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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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4.アイツは人気者?

 
前書き
8/6 バグベアーの説明が普通に間違っていたのを修正。 

 
 
 その日、迷宮区4層に二人の新米冒険者の姿があった。
 一人はモンスターに挑むように構え、もう一人はその彼をいつでもフォローできるような場所で槍を構えている。モンスターの名はウルフ。どの層にもそれなりの数がいる弱小モンスターだが、懐に入り込まれるとその噛みつきで大怪我を負いかねない相手だ。

『ヴルルルルルルル……』
「……………!」

 低く唸り声を上げたウルフが身を屈めた。獲物に飛びかかる時のモーションだ。
 生唾を呑み込んだ冒険者――ベルが前に出たのと、ウルフが跳躍したのはほぼ同時だった。
 そして――決着。

「てやぁぁぁぁッ!!」

 ベルは気合の籠った叫び声と共に、襲いかかってきたウルフをすれ違いざまに斬り裂いた。

『グガァァァァァァァッ!?』

 致命傷だったのだろう。その一撃だけでウルフは絶命した。
 彼は短剣という少々使いにくい武器を使用していたが、その反応速度は大したものだ。

「なんだ。ビクビクしてはいたけど結構やるじゃないか、ベル。これは俺がお守りにつく必要はなかったかもな」
「そ、そんなことないですよ~!後ろにリングアベルさんがついてるって分かってるから落ち着けてるんです!」

 余裕を感じさせる笑みで返答するベルの様子から察するに、割と余裕があるようだ。リングアベル自身この層の敵には全く脅威を感じなかったので、「やはり女神ヘスティアは過保護な所があるんだな」などとちょっとズレた事を考えていた。

 初心者2人で4層というのは、周囲から見ればまだちょっと早いくらいのペースだ。しかもベルはこれがダンジョン潜り初日であり、リングアベルに至っては10層より更に下まで足を運んだことがある猛者。ハッキリ言って二人が順応しすぎなのだが、残念なことにそれを指摘する常識人がここにはいない。
 Dの日記帳が正しければたぶんもうすぐ一人くらい来てくれるはずであるが、そんな事情はまだ知らないベルは安堵のため息とともに胸を撫で下ろす。もし碌に戦えなかったらどうしよう、という不安があったが、どうやら杞憂に終わったらしい。

「よかった。これならダンジョンでやっていけそうです!」
「そうか……分からない事があれば聞いてくれよ?わずか数日分とはいえ俺も先輩だからな。戦いの悩みから女性の口説き方まで、何でも相談するといい!」
「女性の口説き方って……リングアベルさんって、ひょっとしてモテたりします?なんか雰囲気からして女性慣れしてそうだとは思ってましたけど」
「ああ、そうだな……俺は言い寄られるんじゃなくて言い寄るタイプだが、それ程女性の交友は広くないな」
「え、そうなんですか?なんか意外だなぁ……」
「ああ……まだこの町のガールフレンドは40人くらいしかいない。この世界の半分が女性であることを考えると果てしなく少ない数だ。無論、数ではなく女性たちにこそ輝きがあるので気にしてはいないが」
「40人ですかぁ~……………イヤそれ滅茶苦茶多くないですか!?」

 この先輩、どこまでガールフレンド増やせば満足するんだろう、と呆れると共に、それだけの女性と近しい関係になっているリングアベルにベルは戦慄した。息をするように女性を褒める様は既に何度か見てきたが、そこまで交友関係が広いとなると他のファミリアとの伝手もあるだろう。
 ファミリア同士が対立関係になることも珍しくないこの町で、しかも女性と友達になるのは口で言うほど簡単ではない事だと思う。今まではちょっと変わったファミリアの先輩くらいにしか思っていなかったが、実は凄い人なのかもしれない、とベルは心の中でリングアベルの株を上げた。

 ベル・クラネルには夢がある。それは、ダンジョンで危機に陥っている女性を颯爽と助け、そのまま恋人になりたいという割と不順でしょうもない夢である。だが、その夢を託してきた祖父のことをベルは今でも尊敬している。死んでしまった今でもだ。

 祖父はよくロマンや冒険を口にする人だった。そんな祖父とリングアベルは何所となく雰囲気が似ている。だからこそ、昨日初めて会ったのにこれほど打ち解けられるのかもしれない。
 もし自分に兄がいたら、案外こんな人だったのかもしれない。そう思うと、ベルはなんとなく嬉しくなった。

 その後も魔物を狩り続け、気が付けば魔石やドロップアイテムが荷物を圧迫し始めていた。
 荷物がいっぱいのまま魔物と戦うと、資金源になる魔石やアイテムを持てなくなる。だから一定以上の成果が出たら地上に戻るのが冒険の基本だ。アイテム係のサポーターがいると話はまた変わってくるのだが、生憎ヘスティア・ファミリアにはベルとリングアベルしかファミリアがいない極小ファミリアなのでどうしようもない。

「……ベル、そろそろ戻ろうか!」
「え、もう帰っちゃうんですか?僕、まだ結構余裕があるんですが……」
「バックパックはそろそろ一杯だろう?それに、余り潜りすぎるとギルドの令嬢を心配させてしまう。ベルの担当は確かエイナだったな……彼女はギルド内でも特に優しいからな。その分心配させてしまうぞ?」
「う……そういうことなら戻ります」
「素直でよろしい。かくいう俺も、最初の頃は深く潜りすぎて説教されたものだ」

 あれは失敗だった、とリングアベルは遠い目をする。多少心を翻弄するくらいなら冗談で済むが、あの時の担当令嬢はリングアベルの話を聞いて生きた心地がしなかったのか、顔面蒼白だった。あんな顔を女性にさせるのはよくない。

「冒険も心躍るが、女性を無意味に泣かせる男はいただけない。ベルもエイナを泣かせたくはないだろう?」
「流石リングアベルさん!確かに女の人を泣かせるなんてよくないですよね?」
「その通り!……いいか、ベル。女性に流させていいのは嬉し涙だけだ。お前も男ならよく覚えておけ」

 帰り道の方へ翻りながらフッとニヒルな笑みを浮かべたリングアベルの背中は、どうしてかベルにはとても恰好良くて大きく見えた。
 ……着実にベルの心がダメな方へ流れているようにも見えるが、誰に憧れを抱くのかは人それぞれ。気付かぬうちに、リングアベルはベルの心の師匠となりつつあった。

「流させていいのは嬉し涙だけ……リングアベルさんの話は深いなぁ。勉強になります!」
「何なら今夜は女性について語り明かすか?俺は一向に構わんぞ!………あ、でも女神ヘスティアに怒られそうだから別の機会にするか」
「あはははっ!なんだか神様ってリングアベルさんのお母さんみたいですね!」

 二人の鐘は、楽しそうにカラカラと鳴り響いていた。
 日記によると、ヘスティア・ファミリアが激動の冒険に巻き込まれていくのはまだ少し先の話である。 



 = =



 リングアベルとベルがダンジョンを出ると、既に今日のひと仕事を終えた冒険者たちの喧騒が聞こえてきた。その空気は剣呑で、皆がリングアベルを睨みつけている。

「おい、あの色褪せたブロンドの優男……噂のアスタリスク持ちか?」
「間違いねえ。特徴的な前髪に白髪。ついでにあの貧相なスピア……ふん。武器なんて何でもいいってか?これだからアスタリスク持ちは鼻持ちならねぇ」
「おい、やめろ。『尾食蛇(ウロボロス)』の連中に聞かれたらどうする?」
「ハン、構うものか!どうせあいつはウロボロスじゃねえんだ。アスタリスク持ちの一人くらい怖くはねえぜ!」
「公国の脱走兵か何かだろ。負け犬さ負け犬」

 これにはリングアベルも流石に顔を顰めた。ベルも何事かとびくびくしている。
 ウロボロス――リングアベルには聞いたことがないワードだ。彼らはそのウロボロスとやらをひどく恐れているように見えた。口ぶりからしてアスタリスクの加護を受けた人間と関係があるようだが、質問して素直に答えてくれそうな相手ではない。
 リングアベルはとりあえず、この前口説いたギルドの受付嬢に聞いてその辺の情報を集めることにした。
 ベルはベルで、自分の担当になった受付の、エイナと話をしている。

「リングアベル、今日は無茶してませんヨネ?」
「後輩を連れて無茶なんてしないさ。それに女神ヘスティアにも随分怒られて、流石に懲りたよ。だからそんなに不安そうな顔を見せず笑っておくれ、レディ……」
「あ、あうあうあう……お戯れはそこまでニ……」
「戯れでないとしたら?」
「し、仕事中はまずいですッテ……!」
(またやってるよアイツ……)

 赤面する受付嬢を追い詰めていくリングアベルの異様に手慣れた口説きに周囲の職員の反応は様々だ。苦笑いする者もいれば呆れる者もいるし、中には既にリングアベルの事を気に入っているため「何よあの子ばっかりちやほやして!」とハンカチを噛んで悔しがる女性もいた。
 この男、既にギルドでは良くも悪くも人気者である。

「……時に、いつの間にか俺の評判が随分変動しているようだな?この前まではちょっとばかり珍しい程度の注目だったと記憶しているが……」
「あ、それはアレでス。リングアベルってば昨日は12層でバグベアーを倒したらしいじゃないですカ!それを見てた人がいたんですヨ!」

 バグベアーは大きな熊の魔物で、10層から現れるモンスターだそうだ。それまでの魔物に比べて遙かに大柄で耐久力もある為、今までもかなりの冒険者たちを屠ってきた初級冒険者の壁らしい。
 ところがそれをぽっと出の初級冒険者が一撃で貫いていたのを、同じ層で活動していた誰かが見ていた。その人物が噂話を広げ、いつの間にかリングアベルは有名人になったという訳だ。
 ……女たらしとしては前から有名だったと言えなくもないが。

「ダンジョンじゃ初級者なのに強い人はアスタリスクの加護を得ている人が多ク、実力を鼻にかけて素行が悪いのが定番でしテ……神様の間ではそもそもクリスタル正教やアスタリスクを快く思っていない方も多からず少なからず存在しまス」

 クリスタル正教は神を拠り所にしないし、神に頼らない。
 クリスタルの象徴的加護と、アスタリスクの物理的加護。その二つがあれば神の恩恵がなくても人が生きていけるという在り方が一部の神は気に入らないのだ。自分たちをないがしろにしているとか、生意気だとか。狭量だとも思うが、神には身勝手な者が多いのが実情だった。

「大陸西部のラキア王国は今まで何度かオラリオに侵攻しては返り討ちにあっていますガ、エタルニアや正教は逆にオラリオから攻めたファミリアが返り討ちにあうのが通例デス。表だって対立してはいませんガ、その実アスタリスク持ちと恩恵(ファルナ)持ちは思想的に互いを見下してるところがあるのは否定できまセン……」
「だからオラリオでアスタリスク持ちは総じて評判がよろしくない、と」
「アスタリスク持ちは背中に神聖文字がある訳でもないので見た目で判断がつきませんし、エタルニアや正教から脱退しても一度受けた加護は消えまセン。だから強い新人が現れるといつもこうなんデス」

 これである程度は納得がいった。記憶がない以上アスタリスク持ちの疑惑にはイエスともノーとも答えられないが、そういう事なら時間が問題を解決してくれる筈だ。後は気になるもう一つのワード、『ウロボロス』についてだ。
 気のせいでなければ、日記にそんな名前は存在しなかったと思う。

「ちなみに、『ウロボロス』って知ってるかい?」

 瞬間、受付嬢は顔を引き締めた。彼女の子のような顔は初めて見る。

「リングアベル、私はリングアベルに変な事に関わって欲しくないデス。だから言っておきますガ……ウロボロス・ファミリアの話は基本的にこの町ではタブーデス。それを理解したラ、それ以上は知る必要はありまセン」

 彼女にしては珍しい強い口調。それほどにウロボロスという名はこの町で特別な意味を持っているらしい。そして、口ぶりからすると「知らなければ知らないままでいい」と暗に忠告していた。どうにもこれは洒落にならない話題らしいと察したリングアベルは、それ以上の追及を打ち切った。

「………ふむ、情報ありがとう。是非お礼がしたいのだが、次の休みに一緒にランチでも如何かな?勿論代金は俺が持とう」
「そ、そんナ……悪いデス……!」

 そしてこの変わり身である。リングアベルもリングアベルだが、モジモジしながらもあっさり流される受付嬢も大概の春頭なのかもしれない。実際、隣の窓口のエイナは「またやってるし……」と呆れた溜息を吐いている。受付嬢はいつ死ぬとも知れない冒険者に深くかかわることを好まないのだが、逆にその壁がリングアベルを燃え上がらせているのかもしれない。
 と、そんなリングアベルの背後に声がかかる。

「リングアベルさん!僕の用事は終わりました!」
「ン……そうか。俺も一通り終わったところだ。では愛しのホームへ帰るとするか!それなりにまとまった金になったし、女神様もきっと喜ぶぞ?」
「本当ですか!?待っててくださいね神様ぁーーっ!!」
「おいおい、そんなに焦らなくても女神さまは逃げないぞ?デキる男は慌てないものだ!……では、名残惜しいが今日はさようなら!食事の件は前と同じ場所でいいかな?」
「ハ……ハイ!楽しみにしてマス!!」

 白い髪を揺らしてはしゃぐベルを追うように笑いながら歩いていくリングアベルは、ナンパ師でありながらも兄のようでもあった。そんなに似ていない二人だが、案外と根底にある思いは近いのかもしれない。
 そのどこか微笑ましい光景に、周囲の冒険者のリングアベルに対する不信感も少しずつ薄れていった。

 その道すがら、リングアベルは首筋がザラつくような嫌悪感を覚え、反射的にその嫌悪感を感じた方を見た。そこには、ダンジョンに蓋をするように悠然とたたずむ巨大な塔――神々の住まうバベルがあった。

「女性の視線ならば大歓迎だが……嫌な感覚だ」

 この嫌悪感は、ひょっとしたら自分の過去と何か関係があるのかもしれない。そんなことを漠然と考えながら、リングアベルはベルの背中を追った。



 = =



 白い少年は濁りのない透き通った魂を持っていた。だからこそ惹かれた。
 だが、白い少年の後ろにいるあの青年もまた、違う意味で興味深い。

 無垢と暗黒の混濁。堕落と純粋の混合。
 過去と未来へ向いたバラバラの意志が彼を現在に閉じ込めている。
 嘗て天界で見たことのある太極図という文様と、彼の魂はよく似ていた。

 過去と未来、暗黒と純粋、その二つを隔てる矛盾の壁が崩壊した時――彼は、何を選ぶのか?

 過去と未来に引き千切られて全ての思いを崩壊させるのか。
 己を構成する全てを捨て去って、どこまでも堕落していくのか。
 或いは、もう届かぬ希望を追って哀れに彷徨い続けるのか。

「どんな末路になっても、貴方の堕ち様は私が見届けてあげますわ?」

 救われることのない哀れで滑稽な道化師を嘲笑するように、美の女神は微笑んだ。
  
 

 
後書き
そろそろBBDFメンバーを絡ませたいですが……まだ合流するには早すぎます。
物語に暗い影を落とすウロボロス・ファミリア。不吉な正教圏とダンジョン圏の軋轢。神殿の襲撃事件。出来れば皆さんの予想を裏切りたいな、などと思いながらちょっとずつ書いてます。

BBDFが外へ行く話なので、内へ内へと向かうダンまちと絡めるにはいろいろと下準備が必要なのです。 
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