起きて半畳
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2部分:第二章
第二章
「とにかくいいから持って来るのじゃ」
「はい、それでは」
「わかりました」
彼等のうち幾人かがすぐに布団を持って来た。その布団は畳一畳分完全に覆った。家康はその覆われた布団を見下ろしながら家臣達に語った。
「一畳じゃな」
「はい」
「それだけの大きさです」
「そう。一畳じゃ」
ここでまた言う家康だった。
「畳一畳。寝てそれだけじゃ」
「確かにそれだけですが」
「ですはこれは一体」
「寝てこれだけの場所が手に入る」
彼はまた言った。
「たった一畳だけな。手に入るのう」
「ええ。それじゃあ」
「これだけですか」
「そしてじゃ。今わし等は立っておる」
家康は今度はこう告げた。
「こうして立っておるのう」
「はい、それもまた」
「その通りですが」
「立って半畳じゃ」
見れば確かにその通りだった。家康が立っている場所は半畳分だった。それだけである。
「それだけじゃな」
「立って半畳ですか」
「そして寝て一畳ですか」
「それだけじゃ」
家康はまた言った。
「立って半畳、寝て一畳じゃ」
「といいますと」
「どういうことでしょうか」
「それだけのものじゃ。天下で自分のものになるのはそれだけじゃ」
これが家康の言葉であった。
「確かにわしは将軍になった」
「はい」
「そして幕府も」
「幕府も開いた。しかしわしの思うままになる場所はこれだけじゃ」
「僅かこれだけとは」
「それでは」
家臣達は皆唖然とした。その唖然とした彼等の顔を見ながらさらに語る家康だった。
「天下でわしの思いのままになる場所はこれだけじゃ。そしてわしのものもこれだけじゃ」
「たったこれだけですか」
「天下を握られても」
「左様。天下人になってもそんなものじゃ。後は何もわしの思う通りにはならん」
また言う家康だった。
「そうした天下を治めるのが天下人じゃ」
「では天下を取っても」
「全てが思い通りにはならないのですね」
「何も思い通りにはならん」
今の言葉には達観さえあった。
「思い通りになるのは精々一畳分じゃ」
「では我等と同じですか」
「一畳では」
「左様、思いのままにできるものはな」
こう家臣達に語るのであった。
「秀忠にも後の者にも伝えておけ」
そしてこうも言うのであった。
「このことをな。しかとな」
「は、はい」
「それでは」
このことは実際に当時次の将軍候補の一人であった秀忠にすぐに伝えられ後の将軍家の者達にも伝えられた。この言葉が最後まで残ったのか徳川幕府は長きに渡って続きその中で多くのものが生まれた。家康は決して天下を自分のものとは考えなかった。色々と嫌う人間が今だにいる彼であるがこのことだけは間違いないようである。その証に徳川の時代は実に長いものになりその治世は終始穏健で公を守るものだったからである。
起きて半畳 完
2009・9・11
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