ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
予選開始
ハワードは、GGOでいう中堅プレイヤーだ。
上位の、いわゆるプロゲーマーと呼ばれるプレイヤー達のように、毎月コンスタントに生活費を稼ぐほどの腕は持たないが、それでも数あるVRMMORPGの中でも月額接続料金が高いGGOで、その稼ぎが接続料と同じくらいの戦果は稼いでいる。
その手堅いプレイスタイルと、彼自身の生来から人にものを教えるのが得意という人柄から人望も自然と厚くなり、やがて彼は中堅スコードロンの長となった、
構成人数は三十六名。大規模とも小規模とも言えない、まさに中規模と言うべきスコードロンだったが、メンバーからの評判は悪くなかった。いわく、居心地がいいのだという。
メンタルはパフォーマンスに強く反映される。
そのため、彼のスコードロンは対人戦闘でも対モンスター戦でも、その勝率はなかなか落ちなかった。GGOでの勝率の高さは、そのまま団員のレベルアップ、スキルアップに繋がる。
かくして手持ちの武装ランクも順調に上がり、かなり強い部類のアサルトライフルを手に入れることができた。団員達の武装も同様だ。
さらに勝率は上がり、彼の信頼度も上がっていく。スコードロンへの加入申請も日に日に増えていった。
無論、ぽっと出のスコードロンにいい顔をするほど人の心は清らかにできていない。少なからずのPKはあったが、彼はそれを注目されているとポジティブに向き直らさせ、下向きになりつつあったメンバー達のメンタルを立ち直した。
やがて、新米のレッテルが徐々に薄れ、人々に中堅スコードロンとして認可されるようになった頃、スコードロンの副長を任せていた男が、彼にある提案をした。
バレット・オブ・バレッツに出てみないか、と。
その大会の名前は、もちろん彼は知っていた。というか、GGOをやっているプレイヤーの中でそれを知らない者はいないくらい有名な大会だった。文字通り、GGO世界一のプレイヤーを決定するガチンコ勝負のサバイバルゲーム。
サーバ最強の名誉。
ゲーマーなら一度は夢見る快挙だ。
いくら手堅いとは言われていても、彼もゲーマーの端くれ。貰えるものなら欲しい。だが同時に、BoBと略されるその大会では、プロ中のプロのトップランカーでないと本戦にすら出場できないと聞く。そのため、彼は端から諦めていた。
だが、さすがは長年彼の右腕を務めていた副長。そんな性格もお見通しとばかりに畳みかけてきた。
いわく、ここらでスコードロンの名を一気に広めよう。
いわく、上位ランカーになりたくはないのか。
いわく、いわく、いわく。
人当たりの良さというのは、裏を返せば知人の頼みを断りずらい性格とも言える。
あっさり副長の言葉に乗せられたハワードではあったが、愛銃のステアーAUGを腰だめでバラまきながら半狂乱の体で逃走する彼の脳裏には一つの言葉しか浮かんでこない。
どうしてこうなった、と。
確かに、彼はお世辞にも上位のトップ達と見比べるといささか見劣りすることは否めない。
バレット・オブ・バレッツが求めるのは《単体で》強い者達であって、《指揮が得意》な者ではないのだから。彼自身をこの大会へと駆り立てた副長も、本戦に行ければ御の字だと言っていた。実際、男自身もそう思っている。
それでも――――それでも思っていた。
決して驕りや油断、慢心ではなく、単なる当たり前の事実として予想していた。
予選ぐらいは、行けるかもしれない。
何度も言うが、彼は中堅スコードロンリーダーの、中堅プレイヤーである。結構な場数と経験を積んでいる彼にとって、そうそう失敗はおかさないはずだった。
運悪くトップランカーと当たったならいざ知らず、予選段階で障害となるものなど存在しないはずだった。
だが、だがである。
一回戦――――初めの初めでここまで追い込まれるとは夢にすら思わなかった。
ステージは密林。荒廃した世界が世界観となっているGGOの一般フィールドには存在しないものであるが、彼はあらゆる地形タイプを想定した潤沢な装備を持ってきていた。これも、スコードロンを治めるリーダーならではの荒業だ。
喜んで金を集めてくれたメンバー達に誓い、半端な結果は許されない。そう心に刻み込みながら、彼はジャングル戦用の迷彩服と同柄のヘルメットを身に纏い、ご丁寧に顔までペイントを施した。
対戦相手に指名されていたのは【Yuuki】。ユウキと読むのだろうその名に聞き覚えはない。おそらく新星なのだろうが、実力に未知数がかかる代わりに、あらかじめ実力のほどを知るランカー勢と当たるよりは何倍もいい。たまにバンザイアタックまがいに参加してくる一般プレイヤーの可能性も考えると、かなり心が軽くなるというものだ。
一分の装備交換時間を過ぎ、ハワードは青い転送光とともに対戦フィールドに飛ばされた。
軽い眩暈のような転移時独特の感覚から覚めた彼を出迎えたのは、圧倒的に天空を占める梢やツタによって限界まで抑圧された陽光だった。
軽く薄緑に染まった暗闇の世界をぐるりと素早く睥睨してから、ハワードは素早く腰を折り、膝ほどまでの高さまで伸びる丈の長い草地にべったりと胸をつけ、首を伸ばして目から上だけを出した。
密林独特の、見通しのきかない視界の中で急いで索敵を行うが、長い時間の中で鍛えられた彼の索敵スキルをもってしても一向に引っかかる気配はない。百メートルや二百メートル間でドンパチをするGGOでは、その索敵スキルの効果も相応に高まっている。最低でも相手は五百メートル離れている目算だ。
そこまでを僅か十秒にも満たない時間の中で済ませたハワードは、続いて地形の再確認に移った。
カロロ……クル、キャーギャー。
背景小物の奏でる静かだが騒々しいBGMを背景にし、再度首を巡らせた男が確認した地形情報はあまり多いとは言えなかった。
基本的に起伏はないに等しい。だが、垂れ下がるツタやら葉っぱやら足元を覆う草やらでひたすら視界が狭まっている。先刻は気付かなかったが、地面は軽く湿地のようになっていて、水分が多く含んで泥のようになっている。しかも、全部が全部泥になっている訳ではなく、しっかりとしたステージ基部の上に柔らかい泥が薄くコーティングされているような状態だ。
激しい弾幕戦になった際の転倒確率が高そうだ、と結論を下したハワードは、次の瞬間右後方五時の方向から響いてきた妙なサウンドエフェクトを聞いた。
ばしゅっ、というか、ぼしゅん、というか。
まるで水が一瞬にして沸騰し、水蒸気爆発でも起こしたかのようなくぐもった破裂音に、全神経を研ぎ澄ませていた彼は弾かれたように反応した。
即座に音源の方向に身体を地面に張り付けたまま回転させ、懐から取り出したゴツい軍用スコープを片目に押し当てた。
ジャングル戦において、普通のスコープはむしろ邪魔だ。ただでさえ狭い視界をズームしても、利かないものは利かないのだ。よって彼の持つスコープは熱源感知機能を搭載しており、プレイヤーの姿だけを見つけることができる仕様になっている。
まさかワニとかヘビとかはいないだろうな、と思いつつ視線をレンズ内に集中させると、予想を斜め上の光景が飛び込んできた。
何だあれ、と。
あんぐりと開いた口から漏れ出た言葉に、もちろん答える者はこの場にはいない。
スコープに映ったもの、それは言うなれば《球》だった。
通常、サーモグラフィーでの温度の色表現は下から黒、青、緑、オレンジ、赤、黄色、白と表される。
基本温度が低い植物たちの緑の地獄の中、レンズ内に浮かび上がったのは真っ白な球体。
極めて高温の物体が先刻音が聞こえた方向に存在していたのだ。
しかも恐ろしいことに、その物体の直径はじりじりと大きくなっている。
つまり、近づいているのだ。
拡大率から察するに移動速度は遅いが、それでも不可解を通り越してかなり不気味だということに変わりはない。そもそも、このステージに与えられたランダムイベント的な効果なのか、対戦相手の起こした事象なのかも解からないのだ。
前者ならば下手に銃撃音を響かせ対戦相手である《ユウキ》に、余計な現在位置を与えてしまう。後者ならば願ってもないが、それにしても何をしているのかを確認する必要がある、
結果、男がとった行動は、多少の物音が立つのを覚悟してでも全力で交代することだった。
ぬかるんだ泥に根を生やした丈の高い緑のカーペットを蹴り上げながら、あくまで銃口は球体があるべき方向に向けたまま後退する。いつ足を取られるか分からない、ジャングルの中での移動法としては決して褒められたものではない移動法だが、警戒しながら後退するにはこれくらいしかない。
索敵可能範囲に引っかかる限りで見つけられたのはあの球体のみで、対戦者を見つけられた訳ではない。眼前に迫る異常に注意を引かれて別方向から蜂の巣など間抜けすぎる結末である。
肉眼での確認はまだだが、スコープで確認した時の速度をまだ維持しているのなら、こうして後退している間も高温の球体は着実に近づいているはずだ。決して高速とは言い難い速度だったため、まだ安心していられるが、それでも途中で速度アップした可能性は否めない。
そんな不安要素を頭の中で組み立てたとほぼ同時、視線前方の空気が轟音とともに大きく揺らいだ。
かなり近い。やはり、彼我の距離は狭まっている。
距離を取ることを諦めたハワードは、ガカッと泥を撥ね飛ばしながら停止しながら素早く腰に横一列にぶら下げている鋼鉄の球体を手に取った。半ばベルトを引き千切るように力任せにブン取られた黒い球は見事な投擲フォームからかなりのスピードで真っ直ぐ放られた。
その球の正体は、大型のプラズマグレネード。
通常の手榴弾とは違い、SFチックなプラズマ力場を発生させ、その内部にいたものはよほどの奇跡が起こらない限りHPが吹き飛ばされるという高威力を誇る割に安価であるそれは、接近戦になった際のお守り代わりに流通していて、彼もその例には漏れずにいた。
所詮は素手。滑らかな放物線を宙空に描いた黒球は視界外の草地の中に吸い込まれ、その全容を隠す――――はずだった。
垂れ下がるツタと枝葉。
その向こうから突如として紫の閃光が迸り、たった今その方向に行こうとしていた黒球をあっという間に呑み込んだ。
音すらなかった。
ただ圧倒的に、掻き消す。
数瞬遅れ、彼の聴覚に音の調べが戻ってくる。先刻聞いた謎のサウンドエフェクト。その音源は閃光の触れた地面から起こっていた。
紫がかった光に当てられた泥は一斉に軽度の水蒸気爆発を引き起こしていたのだ。もうもうと立ち昇る多量の水蒸気によって、ただでさえ狭い視界がさらに利かなくなってきた。
もう理解できる。
あの爆発音めいたサウンドエフェクトは、この対戦者が放つレーザー属性攻撃によるシステム的な現象によるものだったのだ。
GGOでの銃器は、大きく分けて二種類に分割される。光学銃と実弾銃だ。
実弾とは違い、光学銃のレーザーの弾倉というところであるエネルギーパックは安価で軽いのだが、プレイヤー装備の中にベルト型の《対光学銃防護フィールド発生器》なるものが存在する。この存在のため、対人では実弾銃。防護フィールド発生器などを持ち合わせていない対モンスター戦ならば光学銃というのが、GGOでの定説となっている。
だが、セオリーとはやるのが普通と言うだけで、別にしなければならないという訳ではない。
装備から発生する防護フィールドも、彼我の距離によって徐々に減衰する性質を持っている。主に威力の高いブラスターを近距離でブチかまされたら、いかに防護フィールドが展開されているとはいえ、全英攻撃職にとっては充分脅威になる。
白い霧の向こう側で小柄な影が立ち上がる。
迷いは、なかった。
ステアーの5.56ミリ口径の銃口から連なる銃声が響き渡る。うっすらと見える陽炎を千々に引き裂く。
再度の閃光。
爆発的に膨張した紫光が強烈な熱波を生み、男の前髪をなぶる。
バフォ、というくぐもった音とともに霧が左右に分かれ、彼の視界内にとうとう対戦者の姿が露わになった。
小柄な少女アバターだ。
一般的なデジタル迷彩柄のBDUに、分厚いサバイバルベスト。星空を切り取ったかのように輝く黒髪は腰ほどまで続いている。
だが、そんなことよりもハワードの眼を釘付けにしていたのは、彼女の持つ得物のほうだった。
小さな黒い金属製の円筒から一メートルほどまで伸びる、同じく円筒状の物体。それ自身が薄紫色に発行していることから、それが実態を持たないエネルギー体であると解かる。
光剣。
またの名をレーザーソード、フォトンソード、ビームサーベルなど。
ナイフを除くと、GGO内で唯一の有用な近接戦闘用武器だ。銃と比べると文字通り雲泥の差の射程距離差に目を瞑ると、単純な威力では対物ライフルの一撃をも超えるかもしれない。
それが、二振り。
パッと見、彼女にそれ以外の武装はない。仮にあったとしても両手に持っているため、とっさに手に取ることはできないだろう。
思わず固まっていると、快活でどこか幼さを色濃く残したあどけない声が聞こえた。
「う~ん、すっごくいいね!キリトの二刀流ってそんなに見れてないけど、だいたいこんな感じかな?」
にっと。
声によく似合う無邪気な笑みとともに、少女は初めてこちらに顔を向け、今気づいたかのように小首を傾げた。
「あれ?お兄さんがボクの対戦相手?」
な……、と。
絶句した。
二の句も告げずに、ただただ絶句した。
つまり、この少女は今の今まで《素振り》をしていたのだ。どこに向かうともなく、ただ己の中で納得させられるような水準まで剣技が身体に《張り付く》まで。
ただ、素振りをしていた。
ハワードは。
ここで初めて、混乱して益体もつかないことばかり吐き続ける脳が唐突に、何かを悟ったように一つの結論を弾き出すのが分かった。
目の前のモノには、勝てない。
吠える。
吼える。
咆える。
ノドが張り裂けんばかりに絶叫し、愛銃の引き金を壊さんばかりに引き、彼は眼前の《捕食者》に向かって突進した。
何かを考えていたわけではない。
何かを思っていたわけではない。
ただ――――ただ。
奇声を叫びながら突進してくる男を前に、ユウキという名の少女は臆すことも怯えることもなかった。
半歩。
ジリッ、と右足を半歩だけ前に出し、次の瞬間。
暴風の嵐が目を鼻の先で放たれた。
ステアーのあぎとから放たれた凶弾の嵐は、それを上回る剣戟の竜巻でたった一弾残ることなく宙空で撃墜された。熱エネルギーの塊であるレーザーブレードに呑み込まれたため、後に残ったのは気化した鉛の残り香のみだった。
目を見張るハワードに対し、少女はありえないほど冷静で淡白な光をアメジストのような瞳に宿し、さらに突進してくる男に対しさらに大きく一歩踏み込んだ。
小柄な体躯から放たれたとは思えない裂帛の踏みつけ特有のサウンドエフェクトとともに、柔らかい泥の地面が少なくない規模で陥没したのを感じる。
そこまで知覚したと同時、男の視覚と聴覚野は唐突に途絶することとなる。
最後に見た光景。
跳ね上がってくる紫の閃光を残滓のように網膜に焼き付けながら。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「なかなか珍しい話だね。こういう第三者視点みたいなの」
なべさん「こういうの一度は書きたかったんだよね。溜めて溜めてドン(殺)みたいな」
レン「そういう意味じゃGGO編のBoB予選って結構書きやすいんじゃない?ほら、個人対個人だし」
なべさん「うん、まぁ書きやすかったかな。相手の銃とかウィキペディアで調べるの楽しかったし」
レン「ウィキ頼りかい」
なべさん「非銃大国生まれな人にはないぜよそんな知識」
レン「まぁそうなんだけどもね」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださーい」
――To be continued――
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