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悪徳

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1部分:第一章


第一章

                      悪徳
 バチカンの奥深くで。今ある者達が密談を行っていた。彼等は光に包まれている筈のバチカンにおいて暗室に集まりそこで話しているのだった。
「もうすぐか?」
「そうだ、もうすぐだ」
 お互いにそう話し合っている。しかし顔は見えずただ声だけが聞こえる。そうして彼等だけで話をしていた。暗い密室の中において。
 話している内容は彼等の他には誰にも聞いてはいない。だがそれでも彼等は。誰かに聞かれるのを用心しているかのように小声で話す。その声で語り合っていた。
「もうすぐ崩御だな」
「そうか。いよいよだな」
「いよいよだ」
 その言葉が確認される。彼等の中で。
「いよいよはじまるぞ。用意はいいか」
「既にできている」
「金だが」
「大丈夫だ。ドイツから調達してきた」
「そうか。それは何よりだ」
 金のこととドイツが出て来て彼等の中で満足したような笑いが起こった。それは声にも出ており声そのものと嫌らしい笑いになっていた。
「やはりドイツを押さえておいたのは正解だったな」
「イタリアよりやり易い」
「確かに」
 このことも確認される。
「スペインは修道院があまりにも五月蝿いからな」
「あそこはな。少し教化に身を入れ過ぎた」
「全くだ」
 イタリアは多くの小国に別れその信仰もバチカンの実態を知っているから冷めたものもあった。スペインはその逆であまりにも信仰が強固であった。それは潔癖と表裏一体であった。本来はいいことなのだがどうやら彼等にとってはそうではないらしい。
「おかげで絞ることは難しい」
「しかもどの国も王権があまりにも強いな」
「だからだ。駄目だ」
 こう結論付けるのだった。まだスペインが複数の国家に分かれていた時代のことだ。この国を一つにしたのはカスティーニャとアラゴンの合併でありそれを確固たるものにしたのは二人の娘ファナの息子でありハプスブルク家の血を引くカール一世である。
「王の周りにも修道院の者達が多いからな」
「フランスもそうだしな」
「だからドイツだ」
 こう結論付けられた。
「やはり皇帝の権限が弱いしな」
「皇帝は月だ」
 これは実際に法皇インノケンティウス三世の言った言葉だ。教皇の権勢が絶頂期にあった頃だ。この頃のバチカンはまさに絶対であった。
「そして教皇は太陽だ」
「月は太陽によって生かされるもの」
「それならばだ。やはり」
「幾ら絞ってもいい」
「そういうことだ」
 笑みに邪悪なものも宿った。
「だからだ。ドイツは牝牛だ」
「そうだな。教会の牝牛だ」
 実際にこう呼ばれて集中的に搾取されていたのだ。民を安んじらしめすのではなく塗炭の苦しみを与えていたのが当時の教会であった。
「牛は乳を出し飲ませるものだ」
「ならば。精一杯絞ってだな」
「その通りだ。金はできた」
 やはりそこからであった。
「買収できる人間はもうわかっているか」
「うむ、既にな」
「何人か。わかっている」
「よし」
 誰かがその言葉を聞いて会心の声をあげた。
「ならばいい。上出来だ」
「上出来か」
「何事も金だ」
 教会にあるまじき言葉ではある。
「金だからな。まずはそれをばらまくぞ」
「わかった」
「枢機卿様もこう仰っておられる」
 ここで枢機卿という言葉が出て来た。言うまでもなく教会の頂点にある法皇を補佐する立場にいる者達だ。その緋色の法衣の持つ富と名誉は一国の君主にも匹敵する。
「そうな。いいな」6
「よし。ではこれをありったけばら撒くか」
「まずは野心のない枢機卿の方々にだな」
「野心のないか」
「その通りだ」
 こう言われるのであった。
「その方々に金を渡してそれで票にするのだ」
「票か」
「票は金だ」
 この言葉も出された。
「金で手に入れるものだからな」
「だからか」
「しかしだ」
「どうした?」
「大抵の野心のない枢機卿の方々はいい」
 それはいいとしたのだった。だがまだそれでも問題が残っている。そのことをはっきりと告げた言葉であった。それが何かというと。
 
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