離れ小島
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3部分:第三章
第三章
「そういえばイギリス人は蟹はあまり食べなかったな」
「奴等の嫌がらせにも隙があるってことですかね」
「腹が減ったらあれ食べましょう」
「そうしましょう」
「そうだな。とにかく食わないとな」
将校も兵士達の言葉に頷く。
「駄目だからな」
「はい、じゃあそういうことで」
「いざとなったら食べましょう」
彼等は蟹を楽しみにしている目で見て話をした。そしてだった。
食事の配給の制限が続きだ。彼等は遂に蟹に手を出した。手掴みでどんどん取っていきそのうえで煮たり焼いたりして食べていく。味もかなりよく舌鼓を打つことになった。
そうして腹を満たし味を楽しんだ。だが、だった。
すぐにだ。多くの者が倒れだしたのだった。
「う、うう・・・・・・」
「は、腹が・・・・・・」
「どうしたんだ、一体」
「!?何だこれは」
「まさか」
何人かがだ。戦友達が苦しみ血便を垂れ流すのを見てだ。すぐに悟った。
「赤痢か?」
「それか?」
「それなのか?」
それはまさに赤痢だった。高熱にも苦しむその症状はだ。赤痢のものに他ならなかった。日本軍は東南アジアでこの病に散々苦しめられた。
それで知っている者が多かったのである。彼等の中に赤痢が蔓延しだしたのだ。
これを見てだ。将校も言った。彼は幸いにして症状は出てはいなかった。
「まさかと思うが」
「まさか?」
「といいますと」
「蟹か」
彼は蟹を疑った。
「俺達が食った蟹だ、あれだ」
「あれにですか」
「赤痢菌がですか」
「付いていたんですか」
「それじゃないのか」
彼は青ざめた顔で言う。
「それで今こうして」
「馬鹿な、それだと」
「蟹を食うしかなかったのに」
「それに魚も」
「その魚もだ」
彼は無意識のうちに河を見た。その河をだ。
「魚を食った者でも死んだ者がいるな」
「はい、腹が蠢いてです」
「それで」
「あれはまさか」
「それは虫だ」
彼はこのことにも言及した。
「虫だ、魚の中の虫にやられたんだ」
「魚は虫で」
「蟹は赤痢ですか」
「それですか」
「これだったんだ」
将校の青ざめたその顔にだ。苦いものも加わった。
「イギリスの奴等は全てわかってやったんだ」
「といいますと」
「まさか」
「本来の食事の量を制限する」
将校はここから話した。
「そうすれば俺達は蟹や魚を食べるな」
「はい、周りに一杯いますから」
「それで」
「そこに赤痢菌や虫がいる」
次にこのことを話した。
「それを食ってしまえばだ」
「それにやられてしまう」
「そういうことだ。イギリスの奴等はわかっていたんだ」
「わかっていたのですか」
「そうだ、わかっていたんだ」
将校は忌々しげな顔で言うのだった。
「全てな」
「赤痢のことや虫のことを」
「そして俺達がその蟹や魚を食うことを。いや」
「いや?」
「食うしかないことを」
それをだというのであった。
「全部わかっていたんだ」
「そうしてですか」
「この島に置いたんだ」
「そして我々は」
「苦しみ抜いて死んでいく」
今もだった。彼の耳には地の底から響く様な呻き声が聞こえ嫌になる匂いが鼻に入る。目にははいつくばり死のうとする者達がいた。全て彼の部下や同僚、そして上司だった者達だ。皆戦友だった。
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