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3部分:第三章


第三章

「剣を収めろというのか」
「董卓を倒すのはこの場ではない」
「この場ではないか」
「そして剣でもない」
 剣でもないと言う。
「兵だ」
「・・・・・・兵か」
「剣であの男には勝てぬ。尋常なものではないぞ」
「そういえば匈奴達と常に五分以上に渡り合ってきたそうだな」
「あの男は戦場で生まれ育った男だ」
 曹操は董卓をこう評した。彼は生粋の武人であり若き日は馬に乗り左右に弓を置きそれを交互に放った。両利きであったのだ。それだけではなく一度の戦場で何十人も斬ることなぞ普通だった。戦場の血の中でのし上がってきた、そうした男なのだ。だから曹操は言うのだ。
「だからだ。止めておけ」
「わかった。兵だな」
「そうだ」
 また袁紹に答える。向かい側の董卓は凄まじい殺気を放っている。百官が恐れ戦くその殺気の中で二人だけがそれに対する中での話だった。
「わかったらここは退くぞ。いいな」
「・・・・・・うむ」
 袁紹は曹操の言葉に静かに頷いた。そのうえで剣を収める。すると董卓もここでは大人しく剣を収めたのだった。宮中であることを思い出したのか。
「覚えておれ」
「そちらこそな」
 両者は最後に互いを見据えつつ別れた。袁紹は曹操と共にその場を後にする。宮中の廊下を進みながら曹操は彼に声をかけてきた。
「これからどうするつもりか」
「御前が言ったではないか。兵を挙げる」
 袁紹は前を見据え早く歩きつつ曹操に答えた。曹操もまた同じ速さで前を見据えている。
「その為に一旦都を出る」
「そうか、わかった」
「孟徳」
 袁紹はここで彼の字を呼んだ。
「何だ?」
「御主はどうするのだ」
 今度は彼が問うのだった。
「兵を挙げるのか」
「無論そのつもりだ」
 曹操もまたそれに答えたのだった。
「父上のところに戻る。そしてそこで家の財産を使って兵を集める」
「そうか」
「それで御主は南皮だな」
「うむ、まずはそこに戻る」
 今の袁紹の基盤とも言える場所だった。袁家は都だけでなく各地に力を持っている。河北でかなり豊かなその南皮は袁紹の基盤になっていたのだ。
「そしてそこで兵を集めて都に向かうつもりだ」
「そうだな。だがここでだ」
「ここで。何だ?」
「我等だけでは心許ない」
 彼は言うのだった。
「諸侯を集めようぞ」
「諸侯をか」
「そうだ、彼等を集める」
 曹操はむべもなくこれを言った。
「そしてその上に立ちな」
「わしが上に立つのか」
「御前なら充分だ」
 曹操はこう袁紹に告げた。
「充分過ぎる程だ」
「また買い被りを」
 しかし当の袁紹は。曹操のその言葉に対して苦笑いを浮かべるのだった。その苦笑いでまた言う。
「わしが盟主になれるものか。公路もいるのだぞ」
「何、それは容易い」
 だが曹操はそれでも言う。
「御前ならばこそだ」
「そうなればいいがな」
「ではまずは南皮に戻るがいい」
「うむ」
「諸侯への激はわしが用意しておく」
 筋書きを書くのは自分というわけだ。袁紹は曹操の手際のよさを耳にして内心感嘆せずにはいられなかった。やはりできると感じたのだ。
「御前はそれに乗ってくれ。いいな」
「わかった。それではだ」
「然るべき場所でな」
「うむ、また会おうぞ」
「またな」
 二人はまずは別れた。そうして兵を集めそのうえで曹操が激を飛ばした。すぐに董卓のあまりもの専横に反発する諸侯が二人の下に集った。その中には袁術もいた。曹操はその中で諸侯に対して言うのだった。
「まずは皆様方」
「うむ」
「何でござろう曹操殿」
 どれも名の知れた男達だ。名声も力もそれぞれかなりのものだ。袁紹と曹操はその彼等を前にして立っている。そのうえでの曹操の言葉であった。
「まずは集まって頂きかたじけのうございます」
「いや、これは当然のこと」
「全ては帝の為」
「民の為」
「国に害を為す董卓を討たんが為」
 諸侯達は口々に言う。それぞれの思惑があるがここではそれを仮面の下に隠してこう言う。これについては袁紹も曹操も最初からわかっていたのであえて何も言わなかった。そのうえで曹操の話が続く。
「まずは我等の盟主を決めたいのです」
「盟主をか」
「左様。ことを為すにあたっては頭が必要」
 もっともらしくこう切り出す。
「都からあの董卓を討ち漢に平穏を取り戻すにあたってもそれは同じ。だからこそです」
「ふむ、確かに」
「その通りだ」
 諸侯達は曹操のその言葉をまずはもっともとした。
「曹操殿の仰る通りだ」
「頭がなくてはどうにもならんな」
「それでです」
 曹操はここでさらに話を続ける。袁紹はその横で聞いているだけだ。だが萎縮したりなぞせず堂々とした様子で話を聞いている。それに対して袁術はどうにもそわそわとした様子だ。無論二人のこの様子も諸侯達の目に入っている。そのうえで考えられている。
「それはどなたが宜しいでしょうか」
「誰か、か」
「そうです。それが問題です」
 曹操は言うのだった。
「皆様はどなたが宜しいと思われますか」
「そうだな」
「そう言われると」
 自分達ではどうかと思い名乗り出る者はいなかった。流石にこの場でその図太さを発揮できるような豪傑はいなかったのである。
 それで彼等は迷っていた。その間袁紹は一言も発さずやはり堂々と立っているだけだ。隣には先程盟主の話を出した曹操が控えている。そして袁術はやはり。やけにそわそわとして落ち着きがない。時折妬ましい目で従兄を見ている。そんな彼等を見て諸侯の一人が遂に口を開いた。
 
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