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手紙

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3部分:第三章


第三章

「王様はさ。いるだけでな」
「いるだけか」
「だったらあんなのでもいいんじゃないか?」
 この言葉には王に対する敬意なぞ微塵もなかった。このジョージ一世という王がどれだけ人気がないかということの証明になっていた。
「いればいいんだからな」
「けれどそれでももう少しましなのいなかったのか?」
「だからあんなのしかいなかったんだよ」
 こうまで言うのだった。
「あんなのしかな」
「やれやれ。さて、御妃様が亡くなられたらどうなるかな」
「もう言うまでもないだろ」
 実に冷たい言葉であった。王に対して。
「どうせ何もしないさ」
「何もしないか」
「しても碌でもないことさ」
 既に王に対して全く何の期待も信頼もしていない言葉であった。
「どうせな」
「何かさ、いい加減崩御して欲しいな」
「全くだよ」
 こう言い合って王の行いを見続けていた。やがて王妃は死んだ。その時王妃の周りで何かが起こったがそれを知る者は少なくとも王の周りにはいなかった。ただ王妃が死んだその事実だけが王に伝えられただけだった。すると王は冷たくこう言うだけであった。
「アールデンだったな」
 王妃を幽閉しているその城がある場所だった。
「確か。そうだったな」
「その通りですが」
「ならそこでいい」
 それを確認してからやはり冷たくこう言っただけであった。
「そこに葬れ。それでいい」
「ツェレルではないのですか?」
 報告した者は王の側近であった。その彼ですら目を丸くさせて王に問い返したのである。ツェレルは王妃の故郷である。そこに葬らないのかと尋ねたのだ。
「あの地では」
「よい」
 ツェレルでは駄目だとはっきり言ったのである。
「あの地でな。それだけでよい」
「ですが」
「これ以上は言わぬ」
 やはり言葉は冷たいのであった。
「わかったな。これでな」
「はあ」
 彼ももう何も言えなかった。こうして王妃はアールデンに葬られることになった。しかし多くの者がこれに納得しなかった。彼女の亡骸を密かに故郷に運びそこで葬った。この話を聞いたイギリス国民は何があっても驚かないと覚悟していたがそれでも呆れてしまった。
「幾ら何でもそこまでやるかね」
「あんまりなんてものじゃないだろ」
「何をしてもおかしくはないと思ったけれどな」
「これはあまりにも」
「ああ、酷過ぎるな」
「全くだ」
 こう口々に言うのだった。しかし王は相変わらずの有様で殆どロンドンにおらずドイツにばかりいてその二人の愛人達と遊んでいた。もう誰も彼には何も言わなかったがそれでも平気な有様だった。だがそうした生活もイギリス国民の嘆息も終わる時が来たのであった。
 一七二七年六月のことだった。王は二人の愛人とまたもや一緒で彼の故郷であり愛する地であるハノーヴァーに馬車で向かっていた。彼は馬車の中で愛人達と楽しいお喋りに興じていた。
「やはり酒はドイツだな」
「ええ、全く」
「その通りですわ」
 二人の愛人達が愛想よく彼に応える。彼は二人に囲まれて至って上機嫌であった。
「ハノーヴァーに着けばまずはワインだ」
「モーゼルですのね」
「イギリスの酒とは違っていい酒だ」
 イギリスに対する感情をここでは隠していなかった。もっとも最初から隠しているとはお世辞にも言えはしなかったが。
「モーゼルはな」
「それでは選帝侯様」
 しかもイギリス王とは呼ばれなかった。王もそれを気にする気配もない。
「ハノーヴァーでは」
「モーゼルを」
「そうだ、いつもの様に三人でな」
 彼は上機嫌で二人の愛人達に語っていた。ここで馬車が一旦止まった。
「ふむ。小休止だな」
「そのようですわね」
「さて、と」
 王はここでとりあえず大きく背伸びをしたのだった。実にくつろいでいる。
「ハノーヴァーでまた楽しくやるか」
 こう言った時だった。馬車の中に一通の手紙が投げ込まれた。
「あら、これは」
「手紙ですわ」
「誰が入れたのか」
 王はまず入れた主について尋ねた。しかし返事はない。
「誰か」
 しかし返事はない。王にとっては奇妙なことだった。しかしとりあえずはよしとした。
 まずは手紙を見た。するとそこにはこう書いてあった。
『神の裁きの庭において私と会うことになりましょう。裁きを受けるのは私ではなくて貴方です』
「これは・・・・・・」
 王はすぐにわかった。この手紙の主が誰なのか、そして何を言っているのか。全てを察した王は蒼白となり声にならない叫び声をあげた。そうしてその中で事切れたのであった。二人の愛人達は急いで王に声をかけたが返事はなかった。王の死はイギリス国民には喜ばれ誰も悲しまなかった。冷遇されていた太子が王となり以後は真っ当に愛されるイギリス王が生まれていくことになった。
 この手紙の主が誰だったのかは真相はわからない。王妃だったかも知れないし他の者、王妃を慕い王を嫌う誰かだったかも知れない。だがこの手紙が王を殺したのは紛れもない事実だ。王は死んだ、一通の手紙によって。手紙は時として人の命を消してしまうものであるのだ。


手紙   完


                  2008・9・13
 
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