女性は顔を上げ、ゆっくりと口を開く。
「私の名前は、雪花白(せつかしら) 聖歌(せいか)。十九歳で、高校には入学していない……これで良いかしら?」
「あっ、はい、結構です」
「…そう。あと、敬語やめてくれないかしら? 無性にイライラしてくるから」
「分かりま――じゃなく、分かったよ」
 ……それで良いのよ、それで。と言うと、満足そうな顔をして、聖歌もコーヒーを啜る。

  ◇ ◆ ◇ ◆

 聖歌――と呼んでいるけれど、心の中では、雪花白さんとして呼んでしまっている自分がいた。
 そんな事を考えながら、雪花白さんの目を見る。
 漆黒の瞳は、全てを吸い込みそうな色をしている。もしかしたら人の心すら覗けるのではないだろうか。――などと思ったりもしたが、現実的ではない。…が、一応、保険として心の中でも、聖歌と呼ぼう。
 変な決心をして、あたしは口を開く。
「聖歌は――」
「それより、話があるのだけれど……。時間は大丈夫かしら?」
 聖歌はあたしが話し出そうとしたところで、口を開く。
 ちょっと、あたしが話そうとしてたのに……。
 プンスカと怒る。もちろん、顔や態度には出さずにだ。
 それより時間かぁ、と思いながら、部屋を見回す。
 この街では珍しいくらいの広い部屋で、同じ広さの部屋があと三部屋くらいあれば、この街で一番と言っても過言ではないくらい大きい家として認められるだろう。そして、木造作りの部屋は、余分な物が一切無く、落ち着いた雰囲気になっていて、ストーブやクーラーなどの暖房器具を含めた家電はこの部屋では見当たらない。テレビすらもだ。家電暖房器具に含めることの出来ない石レンガの暖炉(だんろ)は、パチパチと木を燃やしていて、屋根部分の上には写真とラジオがありる。さらに暖炉の右隣にあるのは、何十年前のものか分からないくらい、古くなってしまった柱時計がある。
 柱時計の短針(たんしん)がXIIを指し、長針(ちょうしん)はⅡを指している。つまり、十二時十分か零時十分を指す事になる。
「というか、その柱時計って動いてるの?」
 柱時計に付いている振り子は動いているが、針が進まなくなった。というパターンが、祖父の家で何度もあった。その経験を踏まえて訊いたのだが……。
「振り子が動いているのだから、時計は止まらないはず…だけれど……」
 後半の方は自信がなくなったせいか、声が小さくなっていった。
「じゃあ、時間は合っているのよね?」
「……合っていることを願うわ」
「そう」
 ツッコミを入れずに、適当に返事をしておく。
 時間に間違いが無いとして、十二時十分か零時十分のどちらかだ。けど、窓の外を見ると、暗くなっている事を視野に入れて考えると明らかに後者だ。
 普段は寝ている時間だが、状況が状況なだけに寝られない。
 はぁー、っと溜息(ためいき)を吐いて、目を泳がせているとカチッ、と音を立てて柱時計の針が動いた。長針は()められたレンズのヒビと丁度重なる。
 ――動いた…。
 壊れてないことを前提に話していたけど、壊れてないことが確定した。
 ということで……
「まぁ、時間ならいくらでもあるわよ」
「……良かったわ」
 と言い終えたところで「ふぁ~」と欠伸(あくび)がでてしまう。
 時間が時間なだけに眠かったりする。――というか…。
「…あの……ここって…ドコ?」
 ここから自宅が近いとありがたいんだけど……。
「あの公園から……」
「あの公園から?」
 オウム返しで聞いてしまう。
 あの公園から少し歩いたところに、自宅がある。だから公園から離れるということは、自宅から離れるという事になってしまう。自宅側の方向ならありがたい。十九歳だから、車の免許を取っていると考えて……車で送ってくれると尚ありがたい。
「一キロくらい離れたところ。ついでに言うと、学校側に…ね」
「――えっ? …嘘でしょ?」
「本当よ。嘘ついたって意味無いでしょ。ついでに、学校近くの廃工場の隣に道があるでしょ? そこを上って行ったところに、この家はあるわ」
「それって二キロはあるじゃない!! ――って、ちょっと待って…」
 二キロもの道程(みちのり)がある。そんな道程を女子高生(体重は平均くらい)を背負って、ここまで来るのは不可能だ。断言しても良い。ということは、車的な何かがあるに違いない。
「あっ、じゃあ、悪いけど車で――」
「車って見ていると、破壊衝動(はかいしょうどう)に駆られるのが不思議だわ」
 ……ですよね。送ったりするの面倒くさいですよね……。
 あたしが肩を落としてがっかりとしていると、聖歌は急に声のトーンを落として、真剣な表情で話し出す。
「……ここからは、真剣な話だけれど――」
 雰囲気も少し重くなっていった。 
 

 
後書き
 こんにちは、こんばんわ! 浦野 大空です!!
 今回は夜月 珠澪の名前、性格等の由来を書いていこう。というコーナーです。

 夜月は作品で、絶対に使いたい!! と思っていました。響きが良く、現実にありそうで、なさそうな感じがとても気に入っていました。
 次に珠澪です。珠澪は、女の子の名前がたくさん書いてあるサイトで、見つけた名前だったんですが、《未澪》《珠礼》があったんです。どちらにするか悩みました。どちらにしようか……そう思っていると、悩むくらいなら、どっちとも取ればいいじゃないか!! と意味不明な答えにたどり着きました。
 結果、珠澪になったわけです。

 ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます! 
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