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ソードアート・オンラインー死神の鎮魂歌

作者:みしん
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プロローグ――ひねくれ剣士

 俺が剣を鞘へと納めると独特な音が夜の荒野に響いた。

 その音はどことなく風情があるような気がして、聞いていると幻想的な世界にいる気分になる。

 幻想世界の住人は現実の世界の事など忘れてしまうのだろう。

 そこはきっと心地よくて、他のどこよりも自分のためにある世界のはずだ。それならどれほど素晴らしいことだろう。

 しかしそこはあくまで幻想。まやかしでしかない。その世界からはふとしたことで連れ戻されてしまう。誰であろうと例外無く、突然に。

 俺は忘れていたことが有ったのを思い出し、幻想の世界から引きずり降ろされた。

「大丈夫か?」


 俺はあわてて後ろで倒れている少女に振り向き尋ねた。

 問われた少女は返事をするでもなく無言で起き上がる。そのまま、俺の前方に転がる4人の青年をその青い瞳で見つめていた。その時の彼女の悲しそうな表情が俺の視界から離れられずにいる。

 少しの間呆然としていると視界の隅で4人の青年が無数の青いポリゴンに変換され始めたのが映った。

 宙に浮かぶポリゴンはまるで吸い寄せられるかの様に天へと向かっていく。俺たちはただそれを無言で見ていくことしかできなかった。

 ポリゴンが空へと消えていくその様が、あの世界同様、俺の目には幻想的な物に見えていたからだろうか。

 俺は言葉にできない感動を覚えていた。

 やがてポリゴンが見えなくなるといつの間にか地べたに座っていた彼女は小さく吐息を漏らす。俺は彼女を見ると幾ばくかの間の後、ため息とは違う小さな息を漏らした。

「どんな命でも同じくらい儚くて、……」

 独り言の様に呟く彼女の言葉を俺は黙って聞いていた。彼女は更に続ける。

「必死に生きようとした魂は、きっと……」

 そこで一旦止めると彼女は空を見上げた。
 何かあるのかと釣られて俺も空を見上げる。しかし、そこには何もなかった。それでも不思議と見入ってしまうような魅力がある気がする。
 何もない空に見とれていると、不意に彼女の言葉が耳に届いた。

「必至に生きようとした魂はきっと……強くて美しいんだと思う」

 それきり言葉がない空間は一陣の風が薙ぐだけだった。

 ◆◆◆

「うーん」


 懐かしい夢を見ていたような気がする。

 目を醒ますと木造の部屋に居た。どうやら眠ってしまっていたらしい。

 室内の床は円柱状の丸太が何本も紐で束ねられている造りとなっている。壁も似たような造りとなっていて、一般的ログハウスのイメージと大差ない。ベットの他には小さな窓ガラスとこれまた小さめの机が設けられているくらいの簡素な部屋だ。

 ふと昨日の事を思い返すと昨晩は珍しく我が家に帰っていた事を思い出し、この家で寝ていたことにも納得がいった。つまり今いる場所はマイハウスということになる。

 こうして、今自分が置かれている状況を整理していると頭に軽い頭痛を覚えていることに気付く。今思うと頭に頭痛って変だな。

 どうやら頭痛が痛いと同じようなことを言ってしまうくらいには思考が回っていないようであった。

 というのもこの仮想空間において病的な症状は発生しえない。バッドステータスの類いは存在するがそれは病気とはまた違うものである。だから本来頭痛なんてことは起こるはずがないのだ。

 まぁ病気は気の持ちようとも言うし俺の心が疲れているだけなのかもしれない。

 さて、ここで質問です。人が疲れた時にとる一般的行動は何でしょう?

 疲れた人間がとる行動は決まりきっている。ましてや娯楽の類が少ないこの世界においてはなおさらだ。あまり時間を無駄にしたくはないがこうも頭が痛くては動くのも億劫である。

 一日くらいサボってもいいよね?と心に言い聞かせ、俺は疲れた人間が取る一般的行動、つまり睡眠。ローマ字にして「SUIMIN」をすることにした。

 しかしそれは叶わず。

「ぐっ」


 目を閉じると突如頭に轟音が響き始めた。この世界における電話である。おかげで眠気がどっと引いてしまった。

 差出人を見て思わずため息が溢れそうになる。俺はそれを何とか抑え、渋々コールを受けとった。

「なんでしょうか?」

 俺が元気の無い低い声でしゃべると、電話越しから対照的な調子っぱずれに明るい声が聞こえてきた。

「やっほー。元気してる?調子はどうよー」

「うるさい、何の用だよ」

 俺は質問には答えず以前低い声で要件を尋ねた。こいつと長く話していてもいいことなどない、さっさと話を終わらせたいところだ。

 しかし俺の思いを知ってか知らずか彼女は更に話を続ける。

「今日ヒマ?」

「ヒマじゃない。じゃあな」

「あっ、ちょ……」


 そこまで聞いたところで電話を切った。大した用事でもなかった様だし特に問題は無いはずだ。

 まったく、あいつのせいで目が覚めてしまった。顔でも洗ってくるとしよう。

 その前に、机の上にある鏡の前に立つ。

 短めの茶髪黒のシャツに同色のズボンといつもの町中スタイルの俺が写し出されている。寝起きだからかだろうか、どうにも締まらない顔をしていた。

 俺は部屋の外にある洗面所へと向かうべく、ゆっくりとした足取りで出口の扉へと足を運んだ。

 扉の前の空間。何もない場所を人差し指でタップすると俺の目の前に画面が現れた。この画面が俺以外の誰からも見ることはできない仕様になっている。強いて見ることができる人物を挙げるならば神様くらいだろう。もっともこの電子世界において神などいやしないだろうがな。

 もしいるとするならばこのゲームの制作者である、茅場明彦その人物になるだろう。

 俺達が今いる世界、VRMMORPGソードアートオンライン。プレイヤーが実際にゲームの世界に入ったように遊ぶことができるゲームである。「ゲームであって遊びではない」というキャッチコピーに惹かれ、ソードアートオンラインを買った訳だが、そのゲームの製作者が茅場明彦ということなのだ。

 しかもその茅場明彦、あろうことかこのゲームをゲームでの死が現実の世界での死になるというデスゲームと化してしまったのだからお節介極まりないどころか最早犯罪である。

 脱出する方法はただひとつ。百層にいるボスを倒しこのゲームをクリアすることだという。だから俺はこうしてこのゲームを攻略するグループ、所謂攻略組というやつに加わって日夜暗い迷宮区に入り浸っているのだ。

 はてさて、そんな風に俺達を苦しめる茅場さんは警察にでも捕まったのか否か、今の俺には知る由もない。

 意味のない思考はタンスにでも仕舞っておくとしてさっさと顔を洗いに行こう。もっとも顔を洗うという行為でさえ電子空間であるこの世界において意味などない。要は気分の問題である。

 俺はオープンと書かれたボタンをタップした。すると自動ドアであるかのように勝手にドアが奥へと押し出される。わざわざこんな機能を使わなくても手動で開けれるのだがそれすらも面倒くさく感じるくらい今は気だるい。朝っぱらから鬱陶しい奴に絡まれるし最悪だ。

 そういえばあいつ今日はやけに早く引き下がったな。いつもならあと3回くらいは電話してくるんだが。

 不思議に思っていると扉がゆっくりと開かれる。部屋の外を見てみると目の前には一人の少女が居た。

 全体的に醸し出しているボーイッシュな雰囲気だけを見るならば彼女は女性には見えないかもしれない。

「やほー。さっきぶり」


 唐突に現れた彼女はそんなことを抜かした。ピンク色のボブを揺らして首を傾けると小さく右手を振りはじめる。

 普段は紺色のローブを纏っているのだが今日はフィールドに向かうつもりがないのか紫色のパーカーに黒のプリーツスカート、黒色のタイツと随分俗っぽい恰好をしていた。

 むしろゲームなのにこんな恰好を用意していることに驚くべきなのかもしれない。そんじゃそこらのゲームではそもそも私服なんてデータを入れている物は無く、ほとんどのRPGは装備用のグラフィックを用意しているくらいである。

 そんな中で裁縫スキルさえ獲得していれば服を手作りすることができるのだからプログラムを作った人物に感心せざるをえない。

 といっても俺は私服なんて用意してなく、部屋や町では普段装備しているコートを脱いだ程度の格好だ。

 別にゲームなのだからそこまで服装に気を使う必要は無いと思うのだが彼女は違うらしい。こんなゲームをやっている奴とは言え女の子ということなのだろうか、良く分からないな。

 まぁ服の事などどうでもいい。俺は奴が入ってこないようさっさと扉を閉める事にした。勿論最も早く動作を行うため今回は手動だ。

 俺はドアノブに手をかけ、勢いよく閉めようとする。が、何かに遮られそれが叶わなかった。すぐさま足下を見るとドアに彼女のブーツが挟められておりそれ以上は閉じることが出来なくなっていた。

 彼女の顔を睨み付けると、そいつの顔はスカイブルーの綺麗な瞳を怪しく輝かせ、不敵に笑って俺の顔を見すえた。

「今日という今日は逃がしゃしないよ」

 悪い顔のままドアをこじ開けようとこちらに向かって体重をかけてくる。俺は何か悪い予感がし、あらん限りの力をもってして迎え撃った。しかし、一体その華奢な体のどこから力が出てくるのか。並の男をも上回る力で俺を押し倒すと、そのままの勢いで部屋へと上がり込んできた。

「へへへっ。まだまだだね」


 彼女はそう言うと両手を後ろへ持って行き、可愛らしく笑った。見事なほどに倒れこんだ俺はぶつけた後頭部を擦りながら不躾な来客を睨んだ。

「んで?何しに来たの?ラピスさん?」

「遊び行こう!!」

 俺が尋ねるとラピスと呼ばれた少女は間髪入れずに答えた。それに対して俺も食って掛かる。

「いや、迷宮の攻略あるから無理だ。まぁ無くても行かないけど」

「相変わらず素直じゃないな、ファルは」

 俺の明らかな拒否にラピスは的はずれな事を抜かしてきた。いったい何を言ってるんだこいつは。

「いや、その事と遊び行くことは関係ないだろ」

 俺がため息を吐くと彼女は腕を組み「フフフ」と怪しく笑った。

「本当は迷宮攻略がサボれて嬉しいんでしょ?ほら、素直になりなよ」

 ……何を言っとるんだこいつは。迷宮攻略は現実世界に帰還するための唯一の手がかりだぞ。それをサボりたいだなんて思わないことは無いが……。それでもやらなくてはならない事に変わりはない。今遊んで良いことの理由にはならないだろう。確かに以前は迷宮攻略など俺の仕事ではないと思っていたが今は違う。

「それとこれとは関係ないだろ。第一お前も攻略組なんだからちゃんと迷宮に行けよ」

 俺が軽く叱るとラピスは暫し黙考してから勢いよく口を開いた。

「君に拒否権は無い。行くぞ」

 彼女は俺の腕を掴むと駆け足で部屋を後にする。こうなったラピスは止まらないだろう。大人な俺は諦めてラピスに従うことに決める。
 腕を掴まれ、引っ張られる格好になった俺は転ばないようなんとかバランスを保ちながらなすがままにされていた。

 諦めって肝心だよね……。

 ◆◆◆


 ソードアートオンライン。
 このゲーム開始からの最初の2カ月くらいは皆が慌てていたが今では大分落ち着いてきている。
 今、こうして上層に行くための迷宮攻略をサボって(強制)美少女とデート(連行)される程度の余裕はあると言えた。

 活気ある街に出た俺は未だラピスに引っ張られたまま「めんどくさいな」と思いつつすれ違う人を横目に連行されている最中である。

 第46層、ルーリア。これがこの街の名前だ。

 街は床が白色の石で作られており、中央には噴水がある大きな広場が有るという町になっている。今俺達がいるのはそこから歩いて3分ほどの距離がある場所だ。因みに俺の家は中央からやや離れた場所に有る。他に何か有るという訳でもないのだが、そこから見える景色が何となく好きでその家を買ったのだ。
 はてさて、いい加減目的地くらいは聞いておこうと声をかけた。

「いったいどこに行くんだ?」


 俺が聞きはしたものの、ラピスはただ笑うだけで俺の質問には答えない。その反応を見て俺は呆れ交じりにため息を吐いた。まったく、振り回される身にもなってほしい。

 俺は文句の一つでも言ってやろうと彼女の顔を覗いてみた。そこにはラピスの満面の笑みがあり、ひたすらにどこかに向かって楽しそうに走っている。

 いつだってそうだ。ラピスは人の言うことなど聞かずに自分勝手に突っ走る。

 目的が決まってるんだか決まって無いんだか俺には分からないが、いつも俺を取っ捕まえては振り回しているのだから迷惑きわまりない。出会った頃はこんな奴じゃ無かったんだけどなぁ。

 俺は少しの間ラピスの笑顔をじっと見ていた。チラリとこちらを覗いたラピスと目が合う。それはもう超が付くほどの満面の笑みだった。

 ま、楽しそうならそれでいいか。

 俺はまた呆れたようにため息を吐いた。

 そのまま暫く引っ張られているとラピスは唐突に立ち止まる。俺は転びそうな体を何とか立て直し、何事かと前を見てみる。そこでは、2人の男性がラピスに如何わしい視線を向けていた。
 一人は黒色の簡素な鎧をつけていて結構背が高い。
 もう一人はブルーのこれまた簡素な鎧を装備している。こいつはもう一人の奴より少し背が低く俺より数センチ高い位だ。
 背の高い方の男がラピスに詰め寄った。

「よぉねぇちゃん。そんなちんけな奴と遊ばないで俺と遊ばね?」

 男の言葉に思わず感嘆してしまった。今更そんな風にナンパする奴いないだろ。漫画とかドラマの見すぎかな?何にしても絶滅危惧種では無かろうか。
 ひとりごちていると取り巻きと覚しき男性も後を追うように口を開いた。

「そうするッスよ。ラドン様の言うことは聞いといた方がいいッス」


 いやぁ典型的な悪党のリーダーと子分だなぁと俺は他人事の様に眺めていた。

 ラピスは人差し指を顎に当て何やら思案している。この場に居座れば厄介事に巻き込まれるのは目に見えていた。ならここはさっさと立ち去るのが無難だろう。

  ラピスには悪いがそもそも俺がここに連れてこられたのもこいつのせいだ。別に無理してこいつに付き合う義理はないはずである。なら別に逃げても悪くは無いだろう。

 決まったのなら行動は早い。俺は抜き足差し足で後ろに後ずさり始めた。ラドンと呼ばれた男とその取り巻きはラピスの返事を今か今かと待ちわびている。子分の方は落ち着きがないのか右足を小刻みに動かしていた。どうやら二人とも俺の異変には気付いていないようである。

 対するラピスは未だに何か考えている様だ。こうしてまじまじと見ていると意外と可愛いな、とか下らない思考が頭をよぎるから極力こいつのことは見ないことにしよう。何にせよこちらに気付いている様子は無かった。

 妙な剣幕との距離はおよそ50センチ。このまま一秒辺り10センチも動いてやればものも5秒で1メートルもの距離が離れる。そこまで離れればさすがにバレるだろうが時既に遅し。そこから全力でダッシュすれば追い付ける者は居るまい。

 俺のステータスは素早さの部分にかなり枠を割いている。それに一応攻略組に属するのだからの並みの連中よりはレベルも高い。そうそうの人物では俺に追い付けるわけがないのだ。

 そんな事を考えながらも1秒、また1秒と時は進んでいく。現在の距離は80センチ。後2秒後に走れば誰も追い付けない。ラピスには悪いが俺はエスケープさせてもらうぜ。俺が内心で高笑いを決めた瞬間、嫌な予感がした。だがあと2秒だ。行ける、いや行かなくてはならない。

 徐々に焦り始めた俺の心境を知ってか知らずか時間は無情にも過ぎていく。残り一秒、10センチ。俺が辺りへの警戒心を強めていたその時、文字通り目にも止まらぬ早さでラピスの腕が俺の襟を掴んだ。驚いたのも束の間、ラピスは腕を引き寄せると俺は喧騒の中へと引きずり戻された。

「ぐへっ」


 引きずり戻された際ラピスの手が喉にヒットし、たまらず変な声が出てしまった。

 その様子を見てクスリと笑った彼女は俺を解放すると男たちを見上げて俺を指差した。

「こいつにデュエルで勝てたら遊んでも良いよ♪」

 何てことだ。案の定面倒な事態に巻き込まれてしまった。

「ラピス」

 俺は彼女に恨めしそうな視線を向けるも「ニヒヒ」と笑うだけで特に詫び入れるつもりも無いらしい。

 俺は嫌そうにため息を吐いてから諭すように言った。

「別にお前を助ける必要は無いだろ?勝手に連れてこられて勝手にデュエルしろって言われて、断る権利位はあるんじゃねぇの?」

 言い終えるとラピスは諦めた表情で僅かに息を吐いた。

「そっか。じゃあしょうがないね。ごめん、さっきのは忘れて。私がなんとかするから」

 ラピスは力ない声で言うと凄く悲しそうな表情を見せる。しかしそれも一瞬で、すぐにいつもの顔に戻ると、軽く片手を挙げて踵を返し去っていった。

 俺は今日何度目かのため息を吐く。
 少し奥、10メートル位奥でのラピスと男二人の会話が耳に入ってきた。

「ん、嬢ちゃんデュエルはしなくて良いのか?」

 ラドンの言葉にラピスは誤魔化すような笑みを作る。

「その相手って私じゃダメかな?」

 何を言うかと思えば……。俺だけじゃなく男二人も呆気に取られている。まぁラピスなら問題なく勝てるだろう。初めからそうしていれば良かったものを。しかしそれでは困ることが彼女には有るのだ、俺にはそれが彼女に取ってどれ程の事か分かっているつもりだ。俺の取る行動は決まっていた。

「いや、その相手は俺が勤めよう」

 男二人が不思議そうな顔で声の主を見る。

 ラピスは驚いた様な顔で乱入してきた人物を見ていた。

「今さら何しに来たの?ファル」

 声の主、つまり俺な訳だが、ラピスと男二人の間に割って入ると周りは微妙な空気になってしまった。少し気まずくなってしまったが今更引き下がるのは余計恥ずかしい。さっさと言うべきことは言っておこう。

 俺はクルリとラピスには体を向けると指でピースを作り彼女の目の前に突き付けた。

「二個だ」

「へ?」

 俺の言葉にラピスはキョトンと不思議そうな顔をする。確かに今のは俺の言葉が足りなかったな。

「スイーツカルデラの砂糖3割増ケーキ2個を奢ってくれたらコイツらを追い返してやろう。因みにひとり辺り1個の計算だ」

 補足的説明も加えるとそれを聞いたラピスは呆れた様にため息を吐いた。

「女の子助けるのに報酬を要求しますか?」

「無償で助けてやれるほど俺もお人好しじゃないんでね」

 俺のだめ押しの一言にラピスは両手を肩の上あたりに持っていくとやれやれとかぶりを振った。

「2個じゃなくて1個にまけて頂けないですかね?」

 まぁ2個も1個も大して変わらないかな?

「よし。交渉成立だ」

 俺は決心して男二人に向き直った。

「そう言うわけで俺の報酬のためにデュエルを申し込むぜ」

 俺の口許がニヤリと笑みを浮かべている様な気がしてならなかった。

 ◆◆◆

 場所は変わって同じ町の近くにあった広場でデュエルが行われることとなった。

 いつの間にか観客が集まり始めこのデュエルが見せ物に成り始めている。人に見られるのはあまりいい気分はしない。さっさと決着を付けたいところだ。

 既に準備は終え、開始の合図が出るカウントダウンが開始されていた。

 皆が固唾を飲んで見守るなか対戦相手であるラドンが重そうな両手剣を鞘から抜きながら俺に話しかけてきた。

「お前には悪いがあの子を手に入れるためだ、大人しく負けてもらうぜ」

 ラドンの言葉に俺は薄く笑う。

「俺もあんたにゃ恨みは無いがケーキの為だ。大人しく斬られてもらうぜ」

 そう言って俺は腰にぶら下げた鞘からラドンの剣とは対象的な小柄で細い剣を取り出した。
 カウントダウンもいよいよ大詰めで残り2秒となっている。そろそろ神経を集中させようとしたとき、俺の剣を見たラドンが急に笑いだした。

「そんな剣で俺に勝てると思ってるの?」

 デュエルが始まる直前、俺は言い聞かせるように口を開いた。

「剣はデカけりゃ良いってもんじゃないぜ」

 言い終わるのとほぼ同時にデュエルが始まる。開始のゴングが鳴るのを聞いた俺は剣を真横に構え即座に前方へ駆け出した。

 俺の武器は見た目は片手剣だが分類上は細剣として扱われている。故に片手剣よりも瞬間火力で劣るがその分連続攻撃によりダメージの持続力に長けているのだ。まぁ理論上では全ての武器のDPS(1秒辺りのダメージ量)に変わりはない。要はプレイヤーの腕次第でしかないのだ。

 ラドンは愚直に突っ込む俺を見て明らかに動揺していた。

 無理もない。本来デュエルは先手必勝というわけではなく、相手の出方を伺いそれに対応する形が一般的だからだ。というのも既にPVP(プレイヤー同士の戦闘)におけるセオリーは確立されていて、相手がこうすればこうする。相手の武器はあれだからああする。と言ったものが一般的に認知されていて昨今では暗記されるほどに浸透していた。それを踏まえた上でどう立ち回るかがデュエルにおける重要な部分でもあるのだ。

 ここで今回俺が取った行動は先手必勝作戦である。

 敢えてセオリーを崩す事により相手に精神的動揺を誘い判断を鈍らせる作戦だ。加えて相手の武器は両手剣。見た目からして重そうなその剣は攻撃の発生が遅く、対して細剣の攻撃の発生速度は速い。余程の反応力がなくては防ぐ事はままならないだろう。

 加えて俺のステータスは素早さ極振りだ。

 俺は一瞬でラドンの元まで詰めると後ろに出していた剣を左上へと切り上げる。ラドンはそれを後方へとバックジャンプする事により俺の攻撃を掠める程度に止めた。

 しかしそれでも僅かながらダメージは負っている。ラドンが体勢を立て直すよりも早く今度は左から右へと振りぬく水平切りを見舞った。反撃を試みていたのだろうか、ラドンは剣を振り上げようとしていたがとっさの判断で再びバックジャンプで攻撃を避ける。しかし僅かながらダメージは負っていることに変わりはない。このまま続けばラドンが負けることは目に見えている。俺はそのまま体勢を立て直されないよう間髪いれずに攻撃を加えた。

 上手く剣を振るえないラドンは攻撃を避ける事に精一杯だ。

 さてラドン側のこういった状況の対処方法は実は簡単な方法がある。それは一度攻撃を受けてしまうことだ。残念ながら細剣の威力は全武器の中でも低い方である。高威力のソードスキルであれば話は別となるのだが、通常攻撃では一撃くらい貰っても致命傷を受けることはまずない。

 俺の見立てではラドンもそこそこの実力者ではあると思う。ならばそろそろ対策方法に気付くころのはずだ。

 辺りがしんと静まり返り周りにはブーツが床を蹴る音と、剣が獲物を掠める音のみが響く。

 静かな空間の中、俺は単調な攻撃をしつつもラドンの僅な動きに注意を払っていた。少し間攻撃を続けているとラドンに動きがなくなったのが視界に入る。おそらく俺の攻撃を受けに来たのだろう。その様子を確認した俺は咄嗟に攻撃の手を緩める。しかし攻撃そのものを止めるまでには至らず、微弱な攻撃を受けたラドンは俺にだけ見えるように勝ち誇った様な笑みを浮かべた。

 俺が何か言い換えそうかと考えるのも束の間、ラドンはすぐに剣を構えた。俺が掠め続けた攻撃でもラドンのHPは確実に消耗している。余程の実践慣れをしていなければ焦りが出るのが人としての性質というものだろう。俺の予想では必殺の一撃、ソードスキルを放ってくるはずだ。

 両手剣は細剣とは違い一発の威力が大きい。発生までのタイムラグが短い広範囲技でも初撃決着モードを終わらせるには充分なダメージが入る。しかし、それも来ることが分かっていればさして怖くもない。向こうが威力の両手剣ならこちらはスピードの細剣だ。両手剣なんていうデカブツよりも発生スピードの速い技は幾らでもある。それに加えラドン自身のHPも大分消耗している。一撃で充分カタは着くだろう。

 俺はラドンの攻撃を避けようと半歩後ろに下がる。その様子を見たラドンはいよいよ口許を怪しく歪ませた。勝利を確信したのだろう。つい可笑しく思い鼻で笑ってしまった。

 俺の反応にラドンはどう思ったかは分からない。半歩下がった俺は左足を軸にして、時計回りにおよそ40度程度体を捻りその勢いで右腕を後ろに引いた。そして引いた腕をラドンの下半身に向けて勢いよく突き出す。

 ソードスキル「オブリーク」、下段に放つ突き攻撃だ。

 似たようなソードスキルにリニアーというものがあるが、オブリークはそれよりも範囲が狭い分威力が大きい。ソードスキルを放つために身動きが取れなくなっているラドンに攻撃を当てるのには攻撃範囲など不要だ。

 俺が放ったオブリークがラドンの右足に命中する。ソードスキルを放つべく硬直していたラドンはどうもできず呆然としていた。

 辺りに響いたデュエル終了の合図を聞いた俺は踵を返すべく前かがみの姿勢から立ち上る……はずだった。

 ラドンが攻撃しようとして硬直していたソードスキルが俺に命中する。その衝撃で俺は地面に突っ伏す形となってしまった。デュエル自体はすでに終了しているため俺にダメージはない。だけどなんていうか、痛い。主に精神が。

 俺の無様な光景を見たラピスは腹を抱えて笑っていた。

「あはははは。デュエルに勝って尚且つ観客を魅せるとかもう最高っ」

「っせぇなぁ。勝ったんだから文句言うなよ」

 俺は愛剣を腰にぶら下げた鞘へと納めながらラピスの元へと向かった。

 デュエルが終わったからか周りにいた観客は各々散りじりにその場を後にしている。対戦相手でもあるラドンとその子分らしき男は俺達には何も告げず逃げるように消えていった。まぁ何か言われたからと言って大したことも言えないのでむしろ好都合かもしれない。

 周りでは誰も聞いていないと思うので更に続けて愚痴をこぼすことにした。

「第一人に見せるためにデュエルしたわけじゃねぇのに。はぁ」

 思わずため息がこぼれる。あまり他人にに見られたくないんだよなぁ。

 俺の様子を見たラピスは「ふっ」と息をこぼすとニコリと笑った。

「ま、何はともあれ私のこと助けてくれたのは嬉しかったよ。ありがと」

 ラピスの笑顔にたまらず言葉に詰まった。こうも素直にお礼を言われてはなんと返したものか困ってしまう。

「まぁなんだ。それなりの報酬はもらうわけだからな。当然のことをしたんだから礼なんて言われる謂れはないぞ、うん」

 俺の言葉にラピスは「あはは」と声に出して笑った。

「男のツンデレは流行らないぞ?少しは素直になったら?」

「はいはいツンデレツンデレ」

 ラピスの言葉を半ば聞き流すように受け答えするとどこかのツボにでもハマったのかまたしても笑い始めた。

 ひとしきり笑うと「うん」と気合をいるように呟いて俺の手首をつかんだ。

「とにかくこれで目的地は決まったね」

「目的地は決まったけど俺の腕をつかむ必要はないんじゃないですかね?わざわざ引っ張らなくてもついて行くぞ?ケーキのためだし」

 俺の反応にラピスは「そう?」と少し残念そうに言っって手を放した。あまりその理由について詮索するのは止めておこう。色々考えると恥ずかしくなってしまう。

「ほら、さっさといくぞ?」

 恥ずかしさを紛らわすようにそんなことを口にした。

「そうだね」

 ラピスは踵を返し一歩俺の前へと出た。

「本当にありがとう」

 ラピスの優しい声音はどことなく本音であるような気がする。いや、きっとラピスの言葉はいつも本音なのだ。嘘偽りが無いからこそ彼女の事は信用できる。そして、本音であるとわかってしまうからこそその気持ちがはっきりと俺に伝わってくるのだ。

 少なくともあの表情を見せている今だけは、その気持ちが俺にも伝わってきていた。なら、そのお礼を受けとる権利くらいはあるのかもしれない。

「どういたしまして」

 俺の口から意外な答えが返ってきたのだろうか、ラピスはキョトンとして俺の顔を見つめるとすぐにクスリと笑う。

「意外に素直に受け取ったね。良いことだよ」

 ラピスが一人うんうん頷くのに俺はぽつりと言い返した。

「別に、ツンデレうんぬん言われたくないからな」

「そこは素直じゃないんだよなぁ」

「うるせぇ」

 そんな事を話ながら目的地であるスイーツカルデラがある町の中央へと向かって白石の上を踏みしめた。







 
 


   
 

 
後書き
まずはお礼を言わせてください。
こんな作品を手にとっていただきありがとうございます。

もしかしたら原作の設定と食い違っている部分とか有るかもしれないですが大目に見てください。
作者は遅筆なので更新が遅いかもしれないですが気長に待って頂けると幸いです。
最後に一言。これから頑張って書いていくのでどうぞよろしくお願いします。 
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