菖蒲

第四章

　王はそれを見て光を総大将に任じて救援の兵を向かわせることにした。その為に彼の屋敷に行くことになったのであった。王自ら出馬を願うというのだ。それ程呉にとって危機ということであったが光にとってはまさに天が与えた千載一遇の好機であった。
「今です」
　伍子胥は密室で彼に言う。細い枯れ木を燃やしてその中で話をしていた。
「今こそ王を討ち我が君が呉の主に」
「そうだな」
　光もそのつもりであった。暗い一室において力強く頷くのだった。
「今しかないな」
「はい。それではすぐに」
　伍子胥はすぐに言うのだった。
「彼を」
「それではだ」
　光は自ら動くのだった。彼もまた一人の傑物である。どうするべきかはわかっていた。
「私が行こう」
「御願いできますか」
「私が行かねばどうする」
　伍子胥に対して告げた。
「この仕事は。そうではないのか」
「確かに」
　伍子胥もそれを否定しない。その通りだからだ。
「では。御願い致します」
「わかった。それではな」
　すぐに専緒を自分の屋敷に招くのであった。王が来る前にだ。こうして彼は公子の屋敷に招かれた。身分の低い彼にとってはやはり夢のような話であった。彼はそれでも毅然として屋敷に入り広間で光の横に招かれ酒や御馳走を受けた。そこに刃当然ながら伍子胥もいた。正しく言えば彼等三人しかいなかった。異様な宴であった。
「ところでですな」
　不意に光は専緒に言葉を切り出してきた。
「私は。御存知でしょうがかつての王の息子でありました」
「はい」
　専緒もその言葉に頷く。これはもう言うまでもなく呉の者ならば誰でも知っていることであった。
「そうでしたな」
「今の王は私の父の弟の子」
　つまりは従兄弟というわけだ。光の父が自分の弟達に王位を譲り末の弟がそれを固辞した為に末弟の子が王となったのである。これが光にとっては不満であったのだ。
「専緒殿に御聞きします」
　尋ねる声ではなかった。窺う声になっていた。
「子と弟、どちらが王に相応しいでしょうか」
「それは言うまでもありません」
　専緒も答える声ではなかった。剣を握る声だった。
「子です」
「では。おわかりですね」
「はい」
　剣が抜かれた。
「王についてはお任せ下さい」
「かたじけない」
　光はそれを聞くと姿勢をあらためた。伍子胥もだ。そうして専緒に対して深々と頭を下げるのであった。
「それでは御願いします」
「はい。ただ」
　ここで専緒は言うのだった。
「何か？」
「私はそれで構いません」
　こう前置きしてきた。
「ですが」
「それは御家族のことですか」
「そうです。妻子と年老いた母が」
　そのことを忘れたことはない。実は最初から二人が自分の許を訪れた理由はわかっている。それを断ってきたのは家族がいるからだったのだ。
「おります。彼等のことは」
「それはお任せ下さい」
　光は頭を上げて述べてきた。
「私が責任を以って」
「そうですか。それでは」
「それでですね」
　今度は伍子胥が専緒の前に出て来た。そうして膝をついて三本の剣を出してきた。
「その責を果たす為に剣を」
「この中から選ばれよと」
「左様です」
　そう専緒に告げた。
「越の国の名工が鍛え上げたものです」
「その三本の剣が」
「まずはこれです」
　最初に伍子胥が差し出したのは青黒い剣であった。その色がやけに不気味であった。
「如何でしょうか」
「まるで蛇のようですな」
「はい。そして次は」
　二番目に出してきた剣には独特の模様があった。それは表面に連なり合った岩石を思わせるものであった。それがやけに目についた。
「最後は」
　最後の剣にも模様があった。今度のそれは細い雲のそれに似ていた。