赤い林檎
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5部分:第五章
第五章
「林檎は何処で調達するんだい?林檎だけはその辺りに売ってるけれどな」
「だよな。ここで買ってもいけるな」
それは守もわかっていることだった。何しろ闇市では林檎だけは多くあるという状況だったからだ。それでよくわかったのである。
「じゃあそれでいくか」
「そうだな」
「ああ、それでな」
また弟達ににやりと笑って返す崇だった。
「やっていくか」
「よし、アップルだったな」
「ああ、アメリカじゃそう言うよな」
林檎を英語でどう呼ぶは彼等はよく知らなかった。それでこんなことも言い合った。
「じゃあカレーの名前はな」
「それでいくか」
「アップルカレーだな」
崇も言った。
「名前はそれだな」
「よし、それじゃあな」
「決まりだ」
弟達も笑顔で応える。これで全ては決まった。
三人は林檎にカレーを入れてそれを売るのだった。するとそれはかなりの人気になった。三人はこうしてカレー屋を軌道に乗せたのだった。
戦争が終わり日本が落ち着きを取り戻してだ。やがて店になり三人はそれぞれ家庭をもうけそれからも兄弟で経営をしていた。その中で崇は。
ある日雑誌を見てだ。顔を怒らせて言っていた。
「何だこれは」
「何だって?」
「どうしたんだよ、急に」
もう三人はコック姿になっている。それで急に怒った長兄に対して問うのだった。店の中は洒落た洋風になっている。あのバラックではなくなっていた。
「怒り出して」
「巨人が負けてさっきまで喜んでたじゃないか」
「そういう問題じゃないんだよ」
怒った顔を弟達にも向けたうえでの言葉だった。店の中はまだ営業前なので客がいない。それで怒ってもとりあえず問題はなかったのだ。
「あのな、林檎のことだよ」
「林檎のかよ」
「俺達の」
「ああ、これを見ろよ」
怒った顔のまま二人にその雑誌を突き出した。するとそこに書かれていたのは。
「あれ、これって」
「林檎だよな」
「そうだよ、林檎だよ」
目も怒らせていた。
「これがイギリスの林檎らしいんだよ」
「青い林檎ねえ」
「そういえばそういう林檎もあるよな」
「イギリスじゃこれが普通らしいな」
どうもそれが気に入らないというのである。
「邪道だ、こんなものは」
「邪道って何でだよ」
「林檎じゃないか」
「林檎は赤いものだろうが」
彼はそれを言って怒るのだった。
「何で林檎が青いんだよ。そんなのおかしいだろうがよ」
「ああ、それか」
「それを怒ってるのか」
「そうだよ。イギリス人は何もわかってないんだよ」
彼は言う。
「全くな。林檎のことがな」
「そこまで言うか、兄貴」
「何かお門違いな気もするけれど」
弟達から見ればそういう話だ。だが崇にはそれはどうしても譲れないことであるらしい。それが言葉にもやはり怒りとなって出ていた。
そうしてその怒りのまま。彼は言い続けるのだった。
「赤い林檎じゃないと林檎じゃないんだよ」
言いながら音楽をかける。それは帰って来たその時に聴いたあの曲だった。赤い林檎の曲は今も彼の心にあるのだった。
赤い林檎 完
2009・12・4
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