恋姫†袁紹♂伝
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第19話
作業場で熱願してきた男の言に興味を持った袁紹。しかし何やら人目を憚る内容らしく、内密に仔細を伝えたいと言う言葉に何かを感じ。袁紹の腹心である彼女達と共に話しを聞く事にした。
「さぁ遠慮なく話すと良い。この者達は我が信を置く者達故、心配はない」
「は、はい……自分は以前、小さな村で暮らしていたのですが――」
辺境の村で貧しくもなんとか生活していたが、時が経つにつれ凶作で苦しくなっていった。生きることに精一杯で娯楽が皆無である村に、ある日旅芸人の娘達がやって来たと言う。
その娘達は拙いながらも歌と踊りを披露し。一躍村の人気者になった。その勢いは近くの街や村から見物人に足を運ばせるほどである。しかし彼女達の目標は高く、いつしか伸び悩むようになっていた。
そんなある日、彼女達の贈り物の中に歌と踊りが記されている書物が見つかり、それを参考に芸を披露したところ人気が爆発的に上がっていった。
「それで、途中から愛好者になった者達と、始めから応援していた自分達を分けるために、彼女達の特徴でもある黄色の物を体につけるようになりました」
「……まさかそれは」
「はい、黄巾です」
「……」
「始めのうちは自分達だけが身に付けていた物でしたが、他の者達にも広まり、黄巾を身に付けることが彼女達の愛好者である証となりました」
「少しいいですか? 風から質問があるです~」
「は、はい」
「さっき贈り物がどうとか言ってましたけど、何故そこまで知っているんですか?」
「自分は短い間でしたが彼女達の付き人をしていました。その時直接話しを聞いたのです」
「付き人?」
「彼女達の身の回りの世話とか、舞台の設置とか――」
「……」
袁紹は彼の話しを聞きながら懐かしい何かを思い出す。歌と踊り、舞台、付き人、愛好者、まるで――
「事が起きたのは地和ちゃんの……、あ、地和ちゃんていうのは天和ちゃんの妹で――」
説明が再開されたため慌てて意識を戻す。今は事情を聞かなければならない。
――どうやら彼女達は三人組らしい。長女の天和、次女の地和、末妹の人和、姉妹らしいが一人ひとり魅力的な個性があるとの事だ。
いつもと変わらない歌の舞台、違う事と言えばその日は観客が万を越える人数に達していた事か、彼女達はいつものように歌の合間に観客達に語りかけた。
『みんなー! 愛してるーー!!』
『うおおおおおお! 天和ちゃーーん!!』
『まだまだ続くから、最後まで楽しんでください』
『うおおおおおお! 人和ちゃーーん!!』
『よ~し、このまま天下獲るわよ!!』
「ちょ、ちよっと! 天下って!?」
「け、決して漢王朝に弓引こうとか、そんなのでは無いです!」
「歌と踊りを天下に轟かせる……といった所か」
「はい! 地和ちゃんは間違いなくそのつもりで言ったはずです!!……ですが――」
彼女の言葉と共に会場は騒然としだした。観客達は互いに顔を合わせ何かを話している。
その様子に三姉妹が怪訝に思っていると――
――天下……漢王朝を滅ぼすんだ!
――天和ちゃん達がいればオラ達は無敵だ!
――さっそく隣町にも知らせてくるだよ
――俺も行くぞ!!
『あ、あんた達、何を言ってるの!?』
『皆さん、落ち着いて下さい!』
『た、大変~』
三姉妹の制止も空しく、観客達の勢いが止まることはなかった――
「漢王朝打倒を掲げた者達に付き人を追い出され、行き場の無くなった自分はここに流れて来ました」
「……お主はその狂気に身をゆだねようとは思わなかったのか?」
「先ほども申し通り、彼女達の真意はわかっていましたから」
「……」
「じゃあ、黄巾の長の張角って……」
「張角は天和ちゃんの名です。彼女達は皆に真名で呼ばせているので」
となるとのこった姉妹の二人が張宝と張梁だろう。一時期は五十万にも及ぶ勢力になった黄巾の長が、まさかただの旅芸人だとは――、
「その後、彼女達は説得を試みたか?」
「そ、それは勿論、彼女達が心配で黄巾に身を寄せていた時に何度も耳にしました。ですが……」
観客達が落ち着いて彼女達の話しに耳を傾けた頃には、黄巾は手がつけられないほどに拡大していた。彼女達を知る者の方が少なくなり、黄巾の長だと認識されず元の旅芸人として黄巾にいるという。
「このまま黄巾に居れば、いずれ官軍に討伐されてしまいます! お願いします! 彼女達を助けてください!!」
「……」
大陸の疲弊は最高潮に達していた。彼女達は体よく祭り上げられただけで、放っておいても農民達は感情を爆発させたに違いない。……しかし彼女達が黄巾の乱を起こしたのも又、事実である。
「自分は――彼女達に救われたんです……」
説明を終えた男はポツポツと心情を語り始める。凶作、疫病、重税、度重なる不幸に男を含め彼の村の面々は我慢の限界だった。村人達で集まり役人を襲う計画を立てたのも一度や二度では無いという。
そこへ彼女達が現れた。現在のように完成度の高くない歌と踊りだったが、娯楽の無い自分達を癒すには十分だった。
以来仕事に精を出し。貧しくも充実した毎日を送ることが出来た。
彼女達が現れなければ黄巾が出来る前に役人を襲い。自分達は処刑されていたか、良くても賊に身を堕としていただろう。
「彼女達が自分を救ってくれたように今度は彼女達を助けてあげたい。しかし自分には何の力もございません……」
「それで我か、だが我が袁家も漢の忠臣ぞ」
「ですが……、他の諸侯とは違い私達を救ってくれました!」
「……」
「私は反対です」
袁紹の顔に同情の色が出始めていたのを感じた桂花は、彼が情に流された決定をする前に自分の意見を口に出した。
「私達の陣営は、受け入れた三十万にも及ぶ難民達を管理するので手一杯です。
ここは当初の予定通り、張角の事は諸侯に任せ内政に力をいれるべきだと進言いたします」
「……」
桂花の意見を聞き、袁紹はそのままもう一つの頭脳である風に目を向ける。
彼女は目を閉じ静かに首を横に振った。
「風も桂花さんに賛成なのです~。彼の話に確証は無いですし。動き出した諸侯を出し抜くのは難しいかと、仮に出し抜けたとしても、南皮の内政を頓挫して得られるのは旅芸人三人の身柄……割に合わないです~」
「……フム」
「そ、そんな」
彼女達の意見を聞いた袁紹は難しい顔をして目を閉じる。その様子に男は顔面蒼白になった。
彼に桂花と風がどのような立場の者かはわからない。しかし彼女達の意見は正論で、袁紹がそれを重視しているのは肌で感じた。
男が顔を伏せ絶望に染まり始めた頃、袁紹は静かに目を開いた。
「桂花! 斗詩、猪々子、音々音の補佐があればどのくらい南皮を取り仕切れる?」
「――二、いえ、およそ三ヶ月は」
「一月、長くても二月で戻る。その間南皮を頼む」
「畏まりました」
「風、利が無ければ作れば良い。違うか?」
「フフフ、そう言うと思っていたですよ~」
「我が陣営以外に張角の正体を知る所はあるか?」
「各諸侯より情報が集まる私達が知らなかったわけですし。知っている所は無いかと」
「なれば張角の正体を流布せよ、かの者は『男』であるとな」
「は~い」
「恋と星の両名は遠征の準備、各諸侯の前で主らの武を見せつけよ!」
「……(コク)」
「久々の実戦、腕が鳴りますなぁ」
「あ、あの!」
袁紹達のやり取りを見ていた男が思わず声を掛ける。先ほどの流れでは断られると思っていた。
そんな彼とは違い。袁紹の周りに居た娘達には始めから彼の決定が解っていた。
為政者として感情を殺そうとしているが、目の前で困っている人間を放っては置けない。
自分に――自分達に出来る範囲で助けたいと願っている。桂花と風の両名はそんな彼の気質を理解しているからこそ、自分達の意見を述べた。 張角達を救い出すのはこのような不利益があると確認しただけだ。
それでも尚袁紹が助けるというのならもう言葉は必要ない。後は最善を尽くすだけだった。
「ほ、本当によろしいので?」
恐る恐るといった様子で尋ねる。実は本当に手を貸してもらえるとは思っていなかった。
付き人である事から追いやられた後も、彼女達を思って黄巾に身を寄せていた。
しかし自分に助ける知恵もなければ力も無かった。やがて食糧難になり泣く泣くこの南皮に辿り着いたのだ。そして満足な食を口にし、しばらく安定した生活が約束されると、男に再び彼女達を助けたいと言う思いが芽生えた。
だからこそ文字通り藁にも縋る思いで、むしろ断られれば踏ん切りもつくと自分に言い聞かせ進言したのだ。
一時期は黄巾に所属していた自分の言葉を、漢の忠臣と呼ばれる袁家が信じると誰が思うだろうか第三者から見れば唯の旅芸人である彼女達のために、勢いがなくなったとは言え二十万近い勢力に立ち向かうと誰が思うだろうか……
「今のご時勢、低い身分で太守に声を掛けるのは命がけである。我は己の命を賭した男の言を疑えるほど器用ではない」
「……」
唯でさえ命の価値が低い時代である。袁紹の言うとおり男の進言は自暴自棄になりながらも命がけだった。
「安心せよ、我が袁家には出来ない事の方が少ないからな! フハハハハハー!!」
「う……うぅ」
まるで男の不安を払い除ける様に豪快な笑う袁紹。彼のその言葉と姿は男にとって、 暗雲に差し込む一筋の光そのものであった――
………
……
…
数ヵ月後、各地で散り散りになった黄巾賊を討伐しながら、各諸侯は広宗こうそうに集結していた。
広宗に篭城している黄巾賊は最後の最大勢力であり、その中に張角も居ると思われる。
手柄を立てようと集まった諸侯の一つである孫呉そしてその長女である孫策は、広宗に向かってくる軍旗を見つめ唖然としていた。
「……ねぇ冥琳」
「なんだ?」
「貴方、袁家は張角討伐に動かないって言ったわよね?」
「言ったな」
孫策に真名で呼ばれた女性――周瑜は眼鏡の位置を直しながら肯定する。
「『袁』の一文字に『趙』『呂』『程』の軍旗、袁家当主である袁紹殿に間違いあるまい」
「普通に来てるじゃないのよー!?」
冷静な周瑜とは違い孫策は珍しく頭を抱えた。それも無理は無い。独立を目指す彼女達にとって張角の首は喉から手が出るほど欲しい手柄だ。
黄巾の乱は自分達の名を売るのに相応しい大舞台だった。しかし、黄巾討伐に動く前に袁紹の策が始動し黄巾賊は瞬く間に勢いを失なってしまう。故に自分達にできたのは残党のような黄巾賊の討伐と、南皮に向かう『難民』の道案内ぐらいであった。
「ただでさえ好敵手が多いのに袁家も参戦だなんて……、嫌になるわね」
今まで碌な手柄を立てられなかったのも相まって、孫策の機嫌は悪くなる一方だ。
そんな彼女に周瑜は苦笑しながら口を開いた。
「その点では問題は無い。あの二人がいる私達はどの諸侯よりも張角の首に近いからな」
「そうね、あの二人が居れば――って他に問題があるの?」
孫策は頼りになる二人を頭に浮かべながら笑顔で問う。隠密に優れた彼女達はすでに広宗内部に潜入している。広宗を包囲しているだけの諸侯よりも断然有利な立場にあった。
それとは別の問題で周瑜は端正な顔を歪める。機嫌が直った友に告げるのは心苦しいが、対策を立てるためにも伝えなければならなかった。
「……問題は彼が袁家当主であり、袁術の兄というところにある」
「どういうこと?」
「袁術の下で食客として使われている私達に、当主である彼の命を断る術があると思うか?」
「……あ~」
独立を成していない孫呉と、袁家当主である袁紹陣営には天と地ほどの差がある。
どのような無理難題を命じられても断れないほどに……
「で、でも私達が先に張角の首を取れば問題無いじゃない?」
「袁紹の補佐を命じられたとしたら? 補佐が彼の陣営を差し置いて張角を討ち取ったら、機嫌を損ねるだろうな」
「うっ……ほ、ほら! 袁紹様ってば人徳に厚いって噂だし――」
「袁紹がそうでも周りが同じとは限らん、それに――張角の首を狙うなら手は多いほうが良い。私が袁紹の軍師ならそうする」
「もう! どうすればいいのよ!?」
「そうならない様にこうして頭を捻っている。だから……挨拶の時に余計な事をするなよ?」
「す、するわけないじゃな~い」
「……」
こうなったら色仕掛けで――などと考え始めていた彼女に釘を刺して、接近してくる軍旗に再度目を向ける。
「……何かあるな」
袁紹の要求がどのようなものであれ、向こうの出方次第で孫策達をどうとでもできる為、対策の立てようが無かった。
そして周瑜は袁紹からあるかもしれない要求より気になる点、彼等の目的に疑問を持った。
並みの思考であれば張角の首が目的だと考えるだろう。しかし孫呉の頭脳として動いてきた彼女には別のものが見えていた。
「財力を駆使して『難民』を受け入れ、将来的な内需と軍備の拡大を確約させた。
そんな彼等に今更、張角の首に価値があるとは思えん」
袁家は朝廷の許可なしに派手に動いた。力を失った漢王朝は事実上黙認しているが、不満を募らせている。
そんな彼等に対するご機嫌取りとして張角の首を――それも無い。
放って置けば、諸侯に討たれるほどに弱まった賊の長の首などたかが知れている。
討ち取ったところで朝廷の心象には焼け石に水、まったくの無駄とは言えないが内政を停滞させてまで価値があるとは思えない。故に別の目的がある――周瑜にとって当たり前の結論であった。
「願わくば挨拶の際に、探りを入れさせてくれるほど甘いことを期待したいが――」
一歩間違えれば漢王朝と敵対するかもしれない大計略をやってのける度胸、発想、その他諸々ほ含め袁術派の愚鈍な者達とは比べものにはならないだろう。
「……まったく、やっかいな相手だ」
そう呟く周瑜の口角は上がっていた。諦めた訳でもやけになったわけでもない。自分達よりも遥かに強大な勢力をどのようにして避わし、或いは操ることが出来るか、自分の才がどこまで通用するか試したいという。狩りをする者の様に獰猛な笑みだったが――
「やだ……冥琳カッコイイ……」
「……」
孫策の横槍ですぐに表情を戻した。
後書き
常山の蝶 趙雲
好感度 50%
猫度 ……フム
状態 好感
備考 善政、人事、大計略において稀代の傑物だと思っている
……ように見えて虎視眈々と弱点を探っている
居眠り軍師 程昱
好感度 60%
猫度 『言わせねーヨ!』
状態 好感
備考 袁紹を太陽みたいに暖かい主と思っている。
いくらか改善されたが、いまだ無防備な姿の主に対して
何かを画策している。
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