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バーチスティラントの魔導師達

作者:書架
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出会い

 
前書き
新規登場人物

ユイ=フェルマータ
エルミアが拾った、孤児の少女。
 

 
「………大丈夫?少し疲れているように見えるけども?」
いつもの古書店で店主の女性にそう声を掛けられ、少年は首を振った。疲れているのは事実だが、徹夜で1冊写本しただけでへばっていては母親に何と言われるか分からない。女性が用意してくれたクッキーを1枚食べると、少年は微笑んで言った。
「あのくらいは出来ないと。仮にも写本師ですから。」
「ふふ、威勢のいいこと。」
店の奥にある小部屋。一応透明化の魔法が掛かっているため、人間に見つかることは無い。人間の国でこういった安全な場所は本当に貴重である。
「お店いいんですか?エルミアさん、ちゃっかり自分の分も紅茶入れてますけど。」
「心から本を愛する人間は、この国にはいないわ。閑古鳥の鳴く日々よ。」
「……なんかごめんなさい。」
そんな他愛もない話を続けてかれこれ20分。少年はいよいよ我慢できず、ある質問をする。
「あの………。その子、どうしたんですか?」
少年の目線の先には、見慣れない少女の姿があった。見た目は10歳ほどで白髪の髪を下で二つに縛り、前髪は目に掛かるほど伸びている。髪色とは対照的に、黒いボレロと黒いワンピースというなんとも暗い配色の服装である。少女は先程からいたのだが、一言も口を利かずただずっと本を読んでいる。
「この子はユイ。数日前、店先で助けたの。」
「………助けた?」
「そう、助けた。」
そうよね、と女性が視線を送ると少女は僅かに顔を上げた。右目は前髪で完全に隠され、赤い左目でこちらを見る。少年ははっとし、女性に尋ねた。
「赤い目に、白髪ってことは…。」
「ええ、ユイはアルビノなの。今の季節は日差しが強いから、夕立の後店の陰から動けなかったのよね。」
アルビノは日差しに弱く、短時間でも火傷してしまうほどである。少女は頷いて、また本の世界へと戻っていった。
「この辺じゃ、アルビノなんていじめの対象よ。だから、保護という名目でうちに来てもらったの。」
「………エルミアさん、そういうの放っておけないですもんね。」
「いいじゃない、読書が好きなようだし。ねえユイ?」
少女の首が縦に振られる。その様子に、女性は困惑気味に呟いた。
「ユイ、実はまだ1回も話してくれないの。話せない訳じゃないらしいんだけどね。」
「い、1回も?この数日で?」
「極度の人見知りなのよ。…まあ、仕方ないけれどね。」
ちらっと少女が女性の方を見る。女性が仕方ないと言ったことに対して少し驚いたのだろうか。
「だから、返事が『yes』か『No』になるように話しかけるの。そうすれば話すのが嫌でも大丈夫でしょう?」
「ま、まあそうですが………。」
だとすれば。少年は、違和感を口にした。
「じゃあ、なんで名前が分かったんですか?」
その問いに、女性は少しうろたえる。少女の方を向くと、少女は赤い目でじっとこちらを見ている。何の感情もこもっていないその視線に、女性は躊躇いつつも1枚の紙を少年に見せた。
「………近所の孤児院から1週間前に配布されたものよ。」
渡された紙を少年が一瞥する。そして少年は、何故女性が口ごもったかを理解した。
その広告と思しき紙には、こう書かれていた。

『捜索願
名前:ユイ=フェルマータ
外見:白髪赤目、服装は全身黒
捜索理由:魔女の疑いあり 証拠発見済

白騎士様が発見した場合は、その場で処罰していただいて結構です。』

「…似顔絵付きとは、徹底してますね。」
「でしょう。ここに来れたのは奇跡に近いわ。」
少年と女性は互いに頷きあう。ただでさえ目立つ白髪に、赤い目。数日逃げ延びることができたのは確かに奇跡だ。
「ちなみに、証拠って何でしょう?」
「ただのでっちあげよ。外見で魔女と判断したのでしょう。珍しいから。ね?」
同意を求めようと少女の方を向く。少女の首は縦に振られる……と思いきや、横に振られた。
「………じゃあ君は、魔導師なの?」
縦に1回。首肯である。
「………魔女っぽい魔法って、"ダリスティン"?」
縦に2回。強い首肯である。
「………何で見つかったの?」
無言。是非では答えられない質問だからである。少年は困った様子で女性の方を見ると、女性は肩をすくめた。それは聞いていなかったらしい。
「まあ、話さなくてもいいことよ。…それにしても、よくユイが"ダリスティン"って分かったわね?」
「……偏見かもしれませんが、本に出てくる魔女っぽいので。」
「あながち間違ってはいないわ。何せ手順が手順ですもの。」
"ダリスティン"。人体の一部——髪の毛や爪など——と人形を用いる魔法。しかしその詠唱の様子は、魔法というより呪術である。もとはおまじないから派生した魔法なので、何かに影響を与える魔法が多い。
つまりこの少女は、"ダリスティン"を使って何かをしたのだ。そしてそれが見つかってしまった。
「…大変だったね。」
そう声を掛けると、少女は少年の方をちらりと向いた。何の意思も感情もこもっていないその赤い目に、少年は何故か恐怖を覚えた。どうして自分より幼い子供が、こんなにも寂しい目をしているのか。それが分からなかった。分かりたくもなかった。
そして、自分が比較的恵まれた環境下にいることを再認識した。
「………そろそろ、帰ります。」
「あら、まだいてもいいのに。」
少年は女性の言葉を無視し、立ち上がった。そして裏口から出ていく寸前に、一度振り返った。
「また来ますよ。………じゃあね、ユイ。」
少女から手を振られることも別れの言葉を言われることもなく、少年は駆け出した。その様子を見て、
「本当に面倒見のいい子ね。お友達になってあげてね、ユイ。」
と女性は少女に声を掛けた。それに対する返事はなく、ただ少女は本の世界にのめりこんでいた。
部屋の隅で椅子に座るその様子は、とても年頃の少女が纏うものではない程の悲哀で包まれていた。 
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