恋姫†袁紹♂伝
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第21話
時は少し遡り、袁紹が孫策に『頼みごと』をしていた頃。数十人の護衛たちに守られながら広宗内部の屋敷内で、暗い面持ちで顔を伏せる張三姉妹の姿があった。
「ちぃ達……これからどうなるの?」
「……」
次女の地和が悲観的に呟き、三女人和は彼女の問いに答えることが出来ず沈黙した。
三姉妹の中でもとりわけ聡明な彼女は、現状を正しく認識し。絶望に打ちひしがれていた。
黄巾の乱が起きる以前、自分達が旅芸人として伸び悩んでいた頃『それ』と出合った。
『太平妖術の書』である。愛好者達の贈り物に混ざっていたその書は、自分達に足りないもの、自分達が欲していたものがつぶさに書かれており、実践すると瞬く間に自分達の名は大陸に轟いた。
抵抗が無かったわけではない。ただ書に記されていた通りに芸を披露することには少なからず嫌悪感を抱いていた。しかしやめられなかった。自分達の夢――歌と踊りを大陸中に轟かせるまで後一歩だったのだから……
そしてその結果自分達は黄巾の乱、その渦中にある。意図していなかったとは言え黄巾は自分達を中心に出来た組織だ。
良くて死罪、最悪――
「っ!?」
そこまで考えて人和は頭から振り払った。大事な姉達をそんな目にはあわせられない。何があっても彼女達を助ける。例え自分を犠牲にしてでも――
「もぅ、ちぃちゃん達暗すぎ~、きっと大丈夫だよ~」
「「……」」
そんな彼女達の気持ちを知ってか知らずか、長女天和が太平妖術の書に目を通しながら、のんきに声を上げる。
「……天和姉さん、いつまでそれを見ているの?」
「そうよ! そんな『役に立たない』もの!!」
「え~?」
二人して姉を咎める。それも無理は無い。読者が最も欲する知識を与えるとされる『太平妖術の書』は、広宗に辿り着いてから白紙になっていた――
自分達の意図に関係なく増え続ける黄巾賊、彼女達三姉妹は黙って見ていたわけではない。
太平妖術の書を使い幾度と無く説得を試みていた。そのかいあって、一時は事態の収束に期待できたのだが―――次から次へと新たな黄巾達が合流し始め、気が付いた頃には手がつけられない規模にまで拡大していた。
一時は袁紹の計略により勢いを失ったものの、ここ広宗には二十万もの黄巾が終結したのだ。
そしてそれ以降もう手が無いとでも言うように、太平妖術の書は白紙になっていた。
「う~ん、お姉ちゃんが思うに――」
「「……」」
「白紙ってことは何もしなくて良いって事じゃないかな~?」
「「!?」」
長女の言葉に二人は顔を上げる。余りにも希望的観測、都合の良い考え方であったが、追い詰められた自分達にはそれに縋る他無かった――
「華琳様、袁紹殿と風――程昱が来ておりますが……」
「あらやっと来たのね。待ちくたびれていたわ……」
「……では」
「ええ稟、丁重にお通しして頂戴」
「ハッ」
孫策達との『挨拶』を終え、自陣で他諸侯とも言葉を交わしながら、袁紹は友である華琳との対面を心待ちにしていたが――彼女が現れることはなかった。
そして遂に日が沈み、痺れを切らした袁紹が直接やって来た。
「どういうことだ孟徳!! 何故我に会いに来ぬ!?」
華琳の予想通りお冠だ。常人であれば名族である彼のその様子に、腰が抜けるほどの怒気を感じさせるが彼女は何処吹く風、妙に芝居がかった仕草で自分の肩を揉みながら弁明する。
「ごめんなさいね。忙しくて」
「ムッ……」
その言葉と仕草に袁紹は立ち止まる。自分が良く知る彼であれば――
「多忙であったか、では致し方あるまい」
「フフッ、ありがとう……」
言って怒気を静める袁紹その様子に華琳は安心した。四年前に比べ背が高くなり、顔は野性味を増し男らしくなったが、彼は自分が良く知る麗覇だ私塾にいた頃と遜色ない。
「あなたが程昱ね稟から色々聞いてるわ、私が曹孟徳よ」
「初めまして、程昱です~そして――」
『宝譿だゼ、よろしくな!』
「ええ、貴方もよろしくね宝譿」
『初対面でオレに動じないとはやるなぁ……兄ちゃんも見習わにゃいかんとちゃうんか?』
「う、うむ、精進しよう……」
「面白い娘ね」
初対面にも関わらず華琳と風……宝譿は馴染んでいた。
「稟と積もる話しもあるでしょう? 二人で話してきても良いわよ」
「……いいですか?」
「うむ、久しぶりの友との対面だ。遠慮なく話してくると良い」
「ありがとです~……でもお兄さんが心配なので宝譿を置いていきますね」
「?……あ、ああ」
そう言うと風は宝譿を――袁紹の頭の上に乗せた。
「ではでは、ごゆっくり~」
そして袁紹が何かを言う前に素早く天幕を離れ――袁紹と華琳の二人きりとなった。
「本当に面白い娘ね」
「ああ、少し手に焼いているがな」
「あら、なら私が貰うわよ?」
「たわけ! 犬猫じゃあるまいし、我が大事な家臣をホイホイとやれるか!!」
「そう、残念ね」
私塾で出合った頃と同じやり取り、二人は互いの姿と、互いの声を懐かしんだ。
「久しぶりね麗覇、また背が高くなっているわね……」
「む、そうか? 自分では良くわからぬものだ」
華琳から渇望の眼差しを受け袁紹は慌てる。この流れなら次は自分が、彼女の成長を褒めなければいけないのだが――
「そう言う華琳は四年前に比べ――」
まるで成長していない! という言葉を必死に飲み込む、彼女の姿は私塾にいた頃と変わらなかった。良くも悪くも袁紹が最後に見た曹孟徳そのものだ。
とは言え、袁紹が良くても彼女の心情的には穏やかではないだろう。私塾にいた頃から自分の身体的成長を渇望してきたのだ。迂闊な言葉は掛けられない。
『まるで成長してねーナ! 呪いでもかけられたのかヨ!!』
「なっ!?」
そして突然、宝譿が袁紹の内心を暴露する――袁紹の声で……
「……」
「ま、待て華琳! 話せば解る!!」
額に青筋を浮かべ始めた華琳に何とか取り繕うとする。既に尋常ではない殺気が彼女から漏れ出しており、袁紹は滝のような汗を流した。
(お、落ち着け、まだ慌てるような展開ではない。大体先ほどの言葉は宝譿のものだ。
断じて我ではない。そう我ではないのだ! 声は我のだったが……違うのだ!!)
「……」
絶賛混乱中の袁紹に向かって、華琳はゆっくりとした動作で近づく、良く見るとその手には彼女の得物である『絶』――死神の鎌を模したような武器が握られていた。
これはまずい! すでに華琳の目から光が消えている。生命の危機を感じた袁紹は必死に頭を動かした。ありとあらゆる謝罪と世辞の言葉が、まるで走馬灯のように頭の中を駆け巡り、状況を打開しようと模索していたが――
『物騒だなオイ! そんなだから男が寄って来ないんだゼ!!』
―――終わった。
………
……
…
「……? 今お兄さんの悲鳴が聞こえたような……」
「袁紹殿の? 私達の陣営にそんな危険はありませんよ」
「それもそうですね。きっと気のせいです~」
久方ぶりに顔を会わせた両名は話しに花を咲かせていた。とりわけ話題になったのはあの大計略である。
「それにしても……袁家は大分派手にやりましたね」
「風達はお兄さんの派手好きに感化されたんですよ~」
「……棄鉄蒐草の計、そう呼ばれているみたいですよ?」
「……ぐぅ」
「寝るな!」
「おぉっ!? このやり取りも久しぶりですね~」
「フフッ、そうですね」
「それにしても……棄鉄蒐草ですか~、言いえて妙ですね~」
「……風?」
『棄鉄蒐草の計』袁家が行った大計略を諸侯が呼称したものである。賛辞ではない。皮肉だ。
貴重な鉄を取るに足らない草に変える行為、袁紹に対する嫉妬や対抗意識から、諸侯達は棄鉄蒐草と名づけたのだ。
「あとでお兄さんにも教えてあげないとですね~。きっと喜ぶのですよ」
「し、しかし……!?」
楽しそうに提案する親友に郭嘉は待ったを掛けようとした。折角の大計略を皮肉で呼ばれては心象に悪いのではないか? と思い声を出したのだが――
「お兄さんは……いえ、お兄さん達と風は文字通り『鉄』で『民草』を救ったのです。
誇ることはあっても、恥じることは何もありませんよ~」
「……そうですね」
柔らかい笑顔で語る風を見て思いとどまる。あの袁紹なら気にしないどころか、高笑いと共に正式名称として使うかもしれない。
彼の下にいたのは短い間だったが、そう思わせるほどに豪快な人物だったと、郭嘉は改めて袁紹を思い出していた。
そして、何のためらいもなく親友に信頼を寄せられている彼に、少し……嫉妬した。
「あの計略は本当に驚かされました。でも次は――」
「……次はなんですか?」
「フフッ、何でもありません」
次は私達が驚かせてあげましょう。という言葉を必死にのみこむ、この広宗において策の準備は既に終えている。極めて成功率が高く親友に自慢したかったが――それで失敗しては目も当てられない。
彼女の反応を楽しむのは策が成ってからだ――棄鉄蒐草の計において、先に大陸中に名を轟かせた親友。風に対抗意識を燃やしていた郭嘉は、策の成就のため用心深く口を噤んだのだった――
後書き
NEW!金髪覇王 曹操
好感度 ??%
猫度 「……言わないわよ?」
状態 友愛
備考 友として快く思っている。恋愛感情は薄い
対抗意識を持ち、色々準備している
実は女装袁紹に一目惚れしたという秘密がある
NEW!鼻血軍師 郭嘉
好感度 20%
猫度 「鳴く? 鳴いて鳴かされ――プハッ!」
状態 尊敬
備考 自分達陣営の躍進ために、超えねばならない壁として注目している
女性武将に囲まれている彼の状況に、度々妄想しては鼻血を出している
実は諸侯の皮肉に、彼女が一番腹を立てている
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