聖愚者
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
7部分:第七章
第七章
「しかしそれでも神を信仰しているのだな」
「ええ、それは間違いありません」
二人の目は鋭い。ルブランは常に宮中に出入りしていて従者はその彼に仕えている。それにより人を見抜く目を育てているのである。
「そのことは」
「欲がなく純粋に神を信じられるか」
「白痴にそれができるのでしょうか」
「フランスでは聞いたことのない話だ」
ここでも彼等の国の話が出る。
「全くな」
「我が国ではそもそも白痴ならば僧侶になることなぞできませんし」
「その通りだ。しかしこの国ではなることができる」
このことについても言及する。それはとても信じられないことだと。それで今もこうしてこのことについて話をしていくのであった。
「それ自体も不思議なことだがな」
「しかも敬愛されているとは」
「話してみるか」
ここでルブランは言うのだった。
「話をな。してみるか」
「あの聖愚者とですか」
「見るだけでは全てはわからないのではないのか」
考える目で述べた言葉であった。
「そう思ってな。どうか」
「そうですね。悪くはないと思います」
従者も彼のその言葉に少し考えてから言葉を返した。
「それもまた」
「そうか。ならば行くぞ」
「ええ。それでは」
こうして二人は足を急がせて聖愚者のところに向かった。彼は道の端にしゃがみ込みそこで懐から黒いパンとチーズを取り出して食べはじめた。ルブラン達はその彼の前に来て声をかけたのだ。
「もし」
「はい?」
聖愚者はルブランの声を受けて顔をあげた。やはりその声も目も焦点が合っておらず呆けたものであった。
「何か」
「貴方は僧侶ですね」
「そうです」
その声で返してきたのであった。
「そうですけれど」
「貴方は神を信仰しておられるのですか」
「神のことしか考えられません」
こうした返事であった。
「私は」
「神しかですか」
「神のことだけしか考えられず見えません」
こう話すのである。
「ただそれだけです」
「それだけ?」
「旦那様、それについてですが」
従者は聖愚者のその言葉を聞いて暫し考えていたがやがて主に対して述べた。それはこういうことであった。
「ですから白痴なので」
「多くは考えられないのか」
「そうだと思います」
「そうか。それでなのか」
彼のその言葉を聞いて納得するルブランだった。
「だから考えられないのだな」
「ええ。おそらくは」
こう主に話す。主もそれで納得した顔になっていた。
そうしてそのうえで。あらためて聖愚者に対して声をかけるのであった。
「神だけなのですね」
「他には何も必要ありません」
今度の言葉はこうしたものであった。
「神だけで」
「そうなのですか。神だけで」
「神は全てをお与え下さっています」
不思議と厳かな言葉であった。
「だからこそです」
「神が全てを」
「私をこの世に出して育ててくれています」
彼は言った。
「それで全てではないのですか」
「ふうむ」
ルブランは今の彼の言葉を聞いてまた考える顔になった。この言葉は彼が生まれてはじめて聞いたものであった。だからこそ考えたのである。
ページ上へ戻る