竜門珠希は『普通』になれない
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プロローグ:4人兄弟姉妹、☆空レストランへ行く
このJK妹、接待経験あり(する側とは言ってない)
前書き
プロローグ、全4話になりました。
もう少しヒロインの一人称視点でお楽しみください。
歌いたい曲に限ってカラオケに入ってない。よくあることだと思います。
だからか、あたしのお兄ちゃんと妹は車内で絶賛カラオケ中。そりゃああんたたちが見てる深夜アニメのキャラソンなんて滅多に登録されないでしょうよ。別に見下してるわけじゃないけど。
運転席と助手席に座る二人は先程まで一億と二千年前からの恋愛を熱唱してたと思えば、某宇宙人たちといろえろ(注:誤植にあらず)やらかしてはTo○ぶるお話の曲を、これ停車中に隣の車にまで聞こえるんじゃない? ってくらいの声量で歌ってる。
ちなみにあたしの精神状態は完璧に迷い猫もいいところ。オーバーランした先が断崖絶壁な気分で、ちっともはっぴぃじゃない。
でもマジメな話、お母さんが言うには実際のところはどれだけネット環境が充実しても需要ってのは相変わらず一定範囲で固定されてしまうらしい。どこぞの秋葉原に劇場構えるアイドルと違って、江戸時代から続く48(手)は今の世でも48を超えることはないし、実は擬人化も同性愛も触手も昔からのものらしい。丸呑みフェチとかはなかったみたいだけど。
最近はSNSやオタクの表面化で多少ニッチな性癖や嗜好の持ち主の声が高くなってるけれど、そうなったところでマジョリティの優勢は変わらず、マスゴミが数年周期で何度も似たような都合のいい流行を作り上げているとお父さんからも言われた。
「……で、今日の晩ご飯どうしよっか?」
誰にともなく尋ねた質問に答えが返ってこない。よくあることだと思います。
その場に何人もいるのに、長年同じ屋根の下で過ごしたしこれからも過ごしていく家族なのに、たった(?)4人の兄弟姉妹なのに、どうしてあたしだけがこんな仕打ちを受けるんでしょうか? 神様あたし何か悪いこと――してるかも。現在進行形で。
まあ、仮にそんな神様がいたならきっとテンプレ的にょぅ○ょだから、あたしは手足拘束して全身ありとあらゆるところを愛でて撫でて舐め回して味わ――(本作品のレーティングに関わるので削除)――するだろうなぁ。
「今日はお兄ちゃんもいるしさ。何か少し凝ったものでも……」
「俺は何でもいい」
この機会だし、せっかくだからみんなが食べたい物作ろうかな、とこっちが乗り気で献立を尋ねたところを、何でもいいと叩き潰されること。よくあ……ってたまるかっ!
絶対そういうヤツに限ってこの世の主婦&主夫の献立ルーティン維持の苦労をちぃっっっっっっともわかってないしッ!!
毎日三食お茶漬けだけ出したら何でもいいって言ってられないくせに!!
「ふーん。三人とも本当に何でもいいの?」
「まあ、俺は姉ちゃんの腕を信じてるし」
ひねくれたあたしの質問に、あたしの愛する弟はいい感じに姉の機嫌を損ねない返事をしてきた。
……あ、言っておくけどあたしはブラコンじゃないよ?(震え声)
「あ、俺は別に何でもいいよー」
「あたしも別にー」
……よし。夕食は「別に何でもいい」らしいこの愚兄と愚妹には、あたしが二人それぞれに食わず嫌い治療用特製メニューを用意してやろうじゃないか。そしておとなしく○んでしまえ。
家事全般を一手に担う人間を敵に回すとどうなるか、何度味わってもわからないようだねこの兄妹オタどもは。
とはいえ、今からスーパー寄って食材買って家帰って作るのも面倒臭いし、あたし含めて家族6人みんなそれぞれ好き嫌いがあるから安牌なメニューばかりってのも単調だし、それに何より、準備して作って洗って片づける一連のそれをほぼあたしが一人でやんなきゃいけないのが――ねえ?
とはいえ夕食どうしよっかなー、と考えつつ窓の外を見ると、某回転寿司チェーン店の看板があたしの目に入った。
お寿司かー。
最近なんだかんだ面倒だからって魚料理作ってないなぁ。魚屋さんから蛍烏賊オススメされても捌くのが面倒で(捌けないとは言ってない)遠慮してたし、鰆の西京焼とか焼けば焼いたで後片付け面倒だし(作れないとは言ってない)――最近作った料理を思い返し、あたしは栄養バランスを考え(建前)、4人兄弟姉妹で唯一の社会人の財布の中身を全力で狙う(本音)ことにした。
「……じゃあ夕食作るのメンドいからこのまま『すき○ばし次郎』行こう。お兄ちゃんの全奢りで」
「ちょ、待て……」
「ほんとっ!? 奢ってくれんのアキ兄?」
「ちょい待てぇぃっ!!」
「何よお兄ちゃん。別に何でもいいんじゃないの?」
「いやいやいやいや……。お前さぁ、その店のステータスわかって言ってる?」
あたしが挙げた店の名前に猛然とストップをかけてくるお兄ちゃん。
結月は奢りという言葉に反応しただけみたいだけど、どうやら兄弟姉妹4人の中で唯一の社会人はその店の名前と格を知っているらしい。
「わかってるよー。サブカル系ナメんなよ?」
あたしもあたしでいろいろと学校以外の交友関係があるんだし、グルメサイトくらい見るっつーの。
すると、あたしたちの話の内容を訝しんだ聖斗が疑問を投げかけてきた。
「姉ちゃん。その店どんな店なんだよ? 兄貴の動揺っぷりがハンパないし」
確かに聖斗の言うとおり、いつもの間延びした口調がまったくなくなっている。
お兄ちゃんのキャラ消滅の危機だね、これは。
「んーと……、あ! まー兄出たよ。ミシュ○ン2015三ツ星のお寿司屋だって」
「へぇ。それは凄ぇな」
「えっと……あと、海外の要人とかハリウッド俳優とかも来たことあるんだってさ」
「ふーん。結構な店なんだな」
……反応が軽いッ! 軽すぎる!!
あたしの代わりに結月がスマホで検索した結果を答えてくれたけど、まがりも何もミシュラン三ツ星の高級店に対しての我が弟の反応がこれだ。
さすがあたしやお兄ちゃんの弟にして、結月の兄で、あたしたちの両親の子ども。少しでも興味がかすれば全力で傾倒するくせに、それ以外は全くと言っていいほど気にしない。
そう、何も気にしない。
ダカラキニシナイ。お兄ちゃんの財布の中身なんて。
「ってことでお兄ちゃん。ゴチになります」
「ゴチになりますっ!」
「だからちょい待て妹達! てか、こういうときだけぴったりだな呼吸!」
そりゃまあ、あたしも結月も別に誰かをレベル6にするために2万体も製造されてないし、個体識別番号なんてないし、少なくともあたしは打ち止めより肉体も精神も大人だし? ……結月の精神年齢までは知らんけど。
実際のところ、「オンナノコ」なんて合図ナシで一瞬で呼吸を合わせて、次の瞬間に喧嘩して、三秒後に仲直りしたら翌日にまた仲違いしてるようなもんだし……だし? 誰だ今ぼそっと「ま~○(笑)」とか言ったヤツは?
「うっわー。私、三ツ星レストランとか初めてなんだけど」
「ちょい結月。ドレスコードとかって知ってる? ねえ? てかもう行くの確定してない?」
「いやいや、俺なんてまだユニフォームなんだけど?」
「あー、そっか。結月は私服でも問題ないだろうけど、聖斗はさすがにヤバいね」
今さらだけど、コスプレイベントに参加していた結月は私服なのに対し、朝早くから遠征してまで他校との練習試合を複数こなした聖斗の恰好はよく見ると汗や砂の汚れがついたままのユニフォーム姿だった。
これはもうドレスコードうんぬん以前の問題だ。下手するとどこぞの駅前アーケードにある全国チェーンの牛丼屋アルバイト店員にすら内心忌避されるかもしれない。
「だろ? だから家にかえ――」
「じゃあお兄ちゃん。聖斗の服買ってから行こう」
「その金も俺が出せとですか!?」
三ツ星で可愛い弟妹3人分を奢らされるのがそんな嫌なのか、相当テンパってるお兄ちゃんのキャラの一角を担うのんびり口調がまったく見られなくなってしまっている。
――おいたわしやお兄様。妹は悲しいです(棒)
それに何その下手な方言。そんな軟弱なキャラづけじゃこの業界、1クール終わればすぐ埋没して生きてけないよ?
「そこはあたしが出す。10万くらいあれば十分でしょ?」
「え? いや、姉ちゃん?」
「なに聖斗。足りないとか?」
「いや、そんなにいらない」
ああ、この弟はなんて可愛……じゃなくて――。別にお姉ちゃんに遠慮なんかしなくていいのに。
「うわー。さすがひと夏で一般人の平均年収くらい稼いでる人は違いますねー」
弟の優しさに感動するあたしへのあてつけとばかりに、これでもかというくらい棒読みしてくださりやがったお兄ちゃんには店に着いたら熱々のアガリをぶっかけてやろう。
あと、基本的に商業で活動しているあたしは同人でそこまで稼いだことはないぞ?
「てかおねーちゃん。いま“仕事”どこまで進んでんの?」
「どの“仕事”のこと言ってんの?」
助手席から顔だけを振り向かせて後部座席を覗き込んできた結月の質問が漠然としすぎて、あたしは尋ね返す。これでも現在進行形で4つの仕事のうち2つの納期遅れを抱えている身、どの仕事も状況がまったく違う。ついさっき納期遅れ1つ減らしたけどね。
「んーと、ゲームのほう。『シンクロ2』どんな感じ?」
「あー、『シンクロ』は完全に他言しちゃダメって言われてる。契約条項にもあるし」
『シンクロ2』――現状での名称は『Symphonic Chronicle 2(仮題)』。
あたしが抱えている仕事のひとつで、国内でも名の知れたゲームメーカー【エリュシオンソフトウェア】が結構な力と情熱を注いで制作・リリースされたオンライン対応型の純国産RPGのシリーズ2作目だ。そしてあたしにとっては、先方が「現在鋭意制作中(*注:メーカーオフィシャルHPから抜粋)」であるため、唯一納期遅れが断固許されない――社会的・常識的通念に照らし合わせるとそもそも双方の合意に基づいた納期の遅れ自体が許されないことだけど――仕事でもある。
なお「(仮題)」がついているのは、2作目だから「2」とかいう安易なネーミングにはしたくないかららしい。けどそれはあたしの業務内容の範疇外だ。知ったことじゃない。
前作『Symphonic Chronicle』が国内市場での年間売り上げ2位、全世界トータルでも8位になるヒットを飛ばしたために今回の続編制作となったものの、あたしは前作と同じく制作過程に関してはキャラデザとイベント原画のみ行い、グラフィックから先はメーカーにメーカーに在籍する本職グラフィッカー集団に丸投げできる。――若干、あたしの塗りとは違うから違和感を禁じ得ないけど、それはゲーム内の世界観とかとマッチさせるために必要なことだし、著作権などの管理はすべてエリュシオンソフトウェアに帰属・委任している。
学生との二足の草鞋を履く現状を鑑みれば、自ら積極的に名前を売り出したいとは思ってないけど、スマッシュヒットを飛ばした前作からの起用となればあたしにとってもゲームメーカーにとってもプラスに働くし、お互いの持つネームバリューはよりよいブランドになる。
しかも今回の制作参加はあたしにとってもいいリベンジの機会だった。
前作の制作参加時、ゲームに興味のない大人でも名前くらいは聞いたことがあるほど名の知れた有名ゲームブランド【エリュシオンソフトウェア】からの依頼メールをもらったあたし(当時中学2年生)は、計算上はホワイトすぎる依頼内容を見てその場の勢い半分+浮かれ気分半分で依頼を引き受け、計算にはなかった厳しいダメ出しの連続に何度も心折られ、カフェインと精神安定剤のドーピングを施し、生理不順を起こしながらも先方が望むようなキャラデザとイベント原画、その他パッケージイラストや特典物の描き下ろしイラストを、締切と受験勉強開始時期ギリギリの中学3年の夏休み終わりまでに描き上げた。
この失敗を経て、契約条項についてできるだけ詳しく煮詰めるようになったのも今となっては……ちっともいい思い出じゃない。当時14歳にして、特に望んでなったわけでも始めたつもりもなかったクリエイター人生の終焉を迎えるかもしれないという恐怖を背負っての修羅場を思い出すと今でも泣きたくなるし、胃の辺りが痛くなるし、吐き気と頭痛と身体の震えが収まらない。
「そっか、それじゃ仕方ないなぁ。じゃあ他のは? 話せる分だけでいいから」
「雑誌のほうは出かける前に終わらせて担当さんに渡したし、文庫のほうは白黒背景抜きの挿絵あと1枚」
家族にすら他言無用な職業や契約内容があるという現実をよく理解している結月の質問に、あたしは先方にとって差し障りない程度に――といっても、お兄ちゃんも聖斗もお父さんもお母さんも知っているので――素直にさくっと答えた。
キレイめのキャバ嬢やら半脱ぎ人妻やらキワドいランジェリー着た二次元美少女やらが並ぶコンビニの雑誌コーナー(成人指定)に並ぶ雑誌の表紙を飾るイラストを描くのもあたしの抱えている仕事。
中高生向けの、「人気沸騰中」(*注:『こ○ラノ』での特集記事より抜粋)で「重版御礼」(*注:某出版社HPより抜粋)なインターネット発の女子学生探偵活劇モノの文庫本の表紙と挿絵を描くのもあたしの仕事だ。
で、あたしがもうひとつ抱えている仕事は後で打ち明けるとして――お察しのとおり、あたしの履歴書の職業欄には現役女子高生という他に「原画家」といういかにも胡散臭いものが追加できる。何しろW○kipediaにあたしのページがいつの間にかできちゃってたからね。けれどウ○キの編集者さんたち、よくあたしの名前がいつの作品のクレジットから載っているのかとか、メーカーや出版社の公式ホームページの過去コメをさかのぼって調べてるよね。その努力は感心するわ。
……まあ、あたしが原画と彩色だけの原画家だけだと思われているなら、それはそれで構わないんだけど、ね。
「そんな仕事量で大丈夫なの? 夏のほう」
「んー、別に今年もいつもどおりだし」
お察しのとおり、結月が仕事のペース配分を尋ねてきた理由は東京ビッグサイトで盛夏の三日間だけ催される夏の祭典のこと。通称は言わずとも地上波ニュースですら流れるのであえて言わない。あえてね。
まあ、あたしは未成年だし、頒布するブツもブツなだけあって、顔出しNGという理由をつけてサークルオフィシャルの通販か店舗委託で冊子やディスクを売りさばいているわけですが。
……いや、別にあたしは結月に18禁同人誌制作の手伝いさせたりとかしないし。ネタ出しとラフは紙媒体だけど、以降はネームから完成まで完全にPC作業だし。だからサークルオフィシャルで受け付けた分の同人誌の発送先を印刷したラベル貼りくらい別にいいでしょ?
「また私、包装と発送ラベル貼り手伝わされんの?」
「あんたのコスの最終縫製やってんの誰だっけ?」
「すいませんでした今年の夏もお時間の限りぜひ何なりとこの私めをお使いくださいお姉さま」
あたしの反論に、手先は器用でも詰めが甘い結月は即謝罪してみせる。てか、今の長台詞を滑舌よく息継ぎなしに言うとか凄いよ結月。
そりゃあ、結月が初参加したときの艦娘の衣装から、昨年夏に同時お披露目となった――ある意味禁断の――WRとTPの衣装まであたしの手が入っていないものはない。
ま、現役女子中学生に18禁指定の同人誌を包装させる現役女子高生のあたしが言うのもなんだけど、最近の目に余るほど露出が多い衣装が増えてきている傾向に関しては苦言を呈したいね。
その衣装原案やデザインを創造・指定する側に立つこともあるから何とも強く言えないけれど、実際に結月の安全面を考慮しすぎたせいで逆にお守り役として同伴参加させられたときのシェ○ルの衣装とか、ね。何がどう転べば『ユニ○ーサル・バニー』(白と黒、どっちの衣装だったかはご想像にお任せしたい)の恰好しなきゃならなかったのか。結月がラン○のコスするんだったらなんで『ライ○ン』の衣装にしてくれなかったのかと小一時間ry
そもそもリアルでロリだった当時10歳の結月に島風の衣装を着せたあたしたちの実親を今さらながらにぶち○したい。あとやっぱり幼少時からキャラより声優に萌えるド変態に鍛えられてプ○キュアやらDBやら深夜アニメを見てきたせいもある。絶対に。
「でもさ姉ちゃん。父さんと母さんはどうすんだよ?」
「二人とも呼べばいいじゃない。どうせ二人とも仕事で出かけてるんだし」
「休みだってのに、またか……」
聖斗がボヤいてるけど、本日、世間は休日。
そしてあたしたちの両親は元気にお仕事中です。
てか、納期や締切間近の専業クリエイターに休日どころか睡眠・休憩時間なんてあると思うなよ? 名前の響きはいいけど、どこかに所属していない限り仕事量と結果に応じて手取りが決まる自営業だからね?
本文が学生である(はず)のあたしも、ぎりぎりまで仕事量減らしたにも関わらず納期間近となれば普通に徹夜作業になっている。なぜと問われると、別にわざとというわけじゃないのに必ずスケジュールが押してくるせいだ。日程が後にズレこむ理由を口にすると他の工程への愚痴の集中砲火からの爆発炎上オンパレードになるのでさておき、命を削り魂を燃やし、肉体を切り刻んで精神をすり減らし、常識とかモラルをかなぐり捨てた先に得られるクリエイターが求める新境地みたいなものは確かにあったりする。
現在15歳の女子高生に言われたかないと思うけど。某バスケ漫画にもあったよね? 第二のゾーン、的なヤツ。しかも確かにその門には門番がいたりするんだけど、あたしの場合、実体験に迫ろうとしすぎて危うくロストバージンの相手が制汗剤のスプレー缶になる手前だった。ひと夏の間違いって恐ろしいね。あたしは未遂で済んだけど。
「それじゃ私、一応連絡してみるね」
「え? ちょ、やっぱり行くの確定してるのかー?」
お兄ちゃんが隣で質問してるのに、結月は何も聞こえていないのか、スマホでお父さんとお母さんにL○NEメールを送信した。
「まあ、たまにはいいんじゃねえの? 父さんと母さんに贅沢させるのも」
「マジか? うぁー……」
いつの間にか聖斗まであたしの味方発言をしてくれてる。
お兄ちゃん。(外見も性格も)可愛い妹なんて画面の向こうにしか存在しないんだよ? 事実をいい加減理解しようね?
とはいえ、こんな多忙な両親の存在もあたしがこうしてくたびれた一因。暗に家事を担うように育てられてきた結果、料理も掃除も洗濯も裁縫も、果てには奥様方との会話スキルもゲージ振り切りそうなくらいまで成長した疑似主婦ができあがってしまったというわけだ。
けどその反面、お兄ちゃんは高卒後に音響系の専門学校に通い、あたしは今年から高校に通わせてもらえてるし、聖斗も結月も将来的に大学まで進学しても問題ないくらいの預貯金が我が家にはある。部活とか習い事は比較的好きにやらせてもらえたし、欲しいものはちゃんと理由と目的を言えば簡単に手に入った我が家は比較的裕福なほうなんだろうと思う。
「……あ、お母さんからメール来た」
「なんて言ってる?」
「『彩姫ちゃんはしおりんとお泊りデートだから、4人で楽しんできていいよ(はぁと』だって」
「まーたあの母親は自分のことちゃん付けで呼んでんのか」
結月が読み上げた母親――あたしたちの実母だよ?――からのメールに、聖斗が思わずボヤいた。その指摘に関してはあたしや結月も同感なのを確認している。てかツッコミそびれたけど、あの母親はハートマークなんぞ添付してきやがったのかあの歳で。
あたしたち兄弟姉妹4人をこの世に産み落とした母親、彩姫。一人歳の離れたお兄ちゃんを産んだ年齢(18歳)から計算すると今年で4○歳なのに、あたしや結月と並ぶと3姉妹に勘違いされる驚異の外見を持っている。しかも『奥様は女子○生』どころか、言動の幼さはあたしの妹の現役中学2年生女子より下だ。
けれど、若い母親が羨ましいというならくれてやる、と言えるほど時折……というか大抵の場面でこれが自分の母親だと思いたくない女性だ。
家事は言われたとおりにすらできないし、作れる料理はあってもお菓子くらいだし、食物アレルギーなんて何ひとつないくせに今時の子どもより偏食が酷い。あたしと聖斗と結月がここまで生き延びてこられたのはお菓子以外の料理が作れるお父さんとお兄ちゃんのおかげだし、その流れで必然的にあたしは家事をするようになって、今こうして無事に疑似主婦のスキルを得られるまでにレベルアップしちゃったわけですが。
しかも言動の幼さに加えて性格がとてもオープンだ。語弊や誤解を恐れずに言えば、あの人は頭のネジが何本かおかしい。特に性的な方向のネジが何本か紛失し、緩み、パッキンからどピンク色した作品の構想がダダ漏れしている。
職業柄とか資料作成のためと言えば許されると思っているのか、何も知らなかった頃のあたしと結月はハグやらキスやら――その数手先の行為まで――やらかしてしまい、しっかり動画として記録されてしまっている。その内容たるやU-15アイドルのIVなどもはや数億光年の彼方の過激さで。そりゃあ実の姉妹が――って、もちろん詳細は言わない。あたしにとっても結月にとっても完全な黒歴史だし。
そして今、その緩んだネジがブッ飛び、脳からダダ漏れした倒錯的妄想の先は現担当編集者――確か名前は遊瀬汐里さん――に向けられ、彼女を女性同士のめくるめく恋愛(と悦楽)の世界へ引きずり込もうとしている。
おそらく状況から見れば、取材旅行に出かけたついでに最近カレシができたばかりだと聞いた担当編集者をご当地の名産品と一緒に(性的な意味で)美味しく頂いてしまおうという腹積もりだろう。小賢しいことには知恵が回るあの小説家のこと、プロットは完璧に組み立ててから実行するつもりだ。
叶うのであれば「小説家」の肩書の頭に「成人男性向け官能」がつかない作品を書いてほしいと娘側としては期待したいけれど――実際、お母さんのPNで出版された作品はどれも濃密な情景描写と女性心理の微妙な感情描写が素晴らしいと高く評価され、今ではSM、調教、レズの分野において右に出る者を探すほうが難しいらしい。娘としては昨今の文学賞の作家名も作品名も出てこないし、そっちの世界なんて知ったこっちゃないけど。
まあ、汐里さんも汐里さんで、あんたはその両目に真実を捻じ曲げる偏光フィルターでもついているのかと心配するくらいお母さんのファンらしい。どこで真人間への道を踏み外したのかは聞かないけど。しかも人が良すぎて押しに弱い性格のようだし、お母さんに寄られ迫られ押し倒されてどうせ最後は和姦になっちゃうんだろうなとあたしは勝手に予想している。
とはいえ、既にあたしと結月は汐里さんのアヘ顔Wピース写真を見せられていたりするし、あたしも仕事の資料としてありがたく使わせてもらったりする。
するとそこに、新たに着信音が響いた。
「……ねえ、おねーちゃん」
「なに? どうしたの結月?」
「お父さん、おねーちゃんに塗り頼みたいって。メール送ったけど返事がないって」
「えっ?」
あたしの予想通り、お父さんからだったメールを見てしばらく思案顔だった結月の言葉に、あたしはバッグの中から自分のスマホを取り出す。普段から着信音なしでバイブのみの設定にしているあたしがメールアプリを確認すると、お父さんからのメールが確かに届いていた。
けれど――。
『シナリオ一部変更とそれに伴う対応でイベントCGが差分含め10枚ほど増えた。
すまないけど全部色塗ってくれ』
……は?
シナリオ変更?
CG増えた? しかも差分込みとはいえ10枚?
確かお父さんのいるライン、プレス納期から逆算するとマスターアップさせとかないといけない日までそろそろ厳しいんだけど?
今さらそんなことしてどうなるっての?
てかシナリオチェック何でしなかったの?
しかもそれ、グラフィックだけじゃ済まないよね?
追加分のスクリプトは誰がやるの? デバッグとかどうすんの?
またスタッフ総動員で徹夜? バカじゃない?
――などと、脳内でツッコミが次々と湧いて浮かんでくるあたし。
ちなみにそのプロジェクト、あたしはUIデザイン原案で協力していたりするし、納期もこそっと教えてもらっていたりする。
……現役女子高生のすることじゃないね、これ。
けれどUIデザイン原案の協力なんて本来、あたしがする必要のない仕事だったはずで。その分の手間賃は馴れ合い込みでお菓子とジュースのお代としてもらったけど。
もともと中途採用の、今の作業スタイルに右往左往する新人スタッフよりもこの手の仕事を始めて3年くらい経っているあたしがやったほうが早いということでやっただけで。その分の手間賃は歩合給でしっかりもらったけど。
でもやっぱり、本来そのプロジェクトとは別に現在進行形で4つの仕事を抱えているあたしが手助けをする義務は契約上ないわけで。仮に手助けしたらその分のお金は違約金扱いとかにしてしっかりもらっていく予定だけど。
言っとくけど、これでもあたしはお金の亡者になったつもりは全然ない。理由があるとすれば、基本的にお金と交換して欲しいものを得るこの現実世界のシステムのせいだ。だからあたしは何もワルクナイ。
強いて言うなら――。
そもそも誰のおかげでサビ残してるか知ってんのかこのクs(以下、罵詈雑言のため削除
だから、こんな文面を見て「あ、設定元に戻すの忘れてた。てへっ☆彡」なんて、キャラでもない可愛い仕草や文句は何ひとつ思い浮かんでこなかった。
……あ、言い間違えた。キャラでもない、じゃない。柄でもない、か。
「まーた父さんから頼まれごとかー。忙しいねー。ウチの妹様はー」
は? それは三ツ星のお寿司屋に連れて行かれる現状の発端となったあたしに対しての嫌味かお兄ちゃん?
別に行き先を高級寿司店から懐石出す高級料亭に変えてもあたしとしては問題ないんだけど?
「そういうことは思ってても口に出さないでくれよー。今月、円盤すらも買えなくなるじゃんかー」
ちょい、真っ先に心配するのが円盤かよ?
円盤より先にこの車のローン払い終えないの?
あと円盤は予約開始と同時に全巻一括購入予約するのが当たり前でしょ?
「そんな睨むなよー。お前の場合、手や足が飛んでくるから余計に恐いんだって」
そりゃあ、インドア志向だからって身体を鍛えていないとは別だしね。
「うんわかった。とりあえずお父さんのほうはあたしのとは別ラインだから勝手に苦しんでもらう」
「うわー。おねーちゃん、鬼だね」
「迷いないな」
……何そのまるで鬼か悪魔を見るようなあたしへの視線は?
愛しの弟と妹からそんな目をされるとめっちゃ罪悪感あるんですけど。
あと、お兄ちゃん。
次あたしをその目で見てきたらバックミラーごとツブすよ?
「だからそういうことは思っても口にしちゃダメだって言ってるじゃんかー」
あれ? 口に出てしまってました?
確かに、隣に座ってる聖斗が若干引いてた。
大丈夫だよ聖斗。お姉ちゃん、暴力反対派だから。基本的には、ね。
「じゃあ今すぐそこのコンビニでいいから寄って。聖斗の服買うお金下ろすから」
「え? ちょ、姉ちゃん? マジで言ってたの!?」
「当たり前じゃん。あたしが聖斗に嘘ついたことある?」
「い、いや……。でもそれはさすがに――」
ああもう、何をここまできて躊躇ってるかなぁ。あたしの弟は。
10万で足りなかったらもう諭吉さん10人でも20人でも連れてくるのに。
「お前、本当に聖斗には甘いなー」
「ねえお兄ちゃん。背景資料作成のついでに赤坂の料亭に行ってみる気、ない?」
「それはぜひともプロデューサーとかスポンサーとかとお願いするわ」
あたしの薄ら寒い笑みに、お兄ちゃんはもう2度とバックミラーに視線を送らなかった。
後書き
~夕食からの帰宅後~
「はぁ……。今日は最悪だ……」
「アキ兄ありがとねー」
「サンクス兄貴。さすがに味のレベル違ってたわ」
「ん? おー、それならよかった」
「――お兄ちゃん」
「……ん? どした?」
「これ」
「何この封筒?」
「聖斗の服買ったお釣り。余ったからあげる」
「は? 別にいいよそんなん」
「いいから。また明日仕事あるんでしょ? さっさとそれ懐にしまって家帰ったら?」
「えー? 少しは運転者をいたわってくれよー」
「お茶くらいは出すけど?」
「マッサージしてほしいなー、なんて」
「聖斗か結月に頼めば? あたしはお風呂入る」
「聖斗じゃ強ぎるし、結月じゃ弱いんだけどなー」
「……ワガママ」
「それ無理矢理人に奢らせた奴が言う台詞かー?」
「自業自得でしょ。晩ご飯、何でもいいって言った」
「それとこれとは別だって。本気で焦ったんだからなー?」
「はいはい。じゃあさっさと横になる」
「おう。じゃあ頼むわー」
「――ったく」
……
…………
………………
「おおぅ? あー、そこはかなりキクわー……」」
「だろうねえ。かなり固まってるよ?」
「さすが、俺のツボわかってんなー」
「当たり前でしょ。あたしだって……っ、お兄ちゃんの妹なんだから」ゴリッ
「っ、ぃてぇっ!?」
「あっ、ごめん……」
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