真田十勇士
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巻ノ二 穴山小助その十
目は爛々と光り牙も爪も大きく鋭い、しかし。
穴山も幸村も雲井もだ、熊を見て落ち着いていた。幸村は穴山に対して言った。
「ではな」
「はい、これよりこの熊を退治しますので」
「頼んだぞ」
こう言うだけだった、そして幸村は以後足を一歩も前に出さず手も動かそうとしなかった。それは雲井もだった。
動かない二人を見てだ、三人はいよいよ不安になって言った。
「あの、とても一人では」
「この熊の相手は出来ませぬ」
「あえて申し上げますが我等が助太刀します」
「及ばずながら」
「ですから穴山殿、無茶はお止め下さい」
「ここはどうか」
「だから任せておけと言っておる」
穴山はこの時も微笑んで言うのだった、その三人に。
「これから一瞬で終わるからのう」
「一瞬ですか」
「一瞬で終わると」
「そう仰るのですか」
「そうじゃ、今よりな」
こう言ってだ、その熊に鉄砲の銃口を向けてだった。
迫り来る熊が一方前に出ようとしたその時にだった。
引き金を引いた、すると。
鉄砲の弾が熊の右目を直撃した、そして。
そのまま脳を貫き頭から飛び出た、それでだった。
熊はその巨体をゆっくりと後ろに倒れさせどう、と鈍いがとてつもなく大きな音を立ててだ。仰向けに倒れ伏した。その一部始終を見て。
穴山は笑ってだ、三人にこう言った。
「ほれ、一瞬だったじゃろう」
「何と、一撃で」
「一撃でこの熊を倒されるとは」
「何という」
「本来なら眉間を狙っておった」
急所と言われるそこをというのだ。
「しかしこれだけの熊、眉間でも硬いと思ってな」
「それで、ですか」
「目を狙われたのですか」
「熊の目を」
「どれだけ強かろうとも目は柔らかい」
毛皮や肉、骨がどれだけであろうともというのだ。
「その目から脳を狙えばな」
「この様な熊でもですか」
「一撃で倒せる」
「そうなのですか」
「そうじゃ、この通りな」
こうだ、穴山は説明した。
「倒せるのじゃ」
「いや、しかし熊の目はまことに小さなもの」
「その目から脳まで的確に撃ち抜かれるとは」
「凄いですぞ」
三人は穴山のその腕に驚きつつ言うばかりだった、しかし穴山は全く驚くことも誇ることもない。余裕の笑みを以て幸村に一礼して言っただけだった。
「この通りです」
「うむ、見事であったぞ」
「勿体なきお言葉」
二人のやり取りはこうしたものだった、そして。
雲井もだ、笑みで言った。
「いや、まことに天下一の鉄砲の腕前」
「自分で言うだけはあると」
「はい、見せて頂きました」
こう言うのだった。
「見事に、ではこれからまた」
「ではお頭のところにです」
「案内しますので」
「あらためて」
三人は雲井にも応えた、だが。
ここでだ、一行の前にだ。
十人程の無頼な身なりの男達を引き連れたざんばら髪の若い男が出て来た、細面で髭がなく細く鋭い目をしている、鼻が高くやや赤ら顔だ。
着ているのは忍装束にだ、上から毛皮を羽織っている。右手には鎌、そして左手には鎌の付け根についている鎖と分銅がある。
その男を見てだ、三人は恐縮した態度になって言った。
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