魔王ナツミの楽園記
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始まり
前書き
(ノ´・ω・)ノ ⌒ *
退屈。
学生としての日々の責務を終えて帰路につき、あたしは空を見上げてため息を付いた。太陽はもうとっくに中天を過ぎてはいるけれど、空の色はまだまだ青い。もう数時間もすれば朱色に染まり始めるのだろうが、このサイクルはどこの世界でも大抵同じなのだと今は思える。
別に、部活や友達と遊ぶことが楽しくないわけじゃない。慕ってくれる後輩は可愛いし、部活のバレーボールも大概順調だ。(むしろ、適度に手を抜くことの方が難しい) つまらない授業や勉強だって、必要なことだと思えば苦痛とまで感じることはない。
何も問題はない。
このまま高校を卒業して、大学を卒業して、就職して。そうしてこの生を全うするのも、決して悪くないと考えてる。
けれど。
「退屈……な気がする」
あたしの一部分は、その退屈な生こそが“幸せ”なんだと主張している。きっとそうなんだろうと、あたしの理性的な部分もそれを認めてはいる。
でも。
「そんな“幸せ”、本当にあたしは求めていたのかな。なんていうか……そう、何か、物足りないような」
何か、何かが決定的に足りていない気がするのだ。
スローライフは嫌いじゃない。ただそこに、今のあたしに欠けている何かを埋めるものがあるならば、ようやくあたしはこのどうしようもないモヤモヤから解放されるような気がする。
「――あ」
気がつけば、あたしは小高い丘の上にある公園に来ていた。考え事をしていると、ついついこの場所に来てしまう。帰り道のことを考えると遠回りになるのだけど、ここは物思いには最適の場所だった。高校に入って少しの頃、部活が終わってふらりと立ち寄ったこの場所で、静かな空気と見える眺めを気に入ったのが始まりだった。
上がってきた階段の方を見ると、丁度太陽が山の向こうへと沈んでいるところだった。空は朱色に染まり、太陽と反対側からはそろそろと闇が見え始めている。
思えば、あの時。あたしの何もかもが変わったあの時も、こうして何かを考えながらここに来たのではなかったか。今と同じように夕日に染まる景色を望みながら、ただ続けてきた日々に不安を感じ始めていたはず。高校生になるまでは、そんなことは考えたことはなかったのに、むしろ“高校生”に憧れを持っていたはずなのに。実際になってみて結果見えてきたものは、あたしが本当に望んでいたものなのかどうかが分からなくなってきていた。
「おかしいなぁ」
夕日に背を向け、公園の中程に足を進めてとある場所で立ち止まり、あたしは誰に聞かせるでもなく呟く。
「あたしは、そんなことを再認識するために、帰ってきたんだっけ?」
ここではない、異世界で過ごした記憶。それがあたし、橋本夏美にはある。
この公園で、声に導かれて異世界、リィンバウムへと渡り、わけもわからぬまま彷徨い歩き、幸運にも温かい居場所、スラムの仲間たちを得た記憶。それが、始まりだった。
元の世界ではあり得なかった、魔法のような“召喚術”や、刃引きもしていない剣やその他武器のぶつかり合う争いに巻き込まれながらも――というより半ば自分から飛び込み、自分の意思を貫いてきた……と思う。
相手は、本当に色々だった。
最初は、“フラット”、すぐに打ち解けることになったスラムの一グループと少しだけ喧嘩した。結局、彼らとは最後まで一緒だった。本当にいい人達だった思う。
次に、そのフラットを敵視していたグループで、その後何度もぶつかることになる“オプテュス”。彼らのリーダーには、今でも含むものがある。彼を動かしていたものを、あたしはごっそりと奪ってきたから。
他には、あたし達のいた“サイジェント”という街の執政を行っていたらしい、貴族であり召喚師でもある“金の派閥”のマーン兄弟。サイジェント領主傘下の騎士団に、召喚師の横暴、それを許す領主に対して不満を抱える反抗組織“アキュート”。……結局、どっちにも問題はあったんじゃないかと、一歩引いて見た時はそう感じた。だからこそ争うことになったのだけど。
さらに、あたしがリィンバウムに来るそもそもの原因となり、かつ色々と裏で糸を引いていたらしい、“無色の派閥”。そもそも彼らの行った“魔王召喚の儀式”が失敗して、あたしがあの世界に喚び出されたのだ。
そして、あの世界の一種の管理者である“エルゴ”やその守護者達のことも忘れてはいけない。関わりは少なかったが彼らには感謝しているし、同時に申し訳ないことをしたとも思っている。貰った力を、最終的に持ち逃げしちゃったわけだし。
あとついでに、あたしの力が危険だとかということでやって来たらしい“青の派閥”の召喚師達。やって来た責任者の人はわりかし話を聞いてくれる人だったけれど、本部で指示を出したであろう人達とは絶対に分かり合えないような、そんな予感がした。
……まぁ彼らの方が正しかったと、終わった今は思う。もう、何もかも手遅れだとも思うけれど。
一体、何があったのか。
簡単に、端的に説明するのなら、それこそ一言で足りる。
あたしが、魔王になった。
ぶっちゃけそれだけ。
失敗した魔王召喚の儀式をやり直そうとし、ポコポコと悪魔を喚び出す無色の派閥。それを止めるため、あたしと仲間たちは儀式場のある森の中に入り、倒しても倒してもキリのない悪魔に圧倒されそうになった。
そこで、それまでのあたしの意識は唐突に終わりを迎えた。
行われた不完全な儀式で力を増した、あたしの中にいた魔王がその意識を覚醒させ、あたしの意識を取り込み表層に出てきてしまったのだ。どうやらあたしが最初にこっちにきた瞬間からあたしの中に入り込み、半覚醒状態で概ね大人しくしていたらしい。
そこからの展開は早かった。
魔王は群がる悪魔を、無色の派閥を、出来損ないの魔王の憑依体を瞬く間に蹴散らし、本来の力を取り戻して元の世界へとさっさと帰還したのだ。
が、実はそこには大いなる嘘が一つあった。
それは、魔王があたし、ナツミを取り込んだというところ。
実際のところは、魔王があたしの身体を乗っ取ったとかそういうことではなく、あたしと魔王はあの時点で『完全に同化』してしまっていたのだ。
つまるところ、あの時敵を蹂躙し元の世界へと帰還したのは、ただ単に魔王としての面が強く出ていただけの“あたし”であり、もう本来の、霊界サプレスにいた魔王“餓竜の悪魔王”も、仲間たちの知る“ナツミ”も、そのどちらもがその時にはもう世界のどこにもいなかったのである。
最も、同化した当初は混乱していて、“あたし”も“俺”も、そのことに気付いたのは日本に戻ってきてしばらく経ってからの事だった。
結局そのまま日本にいた頃の“橋本夏美”を演じながら生きているものの、どこか、ずっと釈然としないものを抱えていた。
別に、サプレスに帰りたいとかじゃない。霊体でしかなかった頃の魔王には、リィンバウムは些か居心地が悪く、サプレスこそが何も考えずただただたゆたっていられる安住の地だった。
しかし、ナツミの器を得てからは実のところそこまで帰ることにこだわりはない。『元の世界に帰るぜ!』と言って帰ってきたのが日本だったあたり、そのことがよく分かる。そう、“俺”は別に、サプレスに帰るなんてことは一言も口にしちゃいない。
橋本夏美の皮をかぶせて隠してはいるものの、魔王としての力を持つ今ならば日本、この“名も無き世界”からでもサプレスに帰ることは出来る。
あたしは鞄を持ち替えて、右手に魔力を集めた。
この世界でも、この通り魔力を扱うことが出来る。どうやらあたしのような存在は、隠れているようだがちらほらはいるようだ。昔はもう少し強い力を持っていたのか、伝承もいくらか残っている。最も、そうでなければあちら側への召喚門が開くわけがないのだ。不安定ではあるものの、道は確かにある。それこそが“名も無き世界”でも魔力を扱えることの証左といえた。
「――」
右手が魔力を纏いながら発光する。確かに、向こうにいる時よりも扱いにくい。しかし、向こうから持ってきた“あるもの”が、あたしの魔力を活性化していた。
発光が拡大し収束し、次の瞬間にはあたしの右手は一本の剣を握りしめていた。
「……あたしに、これを渡したのは今でも間違いだったんじゃないかと思うよ、ウィゼルさん」
もう、手放す気もないけどねー。
宝石のような小剣、“サモナイトソード”を軽く振りながら、あたしは付け加える。
その気になれば、この剣の一振りだけで町一つを荒野に出来るような特級の危険物。よくもまあこんなものを人の身で作り上げたものだと、本気で感心する。
とは言え、この世界でそれだけの力は要らない。個人で小国の完全武装の軍隊を圧倒できるって、正直危険過ぎる。
「……そろそろ帰ろっかな」
ふと気付けば、もう太陽はほとんど山の向こうへと隠れ、空には星が見え始めている。
また、ただの“橋本夏美”に戻ることを少し億劫に感じながら、あたしはサモナイトソードを体内に入れなおそうとした。
と、その時。
――オォ……ォォオォン
「――!?」
サモナイトソードからの意図せぬ極光に、あたしは目を瞬かせた。原因は不明だが、どうやらかなりの魔力がサモナイトソードから放出されているらしい。
「何っ、これっ?」
迸る魔力を探れば、驚くべきことに気づく。
サモナイトソードが、この世界のものではない何かとリンクして、勝手に“門”を開こうとしているのだ。それも、かなり無理やり開こうとしているせいか魔力の余波が凄まじい。
「やっ、ばい!」
それこそ、色んな意味で、だ。
折角本性を隠してのんべんだらりと生きていたというのに、ここまで派手なことをしてしまえばそれも台無し。その上、このままサモナイトソードが暴走するままに任せていれば、門が開くのと引き換えにここ周辺に相当な被害が出る。それこそ、あたしがリィンバウムに行った時のようなクレーターが、今回はこちらの世界で出来上がることだろう。
あたしはそんなこと、望んじゃいない。
「ああもう! 何だかよく分からないけど、勘弁してよね!?」
あたしは被害を最小限にするべく、際限なく流れ出る魔力の奔流を意識で掴み上げ、制御を試みた。
……臨界点手前まで来ている魔力を何事もなく沈静化するには、既に手遅れの状態にまで来ている。ならばと、あたしは“門”を|正確に〈・・・〉開くことに注力した。宥めることが無理なら、被害が出ない方向で力を消費し尽くしてしまえばいい。
それが功を奏したのか、外向きに向いていた力の大半が収束を始め、同時にかなり限定された空間を、盛大に歪ませ始めた。
――つまるところ、あたしの周囲の空間である。当然だ、あたしが全勢力を注ぎ込んで制御核となっているのだから、“門”の中心になることは仕方ない。
「まさかこんな形で、また向こうに行くことになるなんてねー……。ま、いっか。何事もなければ、また帰ってくればいいし」
そう、“名も無き世界”に言い残し。あたしは些か不本意な形で再びリィンバウムへと飛ばされていったのだった。
後書き
語彙が少ないって辛い。
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