黒魔術師松本沙耶香 紫蝶篇
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34部分:第三十四章
第三十四章
事件が終わり二人は多額の謝礼を受け取った後で日本に戻った。飛行機で早く戻るのではなく船旅を楽しみながらの帰り道を選んだ。
豪華な客船での帰り道となった。沙耶香は船の後部のデッキで海を眺めながらワインを楽しんでいた。
「楽にされていますね」
白いテーブルに座っているとそこに速水が声をかけてきた。
「いえ、楽しまれていると言うべきか」
「ええ、そうよ」
速水に顔を向けて答える。その手にはグラスとワインがある。その杯を手に速水を見てきたのである。
「海を眺めながらね。こうしたものもいいものね」
「戦いが終わってくつろいでおられますか」
「それは違うわ」
それは否定してきた。
「これからのことによ」
「これからのことですか」
「そうよ」
その言葉に答える。
「彼女は今何をしているのか考えるとね」
「あの方についてですか」
「そうよ。また色々と考えているでしょうね」
「それは間違いないでしょう」
速水もそれに答える。
「あの方もあれで諦めの悪い方ですから」
「そうね。けれどそれは」
ここで速水から目を離して海を見る。
「私もよ」
「つまりまた会えば、ですか」
「そういうこと。楽しませてもらうわ」
「やれやれです」
その言葉に笑いながら側を通り掛ったボーイに声をかける。タキシードに身を包んだ黒い髪と目に彫の深い顔立ちの優雅な青年であった。
「申し訳ありませんがワインを」
「ワインは何を」
「貴方の御国のものを」
「それではモンテシーヨを」
リオハ地方の銘酒である。ボルドーのそれに似たコクのある味わいを持つ赤ワインである。彼の生まれはそこであるらしい。
「そしてチーズを。二人分」
「畏まりました」
「奢ってくれるのかしら」
「気が向きましたので」
沙耶香に笑って応える。身体は海を向いているが顔は彼女に向けている。
「それで宜しいですね」
「甘えさせてもらうわ」
すっと笑ってこう返す。
「その好意にね」
「有り難いことです。それでは」
沙耶香の向かいの席に座る。同じテーブルに向かい合った。
「これから日本への帰りは二人で」
「長くなりそうね」
「ですがそれがいいのですよ」
沙耶香の目を見て述べる。その琥珀の目を。
「貴女と二人でね」
「あら。二人じゃないわ」
しかし彼女はこう言うのであった。くすりと笑いながら。
「少なくともこの船の中ではね」
「また一人、ですか」
「いえ、三人よ」
うっすらとした笑みに変えて述べる。
「運がよかったわ」
「全く。側にいる者にも応えて欲しいものですが」
「さてね。まあ今はともかく」
「はい」
笑みを浮かべ合いグラスを合わせる。それから飲みはじめた。
日本へと向かう船の後ろには無限の青い空と海が広がりその二つは遠い果てで一つになっているように見えた。ダリというよりはマグリットを思わせる幻想的な風景を眺めながら二人は。今は優雅に美酒を楽しむのであった。
黒魔術師松本沙耶香 紫蝶篇 完
2007・3・20
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