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学校の小さな防人

作者:ナンブー
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ACT.0 「浜松市立高校銃乱射事件」

「はぁっ、はぁっ…」

もう何m走ったのだろうか。足の感覚が麻痺している。

しかし走らなければいけない。「奴ら」から逃れるためには。

足を踏ん張り、また走る。

「くそっ…くそっ…」

涙が出てきた。何故俺は逃げなければいけない。

決まっている。「あれ」のせいだ。「奴ら」のせいだ。

真っ白になりつつある頭の中で解答が生み出され、それが思考に展開していく。だが、この状況が変わる訳でも無く、結局は走る。

涙を拭き、地面を蹴る。

もう何m走ったのだろうか、とまた思った時、目の前に「奴ら」は現れた。

「ケヒッ、まだ生き残りが居たぜ」

「奴ら」は3人居た。全員が「あれ」を持っており、こちらに向けていた。

「あれ」は簡単に人を殺せる能力を持つ。そのために開発され、使われているからだ。

「奴ら」が持っている「あれ」の名前は「AK‐47」。ソ連が1940年代に開発した小銃(アサルトライフル)だ。

「奴ら」はAKをこちらに向けながらニタニタと気持ち悪い笑いを浮かべていた。

「さて、どう殺すかな」

一人が前へ進み、銃口を頬に当ててくる。

「やっぱ、撃っちゃうか⁈オイ‼」

下品な笑いを発し、トリガーに指を掛け始める。

「おいガキィ」

一人が顎を掴み、強制的に「奴ら」の顔を見てしまう。

「な..んだ.....」

だいぶ掠れた声が口から出た。

「恨むなら、この国の無能な警察を恨めよ」

男がニッ、と笑った。

その笑顔に恐怖した。その顔は、まるで人を殺すのに躊躇わない異常者そのものだった。

「じゃあな、生き残りの少年!!」

死刑宣告と同じ言葉を脳で受け、目を閉じる。

(ここで死ぬのか....)

男がトリガーを引き、AK-47の銃口から7.62mm弾が発射され、銃口が接している頬から左脳に掛けての物が全部抉り取られた、はずだった。

銃声は鳴ったが、体の感覚は全然消えない。数秒立っても何も起こらない。恐る恐る目を開けて見る。

見えたのは、左のこめかみから血を噴射させている男と、それを見てポカン...としている二人の男。

男の血はこめかみから肩へ、肩から足へ、足から地面へと流れつたい、最後は足元に落ちたAKにバシャリ、とかかった。そして意思を失ったように倒れ、そして絶命した。

倒れた男の左にあるガラス窓には、直径8.5mm程の穴が空いていた。

「な、なにが起こった...?」

辺りを見回す男。またその男も、「狩人」に狙われた哀れな子羊だった。

その子羊の向かう先は、「死」。1km離れてようが、2km離れてようが、「狩人」からは逃れられない。

瞬間、パアアン!と、甲高い音が耳を貫いた。その正体は、「狩人」が持つシグR93から放たれた338.ラプア・マグナム弾の銃声だった。

持ち主の意思により、引き金というスタートホイッスルを受けたラプア弾は、「狩人」の狙う先、AK-47を持つ男に向けて音速を超える早さで発射された。

バレル内部に彫られたスクリューにより、回転されて発射された弾丸は、アルミサッシにはめ込まれたガラス窓を難なく粉砕し、勢いを維持したまま男の頭部に食い込んだ。

直径8.58mmの338.ラプア・マグナム弾は皮膚、頭蓋骨、そして脳と順に破壊し、その男の思考と生命を強制的に停止させた。

その光景はあまりに非日常的だったが、つい20分程前に親しい友人達を失ったばかりだ。だからそれ程恐怖はしなかった。むしろ、憎い男が死んだ事への喜びと興奮が思考を支配していた。

「うわぁぁぁぁあああ⁈⁈」

残った一人が自らの死を予感したのか、断末魔ともとれる絶叫を発し、持っていたAKを腰だめの姿勢で乱射し始めた。その殆どは天井に刺さり、無駄な事となった。

先程の射撃から数秒後、ボルト・アクションのリロードを終え、射撃体制が整ったのか、もう一度銃声が鳴った。

もちろん、気が狂っていた男に回避できるはずが無く、頭部に当たり、先程の二人と同じく生命活動を停止させ、床に伏せる事になった。

先程まで四人いた空間には、もう自分しか存在していなかった。

床には死体が三つ転がっており、その下敷きとなっているAK-47には混ざった血で真っ赤にペイントされていた。

しばらく立ったままでいると、ガチャガチャと音を立てて何者かが走って来た。

「君、大丈夫か?」

黒いツナギ状の突入服、頭のヘルメットに取り付けられた暗視装置、そしてH&K伝統のブラックカラーに塗られたMP-5を装備した警視庁警備部第六機動隊(SAT)の隊員たちだった。

特殊部隊の屈強な男達は床に伏せている死体を見つけると、銃を構えながら近寄った。

「マル犯1、2、3発見。小銃所持。死亡している模様」

「これは...君がやったのかね⁈」

隊員達がざわめく。

「いいえ、SATの狙撃手が…」

「何っ、SATの狙撃手だと⁈」

隊長格と思われる隊員が驚きの声を上げた。

「おかしいぞ…今回突入班は俺たちだけ…特殊銃手は配置していない筈だぞ…」

えっ、と思わず声を上げる。

「南校舎…そっちの校舎から銃弾は飛んで来ました。SATじゃないなら、誰が…」

隊長が分からん、と呟き、部下達に声をかけた。

「とりあえず、刑事部に報告。鑑識を呼んでくれ」

部下の一人が了解、と言い、ヘッドセットで通信をし始めた。

数秒後、別の隊員が隊長への報告か、何かを持ってきた。

「隊長、犯人を貫通した銃弾が転がっていました」

隊長が「弾種は?」と聞くと、隊員は「338.ラプアだと…」と曖昧な返事を返した。

SATが現在採用している狙撃銃は、MP5と同じH&Kが製造しているPGS-1。この銃は、7.62mmの弾を使用している。つまり、SATの狙撃手では無いという事だ。

「じゃあ、誰が…」

SATの隊長が呟いたこの言葉は、12年経った今でも解明されていない。

この事件は後に「浜松市立高校小銃乱射事件」の名を付けられ、内閣がある法案を決定した動機にもなった。

最終的な被害は全校生徒(職員含め)304人中、死亡219人、負傷85人、という大惨事となった。
 
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