蒼翠の魔法使い
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Episode 2:metamorphosis―豹変―
柚夜はゆっくりと口を開いた。
「―――」
何かを言った。――が、あたしは、なんと言ったか分からなかった。
聞こえにくかった訳じゃなく、異国の言葉を言われて『何ソレ?』となる感じに近い感じだ。
あたしは、ちゃんと聞いたことがある、見たことのある単語だった。
――『別れよう』――
聞いたことがあるけど、それはドラマや友達の相談でだけ。見たことがあるけど、小説や漫画でだけ。直接言われたのは、初めてだった。
「……別れよう…って……ゴメン、意味が分からない」
意味を教えて欲しい。辞書並に詳しく。とっても詳しく。
「えっと…まず、謝んなきゃだな。悪ぃ」
「……謝る意味が分からない。別れるの意味も分からない。教えて…」
あたしは、何も考えられなくなっていた。
「ねぇ、教えてよ!!」
その台詞が合図だったかのように、柚夜がいきなり握っていた手を振りほどいた。
手の平には、僅かな温もりが残っているが、徐々に失われていく。その温もりが消えるのを体が拒んだせいか、勝手に拳をつくった。
そして、再び訊ねる。
「…ねぇ、教えてよ…」
「………」
返事は無い。
公園には街灯の灯りがあるものの、街灯から少し離れたところは真っ暗だ。その暗闇の先には人の気配が全く感じられない。
そんな暗闇と静寂が支配する方へと柚夜は歩き出す。
「……ねぇ…」
もう耐えられなかった。
涙を流さないように、壁を作っていたのに、その壁は音を立てることなく崩れていく。そして崩れていくと共に、涙が溢れ出した。
「………」
やはり返事は返ってこない。
何か悪いことでもしたのだろうか? それはそれで、言ってもらわないと分からない。謝って欲しいなら、謝って欲しいと言って欲しい。そしたら、謝る。泣きならだけど、謝る。もしかしたら、涙と一緒に鼻水まで流れ出すかもしれない。それでも、謝る。
そんなことを考えながらも、柚夜を見続ける。……が、柚夜本人は、目を合わせないどころか、顔すらも合わせようとしてくれない。
「……ちょっと…」
柚夜が近くにあったブランコに座る……のが、うっすらと分かった。
そして、ゆっくりとブランコを漕ぎだす。
キィーッコー、キィーッコー
公園にブランコの音だけが響く中、柚夜は口を開いた。
「…期限切れってヤツだ」
「……期限………切れ…?」
「あぁ、そうだ」
意味が分からない。
期限切れ? 何? 何が?
頭の中には、《期限》関連のワードが浮かび出す。
提出期限、賞味期限………消費期限。
最後の方は、浮かばない方が幸せだったワード。なぜなら、消費期限が切れた食品は捨てられる。そしてあたしの|何か(・・)の期限が切れた。ということは………捨てられる?
いや、あたしの考え過ぎなのかもしれない。一応ちゃんと聞かないと。
「……どういう…こと? 詳しく、詳しく教えてくれない?」
「あぁ、いいぜ。お前にコクる前の話だ」
そういうと、柚夜は一言だけ言う。
「俺と七桜達でゲームをやってよぉ、俺が負けっちまったんだ。んで、罰ゲームで誰かと高校二年生まで付き合う」
「意味が……わからない…よ…」
雪降る公園には、呆然ぼうぜんとするあたしがいて、黙々と一方的に話す柚夜がいた。そう思うくらい、他人事のように感じられる。
「コクる相手は、テキトーでよ」
「……えっ…?」
「んで、たまたまお前になったわけ」
どんどん、柚夜の態度が変わっていく。そんな変化に気遣う余裕はとうに無くなっていた。
「…えっ…? じゃあ……柚夜は……あたしのこと……」
「あぁ、好きとかマジでねーわ」
「…嘘……でしょ…?」
「んな、ジョークなワケねーじゃん」
体に雷が落ちた様な衝撃。立っているのがとてつもなく辛いくらいに、衝撃を受けた。頭の天辺から足の指先までジリジリとする感覚。
――自分は偽物の恋をしていた。
あの時一緒に行った遊園地や喫茶店などで、見せた柚夜の笑顔は偽物で、キスをして『大好きだよ』と言いあって抱きしめられた時のあの言葉、行動、全てが偽物だった。
「お前を選んだのは、七桜だぜ? 七桜がよぉ『ウチさぁ、珠澪とチョー仲良いよ? ウチからなんか吹き込んどいてやるから、うまくやんなよー』だってよ。勝手に決んなって話だよなほんと」
七桜とは小、中、と同じだった。しかも、小学生の頃はよく遊んだり、恋バナなどもした。そんな七桜が……。
「………」
返す言葉が見あたらなかった。
頭が、ぼーっとして脚に力が入らなくなって、やがて座り込んでしまう。
地面にスカートの布一枚を隔てて接している、膝がとてつもなく冷たい。けど、脚には力は入らない。
ちょこちょこ頬に当たる雪は、時間と共に増していく。
徐々に頬からは、温もりが消えていく。そんな中、大事な何かが、暖かな水滴と共に頬を伝って、ゆっくりと垂れていき、そして、顎から滴り落ちる。
「んじゃ、そーゆー事だ。俺、帰るわ。あー寒ぃ」
柚夜がブランコから立ち上がり、あたしの横を通り過ぎて公園から出た。……が、すぐに立ち止まった。
少し期待してしまう。
実は嘘でした。なんて言いそうで……。
でも、そんな言葉は出るはずもなく、出た言葉は――
「今夜、家に誰もいねぇーから、ヤってくれるなら別れないでやる」
何かが切れた。
その何かが切れたことによって、脚に力がは入り立つことができた。
ゆっくりと立ち上がり、膝に付いた砂をパタパタと落とす。
「おっ、来るか? やっぱ俺無しじゃいられねぇーってヤツか?」
柚夜がバカみたいな事をほざいている。
そんなわけ無い。全く無い。皆無だ。
右手には、思いっきり力を込めた拳をつくり、ゆっくりと近づいていく。
「お前さー、処女だろーけど、優しくしねぇーからな。俺さ、激しい方がいいからよー」
脚に力を入れて、地面を蹴る。
「うわぁぁぁっ!!」
悲鳴が混じった声であたしは叫びながら、柚夜の顔面めがけて拳を突き出す。
見事に顔面に命中した。
あたしのパンチを受けた柚夜は、フラフラ蹌踉めいた後、しりもちをついた。
おそらく、不意打ちだったからここまでくらったのであろう。
「いってーな! ちょーしにのんなよくそが!!」
今まで被っていた仮面が完全に剥がれた様に、柚夜のあたしに対する態度が一変した。
「優しくしてやってりゃあよ! ふざけやがって!!」
柚夜は立ち上がるとあたしの髪を掴み、殴りだした。
殴られる。殴られる。殴られる。
殴られる度に頬が痛む。
「痛いっ! やめて! ごめん! ごめんなさい!!」
「はぁ!? ふざけんな!! 人を殴っといて『ごめんなさい』で済むと思ってんのか!? あぁ!?」
そう怒鳴りつけると、あたしを地面に叩きつけて、顔、身体を蹴り始めた。
頭、胸、腹、脚、背中、至る所を激しく蹴られる。
何であたしがこんな事をされなきゃいけないんだろう? 悪いことをした? それとも――
次の瞬間、頭にガツンと衝撃が走った。そして、あたしは意識を失った――。
後書き
こんにちは、または、こんばんわ! 浦野 大空です。
気づいた方もいるかもしれませんが、この小説は週一で投稿しています。これからもできる限り続けようと思います! 応援よろしくお願いします。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
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