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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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15.表は白く、裏は黒く

 
前書き
今回はリングアベルの出番なし! 

 
 
 ヘスティアには懸念があった。
 Dの日記帳には、それほどヘスティア・ファミリアについての記述が多いわけではない。むしろ断片的にそれらしい情報があるくらいで、途中からはイデアという少女にばかり注目が集まっていた。
 つまるところ、ヘスティア・ファミリア――ベルたちにこれから起こるトラブルの全てが記載されている訳ではないのだ。偶には当てになるが、ミノタウロス事件のように誰がどんな目に遭ったのかまで書かれている記述の方が珍しいし、大半は本当に雑記だ。

 さらに言えば、あの日記にはリングアベルらしき人物の記述がない。つまり日記に記された未来さえ、彼の影響によって将来的には細部に差異が生じる可能性があるのだ。差し当たっては、今最も危機が訪れる可能性が高いイベントを警戒しなければならない。

 そこで気になったのが「怪物祭」だ。日記には「怪物祭」当日から数日間の間が何も書かれておらず、後の記述で『忙しくて知らなかったが「怪物祭」で一悶着あったと聞いた。犠牲者はなかったらしい』とだけ記されている。

 ――その一悶着に、2人が巻き込まれないだろうか?
 カルディスラ異変の前から、ヘスティアの胸中にはそんな嫌な想像が渦巻いていた。

 例えばリングアベルは強いしそれなりに処世術というものを持っているが、同時に仲間や女性の為なら体を張って無茶をする面がある。流石に「怪物祭」の魔物程度に負けるほど安い腕ではないと思うが、そもそも彼はアスタリスク持ちであることを含めて本人の知らない部分に危機が潜んでいる可能性が高い。
 彼の奥底に潜んだ「暗黒」と、いずれは向き合う時があるかもしれない。
 そのための手助けができるのは、今の所ヘスティアだけなのだ。

 ベルはベルでスキルのために急成長を遂げているが、まだまだ夢見がちで油断の多い部分がある。それに、彼には人を惹きつける不思議な魅力があった。その魅力は良きも悪しきも平等に引き寄せ、そして騒乱の中心へと流されていくだろう。
 それでも尚、彼は強くなりたいと――格好良くなりたいと望んでいるのだ。
 止める事が出来ない情熱ならば、ヘスティアが後押しせずして誰がする。

 備えが必要だ。ファミリアの未来を切り開くための備えが。
 そして今のヘスティアに備えられるようなことと言ったら一つしか思い浮かばなかった。

「はぁぁ~………今回ばかりは本当の本当に本気なのね?……いいわ、聞いてあげようじゃないの。あんたの頼み」
「ありがとう、ヘファイストス……!!やっぱり君はボクの親友だ!」
「その代り代価は必ず払ってもらうよわよ。子供(ファミリア)のために本気だっていうなら、あんたも本気になって義理を通しなさい」
「………勿論だよ。借りたものを返さないほど不義理な神になった覚えはないさ!」
「昔の借り、返してもらってないけど」
「そ……それはそれという事で。今回は必ず返すから!!」

 二人の為にヘスティアが出来る事。それは鍛冶の神であり超一級の武器や防具を作成する友神、ヘファイストスに頼み込んで武器を作ってもらう事だった。代償としてかなりの労働が予想されるが、それで二人が怪我せずに済むのなら安い代償だ。

「それで……確か頼み事は二つあるって言ってたわね。早めに言ってちょうだい」
「うん。一つは当然ベル君の武器だよ。今は短剣でどうにか戦ってるけど、大人しく見えて心の底には燃えるものがあるからね……せめて前へ進むならそれ相応の武器を持たせてあげたいんだ」
「ふむ……じゃあ一つ目はその子に短剣を作ってあげるってことね」

 神匠と呼ばれたヘファイストスの鍛冶の腕前は、神力を封じている今でも健在である。
 ヘスティアの熱意は十分すぎるほどに伝わった。ならば、それを汲んで彼女もまた全力を注ぐのが礼儀だろう。

「……で、もう一つは?」
「………これ、本当はヘファイストスに頼むべきじゃないのかもしれないけど………『これ』の修理、出来るかな?」

 ヘスティアがその服装の一体どこに入れていたのか質問したくなる黒い柄の剣を取り出した。神なのだからその程度の隠し芸には驚かないが、突然取り出した剣には目を惹かれた。
 遠慮がちに取り出されたそれを見て、ヘファイストスは鍛冶屋の目で注視する。

「触っても構わないか?」
「どうぞ見てくれ。とはいっても、途中から折れてるんだけどね」

 納められた剣の柄は漆黒の装飾がなされ、金色の鍔とコントラストになっている。黒い鞘はどこにでもある安物だが、引き抜くと中ほどで折れた真紅の刃が姿を現す。

「こいつは……材質はオリハルコンか……ここまでの純度のオリハルコンはオラリオでもほとんど出回ってない。銘は削れていて読めないが、これを打った鍛冶屋は相当な名匠だね。刀身が赤いのは何かしらの属性魔法の触媒替わりか?折れてはいるが、手入れはよくされている……不壊属性一歩手前くらいの強度がありそうなのによく折れたね?」
「折れた理由は分からないんだ。ホラ、前に話したファミリアのリングアベルが持っていた物さ。多分、彼の持ち物だったんだと思う。これを………直せないかな?」

 他人が打った剣を別の鍛冶屋に修理させるというのは、余り褒められた行為ではない。職人が込めた誇りと想いが詰っているのが剣というもの。それを勝手に弄るというのは一職人として気持ちのいいものではない。それを何となく分かっているからこその躊躇いなのだろう。
 それでも、ヘファイストスならできると思ったからヘスティアは態々リングアベルに頼んでこれを預かってきた。

「………これは、時間がかかるわ。剣に使われた属性強化加工は正教圏の方で活発な技術だから、私もあまり詳しくない。込められた属性が分かれば少しは捗るけど、この剣につり合うオリハルコンの入手も難しい。素材と技術が揃ったうえでも、そもそも剣の質が桁外れに高いから打つのに時間がかかりそうだね………一から剣を打ち直した方が早いと思うわよ?」
「だよねー……本人もそう言ってたよ。でも、きっといずれリングアベルにはこれが必要になるから………」

 憂いは消えることがない。消えた彼の過去に纏わる手がかりを、ヘスティアは一つだけ知っている。

「その剣に込められた属性は……『闇』だと思う。それも、あれは魔法やアスタリスクによって後天的に得た物じゃなく、彼が元来持ち合わせていた性質だ」
「おい、ヘスティア……自分が言っている事の意味が分かっているのか?」
「リングアベルのステイタスをこの目で直接見たボクが意味を分からないとでも思うかい?」

 悲しそうに、ヘスティアはそう呟いた。
 人には種族や精神によって先天的な特殊属性や得意属性に目覚める事がある。眩しいまでの正義感は光、身を焦がすような衝動は火といった風に、その人に合った属性が目覚める。それらはごく少数の者しか目覚めないが、その中でも『闇』は最も珍しい属性の一つだ。

 『闇』の属性に目覚めるきっかけ。
 それは悪意。それは飢餓。枯渇。嘲り。嫉妬。憤怒。僻み。失意。欺瞞。絶望。罪悪。背徳。恐怖。復讐。喪失。束縛。愁傷――あらゆる負の感情と理不尽な運命を煮え滾るドブ水に突っ込んで燃やし尽くしたときに命と共にたった一つだけ残るもの。

 『憎悪』という名の黒い塊。

 それに目覚めるものは、決まって『この世の地獄』を見た者。
 愛する者を目の前で喪った悲嘆の嗚咽が。
 信じる者に受けた残酷なまでの裏切りが。
 手に掴むべき栄光を奪われた者の慟哭が。
 この世界に満ちた痛みと悲劇が、この世に生きる人間の心を漆黒の闇に染め上げる。

「………本当、なのかい?そのリングアベルって子、話に聞いた感じではむしろ正反対のお調子者みたいだったけど……」
「辛い過去があったからこそ、自分で封じ込めた……そう考えられないかな?辛くて辛くて、自分で自分の心を壊してしまいかねないほどに痛い思いを封じたんだとしたら?………だからこそ、いつかきっとあの子は自分の闇と向き合うことになる」

 本当は向き合わないままリングアベルとして生きていて欲しいけど――と、ヘスティアは消え入るような声で漏らした。

 結局、ヘファイストスは両方の依頼を受けた。
 ただ、ひとつだけ。

「とりあえず、そのリングアベルってのに出会ったら『友達(ヘスティア)を泣かせたらタダじゃおかない』って伝えておくか……」



 = =



 ヘスティア出かけたまま帰ってこなくなってから、ベルはリングアベルに毎日稽古をつけてもらった。こんな風に人にものを教わるのは死んだ祖父以来だなぁ、としみじみ思った。
 槍を持ったリングアベルと戦ってはリーチの差で負け、長物のいなしかたを習う。
 剣を持ったリングアベルと戦っては技量の差で負け、リーチの長い相手との間合いの取り方を習う。
 そして弓を持ったリングアベルと戦っては、弓の扱いがなってないと逆にベルが使い方を教える。

 リングアベルは何でも出来るようでいて、たまにおっちょこちょいな部分を見せる。尊敬できる先輩のようでもあり、同年代の友達のようでもある絶妙な距離感がベルには心地よかった。そこにヘスティアが加わると、子供のようなはしゃぎ方と神としての顔のギャップがあって更に楽しい。

 オラリオで突然強引にスカウトされたときにはどうしようかと思ったが、2人とも想像以上に精神年齢はベルに近くて、いつも親身に接してくれた。祖父以外に家族がいないベルにとっては正に本物の家族のようだった。

「でも、その家族と二人とも別れると……何だか寂しいなぁ」

 その日、一緒に「怪物祭」を見に行かないかと提案してみると、リングアベルは先約があるとのことで普通に断られてしまったのだ。考えてみればモテ男のリングアベルなのだから予定が入っていてもおかしくはないが、ベルが一人っきりで行動するのはファミリア探し以来であり、妙に心細い。

 しかも心細いついでにさっき『豊饒の女主人』のアーニャとリューに「シルに財布を届けてくれ」という雑用まで押しつけられてしまった。いや、シルさんが困っているかもしれないと思うと確かにそれは重要なことなのだが、それにしたって家族同然の二人がいないというのが寂しい。とても寂しい。

「せんぱぁ~い………かみさまぁ~………心細いよぉ~………」
「そんなに寂しがるなよベイベー!神様なら君の後ろにいるぜーベルくぅぅ~~ん!!」
「へ?わぶっ!?」

 突如背後から掛かった聞き覚えのある声と共に、ベルの背中を衝撃が襲う。そのまま前のめりにスッ転んでしまったベルが慌てて振り返ると、そこには我らが主神であるヘスティアが満面の笑みで待っていた。

「かっ……神様ぁぁぁ~~~!!もう、今までどこに行ってたんですか!?寂しかったですよぉぉぉ~~!!」
「ボクもだよベル君!もう家族に会えなさ過ぎてこの大きな胸が張り裂けるかと思ったくらいだよ~~っ!!」

 ひしっ!!と抱き合う二人。公衆の面前でマイペースな奴等である。
 周囲もそんな珍妙な二人を奇異の目で見つめているが、気にした様子は全くない。
 ベルは寂し過ぎていたせいか母に甘えるようで、ヘスティアもヘスティアでベルに頬ずりして「ベル君成分」なる謎の物質を補充してご満悦である。マイペースすぎる二人が普通に会話するのに数分を擁したことは、むしろ予想より早かったと驚嘆すべき事なのかもしれない。

「しかし、リングアベルは一緒じゃないんだね?おおかたヨソの女の子とデートでもしてるんだろうなぁ………むぅ、主神を差し置いて別の女にお熱とはこれ如何に!?」
「あはははっ!流石は神様、先輩の行動もお見通しですね!猫の恩返しとか言ってたのできっと相手はキャットピープルの女の子ですよ?」
「もう、節操なしなんだから!聞いてよベル君!リングアベルったら眷属契約の翌日にはもう教会の前で女の子を口説いてたんだよ!?……そして逆にベル君は妙にモテてるみたいだしねぇ?」
「そ、そんなことないですって!僕は神様が一番ですっ!!」
「………そういうこと言ってすぐボクの心を惑わして……イケない子だ!でもベルくんは許す!」

 リングアベルだと許されないらしい。その辺の事情は不明だ。
 しかし、考えてみればベルにとってヘスティアと二人きりという状況は珍しい展開だ。普段はリングアベルと一緒にヘスティアの下へ帰るという感覚なので、次に続く言葉があまり思いつかない。
 ふと、「こういう時に気の利いた事を言えるのがいい男の条件だ!」というリングアベルのイイ笑顔が頭に思い浮かぶ。憧れのアイズ・ヴァレンシュタインに近づくための女性との接し方レッスンで享受されたアドバイスである。

 ……ちなみにベルはリングアベルに憧れる余り彼の台詞をまとめた「R(リングアベル)の名言録」なる本をこっそり執筆中である。この本が後に大ヒットを記録して世界で飛ぶように売れる事に、まだファミリア達は気付いていない。

 それはさておき、敬愛する先輩(若干脳内で美化されている)に背中を押されたベルはここで1つ神様にかけるナイスな言葉を思いついた。

「神様!実は僕、行きつけの店の人に頼まれてシルさんって人を探してるんですけど……見つかるまでの間、一緒に町を見て回りませんか?先輩がデートしてるならこっちもこっちで楽しみましょうよ!」
「おお!それはナイスなアイデアじゃないか!!……ついでっていうのがアレだけど」
「なら、用事が終わった暁には今度こそ本デートってことで、ね?」
「まぁベル君ったら……もう、しばらく見ないうちにお誘い上手になっちゃって!」

 心のどこかで「段々リングアベルに似てきたなぁ」と思いつつも、それでも嬉しかったヘスティアは肘でこのこの!とベルをつついてベルを困らせるのであった。




 ――同刻、とある女神の手によって、ガネーシャ・ファミリアのテイムモンスター数頭が脱走。

 そして同時期に、ガネーシャ・ファミリア所属の少女と町中の猫が忽然と居なくなった。
  
 

 
後書き
個人的にシルさんの財布そっちのけで神様といちゃつくベル君は結構ヒドいと思う。 
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