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黒魔術師松本沙耶香  紫蝶篇

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2部分:第二章


第二章

「それはタロットですか」
「はい、妹さんを占わせて頂きました」
 彼は言う。
「出たのは生命力の証。ですから大丈夫です」
「そうなのですか」
「ただ」
 彼はここでまた懐からカードを出してきた。それは吊るし人のカードであった。
「よくはない状況に置かれていますね」
 その吊るし人のカードをロスアンヘルスに見せながら述べる。見ればカードの中の男は縛られて吊るされている。それが何を意味するのか速水にはよくわかっていた。
「囚われています」
「誘拐されたと」
「おそらくは」
 彼は答える。
「しかし御命は」
「それを安心していいのですね」
「ええ。それでは詳しいお話を」
「それでは」
 速水は二人が座っているテーブルについた。そこで詳しい話をはじめるのであった。
「実は二人御呼びしていたのです」
「そうだったのですか」
「ええ」
 そう二人に対して答える。
「お話していなくて申し訳ありませんが」
「いえ」
 しかし二人はそれをよしとした。そのうえで彼女の話を聞く。
「残念ですが手懸かりも何もありません」
「そのようですね」
 速水がそれに応える。
「またこれが出ましたから」
 懐から出したカードはやはり吊るし人であった。苦境を意味している。
「今のところはそれですね」
「ええ。それにしてもタロットを使われるのですか」
「はい」
 速水はその言葉に応える。
「変わっていますか。日本人がタロットを使うのは」
「いえ、別に」
 しかしロスアンヘルスはそれを否定しなかった。あえてこう述べる。
「むしろかなり広まっているものだと思いまして」
「私にはこれが一番なのです」
 口元に笑みを浮かべて述べてきた。
「これがね」
「そうなのですか」
「はい。占いはインスピレーションです」
 そう答えてきた。
「だからこそ私はタロットをしているのです」
「そのカードにより全てを教えられる」
「その通りです。今もまた」
 また述べる。目が静かなものになっていた。
「見ているのです。カードから」
「それにしてもね」
 沙耶香がここで述べてきた。
「何もわからないというのは残念なことですね」
「ええ。ただこれは妹だけではありません」
「といいますと」
「やはり」
「そうです」
 彼女は二人を目だけで見回す。それからまた答えてきた。
「この街全体で。かなりの少女が消えているのです」
「少女が、ですか」
 沙耶香はその言葉を聞いて思案の色をそのブラックルビーの瞳に浮かべてきた。そのうえでさらに考えだしているようである。
「他には」
「男の人の行方不明者はありません」
 彼女は答える。
「そうしたようなものは」
「そうしたようなもの」
 速水がその言葉に反応を示してきた。そのうえで問うてきた。
「何か特徴があるのですか?」
「全て夜なのです」
 ロスアンヘルスはまた述べる。
「少女達が消えたのは」
「夜、ですか」
 沙耶香はそれを聞いてさらに思案に入った。その目には夜の世界が見えているようであった。
「そうです、夜に」
「そこですね」
 沙耶香も速水もそれを聞いて述べてきた。二人は同じ言葉を出してきていた。
「問題があるのは」
「そうですか、やはり」
「そう、夜ですね」
 夜という言葉を語る沙耶香の目が妖艶に細まってきた。まるで夜そのものを待ち望んでいてその到来を楽しんでいるかのようであった。
「夜なのですよ。本当の時間は」
「本当の時間!?」
「そうです。夜こそが世界の真の姿」
 彼女は言う。
「美も妖もそこにあるのです」
「スペインの夜は長いと言われていますが」
「ええ」
 その言葉に妖艶に笑ったまま頷く。目はその夜を見て楽しんでいた。
「そうですね。ならばお任せ下さい」
 彼女は言う。
「この仕事。喜んで引き受けさせて頂きます」
「有り難うございます」
 ロスアンヘルスは綺麗なスペイン語で返した。当然ながら沙耶香も速水もスペイン語で話をしている。それは流暢で整ったスペイン語であった。二人はまるで日本語を操るように話をしたのであった。
「では貴方は」
「私はですね」
 速水はいささか真面目な態度でロスアンヘルスに応える。
「依頼された仕事は来る前にカードに教えてもらうのです」
「カードに」
「ええ。そしてその仕事を受けるかどうか決めます。受ける時は」
「その時は」
「既に来ています」
 そう述べてきた。
「ですから今は」
「受けて頂けるのですね」
「そういうことです」
 こくりと頷いて答えてきた。
「それではセニョリータ=ロスアンヘルス」
「はい」
 彼のセニョリータという言葉に目を細めさせて応える。
「今後共宜しくお願いします」
「わかりました。それでは」
 それに頷いてからボーイを呼び止めてきた。それでまた注文する。
「ワインをどうぞ。私の奢りです」
「あら、気前がいいですね」
 沙耶香はその言葉に今度は口元に笑みを浮かべさせてきた。まんざらではないといった顔であった。

 
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