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豹頭王異伝

作者:fw187
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黎明
  英雄の種族

「良く、わかりますよ。
 北の怪物クラーケンに操られる幽霊船姿は、私も目撃しました。
 タルーアンの女戦士、イシュトと共に闘いました。
 クラーケン消失の際、ゾンビー達が解放された事も知っている。
 彷徨える魂は解放され昇天するであろう、私は確信を持って断言する事が出来ます。

 御要望、確かに承りました。
 キタイ航路へ出張った事はありませんが、沿海州には顔馴染みも居る。
 私も、海は恋しい。
 何度、オルニウス号に乗り再び海に出る夢を見た事かわかりませんしね。
 イシュトさえ納得してくれれば、私に異存は有りません。
 直ぐにでも沿海州へ飛び、キタイに頼らぬ独自の東方航路を探索してみますよ」
 カメロンは敬虔な口調で呟き、賛同の意を表した。

「恩に着る、提督。
 イシュトヴァーンは生命に別条無いとは云え、傷が癒えるまで暫く動けぬ。
 クリスタル解放戦に参加すると言い張るだろうが、当面の間は治療に専念せざるを得ぬ。
 性急な彼と云えども、無謀な行動を起こす心配は無いものと思われる。
 パロにて負傷を癒した後に、イシュタールへ帰還する事となろう」
 グインは穏やかな口調で説明を補足し、カメロンが大きく頷いた。

「助かります、我が友よ。
 イシュトを見張るのは、えらく骨が折れますからね!
 アルド・ナリスは腹の読めぬ男、警戒を要する策謀家と認識していましたが。
 貴方が保障してくれるのであれば、心配は致しません。
 イシュトを、宜しくお願いします。
 ゴーラ国内については私より、ユディトー伯の方が詳しいですから。
 貴方の御蔭で安心して後を任せ、後顧の憂い無く沿海州に行けますよ。
 ロータス・トレヴァーン公爵は道理の分かる人物ですが、アグラーヤはどうしたものかな。
 ボルゴ・ヴァレン王の娘婿に反旗を翻した相手、アルド・ナリスに協力するとは思えません」

 カメロンの疑念に丸い耳を傾け、注意深く聞き取るグイン。
 トパーズ色の瞳に思慮深い光を浮かべ、力の籠った口調で応える。

「クリスタルで対面の際、或る程度までは置かれている状況を理解出来た。
 レムスは竜王の支配下にあるが、何とかして束縛を逃れようとしている。
 俺は彼を数日の内に捕らえ、魔道師の助力を得て解放する心算だ。
 アルミナ王妃を同時に奪還すれば、アグラーヤ王の協力も得られるのではないかな」
 有能な外交官の一面を垣間見せ、興味深い表情で新たな情報を咀嚼するカメロン。
 国際情勢に通じた実務家、グインに劣らぬ策謀家の貌が顕れた。

「アグラーヤ王ボルゴ・ヴァレンが賛同すれば、トラキア・イフリキアも動く。
 ライゴールは老獪だし、レンティアも一筋縄では行かんでしょうが。
 当面の間は静観を決め込み、表立って反対の動きは見せぬと思います。
 キタイへの遠征に重要な役割を果たすのは、タリア伯爵領ですね。

 タリア伯爵ギイ・ドルフュスの妹姫、アレン・ドルフュス。
 レントの白バラ、タリア水軍の守り姫と謳われる彼女の名は海の兄弟に知れ渡っています。
 モンゴール再興の際に彼女は軍船10隻と約2千の兵を率い、ロス港を陥としている。
 トーラスに駆け付け、アムネリスと意気投合し義姉妹の誓いを立てたと聞きます。
 アムネリスに会わせろ、と先日から打診されているのですが。
 監禁同様の王妃と合わせる訳にも行かず、突っぱねていました」

 豹頭王の面に何故か苦渋の色、気遣わし気な気配が漂った。
 心中に過ぎるは悲しみの乙女、精神的自立を忌避する王妃シルヴィアの面影か。
「王子が誕生したと聞いたが、アムネリスは監禁されているのか?」
 晴れやかな海の表情がカメロンの面に現れ、グインの憂悶を洗い流した。

「御心配は無用です、我が友よ。
 アムネリス自殺の可能性もあったのですが、何とか免れました。
 現在は母子共々、クリームヒルドの塔で静養しています。
 グイン殿が派遣してくれた魔道師の御蔭で、精神的にも落ち着いていますよ。
 オリー母さんが傍に居てくれれば、赤ん坊の扱いも安心して任せられます。
 ダンの嫁さんにも、男女の双子が産まれましてね。

 自分と同じ様に初めての赤ん坊を抱える若い母親、相談相手が側にいれば心強い筈。
 共通する悩みを持つ女性同士、良い友となってくれるのではないかな。
 親戚でも居れば良いのですが、従姉妹の姫達は処刑されてしまいましたからね。
 弟も叔父も暗殺され、モンゴール大公家は1人も生き残っていない。
 苦楽を共にしたお気に入りの侍女が居る筈ですが、何処かへ失踪してしまっている。
 魔道師に調査して貰えば、発見出来るんじゃないかと期待していますがね」
 トパーズ色の瞳が瞬き、不可思議な色が虹彩を過ぎった。

「新都イシュタール北方に面するクリームヒルドの塔か、真に良い名だ。
 氷雪の女王から受けた恩恵を、イシュトヴァーンは忘れておらぬのだな。
 ヨツンヘイムを治めるクリームヒルドは、黄金の心を持つ真の女神だ。
 辛酸を舐めた母子を守護し、幸運を齎してくれるだろう。
 千年を生きた氷の女王、クリームヒルドには俺も多大な恩恵を蒙った。
 特に、目を開かせて貰った点でな。
 彼女の叡智に満ちた助言が無ければ、俺は未だに豹面の下の素顔を求め彷徨していただろう。
 中原の人界を避け獅子国シムハラを訪ね、南方暗黒大陸へ渡っていたかもしれぬ」

 優しく温もりに満ちた笑顔、暖かい微笑を投げ掛ける氷の幻影。
 氷雪の女王クリームヒルドの光り輝く笑顔が鮮明に、グインの脳裏へと蘇った。
 王家に生を受けた女性の宿命、シルヴィアとアムネリスの心闇を克服する銀の鍵。
 己の数奇な運命を恨む事無く、明るく前向きに捉える希望の力。
 無辜の民の1人でしかなかった少女、千年女王クリームヒルド。
 絶望を希望に変える光の可能性が、彼女の生き様に体現されている。

「1人の女に出会って、運命を。
 1人の女に出会って、王冠を。
 1人の女に出会って、自分自身を見出すが良い。
 俺は或る夢の中で未知の存在に、3人の運命の女に出会うと予言された。
 最初に出会う運命の女は、パロの王女リンダを指すかと思っていたが。
 氷雪の女王クリームヒルドとの出会いこそが、己の運命を見出す発端であったかもしれぬ。

 暁の女神5人姉妹の1番末の妹、ランドシアの女神アウラ・シャーからも諭された。
 己の素顔とランドックの謎に囚われず、己を受け容れてくれる人々との縁を大切にせよとな。
 中原を守護しキタイ解放の戦いに至る軌跡は、クリームヒルドが齎してくれたものだ。
 人目を避ける豹面の俺に己の裡なる恐怖を怖れず、人の世へ一歩を踏み出す力を与えてくれた」
 豹頭王の瞳に不思議な色が過り、カメロンも頷いた。

「ヤーンは奪い給い、また与え給う。
 煙とパイプ亭で、初めてお目にかかった時を思い出しますね。
 アムネリスは肉親の姉であるかの様に、アレン・ドルフュスを慕っています。
 彼女が納得すれば実の兄、ギイ・ドルフュスも動く。
 タリア伯爵領は東方キタイ航路の要、全面的な協力が必要不可欠でしょう。
 早速、クリームヒルドの塔に招待しますよ」
 沿海州の英雄と視線を交わし、グインは重々しく頷いた。

「魔都と化した中原の真珠、クリスタルの解放は前哨戦に過ぎぬ。
 アモンを聖王宮より追放した後、真の戦いが幕を上げる。
 レムスの異変を見破った賢者、アルド・ナリスは鍵を握る存在だ。
 彼は魔道師軍団を率い、キタイ解放の戦いに全面的な支援協力を確約している。
 カメロン殿の御助力を得られれば、キタイの民に平和を齎す事も夢ではない。
 竜の門を追い払う為、キレノア大陸の東西に跨る戦いが始まるだろう。
 宜しく頼む、提督」

 信頼の置ける盟友から視線を外し、傍に頷く豹頭王。
 即座に意を察し、頭を下げる海の漢。
 中原の二大勢力を代表する政略家、英雄達の遠距離心話が途切れた。 
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