| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

遥かなる星の後

作者:七人
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第1話 : 天女の導き・前編

 


 先天性・集中力自己支配……


 これが俺の生まれ持った才能であり、呪いである。
 俗に言うギフテットの一種であるが、その他の才能に比べて非常に使い難い部類のモノだ。
  人間が考える生き物である以上、集中力が向上、持続するのは、ある意味最上位の能力だろう……
 この才能は意図的に体感時間を緩やかにし、他人の1秒を自分の1分に変えてしまう。任意でスポーツで言うゾーン状態に陥れるのは勿論。他人の60倍の時間密度で全てを行えるのだ……

 知能。思考。学習。行動。選択。

 それらを常に最善の状態で維持できる。


 だが、しかし……常に最善と効率を重視するために、人間性に欠ける欠点もある。
 人間が二律背反を抱える存在である以上は、どうしても俺は極端な選択をする異端な人間でしかない……
 土台。この才能は人間としては至高であり、人間群集としては異端なのである。


 だから……だからこそ……



 俺は彼女に尊敬と憧れを抱いたのだろう。





 藤原肇……淀みなき流水であり、汚れなき清水。人は彼女を『純粋技量』と呼ぶ。
 正しき人間の到達点。俺とは真逆の正しい集中力の使い手。


 生まれて初めて、俺が……






 ーーーーー憎む程に嫉妬した存在。








 ***


 俺が正式なプロデューサーになったあの日から、何の進展も無いまま1週間は過ぎ去った。
  よく脚が棒になるなんて言うが、まさにその通りである。
 スカウトの日々。それはただひたすらに歩き回り、時として走り回る事だ。
 サラリーマンの飛び込み営業よろしくと、成果を上げようと練り歩く……
 だが、あの女の子の影形を見つけることも。あの女の子のように運命を感じる存在に出会すこともなかった。






 手詰まり……








 そんでもって……









「弁解はあります?」ゴゴゴゴゴゴ



「いえ、ありません。ごめんなさい……あまり怒ると麗しい容姿が台無しですよ……ちひろさん」







 こうなった(笑)


 ブ◯ーチの様に 『 弁・解 ! 』とか言って土下座すれば許されたのだろーか?
 無理なら卍解してジャンピング土下座丸となってもいい……いや、流石にそれは嫌だな。




「はぁ……なんでそんなにスカウトが苦手なんです?」

「苦手って言いますか……スカウトする前に意味不明に思ってしまって……」

「……意味不明?」

「その……スカウト前に相手を観察してると、この人をアイドルにする意味が無いって言うか、アイドルにしたくないって言うか……」

「それで結局は声かけないと……?」

「はい……申し訳ない」





 ……っと口に出して見ても。街で見かけた人をアイドルにはしたくはない……
  いや、例えアイドルに仕立て上げても、きっと成功しないと思う。
 俺はスカウト前に相手を観察するけど、あの女の子見たいに好感を持てずに終わる。
 人には理想を求めすぎると笑われるかもだが……アイドルと言う存在に、俺は妥協できはしない。




「はぁ……まぁ、いい傾向でもありますね……」



 しばしの間を開けて、ちひろさんは難しい顔でそう言った。
 あ、完全なる余談だが、あれから俺は千川さんをちひろさんと呼ぶようになったのだ。


「船橋さんはそれだけ真剣にスカウトをしてる……そう言う事ですよね?」

「はい……そのつもりです。人の人生を左右する以上、半端な誘いはしたくないし……」



 何より……半端な人を誘えば、俺はいずれ切って捨てると思うから。
 結局は三つ子の魂百までも……合理的な人間は、最後の最後で合理的だ。




「………………はぁ……仕方ないですね」

「申し訳ない、明日から頑張りますので」





「いえ……もうスカウトはやらなくて結構です」





 ん?

 んん???





「もしかして……クビとか?」




 だったら笑えない……違うよね?ね?




「…………」





 悲壮感漂うチッヒーの顔。










 ……マジ?











 ***




 それは、俺が小学生の高学年になった頃の話だ。
 子供一人では広い部屋に、一人で目覚めて、一人で朝食を食べて、一人で学校に向かう。
 俺の父親は金持ちだ、豪華な豪邸と豊富な物資。
 およそ一般家庭と比較したら上位の生活空間だろう。だが、その生活では両親の影は見えず、ほとんど自分一人で生活していた……
 無論。お手伝いさんなどの使用人はいたが……
 だが、子供ならがも彼らが俺を気味悪く思い、そして扱いに困っていたのは一目瞭然だった。その結果が深い溝になっていた事は言うまでもない。


 先天性・集中力自己支配……


 こんな異常な才能を生まれ持っち、なおかつコントロールが不完全な子供など、まぁ、気味が悪いの一言である。
 更には俺が妾の子である事が、彼らの戸惑いを加速させていた……
 幼少期の俺はただ一人。周りはカカシ同然。だがそれを不幸と思ったことはない。結局は生まれた時からそれは日常で、俺は俺の求められる事を成すだけだと思っていた。
 そう……俺は父親の跡継ぎとして迎えられて、生かされてるのだ。

 なら……

 余計な機能は排他して、それに特化すれば良い……泣く事は無い。そんな機能は捨てたのだから。









 だが








 あの日。俺は泣いて家を出た。



  『お前は必要ない』

  『今からは、分家の養子にだす』




 久し振りに会った父親から投げ付けられた言葉に、理解が追い付かなかった……
 ただ、父親の跡を次ぐ。それだけの為に生まれて。それだけの為に生かされ。それだけの為に家に招かれた……終始。自分はそれ以外の生き方は知らなかったのだ……


 だから……

 不意に、自分は何者だと自答し、自分の言葉に解答が帰ってこない。




 俺は逃げ出した……




 ただの現実逃避でしかないけど、その場から逃げて、現実を受け入れたくなかった……


 でも、結局はどこにも辿り着けない。

 まるで吹雪の中を走るように……

 視界は悪く、足跡さえも消えてなくなる。
 もう自分が何処に向かっているのか……何処に戻れば良いのか……それさえも理解は出来ない……




 呼吸が出来ない、喉に何かが詰まったように……



 視界が歪む、意識を剥がされるよう……



 転倒。暗転。



 視界は“何も映さない”暗闇。



 その時、俺の暗闇の視界に映ったのだ……


 真夏の日差しに、一瞬だけ映る蜘蛛の糸のような光をーーーー



 それは……遠い遠い光。手の届かない永遠の輝き。


 あの時俺はこう思った……






 ーーーーー遥かなる星と。




 ***


 光陰矢のごとし……

 あれから、もう10数年を経過したのか……





「………………」

「お客さん、どうしたんです?目的地に着きやしたよ?」

「あ、え……あぁ、ありがとうございます」



 タクシーの運ちゃんに言われて我に帰り、窓の外に目を向ければ、お高そうなホテルがそびえ立っている。

 芸能界の懇親会……

 俺が向かってる場所は、そんな目の眩むような未知の場所だ。





「お客さん芸能界関係の人かい?」



 タクシーの運ちゃんにお金を払って居ると、そう尋ねられる。



「えぇ、まだ見習いの域ですが……」


 本当情けなくも、卵から孵ったヒヨコも良いとこの新米だ。
 ちひろさんから貸し付けた高価なスーツで身を包んでいるのに、肝心の中身がこれだからな……


「そうかい、頑張んなよ!古いお偉いさんに芸能界は任せられんからよ!」



 そう言って笑う運ちゃんは、多分ドルオタなんだろ。
 ブロマイド飾ってあったし、ラジオでプロデューサーとアイドルの熱愛報道が流れたら、即座にチャンネル切り替えてたし。
 ちなみに飾ってあるブロマは星井 美希だ。


「はい、頑張ります。この命にかけて……」



 何言ってんの?中二なの?って思われるセリフを吐きながら、運ちゃんと別れてホテルに向かう。
 俺ってば、わりと命張らないと生き残れない所まで来ちゃったの、実は……
 ちひろさんが、何で悲壮感漂う哀れんだ目で見てきたのか。
  何、単純明解な事だ。俺がスカウトに適さないから、違う方法でアイドルを見つけなければならない……それが、悲壮感の正体……



 今から向かう懇親会とは。別名、『引き抜き会』と呼ばれるパーティーらしい。
 懇親会とは名ばかりに、他社のアイドルに直接移籍交渉を可能とさせる、殺伐としたパーティーなのだ……




 つまり、俺。スカウトよりも、遥かに難しい、引き抜きを、やらされるのだ……
 しかも、自社のアイドルを引き抜きから守るオプション付きで……



 え、酷くない?

 ってか、むぅーりー……


 元々は、俺のような新米が向かうべきモノではない、実際に最初は社長が行く予定だったのだ。
 なのに、なんの気紛れか俺にお鉢が回って来たのだ……
 当の社長は『研修終えたんだろ?なら大丈夫だよ、ハッハッハッハ~』だ、そうだ……
 その時の俺は、多分(・・;)見たいな顔してたんだろうな。
 つーか、研修の時から思っていたけど……うちの社長って、若干詐欺師だよね?
 普段は愉快なオッサンなんだけど……その実、頭の中は何考えてるか判らず。
 ホイホイと安請け合いしてたら、とんでもない事態に投げ出される。



「はぁ……」



 溜め息一つ……


 つきたくもなるよ。つーか、現状が非常に困ってるんだが?
 こんな高級ホテルに縁なんて無いから、勝手が分からずオドオド&キョロキョロ……
 んで、何もしてないのに目付きの怖い警備員が睨んでくる……
 この手の場所の警備員って、マジで怖いんですけど……
 いやはや、俺が困っていると、天女が現れた。




「こちらですよ、船橋さん」



 凛として澄んだ声がかけられる。



「あ……藤原さん」



 白いパーティードレスと、淡いピンクのストールで着飾った藤原さんが、手招きをしてくれてる。
 驚くことはない。だって、今回の懇親会に同伴するのアイドルは藤原肇と教えられていたのだから。



「あぁ、助かったよ藤原さん。久しぶりだね……どうにも不馴れでね。こう言う場所は」

「お久しぶりです。誰でも初めは気後れするものですよ?私も初めて参加した時は……お恥ずかしながら右も左も分かりませんでしたし」


「………………」


「どうかしましたか?」

「あ、いや……とてもドレスが似合ってるよ……」


 彼女とは半年の付き合いがあって、見慣れてるつもりだったが……
 思わず見とれた。それこそ人間の枠を越えたような美しさだ。
 まるで、伝説に登場する天女様みたいに……まぁ、恥ずかしくてそんな事は言えないがね。



「ふふっ……ありがとうございます。では、参りましょう?」

「あぁ、行こうか」



 微笑を浮かべる天女に誘われる場所は、天国か地獄か……いや、地獄確定だよな。


 ***





 芸能界は燦然と輝くキラキラした世界……
 そんなのはおとぎ話で、二次元の世界の話だ。
 綺麗な夢物語を口にできるのは、精々高校生までだろう……
 どんな言葉を並べても、どんな真摯な態度で望んでも……
 人間が人間で有る限り、リスク・リターンは必ず追求される。
 利益を産まないなら、どんな存在でもいつかは切り捨てられる。特に、この業界はそんなものだ……


 “売れる”と“凄い”は似て異なるモノだろう。



 例えば、俺の隣に居る藤原肇。このアイドルの単純な技量はAランク相当だ。
 だが、今現在の知名度は低く、商品価値はあまり高くは無いだろう。



「……………………」

「藤原さん……」



 彼女の視線を辿る。1人のアイドル、それに群がるスーツの囲い。



「びっくりです……この様な場所で出会えるとは、思いもしませんでしたから」



 固く結んだ口を開いて、重々しく言葉を並べる彼女の瞳には、強い鋭さを感じる。
 挑戦者……それも負けず嫌いな、戦う者の目その者である。



「確かに、765のアイドルが来てるなんて思わなかったな……」



 星井美希。いわゆる現代のスーパーアイドルの1人だろう。
 天才肌で扱いに困っていた時期あったみたいだが、どうやら相性の良いプロデューサーと出会えたようだ。
 最近になって急激な発展を見せつけたアイドルの1人だ。
 …………っで、例えばの続きだが、もし藤原さんと星井美希が戦えば、場数的な意味合いで敗北するだろう……
 だが、先ほど言ったように藤原肇の技量はAランク相当だ。これは身内贔屓を差し引いても確かな事実なのである。
 つまり、善戦で接戦の戦いを繰り広げるハズだ……
 だが、どんなに藤原肇が“凄い”アイドルでも、“売れる”アイドルでなければ、見向きもされない……歯痒く、そしてヘドの出る話だ。
 タクシーの運ちゃんが言っていたように、今の芸能界を仕切ってる奴等には任せられないよな……どっかで革命が必要だ。




「船橋さんは……行かないんですか?」



 固い決意をしたところで、藤原さんにそんな事を言われる。



「行かなくて良いよ、俺と星井美希は……多分相性最悪だと思うし」

「そう……ですか」


 心なしか、喜んでるようにも見えるが……まぁ、気のせいだろう。



「それはそうと、私には構わず勧誘に行かれてはいかがですか?」


「あーうん。あまり乗り気では無いけど、ここで動かないと……ちひろさんから何を言われるか分からないからね……」


 苦笑いでおどけるが、一つだけハッキリと確認しなきゃならない事もある。
 俺のスカウトよりも重要で優先される事だ。



「っでさ……こんなこと言いたくはないけどーーー」


 軽い口調。でも、目だけは真剣に彼女を見つめる。


「……他のプロの誘いには絶対に乗らないでくれよ?」



 重々しい口調でそう言った。
 これはプロデューサーとしの言葉と同時に一個人の願望だ。
 藤原肇の活躍を側でみたい……彼女の“完成”の手伝いをしたいのだ。



「それを約束してくれなきゃ、安心して離れられないから、ね?」

「ご心配なく、私がプロデュースをお願いする人は既に決まっていますから、今のプロダクションを離れるつもりはありません」


 彼女は微笑んでそう言ってくれた。そう長い付き合いではないが、それなりに密度の高い時間を共に過ごしたのだ、彼女が嘘を言ってないと、なんとなしに分かる。
 なら、力強くそう言ってくれたその言葉を信じよう。




「そうか、なら安心だよ。いってくる……」

「えぇ、頑張ってくださいね?」

「あぁ!」





 こうして、スカウトよりも過酷な引き抜きの試練に足を踏み入れたのだが……
 今回ばかりは不安100%だよ……
 ところで藤原さんのプロデュースして欲しい人って誰だろうか?
 半年も側に居て、そんな素振りは無かったと思うが……後で聞き出して、協力しよう。




 ***


 流石は芸能界……


 絢爛豪華とはこの事か!って、言いたいほどに金がかかっている。
 どうにも収集した情報によれば、この懇親会の発案した人は、かの有名な765プロと961プロの社長らしいのだ。
 そら、豪華だろうな。(961的な意味合いで)
 とどのつまり。集まる人間の質は、俺なんかが思っているより遥かに高次元だったのだ……
 分かるだろうか……?フラフラと数歩歩けば、そこには有名なアイドルとエンカウントする空間を……
 うん。怖い……アイドルではなく、回りのプロデューサー達が……
 例えば、右をご覧ください~
 そこなテーブルにてケーキを食してらっしゃるのは。
 初代シンデレラの十時愛梨さんではあーりませんか……んで、そのテーブルに群がるスーツの群れ。他社のプロデューサーさん達は、何とも必死にあれこれと十時さんに言い寄っている。




「なんだかな……」




 そんな光景を目の当たりにすれば、やるせなさを口にするしかない。
 だが、これで終ると思うなよ?
 更には左をご覧ください~
 そこに居ますのは、今期のシンデレラであります。渋谷凜さんでーす。
 こちらにもスーツが群がってますが、持ち前のクールフェイスでやり過ごしてます。流石に場慣れしてますね。はい……
 ってか。どっちも顔には出さないが、迷惑そうだ。有名税と言うならそうだが、それでも彼女達はアイドルって仕事をしている人間であって、物じゃない。
 慣れてるからと、あんなに人に群がられたらストレスだ……
 しかも、誰一人としてそんな事に気がつかずに、勧誘をかけるばかりである。本当に彼等はプロデューサーなのだろうか?




「やるせないなぁ……」





 不意に目を閉じる。そして集中。
 己の中に深く沈む。幼い頃から知っている、心が冷たくなる感覚。パーティーの雑音も一瞬で遠い世界のモノと変わり。
 完全な暗闇と静寂が、俺1人を支配する。
 俺は集中する。遥か昔の記憶を引き上げるために……





  『私のために芸能界に入るの?』


『それは駄目だよ?君は君の願いの為に生きないと、ね?』


『でも……もし、君が大きくなって芸能界で働くなら……』


『私じゃなくて、私以外の困ってるアイドルの力になってあげてね?』








 それは、とても古い記憶。夕焼けに照らされた世界で、あの人は俺にそう言った。
 そう……言ったのだ。困ってるアイドルを助けてあげてと。




「なら、やることは決まっている」




 目を開ける。相変わらずのスーツの群れ。冷静に、回りを見渡す。


 集中ーーーーー


 そう、俺にできるのは何時だってこれだけだ……集中……集中。集中。集中。集中。集中。集中。集中。集中。集中。集中。集中。集中。集中。集中。集中。集中ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………




 目で動きを捉え。耳で音を調べ。肌で空気を感じる。

 


「…………………………」



 機を伺う。息を殺し、感情を殺し……可能な限り視界の出来事を納めていく。
 人の動きは気持ち悪いほどに緩やかになり、声もエコーのようにブレる。
 ここまで来ると。今自分がどんな顔をしているのか想像がついてしまう。感情を失った冷徹な顔……
 ただひたすら、目的のために機械が如く作業をする存在。
 完全に“スイッチ”が入ってしまった。







 だが見える。この状態なら、あらゆる情報を収集・解析できる。
 今……十時愛梨と渋谷凜に群がってる人間は、必死に勧誘をしているが……
 その実。意識の半分ぐらいは星井美希に裂いている。
 本人達は上手くやっているが、視界の端に星井美希が写り込む様に位置を調節しては、チラチラと状況を確認しているのがモロバレだ。
 単純に星井美希に群がって人数が多いから、今はこの二人に勧誘をかけている状態だろうな。



 あぁ……ヘドが出る……



 奴等には、アイドルがただの商品にしか映って居ないのだろうか……




 会話が耳に入る度に……


 彼女達を、見る眼を認識する度に……



 そこに熱意も敬愛も尊重もないと解ってしまう。




 あぁ、これが俺の目指した世界の現状なのか?
 研修で嫌と言うほどこんな事は経験した。しかし、それは芸能界において底辺の現場だ。
 だが、ここは芸能界の重鎮や、名のあるプロデューサー達が集まった場所……
 胸を鋭い刃物で裂かれた気分だ……痛みはない。でも、この現状に心臓の熱が冷めていく。




「………………」






 低速する世界が徐々に正しくなる。
 ガヤガヤと耳障りな声の渦。集中が収まった今の状態では、細部まで認識は出来ないが、何一つとして変わってはいないのだろう……
 変えたい。いや、こんな事実は変えなければならない。
 あの人が目指した場所が、こんな場所な訳がない……


 ***



 風林火山……武田信玄の用いた戦術理論だとかどうとか……俺は歴史に興味は無いために、これの真の解釈は解らない。
 取り敢えず分かる事は、その場その場で求められる事は変わって行く、適切に動けよ的な感じだ。


 詰まり。俺が取るべき行動は一つ!




  オ ニ ギ リ な の !



 そうオニギリ……星井美希の大好物の一つ、オニギリをテーブル一つ一つに作っては置き、作っては置きを繰り返している。
 無論。原材料はテーブルに置いてあるライス系の料理であり、具材や味付けも他の料理である。
 まぁ……意味不明と言われるだろうが……ってか、既に周りから意味不明な変人として見られているがな……
 高級ホテルでの芸能パーティーで、オニギリ作ってテーブルを回る背広の男。俺だって意味不明と思うよ……
 ま、見知らぬ他人にどう思われても俺は気にしないし、まだ顔が割れてないから、社長に迷惑被ることも無いだろう。



「さて……こんなものかね」



 一頻り作って回って一息つくと、会場の何処から「オニギリなのー!!!!!」って叫ぶ声が轟く。


 星井美希はオニギリが大好き、それは多くの人が知っている事だ。
  当然ながらこんな所にオニギリなんて無い、ならオニギリを見つけた彼女の行動は予測できる。
 スーツの群れの隙間を抉じ開けて、彼女はオニギリがあるテーブルまで移動する。
 無論。わざわざと彼女の邪魔をして不況を買う馬鹿も居なく。それに反応して多くのプロデューサー達が動く。


「人の波だね……」


 その流れの起点はやはり星井美希だ。



「後はなるようになるさ」


 テーブルに置いてあるオニギリは一つか二つ程度だ。
 彼女なら即平らげて、目敏く次の獲物を見つけるだろうな……
 なら、人の波は流動を続けこの場を掻き乱す。



「……上手く行き過ぎて何とも言えないかなぁ」


 縦横無尽にオニギリを求めて移動する星井美希を目で追いながら、思わず嘆息する。
 仮に彼女を担当に迎えた時は、俺程度じゃ振り回されて終わりだろう。
  彼女の担当プロデューサーには、様々な意味合いで敬意を抱くよ。




 そんな、何とも不甲斐ない事を思いなが、渋谷凛と十時愛梨に目を向ける。
 ……ん。無事に人の波から脱け出して、自分のプロデューサーと合流できたみたいだな。



 ……何て言うのかな。













 ーーー羨ましい限りだ。



 アイドルとプロデューサーがお互いに信頼しあって、共に身を委ねている。



「いつか……俺にもそんなアイドルが訪れるのかな……」


 その憧憬を瞼に焼き付けて、目をつぶる。そこには名も知らぬあのアイドルが笑っていた。
 あぁ、届かぬ願いだ。時の流は変えよう が無い事実。
 どれ程に俺がプロデューサーとして成長しても、力を貸したいと願った人は居ない。
 だから、あの人交わした約束だけは守ると誓い。ここまで来た…………




 なのに……何をやってるのだろうか……




「俺の担当アイドル……か」



 目を開けて呟く。

 俺は念願のプロデューサーになった。

 そう……なったのだ、だが…………




 なっただけなのだ。




 俺はまだ、何一つ明確な目的を成してはいない……



「はぁ……安西先生……担当アイドルが欲しいです……」



 そんな馬鹿なことを呟いた時。俺の隣にいつの間にか女の子が居座っていた。


「ね!さっきのオニギリ作ったの人だよね?ミキね、あなたに言いたいことがあるの!」


 さっきからオニギリ求めてテーブルを移っていた星井美希が、何を思ったか俺のとこまで来たのだ。
 当たり前だが、彼女の後を追ってプロデューサーの群れも迫ってくる。
 自業自得。策士策に溺れる……そんなところかな。
 ギラギラした目のおにーさんやおじさんに不躾に睨まれてます。しかも人の壁が脱出を拒んでますね、はい…………



 どーしてこーなった……?


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧