ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
Death-gun
―――くす、くすくす。
道化師のようなペイントが施されたマスクをかぶった『 』は、鼓膜がギリギリ拾えるくらいの静かな笑い声を放った。
「不和」
不和。
和を乱すこと。
なあなあで、誤魔化し誤魔化しで、目を背けてきたことを壊すこと。あるいは壊れてきていること。
そういうこと。
「いい感じに揺らいできてる……」
それを例えるなら、波紋。
どこまでも静かで、澄み切って、岩のように揺らがなかった水面に、一滴を投じるかのような行為。
『 』は首を巡らせ、己の背後に目を向けた。
「――――黒の剣士は、どうだった?」
そこに立っているのは、幽霊という第一印象を与えるプレイヤーだった。
無論本物を意味するわけではない。アインクラッド六十五層辺りの古城フロアに夜間出没するMobに、《ゴースト系》という奴がいたのだ。
全身、ボロボロに千切れかかったダークグレーのマント。目深に下ろしたフードの中には漆黒の闇。その奥に、眼だけがほのかな赤に光る。
いかにもゴーストという風貌だが、足元に目をやると擦り切れたマントの裾から、ほんの少しだけ薄汚れたブーツのつま先が見え、それが《彼》がアストラル系Mobなどではなくプレイヤーなのだという事実を認識させていた。
よくよく見れば、赤い眼もべつに鬼火などではなく。顔全体を覆う黒いゴーグルのレンズが光っているだけだ。
『 』の問いに、何らかのボイス・エフェクターを使用しているのだと思われる、倍音の混ざった不快な音が切れ切れに響く。
「あれは、本物、なのか」
もちろん、と簡潔に『 』は返答を返す。
「偽物なんてつまらないオチがあると思った?」
「…………」
「無言で返さない」
くすくす、と擦り切れるような嗤いとともに、毒々しい黄色のギリースーツの裾がゆるゆるとなびく。
「でもまあ……アレはないよねぇ。……うん、ないない」
「覇気も、害意も、殺気も、感じられなかった、ぞ」
「後半二つはあの子にはあんまり縁がないと思うけど……。むしろ凄いのは、あっちかな」
再び嗤いを漏らす『 』を前に、《彼》は目を遠くさせた。
口元に浮かぶのは――――笑み。だが、『 』が浮かべているのとは違う、獰猛で粗野なものだ。
「あぁ……、強くなって、るな。それも、格段に」
「くすくす。格段、なんて言葉じゃ"生ぬるい"」
銃弾を見てから避ける、圧倒的な動体視力と反射神経。
こちらの攻撃が通らないという不利な状況下でも冷静に状況を見極める判断能力。
何より――――
「銃弾が放たれる前に反応するなんて芸当、どんな経験を積めばできる?」
「バケモノ、め」
おや、と不思議そうな目が向けられる。
「キミのご主人は、正真正銘の化物になっていた気がするけど」
「あの人は、別だ。あの人、は、トクベツなんだ」
「ほう……まぁその狂信ぶりは気に入っている。せいぜい、そっちはそっちで楽しんでね」
にっこり、と。
『 』はマスクの下で、それまでのくすくす笑いではなく、無邪気な笑顔を浮かべたようだった。
無垢で。
無邪気で。
無色透明な。
笑顔を。
それを見、《彼》は一拍を置いて口を開く。かすれた金属質の声が静かに流れた。
「それなんだが……俺の、決勝相手、は――――」
短い言葉だったが、それだけで相手はだいたいの意を察したようだった。
「んん?大丈夫大丈夫、別に怒ったりはしないよ。そもそも《そちら》に関しては、邪魔なだけだ。誰が倒しても文句を言ったりしない。約束しよう……神に誓って、ね」
瞬間。
《彼》は全身に得体のしれないモノがまとわりついたのを、他人事のように悟った。それは鎖のような無機物的な冷たさではなく、まるでヘビのような気持ちの悪い温度で全身をくまなく締め上げた。
ぞうっ、と。極度の緊張状態に陥ったことをアミュスフィアが馬鹿正直に感知し、嫌な汗が滝のように流れ落ちるのを感じる。
つい先刻まで、欠片でもぼんやりと分かっていたマスクの下の表情が、今はまったく伺えない。隠したのではなく、深い水の底に沈んだように見えなくなったのだ。
「ただ、教えた通りにヒビは入れておいてほしいな」
「わかって、いる。万事、了解、だ。そっちも、こっちの、邪魔は、する、な」
呟くような言葉とともに、《彼》はボロボロのギリースーツの裾を翻した。
その背によろしい、という言葉が含み笑いとともに投げかけられたが、もうその幽霊のような足取りが止まることはなかった。薄靄がかったような白い闇の中に、あるのかないのか分からなくなりそうなその姿がゆっくりとフェードアウトしていく。
それの気配の最後の一欠片が消失すると同時、さざ波のような嗤いが堪え切れないという風に《そこかしこ》から沸き上がった。
――くすくす
―――くすくす
――――クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス
大小様々。声質も千変万化の嗤いの雨の中、『 』はゆっくりと両腕を広げた。
「私は、復讐をする訳じゃない」
なぜなら、それはこれからするから。
「私は、屁理屈をこねる訳じゃない」
なぜなら、これは正当なことだから。
「私は、変なことをする訳じゃない」
なぜなら、世界のほうがよほど変だから、
私は――――
「さあ、運命を捻じ曲げよう」
クソッタレな神によって運営されていた運命に押し潰された《あの人》に、再び会うために。
この世の中で一番強い人間とは、孤独で、ただ一人で立つ者なのだ。
―――ヘンリック・イプセン―――
「ノーコンなんて初めに言いなさいよねー!」
「ま、まあまあリラちゃん。勝ったんだしいいじゃない」
いくない!と双子の弱気な方に喚き散らす強気な方に苦笑いを返しながら、レンは後頭部を掻いていた。
「あっははー、忘れちゃっててさー。ま、絶対当てれる方法見つけたからここから先も大丈夫だよ~」
「ぶぁッかじゃないの!狙撃手相手に銃持ってて接射とか意味不明すぎでしょーが!!」
ぎゃーすか騒ぐ一同だが、しかしただ一人ユウキだけは陰鬱な表情を隠せないでいた。
かすかに。
本当にかすかに震える二の腕をそっとさする。
先の、少年が戦っていた戦闘の一部始終。いつもなら、ただ純粋に目を輝かせて見れたそれが、今はどうしてか見れないでいた。しかも少女自身、それがなぜだか解からないでいた。
―――凄い。
そう、凄かった。
銃弾をあんな至近距離から、この双子に言わせればもう弾道予測線などあってないような距離からフルオートで放たれた全弾を、あまつさえノーコンを考えながら回避し、彼方のビルから超長距離狙撃された鉛弾を事前予測なしで避けた。さらには、どうしても当たらない自分の生まれ持っての不幸を嘆くでもなく、その場の機転で乗り切った。
どれも、自分には出来ないこと。
自分がやったことと言えば、相手を無理矢理自分の土俵に上げていただけ。あえて自身の不得意な分野に躍り出る少年とは、根本から違っているのだ。
―――これは……逃げてる、のかな。
少年が認めるくらいの力がなければ、彼を止めることすらできない。
少年の隣に立つことを望んではいるが、決定的な失敗をして彼に見捨てられることを何よりも恐れている。
否、恐れているという言葉でも"生ぬるい"。
恐怖している。
それこそ――――それこそ、死に物狂いで追いかけるほどには。
「――――ん。……-ちゃん!ユウキッてば!」
「ッん!ふぇッ!?」
変な音をノドの辺りから発しながら、首を戻すと頬を膨らませたリラがこちらを見上げていた。
「なっ、なにっ?」
「何って……アンタからも言ってやってよ!このバカ何にも反省しないでやんの」
目線を戻すと、へらっとした笑顔を浮かべたレンがこちらを見ていた。だが、真っ青な瞳が半眼だけ開き、こちらを真っ直ぐに射抜いていた。
すべてを見抜いているかのような、その透明な視線から逃れるように首をねじり、苦笑いを浮かべて双子に向き直る。
「ま、まぁ。レンなら大丈夫だよ」
「………………」
無言で目を細めたレンに気づかないフリをしながら、ユウキは手元を振ってウインドウを呼び出した。
表示されたのは、現在進行中の第三回BoB予選の組み合わせ一覧が詳しく載っている、六つのブロックに分かれたトーナメント表。
華奢な指が各ブロックを次々とタップし、それぞれが別ウインドウに分かれて拡大した状態で表示された。
「……あと四回かぁ。全員本戦出れたらいいね」
ちなみにここにいる各人、ブロックは見事にバラバラだ。したがって、決勝以前の予選でかち合って心躍る戦闘になることはない。
「その前にやられんじゃないわよー」
「分かってるよー」
憎たらし気に笑いながら、リラの身体を青い転移光が包んだ。彼女が次に対戦する勝者が決まったのだ。
徐々に薄れていく腕を伸ばし、親指を立てたグーサインを突き付けながらリラは消えた。
続けて、ミナも対戦待機エリアへと飛ばされる。こちらは最後まで眉をハの字にした、対照的な笑顔を頂戴しながらの退場だった。
後には、二人だけが残される。
途端、意識の外に意図して弾き出していた視線が、抑えようもなく斜め後ろから降り注いできた。
「……ユウキねーちゃ」
「レン」
ぴたり、と。
声が止む。
一拍置いてから、《絶剣》と呼ばれる少女はゆっくりと首を巡らせた。
少年の顔には、彼にしては本当に珍しく途方に暮れたような表情がへばりついていた。今にも泣きそうな碧眼を正視していられずに、ユウキはまたしても無理矢理視線をズラした。
「……もうそろそろ、時間だ」
言葉が宙空に解き放たれるとほぼ同時、少女の身体を青い光が包み込んだ。冴え冴えとした薄青のベールの向こうで、何か言いたげな少年がこちらを見据えている。
それに対して何も言えない己を、どこまでも恨むようにユウキは唇を噛む。
――――何でそんなに……
ふと、そんな声を聴いたような気がしたが、しかしその前に少女の意識は緩やかに別の場所へと転移されていた。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「何だろうなー。嵐の前の静けさというか、そんな感じがすっごい伝わってくるんだけど」
なべさん「うんまぁ、GGO編はギャグパート的なトコが少なくなるから、今の内に稼いどこうと思って」
レン「……これギャグパート?これで?」
なべさん「この回は……まぁ軽いほう」
レン「これで!?」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください」
――To be continued――
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