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とっておきの御馳走

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1部分:第一章


第一章

                     とっておきの御馳走
 徳川幕府三代将軍の名を徳川家光という。
 歴史においては鎖国や幕藩体制の確立といった事項で知られている。その為か所謂戦後のマルクス史観においては評価は決してよくはない。
 しかしこの人物は意外と気さくな一面があり興味深い人物であった。例えば江戸で行われた大食い大会の話を聞いてこう言ったのである。
「ふむ、そこまで食するというのならばだ」
「どうされるというのですか?」
「その者の食いっぷり見てみたくなったな」
 こう言ったのである。
「是非な」
「ではその者を上様の御前に」
「うむ、呼んでくれ」
 こうしてその大食いの者を自分の前に呼んだ。そのうえで早速山の様な柿を持って来て彼の前に出した。彼が柿を食べると聞いたからだ。
「あの、この柿の山は」
「うむ、話は聞いている」
 その町民が驚くのを見てにこやかに笑って告げたのである。
「そなた大食が芸だそうだな」
「はい、そうです」
「そして柿が好物だと聞いたのでな」
「ではこの柿を」
「好きなだけ食うがいい」
 こう彼に言うのである。上座にいるがそれでも親しく声をかけている。
「そなたが好きなだけな。その食する有様を余に見せてくれ」
「では。御言葉に甘えまして」
 町民はそれを受けて早速柿を食べはじめた。だがその食べ方は。
「むっ!?」
「何か?」
「その方種まで食するのか」
 その食べ方を見ての言葉である。
「そのままか」
「はい、そうですが」
「種を食するのか」
 また言う家光だった。
「何と」
「私はそうするのですが」
 だが町民にとってはそれが普通だった。目を丸くさせながら見ている家光に対して落ち着いた様子で食べながら答えている。
「それが何か」
「ううむ、わかった」
 家光はここではとりあえず納得することにした。
「まずは食べるがいい。そのままな」
「はい、わかりました」
 こうして町民はその柿を食べ続ける。そのまま食べ続け気付けばもう柿は一個も残ってはいなかった。残っているのはへただけである。
「有り難うございました」
 食べ終えた町民は恭しく頭を垂れる。
「結構な味でした」
「見事だ」
 家光は食べ終えた彼に労いの言葉をかけた。そしてそのうえでこうも言うのだった。
「褒美は好きなだけ与える。遠慮はいらん」
「有り難うございます。食べさせてもらったうえに褒美までとは」
「遠慮することはない。しかし」
「しかし?」
「種は食わぬ方がいいぞ」
 彼が町民に最後に告げた言葉はこれだった。それを告げたのであった。
 こうした人物である。そして馬も好きだった。これは武士だから当然であるが彼はその中でもかなり馬が好きなのだった。そして今も。
「上様、あの」
「もう少し馬の速さを緩めてくれますか?」
「ここは」
 後ろから小姓達が声をかける。彼等もそれぞれ馬に乗っている。
「我等が追いつけません」
「ですから」
「何を言っておるか」
 しかし家光は笑って返す。前を駆けたままだ。
 
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