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乱世の確率事象改変

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雪の白さに蓮は染まりて

 
前書き
長い事更新出来ず申し訳ありませんでした。
家庭と仕事の事情で執筆をまともに出来ておらず。
どうにか落ち着いてきましたので更新再開していきます。 

 
 馬を並べて進む一団があった。
 兵達を疲れさせ過ぎないようにと細心の注意を払い、いつでも全力で戦を行えるように整えつつ……コレが全速力。
 逸る心を無理やり抑え付ければ、自然と身体に出てしまうのは当然の事で、雪蓮は少しばかり落ち着きが無かった。
 いつもなら咎めの声くらい飛んできてもいい。断金とまで称される仲である冥琳が、溢れ出る熱を言葉で少し抑え付けるはずなのだ。
 されども今日はそれが無い。
 黙したまま、冥琳は眉間に指を当てて思考に潜る。幾重も、幾多も積み上げられる状況の数々が、彼女の頭の中で雷光の如くめぐっていた。

 やっと劉が仕掛けた策、虎を縛る鎖が解けた。
 袁家との大戦が収束に向かっていると早馬があり、さすがに最後まではいいだろうと説き伏せてどうにか出てきた。
 これで孫呉の叛意無き様は証明された。堂々と真正面から“漢を滅ぼすモノ、もしくは漢を再興するモノ”として戦を行えるようになった。
 とは言っても、どちらにしろ一つの勢力とだけは敵対が確定しているわけであるが。
 孫呉の者達には、敵対確定の曹操軍以外に対しての広い対応が開けたと言っていいだろう。民の反発も抑えられるし、曹操を打倒した時に手に入る地にも少しだけ手を討てたわけだ。

 ただ、都で間に入った己が地の情報は大きい。

 陳宮率いる劉表軍が攻め入ったと始まり、村々が蹂躙され始めたと次いで来て、街々が燃やされだしたと遅れて入り、最後に飛将軍が遊撃に回って各個撃破され抑えようが無い、と。
 まさしく泥沼。あの場を掻き乱した悪龍と同じように、乱世での戦でさえぐちゃぐちゃに掻き回された。

――バカな……

 と、初めは耳を疑った。其処まで脆いはずが無い。村に立ち寄る兵士に気付かないほど孫呉の豪族達も疎くないはず。蓮華や亞莎や穏、祭が居て其処まで悪い状況に陥るはずが無い。
 二人共そう思った……が、失態に気付く。
 洛陽に向かう前に、冥琳は蓮華に勧めていたはずだ。街の警備隊の強化を行ってもよいと。そうすれば軍の仕事も減るし、民が防衛意識を持つことでその街はより深い絆で結ばれる。
 ただ、そういった新しい事を始めるには何事も準備が居る。他の場所に広げるのも一苦労だ。一月、二月、どれくらいで他の街に浸透するかなど“一つの街で成功させてみなければ分からない”。

 ほいほいと警備隊を他の街に連れて行けば守れるようになるなどと……そんな万能な警備隊など存在しない。
 夢幻に過ぎない。高度に成長した現代でさえ……訓練を積み上げた自衛隊や海外の軍でさえ……他の国の民を救うのには多くの準備時間や試行錯誤の時間が必要なのだ。
 この時代の人々の防衛力は低い。新設された上で派遣された警備兵が、たかだか街の治安を守っていた程度の“兵士もどき”が、群れて襲い来る賊徒や軍行動を行う兵士に敵うはずがなかろう。

 劉備軍が進めていた区画警備隊は兵士崩れのモノを叩き上げた防衛力で、本物の軍と練兵をしたりと生半可なモノでは無かった。故に劉備軍が作り上げた区画警備隊は強く……それを昇華させた華琳の街の区画警備隊は軍が攻めて来ても戦える程の、ある種の義勇軍とも呼べる。ただし、他の街で戦うとなると地理や風土、民との連携連絡等々の問題が多々立ちはだかり、話はやはり別なのだが。
 対して孫呉は、自衛力を高めるには圧倒的に時間が足りなかった。外の遣り方を取り入れるとしても、“分かる”と“出来る”では尋常ならざる壁が其処に立ちはだかるのだ。
 生真面目な蓮華は、その準備を怠ることはしない。きっとその壁を見つけて悩み、他の地域ではまだ出来ないと試すことさえ出来なかったはずで、自衛力の強化を方々の街々に連絡することまでは届き得なかったのであろう。

 その場に冥琳が居たなら違う。
 各地域で試させ、問題点を提出させて改善出来るよう各々に任せる。たったそれだけで街の警備意識ががらりと変わったであろう。
 不可測の先手を打ち、これほどまでに最悪の状況にはならなかったはずだ。せめて七日や十日はこの事態を遅らせることも出来たかもしれない。
 蓮華の色、その堅実で安定した遣り方は治世ならば正しい順序だが……乱世ならば例え急増された張りぼて程度の意識改革でさえ必要だった。

 ほんの小さな所での裏目。
 まさかこんな策など予測出来るはずも無い。せいぜいが軍として強襲を掛け、其処から長く繋がると思っていた程度。
 冥琳の予測を越えて、悪龍の求心力が高かった。そして陳宮がただの戦術軍師に収まらなかったということ。

――どうする……この戦を終えても陳宮と飛将軍が何処に潜んでいるか分からないとなると、こちらはより一層酷いことになるぞ。
 一番酷いのは“アレ”だ……他の勢力と協力関係を結ばれることだ。特に此れから信用したいモノと手を組まれると厄介なことこの上無い。

 常人の及ばぬ先まで未来を読む。自分の脳髄をフル回転させて一つ一つ膨大な情報を整理して頭の中に押し込んで行く。そうしなければならない理由があった。

「……ね、冥琳。曹操と徐晃の組み合わせに綻びはあると思う?」

 冥琳と同じように、雪蓮でさえその理由に思考を馳せていた。
 家の現状はもっと調べてからしか整理出来ない。蓮華や亞莎、穏や祭、明命や思春がどう動いているのか把握してからの方がいい。
 だから、せめて自分に分かる部分だけでもと彼女達は思考を読み解く。

 帰還する途中の明命から入った大きな情報。袁家の敗北、覇王と黒麒麟の策略。戦の終端は恐ろしいにも程があった。
 考えれば考える程に理解出来ない。“そんなバカげた方法を思いつく方がおかしい”。目に見えて才能が溢れている曹操なら分かる……だがやはり、黒麒麟だけは冥琳にとって異質に過ぎた。

――嗚呼……黒麒麟が何故、私には考え付かないモノを……

 心労は徐々に身体を蝕んで行く毒。智者としての恐怖と、軍師としての興味が黒麒麟を理解しようと思考を積んで、またそのモノを欲してしまう。
 恐ろしいから分かりたい。自分のモノサシで測りたい。そうして安心したい。それなのにやることが彼女の予測を悉く裏切って行く。そのせいでか、冥琳の目の下には色濃い隈が出来ていた。

 雪蓮は、それでも気丈に振る舞う冥琳に一度だけ声を掛けたが……二度目はなかった。雪蓮が口に出せばより明確にそのモノの異質さを際立たせる気がしたから。
 故に、敢えて問いかける。

 彼女達からはこう見える。表と裏、光と影、日輪と真月……そんな二人の覇王が全てを従えんと高みから見下ろしている、と。
 差異があれば、不和があれば、きっとその関係は脆く崩れ去るはずなのだ。互いが互いに喰らい合う。だから二人の関係に波紋を波立たせる小石が欲しい。

「……曹操が徐晃を客将として扱って、徐晃もそれを是としている。それでいて臣下の礼など一つも取らせず自分から取ろうともしない。片方が我欲を持っていない時点で綻びは有り得ん。それは……曹操の在り方から一番分かることだろう、雪蓮?」

 ただ、やはり答えは否。
 普通、才能がある者は野心を持つ。手が届くなら追い掛けてみる。自分が一番になれるなら、その望みは叶えたいはずなのだ。
 が、徐公明に野心は無い。そのくせ正式な将にならないのだから性質が悪い。そんなわけが分からない関係の二人に、こちらから離間などの手を打てば逆手に取られて返り討ちにされるだけだ。
 覇王曹孟徳は気にしない。徐公明がどんなことを考えていようと、野心があろうと反骨心があろうと、己の部下となったそのモノの事を、いや、“絶対に裏切らないと信じた自分を信じる”のだから。

「そうね……“私達には”二人の綻びを見つけることは出来ないし徐公明を利用することはもう手遅れ。出来る可能性があるとすれば……白馬の王だけか」
「ああ。明命に張コウが伝えたあの言葉、黒麒麟は間違いなくこちらを本気で潰しに来ているが……わざわざ徐州での話を口に出すということは何かしらの意図を隠してもいる。せめて劉備軍内部の詳細情報があれば助かるんだが……な」

 言伝は幾重の意図を含んで。孫呉の頭脳である冥琳の思考を束縛しに来たのは間違いなく。曖昧にぼかされた情報は敵なのか味方なのかすら分からせない。
 獅子身中の虫なのか、それとも本当に覇王と共に戦っているのか……それさえ分かれば手の打ちようはあるが、さすがに情報が少なすぎた。

 そうやって、冥琳の脳髄は日に日に許容量を超えて行く。
 敵の思惑を回避しようとして、乱世の先を読めてしまうから、彼女の心労は日々徒然溜まって行く一方だ。
 ただしある意味で、黒麒麟に恐怖と興味を持ったのは幸いかもしれない。
 隣でずっと戦ってきた雪蓮が、冥琳が隠していた心労の大きさに気付けたのだから。

「一人で考え過ぎちゃダメよ? 私も一緒に考えるわ。とりあえず悪龍の策を私とあなたで打ち破る。その他のことはあなたの予想から私も判断を下す。それでいいでしょ?」

 誰にも言えないような弱さも、必ず彼女が食い切ってくれる。
 二人は断金。双頭の虎とでも評せる二人の関係は、持ちつ持たれつでもなくて、溶け合うように心身を重ねられるモノ。

 ふっと息を付いた冥琳はやっと柔和な笑みを見せた。

「そうね。あの悪龍の策に嵌っていても、私達が生き残れば何度だって打倒出来る。生きているから機会を得られる。死んだモノには出来ないことをやりましょう」

 自分達が死んでも後継者たちが繋いでくれる。劉表は確かに後を託したが……未来は決まっているわけでは無いのだ。
 そうやって繋いで繋いで、信じることこそ孫呉の力。今は苦境の連続であろうとも、必ずこの先には幸せをカタチ作れる。

 しかしだ。
 彼女達は予期せぬモノを目に入れる。
 ゆっくりと進む軍は遠くで上がる煙を見た。
 どよめく兵士達を黙らせ、冥琳がその場所には何があるかを暗記している地図から呼び起こした。

「……村が」

 洛陽から建業への行軍経路の最中、燃えた村は数々見てきた。
 余りに酷い血だまり。虐殺されては復興が不可能。暮らす人々は賊徒に蹂躙された後で、息をするモノは一人も居なかった。
 此処はきっと手が回っていない領域。多く集まり過ぎた賊徒百人の群れの幾つかが、時間を置いて集合した余計な集団。

 陳宮なら、こうなることは分かっていたはずだ。いや、こうなるように仕向けているはずだ。
 分けた賊徒は必ず集結する。死にたくなどないから寄り集まるのが人の群集心理。黄巾もそうやって面倒な集団となっていった。
 きっとあの村には千を超える賊徒が押し寄せている。見るも無残に蹂躙されていることだろう。

 脳髄が冷えて行く。冥琳の瞳の奥に、冷たい冷たい輝きが宿った。

「雪蓮」
「ええ……そろそろ、ね。私もダメだったのよ」
「分かっていると思うが無茶はするな」

 一応、一応だ。言っておかなければならない。
 横で顔を俯けて、肩を震わせているその戦姫には。

 やっと取り戻した家が復讐の刃に切り刻まれている。悪龍を慕っていたモノの想いが、きっと其処には少なくともあったのだ。
 自業自得だと誰かが言うだろう。けれども、そんなモノは知ったことでは無かった。

 雪蓮は、愛する民を傷つけられて抑えることが出来るような王では無い。
 呑み込む術は知っているが、自身の不足と不甲斐無さにハラワタが煮えくり返ってもいる。
 感情的になるなと己を高めてきたとしても、剣を振るえば救える人が居るのだから、動かずには要られない。

 冷たい声が唇から洩れた。

「無理よ、冥琳」

 ゆっくり、ゆっくりと顔を上げた雪蓮の瞳は、暗く昏く濁っていた。
 引き裂かれた口は笑みのカタチ。ぞっとするような妖艶さを伴って。

「だって……私の家は、“此処”なんだもん」

 大地が血を吸っていた。
 人々の涙が零れていた。
 大好きなこの土地が、乱世というだけで穢され汚される。

 雪蓮の想いはただの民と変わらない。
 年寄りや子供が平穏に暮らしている其処で酒を飲んで笑って、そうして幸せに暮らしたいただの娘でもある。
 故にこの地の民に支持される。民にまで目を向ける優しい王が、雪蓮なのだから。

 前に彼女が言っていた。公孫賛と自分は同類だと。
 間違いなく、雪蓮は白馬の王と同じく民の側に立てる人徳の王だった。

「……孫呉の勇者達よ」

 いつもなら張り上げていたはずの声は静かに紡がれた。
 其処にある怒りを読み取って、兵士達は己の内にある炎をより一層燃え上がらせる。

 冥琳は何も言わない。彼女の想いも同じで、止めるつもりもなかった。

「劉表軍を……皆殺しにせよ」

 帰還した戦姫が舞い踊る。
 始まりは堕ちてしまった賊徒から。
 怒りに燃える飢えた虎の首輪は、もうどこにも無かった。





 †





 急遽開かれた謁見の機会。
 その場に居たのは蓮華と亞莎、そして小蓮に明命。
 今しがた、姉の本隊が揚州に入ったと報告があった。この戦の収束もやっと見え始めたのだ。
 故に亞莎は今回訪れた来客の時機に違和感を覚えずに居られない。
 出来すぎている。救いの手を差し伸べる時機が良過ぎた。南からその部隊が救援を行い、北から姉の本隊が徐々に食い切って行くのは都合が良過ぎた。
 絶妙な時期で差しはさまれたその救援は、蓮華としてか孫呉としてか、借りとして後々まで残ることになるのは間違いない。

 誰が……など考えずとも分かる。世に広く聞く天才軍師が、孫呉に何かを求めようとしているのだ。
 自身の土地もまだ持てぬあの仁徳の君の為に。

 静まり返る謁見の間に、一人の女が現れる。軍靴の音は重苦しさを伴わず、すっと耳に入っても気にならない事が何故なのか、誰にも分からない。
 凛とした空気は研ぎ澄まされていた。穏やかな雰囲気は覇気に彩られつつも威圧を与えず。人の好さそうなその女の表情は、事務的にも見えるし感情的にも見えた。

 普通だ普通だと、嘗て誰かが言った。学生時代にもきっと言われ続けたかもしれない。太守になってからも部下に呆れられたりと何かとそういった意識が着いて行った。
 今は、どうか。
 絶望を経験したその女が、普通で落ち着くはずなどない。
 『英雄』と、“その大地”では呼ばれている。北を守り抜き、幾多の外敵の侵略を阻んできた絶対なる強者。白馬に跨りて敵を討ち、義に従う男共を従えて大地を駆ける北方の最英雄。

 その女の名は、公孫伯珪と言った。

「……急な押しかけ申し訳ない。何分、急を要する案件であった為に通行路の賊徒は殲滅して来たけど……構わなかったか? 孫呉の姫君」

 言われてすっと目を細めた蓮華は、白蓮と真っ直ぐに瞳を合わせた。

――この女……私の器を測ってる……。

 少しだけ穏やかさに呑まれそうになっていた。
 此処に来た白馬の王は敵では無いが……味方でも無いのだ。
 身分も上で経験も上、民を治めて信頼を勝ち取り、孫呉とほぼ同じような大地をコツコツと作り上げて来たその王が、ただ単純な友好関係など築こうとするわけが無い。
 蓮華はそう思う。

 真摯な瞳には嘘は無い。只々、本当に用事があっただけだと伝えるように。
 此処で弱みを見せるのは拙い。蓮華が王として彼女と相対するのなら、弱気な素振りも、困っていたという事実も封殺するべき。

「ああ、構わない。しかし賊徒と戦ってまで届けたい案件とは劉備に何かあった……いや……まずは初めまして、というべきかな公孫伯珪殿? 私は孫権、孫仲謀だ」

 力強い蒼の瞳の輝きに、白蓮の唇から僅かに嘆息が漏れる。
 分かった上でそう返してきたか……口の中で零して、少しばかり楽しげに。

「これは失礼致した。私は公孫賛、公孫伯珪という。先に名を名乗らなかった無礼、まことに申し訳ない」
「それほど急いでいたという事だろう? お気になさるな」
「かたじけない」

 くつくつと喉を鳴らしたのは蓮華だった。せめて少しでも王たる姿をみせる為。普段の彼女とは違い、この玉座に座る彼女は孫呉の王で居なければならないのだから。
 反して、白蓮はゆっくりと首を左右に振る。頬を緩めて、呆れたように笑いながら。
 白蓮には蓮華の姿が、昔の自分とダブって見えた。

――昔の私はこんな風に見えていたんだなぁ。

 白と黒に絆される前の自分が其処に居る。信頼を置く友は傍に居るかもしれない。でも、長く一人で積み上げて来た白蓮と違って、蓮華に掛かる重責は姉という身近な存在が居る以上近しいように見えた。
 どうにかならないか、とまず思った。
 一目見て分かったのだ。化粧で誤魔化しても誤魔化しきれていない不調の様子も、部下が向ける心配や、客に向ける空気、謁見の重苦しさも昔の自分の時と酷似していた。
 だから白蓮は普通に話し掛けた。別にこっちが勝手にやった事だから気にしないでくれと含ませる為に。

――確かに貸し借りは大事だ。朱里にも口を酸っぱくして言われた。でも……そんな冷たいことを始めっからして、信頼なんて築けるか。

 お人よしとよく評される。分かった上でそれをしてしまう白蓮は、やはりコツコツと積み上げることしか知らない。昔は身内や仲間内だけだった。それでいいと思っていた。あの、大バカ者の黒と出会うまでは。

「あー……とりあえず茶番は止めよう。お互いに軍師が居て、分かってるはずだからさ。いきなり押し掛けた側が言うことじゃないけど……普通に睡眠を取ってメシを食った孫権殿と謁見をやり直したいな」

 一寸、蓮華は何を言われたか分からず。
 余りに的外れな場所を突かれては困惑するのも当然。しかれども、読み取れてしまったなら白蓮は其処を突っ込まざるを得ない。自分だって友達に言われて来たのだから。
 あの黒ならこう言った。自分でもこう言う。仲良くなろうとしてるのだから張り詰めている人を気遣わずしてどうするのか。

「な、何を……」
「焦った時とか辛い時ほど心にゆったりとゆとりを以ってお茶でも飲みながら話ましょうってな。そんな感じのさ、“幽州流”に付き合ってくれたら嬉しい」

 慈愛溢れる笑みだった。
 優しい母親のような、優しいおばあちゃんのような素朴さ。上下関係や敵対関係、その他諸々のなんであろうと関係なく、只々無意識に与えられる温もりが其処にあった。

「……少し無礼が過ぎないか、公孫賛殿?」

 謁見と銘打っている以上は誰かが咎めなければならない。故に蓮華が先だって口に出した。
 本来なら亞莎か誰かがしなければならない事のはずだが、白蓮の発言があまりにも自然過ぎて、そして蓮華に休んで欲しかったというのもあるからか失念していた。
 意地っ張りか、と白蓮は一寸だけ目を瞑る。きっと昔の自分でもそんな対応をしただろうから。まだ無理なのだ。大切な友達である黒のように上手く心を溶かせたら……そう考えてしまうのも詮無き哉。

――私はあいつじゃないから……私としての遣り方で行こう。

 決して自分を見失うことなく、彼女も秋斗とは違うやり方だが線引きを間違えない。

「重ねて失礼した、孫権殿。ではあなたに今回の件の本命をお伝えする」

 開いた目には知性の鋭さ。熱い眼差しには意思の炎が燃えていた。
 少しだけ、蓮華はその強さに圧された。

「貸し借りは要らず、上下関係も要さず、我ら劉備軍の目的はあなた方と手を繋ぐこと。国同士の摩擦は間違いなく起きるだろうが、それでも私達劉備軍は長い時間を掛けてそれを無くしたい。つまりだ、あなた方と同盟……いや、違う、“共存”していきたいのだ」
「……まだ自分の国も持っていない勢力が言うには過ぎた言ですね、公孫賛殿」

 亞莎からの鋭い一言。益州すら治められていない劉備勢力が吐くには大言壮語である、と。
 貸し借りは無しと明言した以上、そう言っても構わない。ただ、この発言をしてしまうと“共存”というモノの根幹が崩壊する。

「私達が下、と言いたいわけだ? ふふ……別に益州は、戦を起こせばいつでも取れるぞ? 無理やり奪うのが嫌なだけだ」

 呆れたように、誇らしいというように白蓮はため息を付く。
 亞莎の視線が細まった。探りの意味を込めた一言が機能したことでより鋭く。ただし相手が悪い。王として軍師として将として生きてきた白蓮との経験の差は、確かにあった。

「私達は獅子身中の虫じゃない。お前達が袁術にした事の真逆をしてるんだ。血を流さずに変革してるんだよ、私達はな」
「……っ」
「現状は益州の半分以上が賛同してくれてる。黄忠達も仲間になってくれた。劉璋も安定を求めて変革に同意を示し始めてるし……残る問題は南蛮と荊州国境くらいかな」
「あ、あのっ」

 自分達との差異を示され、そして内部の問題を知っているからこそ、蓮華達の口が開かれることは無く。
 堪らず声を上げたのは、一人。
 小さな姫君は、白蓮の話に多大な興味を抱いていた。

「ん? どうした?」
「その……殺さないで、戦をしないで……国を変えてる、の?」
「そうだけど?」
「反発する人達は?」
「納得してもらえるまで話してる。たまには対価を払う。金であれ、土地であれ、名誉であれ、役職であれ、人の命を害さないモノ限定で。武人の心を重んじてる人には実力を示すしかなかったけど……それでも人の命を奪う“戦”はしちゃいない」
「こ、殺そうと向かってきた人達は?」
「状況による。けど一概に反発の可能性だけで死罪確定なんてことは出来ない。法っていうのは線引きも大事だけど、情状酌量の余地もある。“分かってくれるよ”なんて甘いけどさ、“絶対に分かってくれない”なんてのも間違いだ」

 ほう、と息を吐いた。
 小蓮の心には期待の色が広がって行く。全く新しい方法で、自分達の家では絶対に出来ない遣り方。

「本当に出来てるの?」
「出来ることを証明しないと世界は変わらない。その為に私が此処に来た。孫呉と、戦なんかせずに共存していきたいから。そして……」

 一寸だけ、白蓮の瞳が揺らいだ。

「ごめん、きっとこればっかりはあなた達を利用するってカタチになる」

 包み隠さず話される事は不快さを全く齎さず。
 激情の色と、悲哀の色と、絶望の色が綯い交ぜになったその眼は、蓮華に真っ直ぐ向けられた。

「……あの大バカ野郎を……徐公明を止める為に、孫呉の力を貸して欲しい」

 最後に綴られた一言が、彼女達の頭に白蓮の哀しみの深さを訴えた。

「友達で、家族なんだ。でも私が戦って止めるしか、無いんだよ」

 
 

 
後書き
読んで頂きありがとうございます。

白蓮さんと蓮華さんの邂逅。
劉備軍がしてる事の詳細は後々に。戦をせずに国を纏めていく選択肢ってのは対価を用意してこそなのでイロイロしてますが、ハードモードなのでどうなるか。

次かその次で孫呉の話は終わらせたいです。

ではまた。 
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