少年と女神の物語
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第百十五話
正直に言えば。
正直に言ってしまえば、この九人目の権能を二つ暴いて、そのうちの一つを使えなくした今でも私は不利なままです。まずなによりも相手はあと二つ未知な権能を持っていますし、ティルヴィングもいまだ健在。武双に対して願いの一つを使ったとはいえ残り二つ、それも私の狂気がきかない権能です。あれが一番怖いですね。
その辺りがいろいろと面倒で仕方ないのですけど・・・まあでも、何とかするしかないですね。まずは後二つの権能を狂わせるところから。
「テメエ・・・何、しやがった・・・!」
「さて、なぜあなたの権能は狂ったのでしょうね?私の知ったことではありませんが」
「・・・そういう、ことか・・・!」
さすがに私の言い方から分かったようで、九人目は憎しげにこちらを見てきます。敵の権能を潰せるなら潰すでしょう、普通。
と、その辺りで空中から地面に降り、そのまま剣と槍で鍔迫り合いのような形に。九人目はすぐにでも距離をとりたそうですけど、そうはさせません。せっかく吹き出した血が片目を覆ってくれているのですから、このチャンスを生かさないわけがないでしょう。
「さて、できることならこのまま突き刺して終わりにしてしまいたいのですが・・・そうもいかなそうですね」
「ハッ、そう簡単に殺されてやるかよ。最後まで神殺しらしく、あがいてオマエの権能を簒奪する」
「させませんよ、まだ家族と一緒にいたいですから」
とはいえ、どうしましょうか。このまま相手の視界が封じられている状態で戦うのはいいんですけど、私にも攻撃手段がありませんし・・・狂気を垂れ流しにしたところで、神殺しの体では効果が薄すぎます。向うが気を張っていれば抵抗できてしまうほどです。
と、そんな考え事をしていたことで気が抜けたのか、九人目は権能で操った水で顔を洗いました。完全に視界が封じられている一瞬を狙って聖槍を突き出してみても、直感なのかあっさりと避けられる始末。ムカつきますね、これ。
「ふぅ、なるほどな。その狂気の権能は常時発動じゃないのか」
「さて、どうでしょうね?私はそこにいるだけで鋼をも狂わせる女神です」
「だとしても、その濃度には差があると見た」
あ、やっぱりばれてしまいますか。相手が位の低い鋼なら別に何かしようとしなくても狂ってくれるんですけど、それ以外となるとそれでは足りません。ただの人相手なら楽なんですけど、目の前にいるのは神殺しですし、その権能は鋼に由来するものではないのかもしれませんね。でもそうなると、化身を持ってそうな神様が・・・水神とか関係なしにビシュヌではないかと考えていたんですけど、違いそうです。
「緑よ、今こそ我が意に従え!」
そして、どうにか推測を勧めようとしていると向うが権能を使ったようです。おそらく内容は、植物を操るもの。その証拠に地面から雑草が異常なほどに伸びてきて邪魔ですし。とりあえず狂気と聖槍で・・・
「ルーサリイのもとに、恵みをもたらせ!」
薙ぎ払おうとした時、九人目が新たな言霊を。言霊の中に含まれていた単語からもう少し正体を探れそうなのですが・・・そんな余裕はなさそうです。
九人目はその言霊を唱えた瞬間に植物に水をまきます。そしてその瞬間、すべての植物が一気に成長する。武双が豊穣王を使うときよりも圧倒的に早い速度で一気に。あの水を操る権能だと思っていたものは実は副産物で、本来はこうして使うものだったのでしょうか?って、そうもいってられませんか・・・
「・・・聖槍よ、荒れ狂え!」
地面に聖槍を突き刺して、狂気を流し込む。植物を一々潰していくのは面倒なので、大元に干渉してしまうことに。が、しかし。
「緑を害するものに裁きを下せ!」
それをやった瞬間に謎の打撃と斬撃が大量に飛んできます。言霊から考えて、これも九人目の権能。それも大口真神が武双に対して用いたのと同じようなものですか・・・厄介な。まだ全ての植物を潰せたわけではないので、かなり邪魔です。九人目がまとめて焼き払ってくる可能性がある以上、残しておくわけにも・・・
「・・・って、なんて私らしくない」
ええ、本当に私らしくない。狂気でしかないような女神が何を冷静に分析して戦おうとしているのか。冷静に考えるのは相手の権能だけで、戦いに持ってくる必要はないんですよ。ええまったくもってそうです。ついさっきまで私はなんてバカバカしい戦い方をしていたのか・・・
「・・・狂え」
口角がものすごく上がるのが分かります。この世界に現れてから一度もないくらい思いっきりあげて、目を見開いて、首を傾げて笑みを作る。狂気しか感じないようなこの笑みが、この上なく落ち着く。
「狂え狂え狂え狂え、荒れ狂え!」
自分の中にあった常識と理性がはずれる。そして、一気に狂気をまき散らす。周囲の全ての植物が散るほどに、大地に住まう生物が死ぬほどに、命を持たぬものが朽ちる程に。先ほどと同じように何やら飛んできますけど、それも狂気に触れると消える。
「ハハ、アハハ、アハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハ!」
つい声が漏れてしまう。つい高笑いしてしまう。そして、それがこの上なく心地いい。しかし、落ち着きました。今だ表情は狂気に満ちていますけど、しかし頭の中では冷静に分析することが出来ています。
先ほどの言霊の中に出てきた『ルーサリイ』という単語。たしかどこかの祭の名前だったはず・・・あ、そうだ。あれだ、あのお祭りだ。だったらあれがくる・・・ええ、あれから権能を簒奪したのなら水を操れて植物が急成長したとしてもおかしくありません。むしろ当然といってもいいくらいです。
「ハハハ、ハハハハハハハ!・・・分かりましたよ、あなたが権能を簒奪した相手が」
「急に冷静になりやがったな・・・ったく、面白くなってきたと思ったのによ」
まだ表情は戻せてませんけど、口調が戻っただけでも残念なようですね。先ほどまで心底面白そうにしていたのでちょっと驚きましたけど、もう気にせず行きます。
「その存在は、正確に言えば神というよりも精霊、幽霊といった方が正確な存在として語られています。若くして死んだ花嫁、水の事故で死んだ女性、洗礼を受ける前に死んだ赤ん坊など、そう言った存在がなるものとして」
「・・・また、狂わせる気か」
九人目はそう言いながら距離を置いて水をまきますが、同じことをさせるつもりはありません。垂れ流しにしている狂気をそちらに流し込んで、その効果を潰します。
「その存在を語っていたスラヴ人の間では、森や川、沼などは恐れていた地形であり、季節ごとに違う場所に住まうとされる精霊の伝承はほぼ共通しています。それでも、地勢や気候によって違いは出ていたようですが。見た目だったり性格だったりに」
「ちなみに、オレの時には緑の髪に目で垂れ下がったでっけーちちがあったな」
「それはまた気持ち悪い」
「ああ、全くだ」
彼はどうにも、美しい姿と醜い姿を持つ女神に会うときは必ず醜い姿になってしまうようです。
「その他にも、男性を魅了して水の中に来させるのだとか。呼称の中に『キトハ』なんていうものが・・・誘拐者なんてものがあるだけあって、かなりですね」
「そんなのもあるのかよ」
他にもあの精霊の呼称は探っていくと面白いものが多いです。権能がきかないと見るやティルヴィングで切りかかってきたので。というかそれしかなくなったのでそうしてきているのを弾きながら、そんなことを考えます防ぐだけでいいならこちらの方が有利ですから。
「そんな水の精霊ですが、その名前はあるお祭りから来ています。その祭りは先ほどあなたも口にした『ルーサリイ』というもの。豊穣祭です」
「チッ、やっぱりそれか!」
さすがにあれを言ったらバレるということくらい覚悟していたのか、私がルーサリイといった瞬間に顔をしかめました。私の思い浮かべているのが正解なら、あれはヒントにしてはサービスが過ぎます。
あと、そう考えると残りの権能にも一つ心当たりが出来ました。多分あれですね。あれとあれをセットで殺したのかもしれないです。もしくは片方殺したらもう片方が喧嘩を売ってきたか。
そして、そう考えている間になんか全力でティルヴィングで斬りつけてきました。聖槍で防ぎます。この人剣の技術はそうでもないですから、御崎姉さんとの模擬戦を思い出せばかなり楽に。
「以上のことから、というかルーサリイという単語から。あなたが殺したのはスラヴ神話のルーサルカですね?」
「・・・答えるとでも思ってんのか?」
「別にかまいませんよ?合っていようがいまいが狂わせることはできますから」
もっとも、触れることが出来れば、何ですけどね。すっかり警戒されてしまっている今ではそれも難しくなってきました。いっそのことあれを使ってくれれば楽に行けると思うんですけどね・・・
・・・いっそ、武双がスクナビコナに対して使った手を使うのもありかもしれませんね。
「そしてルーサルカというヒントさえあれば、もう一柱の神がなんであるのかも想像がつきます。貴方がこれまでに使ったラミアー、スワフルラーメ、ルーサルカ以外の権能を並べていくと、治癒不能な傷を与える。腐敗。植物の成長とそれに伴う罰。物理の反射。神速。人食いによる強化。外骨格の鎧。翼による飛翔。圧倒的なまでの破壊力。これをその精霊に当てはめていくと・・・」
「いい加減、その口閉じて戦え!」
あ、本当に乗ってきました。武双が効果的だといっていた理由がよくわかりますね、これは。明らかに戦う気もないように、ただ防ぎながら口を動かしていた私にティルヴィングを向けてきます。いいですよ、それで。
「二つ目の願いだ、魔剣!この女神から理性を奪え!」
九人目の言葉に反応して、魔剣がその権能を発動する。狂気という点において私はかなりのものであると自負していますし何とかなると踏んでいましたが・・・これはまた、楽が出来そうです。なにせ・・・理性、さっき外れましたし。
魔剣が発動したそれは私を害さんと干渉してきますけど、すぐにそれが無意味であると知って消えました。
「・・・・・・なんで、何の影響もねえ」
「貴方は、狂気の女神に。狂気の女神神格化でしかない私に、理性なんて言うものが備わっていると思うのですか?」
キヒヒ、とか。アヒャ、とか。口の端から漏れそうになる笑いを無理矢理に抑えて、ただ問う。少し考えればこれくらいわかりそうなものですけどねぇ。
「さて、話を戻しましょうか、神殺し。まず分かりやすいものから。物理の反射は、鱗という単語から魚の類でしょう。破壊についてもまた、言霊から丸太。外骨格の鎧は、その精霊においては海老が。翼による飛翔は翼の生えた木の幹ですね」
「いい加減にしろつってんだろうが!」
水を操り蒸発させて、続けるように車輪をはなってきます。が、これを聖槍で破壊。かなりの威力ではありますが、どうにかなるレベルです。
「ここまで一致してしまえば、後はこじつけで一つ一つ分かっていきます。治癒不能な傷を与えるのは、一生に一度もう治らない傷を負うことになる女の化身、『裸の女性』のもの。腐敗は、老人その物でしょうね。植物関連のものは全身をコケに覆われた巨漢から。神速はボルゾイから。人食いは巨人から。先ほどの車輪は、水車から」
「クソがッ」
私に戦う意志がないと判断したのか、もうこちらに向かってきました。異常なほどに自分の動きを制御しているのはおそらく権能・・・水門の化身ですかね。本当にかなりこじつけじみていますけど、まあなくはないレベルでしょう。
「とはいえ、ここまでこじつけが成り立てばそれはもう正解と言ってよい。・・・神殺し、汝が殺したのはルーサルカの夫であるヴォジャノーイですね?」
「だったらどうした、女神!」
素人に毛が生えたくらいの剣裁きを、私は槍の柄で受け続けます。頭に血が上った分楽にはなっていますけど、本当にどのようにして神殺しをなしたのかが不思議でたまりません。
「ああそうだ!俺が最初に殺したのはその夫婦で会ってる!だが、それを見破ったところで何になる!?」
「何にもなりませんが?ただ私は、神殺しをなしたことを称賛しているだけですので」
そして、それは終わりました。勝算代わりに見抜く作業はもう終わりで、ここからはただ倒すだけ。
狂って狂って狂って狂って。
狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って。
狂いつくして、殺すだけ。
「では行くぞ、神殺し。妾の家族に手を出した罪、その命を持って償えよ?」
ああ、なんて気持ちのいい狂気なのだろう。
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