君を好きになったあの時から。
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君と俺の「出会い」
前書き
赤葦の一人称ド忘れした件
騒がしい教室に入り、黒板に張られた座席表を見る。今までと同じように『1』を見ることはせず、『2』と書かれた場所を探す。廊下側の前から2番目と言う何とも言えない席で、1つため息を吐いてから席に着いた。
親の面子を守れと言われ渋々中学受験をして私立に入学した俺に見知った顔の友達がいるはずもなく、荷物を机の中に、鞄をロッカーに突っ込んだ俺は自席で読書をしていた。
その間にも、数人のクラスメイトが傍に来て「よろしく」と声をかけていく。
「おっはよー。1年間よろしくっ」
俺の周りのほとんどの席が埋まった頃。
シリアスな展開に肝を冷やしていた俺の耳に、元気で爽やかな声が聞こえた。反射的に栞を挟んで声の主を見ると、目が合い、太陽のように明るい笑顔を向けられた。頬に熱が集まり、赤くなった頬を隠すために廊下の方を向いて、手を頬にあてて冷やす。
友達作りに勤しんでいたクラスメイト達も、彼女の姿を認めると声を出した。
優しげな顔立ちの彼女は、黒板の方をちらりと見たかと思うと、未だに頬の熱を引かせることなく呆然としていた俺の前の席に座った。小学生時代、俺がずっと座っていた『1』の席。
「私、藍川想来。赤葦くん…だよね、よろしく」
荷物を片付けたらしい彼女は、さっきと同じ晴れやかな笑顔を浮かべて言った。俺がもごもごと名乗ると、彼女――藍川は優しい目をして口を開いた。
「私は基本的に誰でも名前呼びなんだけど、赤葦はそういうの苦手でしょ。違う?」
相変わらず笑顔のままの彼女が放った一言は、図星だ。初対面の時から名前で呼ばれるのが苦手で、小学生時代の同級生の中には、それが理由で苦手だと感じている人がいた。
小さく頷くと、俺は太陽のような彼女から目を逸らした。藍川の笑顔はとても晴れやかで、もっと見たいと思わせる「なにか」がある。これ以上見つめ続けるのは危険だと判断して目を逸らした。が、
「じゃあ、私は赤葦って呼ぶから、赤葦は好きに呼んでいいよ」
俺の判断は間違っていたのかもしれない。
今までとは明らかにトーンが異なる声を聞き、逸らしていた視線を元に戻す。するとそこには、寂しげな微笑を浮かべる藍川がいた。さっきとは打って変わって寂しげな表情。伏せられた大きな瞳には、今すぐにでも涙がにじむかと言うほど悲しげな色が浮かんでいる。誰が見ても文句なしの美少女である藍川が、整った顔立ちを歪めて何かに耐えていた。
「あ、藍――」
「っ、ごめん、何でもないよ」
唖然としたまま声を漏らすと、藍川はまたあの太陽のような笑顔を浮かべた。輝かしい光を宿す芯を秘めていそうな瞳を柔らかく細め、顔いっぱいに花を浮かべる。
「気にしないで、忘れて」
そう言って彼女は俺に読書を薦めた。気になるところで読むのをやめたことを後悔していることが伝わったんだろう。藍川がクラスメイトに囲まれ始めてにぎやかだったが、俺は読書を再開した。
そして俺は藍川のあの寂しそうな顔を忘れた。
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