魔王の友を持つ魔王
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§66 腐りきった果実の果て
「――――ん?」
散華し、空に舞う女神を見送る黎斗に違和感が走る。些細な、本当に些細な、だけど見過ごしたら大変なことになるような。
「お義兄様、お見事でございます。で、その……」
「いやー、やっぱり黎斗強いね。どう? 一戦やんない? ……って、右手が壊死してるんじゃ挑む意味ないか。っていうかなんでボロ布纏ってるの?」
言いにくそうな羅濠教主とあっさりそれを指摘してくるドニ。二人のささやかな疑問、それは黎斗がシーツのようなもの一枚しか羽織っていないという現状だろう。全裸でシーツにくるまって、まつろわぬ神と戦うものなどおそらく黎斗だけだろう。
「……そいやアテナからはちゃんと隠せてたよな?」
何がとは言わないが。無事に隠せていたか確証がないけど死人に口無し、今では幽世の”彼”の館に行くくらいでしか真偽を判別すること叶わない。そこまでして確認したいような事柄じゃないし別にいいか、とあっさり流す。
「まいっか。……権能回復と同時に呪力回復したからさ、身長戻したのよ。んで、服が破けると思ったからシーツで代用を」
倉庫から取り出せる服は基本的に”プレミア”ものなので荒事で着たくはないのだ。帝国海軍の一張羅とか、原住民族の腰蓑とか、騎士団の制服とかその他もろもろ、今の時代では入手に苦労する品物ばっかりで、仮眠用の布団にあったシーツくらいしかとっさに出せるものが無くて。
「と、まぁそんなことよりも」
とにもかくにも結末を見届けに来た(そして挑戦しに来た)二人を見やる。並外れた直感を持つ二人なら、黎斗の抱えた違和感の正体がわかるかもしれない。
「翠蓮、ドニ、感じた?」
「うん? そりゃあねぇ。滾ったよ。今すぐにでも挑みたいくらいに。まったくなんで万全の状態で戦えないんだか。うーん、羅濠の姉さま、相手してくれない?」
「黙りなさい某。望むならせめて剣だけでも私に届いてからにしなさい。私に挑戦したければ義弟を捻ってからくることです。……それにしてもお義兄様の武芸の神髄、改めて感じ入りました」
――――――何も感じ取っていない。僕の思い過ごしか?
「……ん、そっか」
違和感の正体も掴めない今、それを言語として語る術を黎斗はもたない。説明できる自信も無ければ示す証拠も無い。
「お義兄様、どうなされました?」
怪訝そうな顔の教主に
「なんでもない」
そう言って返すのみ。
「ついでに魚人野郎探すか。今ならまだ権能使えるし。いつまで使えることやら------万生よ、我が声を聴け。」
鳥に。虫に。植物に。空を漂う細菌にまでも、カイムの権能で声を伝える。
――奴を探せ。
――――奴を見つけろ。
――――――奴の所在を我に伝えよ。
思念は伝播する。風を伝い海を渡り。一個の生命から複数の生命へ。級数的に増加する。大地の奥深くのバクテリアから、光の届かぬ世界に住む深海魚まで。
――――絶対に逃がしてなるものか
「んー」
黎斗のくるまっていたシーツが、黒いケープに姿を変える。全裸だった体躯は格式高い青の衣装を纏っている。金属鋲の打ち込まれた長靴を履いて、右手には黒い装甲のような仮面。
「直接見たわけじゃないけど、本人から聞いたし」
そういって発動させるのは妖精王の帝冠。アストラル界と現世をつなぐ権能。
「上手くできて良かったよかった」
力任せに現世と繋ぐより、こちらの方が呪力の消費は多くない。今度からこの手法を使わせてもらおうかと内心一人でそう決めて。
「さて、次」
いったん黎斗の姿が元に戻り、それから今度は毛が伸びる。すね毛が濃いとかまつ毛が長いとか、そういうレベルを一瞬で超える。同時に骨格が歪む。体色が黄色人種のそれから変わる。体毛が黒から金へと変わる。容姿が人から別の生命へ変わっていく。瞳が火眼金晴へと変貌する。頭には金の輪がついて、右手に持つのは長い棒。
「へぇ」
ドニが面白そうに黎斗”だった”ものを見る。
「こんくらいでいいかな?」
黎斗は無造作に左腕から毛を引き抜いて、アストラル界との境界に落とす。吹けば飛ぶような軽さの体毛は小猿の姿をとって、門の向こうに消えていく。右腕からも毛を引き抜いて、幽世へ。
「幽世に行ったら、みんなもっかい身外身を。更に分裂して探してね」
「キキッ!」
一際大きい猿に告げれば、「了解したぜ。任せろ旦那」とでもいうかのようなノリの良さで敬礼しそのままゲートの奥へ消える。数匹の猿は「んなこと知ったことか! 俺は現世を満喫するんだ!」とばかりにあさっての方向へてんでばらばらに散っていく。
「……まぁいいけど。迷惑かけないことと探すのだけはちゃんとやってね?」
呆れながらも黎斗が言えば一様に「キキッ!」と了解の意を示す。なんともまぁ調子の良いことだが事件は起こさないだろう。こういう術で術者の意にそぐわないことをする端末は出現しないと信じたい。
「お義兄様、これは……?」
「ん、魚人を三枚に下ろすための下準備……というのは冗談として。逃げた神がどこにいるのかを探すために斥候を放ってみようかと。人海戦術で行けばドニの”剣”が切れる前に見つけられるでしょう」
どうよこの名案、とばかりにドヤ顔をすれば。
「……そんなことをしなくてもお義兄様の破壊光線で海の水を全て蒸発させてしまえばすぐに見つかるのでは? もしくは猿君と戦った時のように、天から星を落下させて天変地異を起こせば弱り切った神程度なら容易いかと」
「「…………」」
別にその程度の呪力なら今のお義兄様でも余裕でしょうと言葉が続く。純粋に、本当に不思議そうに尋ねてくるその様子に、黎斗のみならず流石のドニも絶句する。
「……黎斗」
「……言わないで」
「……羅濠のねーさまって実はブラコン? っていうか天然入ってる?」
「だから言うな! 僕は知らん!!」
呪力の有無以前にそんなことしたら世界の終りだ。まぁ仮にやったとしても。
「だいたい海面半分にしたくらいで呪力尽きるから。……あれ。でも魔神来臨や護堂の山羊で呪力かき集めれば余裕で行けるじゃん。海全部吹き飛ばして隕石降らせまくるのが一番手っ取り早いか……?」
「いや黎斗それやめよう!?」
真面目に考え始めた黎斗にドニが慌てて止めに入る。アンドレア辺りが見たら「世界の破滅を気にするとは。お前も成長したな……」と涙するであろう光景だ。
「それやられたら人がいっぱい死んじゃう! そしたら次のまつろわぬ神がいつでるかわかったもんじゃない!!」
アンドレアの涙がとまって「だよな知ってた」と真顔で返しそうな言葉を発するドニに、黎斗も正気が戻ってくる。
「そうだよみんな死んじゃうじゃん。翠蓮それでいいの? 人はともかく自然崩れるのって嫌いでしょ?」
「構いません。天地の理は確かに尊重すべき事柄ではありますが、お義兄様の邪魔になるのが悪いのです。星も、お義兄様のためならば喜んで滅ぶでしょう」
「……うわーぉ」
ドニがマジ声でドン引きしているレアな光景だ、などと思いつつも黎斗の顔が盛大に引き攣る。この子ヤンデレになるんじゃなかろうか。
「厨二病を拗らせるとこうなるのか……」
人生の多感な時期を過酷な環境や黎斗といった特殊な環境で過ごし、引きこもった結果完成した佳人の人格は既に末期を通り越して終わっていた。
○○○
「どうしよう」
恵那は一人途方に暮れる。勝手に恥ずかしくなって館を飛び出して。冷静になればなんでこんなことをしたんだろうか。
「帰りにくいなーなんて言って帰ればいいんだろう……」
なんとなく、バツが悪い。
「だいたいこーゆー時はれーとさん迎えに来てくれてもいいんじゃないかなぁ」
文句を口にするも、明らかに筋違いであることは自分でもわかっている。今頃黎斗は館で混乱しているだろう。それを想像すると可笑しくなってくすりと笑えた。
「ふふっ」
巫女服というただでさえ目立つ服装で、美少女が微笑みを浮かべたまま歩いていれば注目の的になる。
「ねぇ、そこのキミ」
金髪の美青年が声をかけてくるが、取りつく島など全くない。
「ごめんねー、ちょっと恵那用事あるから」
これがナンパかー、などと思いながらそのままスルー。
「ねぇちょっと待ってよ! 恵那っていうの? いい名前だね」
そういって手を掴もうとする青年だが、恵那に触れることが出来ない。恵那は青年を見向きもしていないのに、彼の手から器用に逃げるのだ。するりと。自然に。あたかも風を人が掴めないかのように。手首を握ろうと手を伸ばせば、いつの間にかその手は隣に。肩に手を伸ばせば、その手は空を切り肩は更に前方へ。
「んー、ごめんね間に合っているから他当たって?」
恵那の微妙にズレた発言。たしかしつこい人間にはこういえばよかったはずだ、などと裕理の言葉を思い出してそのまま言ってみる。日本では巫女服を着ていると警察以外からは基本的に声はかけられないのだけれど。やはり文化の違いが原因なんだろうか。それにしても日本人みたいなナンパの仕方だ。黎斗の持っていたマンガの中の出来事だと思っていたけど、まさか現実に起こるとは。
「ちょっとちょっと!!」
この人しつこいなぁ。れーとさんどっかいないかなぁ。なんで本当に一人で走って出てきたんだろう、と一人で悩む恵那と必死に追いかけてくる青年。恵那が走って逃げようかどうしようか悩み始めた。
「それ以上そこの方に手を出すな」
「あぁ、もう! 今いいとこなんだよ邪魔すんな!」
憤慨する美青年の前に、二十代半ばの美男子が現れる。軽薄そうな笑みを湛え、スーツを綺麗に着こなしている様は二枚目の色男にしか見えない。恵那に声をかけていた青年からすれば、突然出てきて人の獲物を狙うクズにしか見えないのだろう。明らかに苛立ちを交えた声音と共に美男子を睨む。
「はぁ。……偉大なる王の従者に声をかけるとは。命知らずもここまで来ると英雄だな」
青年の態度など全く気にかけずに、呆れたかのように一言、次いで恵那に一礼をする。
「王の巫女よ。差し出がましい真似をして申し訳ありません」
「……誰?」
恵那の中で僅かに警戒感が首をもたげる。王、という言葉が出てきている以上、黎斗の事を知っている存在だろう。黎斗の妹を狙ったテロがあったばかり。ただでさえ忙しい黎斗の足をこれ以上引っ張ってなるものか。ひそかに臨戦態勢を整えつつも敵意が見えないことに困惑する。
「”小物の中でもマシな方”ことダヴィド・ビアンキと申します。巫女よ。貴方の王より「地図の魔人」という名を頂き忠誠を誓った末端として、記憶の片隅にでも留めておいていただければ望外の喜びであります」
「ダウ……え?」
あまりにもあんまりな名を喜ぶ男が、そこにいた。
後書き
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アンケートご協力いただいた方、ありがとうございました!
途中までは拮抗していた権能投票(仮)ですが最終的に伊邪那美さん家の権能が約半数得票(っていってよいんですかね?)して一位になってました。
今後アンケートする機会がありましたらまたご協力いただければ幸いですの!
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