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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Epico21繋がるセカイ~Cross Dimension~

 
前書き
うおーい! プロローグだけで終わってしまったじゃないか! ルシル達が誰ひとりとして登場しないで終わる話なんて誰得だよ! 

 
その世界に広大な大地は無い。あるかも知れないが確認できない。眼下に広がるのは白い雲海。どこからどう見ようとも地平線の彼方まで雲海が広がっていて果てが見えず、しかも厚みが数十kmとある。さらには何かしらの“力”が働いているのか、侵入を試みても空間把握が困難となり、すぐに出て来てしまう。それゆえに不可侵の聖域と呼ばれるようになった。ならば、大地が無いのであればその世界に住まう生命はどこに居るのか、という話になる。

その答えは雲海の上を見ることで判明する。雲海のさらに上にはまた雲海がある。呼び名は上層雲海。黄金に輝く陽の光が雲の切れ間より降り注ぐことで光のカーテンを生み出し、幻想的な様を見せつけている。ちなみに眼下に広がるのは下層雲海と呼ばれる。
そして上層・下層の両雲海の狭間に存在している広大な空間、そこがこの世界に住まう生命の領域。その領域内には無数の浮島が点在していた。島の大きさも、浮いている高度も、その種類も多種多様。建物――ギリシア建築と呼ばれる建築様式の神殿のような――だけの島や、全高数百mから数千mの山だけの島、森だけの島、湖だけの島、石造りの家が立ち並ぶ街の島などだ。

さらに両雲海を貫き、支えているかのように黄金で出来た柱が乱立している。その柱の側面には老若男女問わずの人物の立像が彫刻されている。この世界や、関係する世界の者が見れば、それら像のモデルが数千年前までに起きていた戦争を終結に導いた大英雄や、それ以前から語り継がれる伝説級の人物の物であると判るだろう。

そして今現在、その世界のとある街の浮島にてトラブルが起きていた。武装した人間たちが、同じく武装している人間たちと戦闘を繰り広げているのだ。片や戦闘に慣れていて攻勢の手を緩めず、片や武装はしているものの戦闘は不慣れなのか防戦一方に追い詰められていた。

「や、やだぁー! 離してー! 離してよー!」

「うるせぇんだよ、ガキ! 大人しく変身しやがれ!」

ある家の中、8歳くらいの少女が自分の腕を掴んでいる男へと抵抗していた。床には少女の家族らしい男性と女性が倒れ伏し、鈍器にでも殴られたのか頭から血を流していた。

「おい、コイツらも連行だ」

「男の方は放っておいても良いんじゃね? 使い道なんてねぇしさ。でも女の方は連れてこうぜ。もし“ハズレ”でも別の使い道があるしよぉ」

20代ほどの男が下卑た笑みを浮かべ、倒れている女性の全身を舐めるように見た。もう片方の男が「俺、お前のそういうところ嫌いだわ~」と非難するが、男は「へへ。男なら普通だろ」と軽く流す。

「お父さん、お母さん! やだ! 誰か助けて! 助けてーーー!」

少女が泣き叫ぶ。ここでとうとう「いい加減にしやがれ、化け物!」少女を連れ去ろうとしていた男が怒り、「きゃあ!?」少女を勢いよく壁に叩きつけた。けほけほ、と咽る少女に、「化け物め。大人しく人間様の言うことを聞けばいいんだよ。俺たち人が使って初めて価値が出んだよ、“武器”ってのはなぁ!」爪先で蹴りを入れようとした。そこに・・・

「よせ」

若い男の声が室内に響いた。たったそれだけで3人の男は直立不動となり、僅かなりの冷や汗を流し始めた。彼ら3人が声の主に抱く感情は畏怖と敬意。そして恐怖。声の主が室内に入って来る。体格のいい青年だ。オリエンタルブルーの髪を逆立たせ、前開きのハイネックタンクトップ・レザーパンツ・ロングコートと言った衣服を纏っている。そしてワインレッドの瞳で男3人を睨みつけた。

「ソレらは貴重な存在なんだぞ。お前たちよりよっぽどな。少しは丁重に扱え、馬鹿が」

「「「申し訳ありません、シュヴァリエルさん」」」

「それに、連れて行くのはその子供(ターゲット)だけにしておけ、第9小隊・ドラゴンファング。・・・他のメンバーはどうした?」

「ベ、別行動中っす!」

「逃げた他のターゲットを追いかけてます!」

「追跡班は紳士な奴らばっかなんで大丈夫と思います!」

シュヴァリエルと呼ばれた青年に睨みつけられビシッと佇まいを直して答えるドラゴンファングのメンバー3人。ドラゴンファング。ロストロギア専門のコレクターであるミスター・リンドヴルムが有する、ロストロギアを蒐集するための実行部隊の1つだ。その証、ドラゴン、そして体のいずこかの部位名が 部隊名に入っている。
そしてシュヴァリエル。シュヴァリエル・ヘルヴォル・ヴァルキュリア。元・アースガルド同盟軍・“戦天使ヴァルキリー”の1体で、現在は“堕天使エグリゴリ”の風嵐系最強の1機。

「話は聞いていたな。俺たちリンドヴルムの目的はお前たちだ。人に似て、しかし非ざる者」

シュヴァリエルが少女に近付いてそう言うと、「ひぅ・・・!」少女は怯えて逃げ出した。男3人は「待て!」と追いかけようとしたが「ぐぁ!?」揃って転倒し、テーブルや椅子などに頭部をぶつけて気絶した。何故転んだのか。それは、「この子は渡さない!」少女の両親と思われる男性と女性が3人の足を引っかけたからだ。

「どうしてあの子を庇う?」

「俺たちが、あの子の親だからだ!」

シュヴァリエルの問いに男性が即答する。その声に反応したのか少女が「お父さん!」戻って来てしまった。女性が「早く逃げて!」と逃亡を促す。そこに、「お前たちは人間。その子は化け物。親子のわけがない」とシュヴァリエルが言い放った。

「黙りなさい! 血の繋がりが何! 人とそうでないからって何! そんな些細な事、私たち家族には関係ないのよ!」

女性がそう強く反論し、少女を突き飛ばすように家の奥――裏口でもあるのだろうか――へと追いやろうとしたとき、「うぐっ!」男性の呻き声が上ったことで2人は動きを止めた。見れば、シュヴァリエルが男性にのど輪締めを掛け、軽々と持ち上げていた。

「あなた!」「お父さん!」

「ぁぐ・・・逃げ・・・」

「逃げたらどうなるか・・・解っているな・・・?」

脅迫だ。子供心に、仮初とは言え父親を盾にされているのに逃げる、などという選択肢はありえない。そして夫の危機に妻も迷いが生まれる。しかし子供を贄として差し出すわけにもいかない。少女はすぐに答えを出した。妻は同じ答えを出したが、躊躇があった。だから先に少女が動いた。

「お母さん、お願い!」

「っ!・・・・ごめんなさい!」

少女と女性が手を繋ぎ、「我、畏れ怯むことなかれ。我、弱くも退くことなかれ。立ち向かうことこそ、己の強き証明。・・・スフィー・ダンテ!」と、何らかの呪文を詠唱し、名を叫んだ。すると2人の繋いでいる手から強烈な光が溢れ、室内を真っ白に照らした。シュヴァリエルも「っ・・・!」その発光量に思わず両腕で目を庇った。

「・・・回収がしやすくなったな」

光が治まり、シュヴァリエルは自分と対峙する女性を見てそう呟いた。室内に立っているはシュヴァリエルと女性の2人のみ。少女の姿は無い。その代わり女性の手には一振りの西洋剣が握られていた。西洋剣全体が微かに発光し、まるで心臓の鼓動のように点滅を繰り返している。

「魔造兵装番外位:スフィー・ダンテを視認。・・・俺たちのリーダーは、神器であるお前たちをロストロギア扱いとし、ぜひともコレクションに加えたいと言っている」

「この子は物じゃないわ! 生きてる! 温かみもある、感情もある! 成長だってする! 普通の子よ!」

「武器化しているだろ。そしてあんたは今、その子を武器として扱おうとしている」

「それは・・・! この子を護るために――」

『お母さん、何を言っても無駄だよきっと! 倒しちゃえばいいんだよ!』

少女の声が西洋剣から発せられ、剣身に炎が噴き上がった。シュヴァリエルの言うように少女は武器と化していた。神器。それは遥かに遠き時代より存在している、特別な力を有した物品のことだ。神属が創り出した神造兵装。魔族が創り出した魔造兵装。そして人が特殊な技法で創り出した概念兵装。それらの総称が、“神器”、だ。少女はその内の1つ、魔造兵装の1つだったのだ。

『お父さんを、街のみんなを苦しめたあんた達を絶対に許さない! お母さん!』

「スフィー・・・」

「いいだろう。来るがいい」

シュヴァリエルは持ち上げていた男性を床に落とし、身構えた。女性は床に倒れ伏して咽る男性を一瞥。生きていることを確認して「スフィー、お願い!」と、シュヴァリエルへ向かって突撃した。そして燃え盛る剣――“スフィー・ダンテ”を横薙ぎに振るう。シュヴァリエルが力の差を見せつけるためにその場から動かずにただ静かに左腕を上げ、前腕部分で刃を防御した。

「『っ!?』」

「効かないな!」

シュヴァリエルは空いている右手で女性の手首を鷲掴み、窓へと放り投げた。ガシャァンと窓ガラスを割って女性は家の外へと投げ出されてしまった。彼はゆったりと家の外へと出、ガラス片で肌を切って血を流す女性へと「大人しく渡せ」と命令する。

「ダメ、渡さない・・・!」

『わたしとお母さんが・・・護る! この・・・アールヴヘイムの世界を!』

「あの御方が目を醒ますまで・・・! 神器王陛下が再びこの世にご降臨なされるまでは!」

アールヴヘイム。かつては光煌世界と呼ばれた、光に満ちた世界。数千年前、三大原初世界の一角・魔道世界アースガルドと共に、世界の命運を懸けて戦った世界の1つだ。“ラグナロク”によって半壊していたアールヴヘイムだったが、永い年月を掛けて再生していたのだ。
両雲海の狭間である領域を貫く幾本もの黄金の柱の彫刻のモデルは、何を隠そうかつての大戦の英雄・アンスールだ。ルシリオンも、この世界の王女だったカノン・ヴェルトール・アールヴヘイムも、全メンバーの彫刻が柱に彫られている。

「神器王、ねぇ。期待するだけ無駄と思うが?」

女性が疾走する。剣先が石畳の道をガリガリ削り火花が激しく散る。そしてシュヴァリエルに攻撃が届く距離になった時、「せいっ!」女性が“スフィー”を振り上げた。火花と一緒に無数の火の粉が、そして炎を纏う刃がシュヴァリエルを襲う。が、「まだ足りないな。あとどれだけ時間をかければ俺に辿り着く?」と素手で刃を受け止めた。

『っ!』

「知られてる!?」

女性と“スフィー”が息を呑む。“スフィー・ダンテ”。その能力は炎熱発現・・・ではない。それはあくまでカモフラージュ。真の能力がある。それは・・・

「魔造兵装番外位:スフィー・ダンテ。挑戦者の意。持ち主より相手が強ければ強いほど、戦闘中に経験値を稼ぎ、短時間に成長、武器の性能を引き上げて行く。その成長度は無限と云われ、本来であれば上位級の魔造兵装のはずだが、製造年代が新し過ぎる所為で惜しくも番外位」

魔造兵装や神造兵装にはランク分けが存在している。強力であれば強力であるほど、製造年月が新しかろうが上位へ位置づけられる。だが、それまでに創られた兵装が上位を占めているとどうしてもあぶれてしまい、最終的には中位、下位にも入り込めずに番外位に落とされる。

「そら、どうした。俺は強いぞ。俺と戦えば飛躍的に性能が上昇す――」

「『トリウィアスブレイムッ!』」

シュヴァリエルの四方から龍の背ビレのような炎の斬撃が襲いかかる。彼はニッと口端を吊り上げ、そのまま攻撃を受けた。女性と“スフィー”は追撃するために「はあっ!」炎の斬撃を飛ばし続ける。その最中にも“スフィー”を成長し、片刃の片手剣だったモノが両刃となり、剣身も柄も長くなって両手剣となった。

『お母さん、もっと、もっと、もっと!』

「スフィー!? あなた、声が・・・!」

さらに声の高さが少女のモノから成人のようなモノへと声変わりをした。そんな“スフィー”に、「そんな・・・」そう女性が悔いた。“スフィー・ダンテ”は人間形態時でも成長していた。遅くゆっくりであっても、確実に。人にとっての1年が“スフィー”にとっての1日であってもしっかりと。
しかし本来の武器形態での成長に合わせ、人間形態も急激に成長したのだ。女性はたとえゆっくりでも“スフィー”の成長を楽しんでいた。それが、この数分の間で女性自身となんら変わらない歳となってしまったのだ。そのショックは計り知れない。そしてそれが最大の隙となった。

「結局、人間と作られた者とじゃ同じ時間は過ごせないんだよ・・・! どれだけ願ってもな!」

燃え盛る火炎の中から巨大な両刃剣が飛来し、女性のすぐ側を掠めて行った。その衝撃で女性は大きく吹き飛ばされ、彼女の家の外壁に叩きつけられた。その所為か気を失い、地面に倒れた。
シュヴァリエルは治まりつつある火炎よりゆっくりと歩き出して来て、「これで回収だな」コートの懐から何かしらの文字が描かれた帯を取り出し、人の姿になろうとしていた“スフィー”へと投げつけた。

『っ・・・!?』

帯が“スフィー”に巻き付くと、人化が途中で止まり剣の姿へと戻った。シュヴァリエルが“スフィー”へと歩み寄り、「無駄だ。魔術で創られた兵装だ。神器であろうとその効果をキャンセルする」と言い放ち、完全に沈黙した“スフィー”を手に取って「回収完了」そう呟いた。
それから数時間後、シュヴァリエルと、彼の率いるリンドヴルムの回収実行部隊・第9小隊ドラゴンファング、第7小隊ドラゴンブレス、第4小隊ドラゴンネイルは、彼らのリーダーであるミスター・リンドヴルムの命を実行し、そして果たしたことで帰還の支度をしていた。

「――にしてもすごかったっすよね~、コイツら。管理局の魔導師なんて目じゃない程に強かったすもん。コイツらを使えば管理局にだって勝てるんじゃないっすか?」

とある島に停泊している巨大な船へと回収した神器を運び入れているメンバー達。その1人がシュヴァリエルへ一振りのナイフを見せながら、そうテンションを上げていた。シュヴァリエルは「いいから早く出港の準備をしろ」と、男の尻に蹴りを入れた。

「あたっ。うっす! 今すぐ始めます!」

リンドヴルムが所有する、翼を広げた鳥の形をした300m級戦艦タイプのロストロギア:“ラレス・ドメスティキ”――家の守護神の意――へと男は慌てて走り出して行った。“ドメスティキ”は旗艦である。随伴の無人護衛艦には二等辺三角形をした200m級戦艦タイプのロストロギア:“ラレス・ファミリアレス”――家族の守護神の意――が6隻とあった。

「――転移門へ出港!」

ブリッジに上がったシュヴァリエルが指示を出す。旗艦“ドメスティキ”を中央に、護衛艦“ファミリアレス”が六茫星陣形で港を出、この世界アールヴヘイムと、別次元の世界を繋ぐ特別な転送装置――転移門ケリオンローフィティタへ向かって出港した。両雲海の狭間の領域を進み、そして艦隊の行く手の先に見えて来たのは巨大――全高十数km、全幅数km――な扉。

「転移門の再ハッキングを開始」

「転移先座標・・・固定!」

「リンドヴルム本拠地、天空城レンアオムへ!」

黄金らしい物で造られた観音開きの扉は外側に向かって僅かに開き、狭間から真っ白な光が溢れ出ていた。その扉――転移門へ続く空路の左右には幾本もの柱が並列して立って道を示しており、艦隊は来た時と同じようにその柱の道の間を突き進んでいくが・・・

「なんだ、この揺れは!?」

順調に見えた航海だったが、全艦を強烈な揺れが襲った。旗艦のクルーが状況を確認する中、「強大な魔力反応5っ! 何か来ます!」旗艦クルーの1人が叫ぶ。直後、下層雲海より何かが飛び出してきた。
それは直径10mはあろう、ダイアモンドのような輝きを放つ正二十面体5つだった。よく見れば10歳ほどの少年少女がちょこんと乗っており、彼らが艦隊に向けて勢いよく指を差した。それを合図としたように子供たちの姿は蜃気楼のように揺らめいて消え、5つの正二十面体はガチャガチャと崩壊し、それぞれ12の双三角錐へ変化。

――アレクトス・レイ――

そして計60の双三角錐より光線が放たれ、最後尾を航行していた“ファミリアレス”六番艦に着弾。スラスターが大爆発を起こし、航行不能に陥った。黒煙を噴き上げながら降下していく六番艦へトドメとばかりに同じ攻撃を加えて、下層雲海へ沈む前に粉々に砕いた。

「あれもロストロギアっすか!?」

「なんて威力だ! シールドを張っても貫通したぞ!」

「あんなものに狙われたら一溜まりもない!」

「同じロストロギアでこれだけの性能差があるなんて・・・!」

ブリッジが騒然となる。シュヴァリエルはブリッジのモニターに表示されている正二十面体に戻ったソレらを眺め、「アールヴヘイム製概念兵装・ヴンダー・エーデルシュタイン。そんなところに居たか」と呟いた。艦隊を襲ったのは、閃光系の射砲撃魔術に優れたアールヴヘイムがかつて創り出した神器だった。同じロストロギア? 否。年代が、製造法が、魔道形式が、魔力量が、存在そのものが別次元だ。敗北を喫するのは当たり前すぎた。

「旗艦、全速離脱! 後方の四番・五番護衛艦を盾にしろ! 一番・二番・三番は減速! 同様に盾にしろ!」

シュヴァリエルがそう指示を出した後にブリッジを後にしようとしたため、「どこへ!?」クルーが呼び止める。彼は歩みを止めることなく、「回収するんだよ。アレらもロストロギアだ」と答え、ブリッジを後にした。そして甲板へ直接上がるハッチを使って外へ出た。

『四番艦轟沈! ターゲットが五番艦に移ります!』

シュヴァリエルに報告が入る。彼の視線の先には、“ヴンダー・エーデルシュタイン”の砲撃を受けて粉砕された四番艦の姿がある。

「エラトマ・エギエネス、発動」

シュヴァリエルは背部より孔雀の尾羽の形をした魔力翼20枚を放射状に展開し、トンッと甲板を蹴って宙へ躍り出た。そして右手に彼の身長を超すほどの大剣、ルシリオン特製の概念兵装・“極剣メナス”を携えた。

「敵だ!」

「エグリゴリ!」

「シュヴァリエル!」

「裏切り者!!」

「カノン様を殺した、憎き仇!」

“ヴンダー・エーデルシュタイン”がシュヴァリエルを視認すると、その色彩が透明から深紅に変わった。まるで憤怒と殺意に染まったかのように。そうして始まる、“エグリゴリ”と神器の戦い。“ヴンダー・エーデルシュタイン”の連携の取れた空間攻撃と、シュヴァリエルの圧倒的な攻撃力と防御力がせめぎ合う。
高速で飛び回る“ヴンダー・エーデルシュタイン”に、機動力最速とされる風嵐系でありながら鈍速のシュヴァリエル。彼は特攻部隊のヘルヴォル隊の隊長だった。ヘルヴォル隊の役目は、後続部隊の為に先に進撃して、敵地のど真ん中で大暴れして引っかき回す事。ゆえに必要なのは機動力ではなく、攻撃力と防御力なのだ。

「「「「「裏切り者には死を!」」」」」

――アレクトス・グランレイ――

「っ!」

シュヴァリエルを中心にして包囲するような位置取りをした“ヴンダー・エーデルシュタイン”が一斉に砲撃を発射。反射板と化している双三角錐によって、砲撃は縦横無尽に反射を繰り返しシュヴァリエルを完全包囲。

(魔導ならまだしも魔道である一撃だ。俺の防御魔術でも装甲でも無傷では済まないな)

“ヴァルキリー”の中でも1、2位を争う防御の高さを誇るシュヴァリエルでさえも警戒する攻撃力。狂ってはいようとも自身の戦闘能力やスペックだけはしっかりと把握できていた。

「うおおおおおおおおおおッッ!!!」

――廻天轟乱――

「「「「「っ!?」」」」」

シュヴァリエルが自分を覆うように竜巻を発せさせた。その圧倒的な風圧で“ヴンダー・エーデルシュタイン”は吹き飛ばされてしまい、キラン☆と上層雲海のいずこかへと消えて行った。

「・・・・やり過ぎた・・・な」

“メナス”を肩に担いで嘆息するシュヴァリエル。“ヴンダー・エーデルシュタイン”の回収を諦め、旗艦“ラレス・ドメスティキ”へ戻ろうとした時、「っ!!?」彼は目を見張った。視線は艦隊・・・の下――下層雲海に向けられている。
転移門まであと僅かというところでそれは起きた。下層雲海より何かが飛び出して来て、“ドメスティキ”の右翼を粉砕したのだ。それは「なんだ、今の魔力砲は!」シュヴァリエルの言うように単純な魔力砲撃だった。とは言え、その威力は尋常ではなかったが。

『シュヴァリエルさん! 指示を、指示を!!』

ブリッジからノイズ混じりの切羽詰まった男の声が届いた。シュヴァリエルが応じるより早く、また下層雲海より何か突き出してきた。今度は左翼を粉砕。胴体のみとなった“ドメスティキ”が大きく揺らぎ、高度をさらに落とし始める。

「馬鹿な! 何故この世界にお前が・・・ヨルムンガンドが居るんだ!!」

シュヴァリエルが叫ぶ。下層雲海より姿を現したのは巨大な白蛇。名をヨルムンガンド。フェンリル、フレースヴェルグ、スレイプニル、ラタトスクなどと言ったアースガルドに棲む、神格を有する知性ある生命の一角だ。アースガルド四王族に(特にフノス)忠誠を尽くすヨルムンガンドが、アースガルドではなくアールヴヘイムに潜んでいた。シュヴァリエルどころか他の“エグリゴリ”にとっても想定外な事態だった。

『くそっ、みんなが、みんなが死んじまう!』

さらに最悪なのは、粉砕された両翼には居住区と第4荷物室があったことだ。粉砕された翼の瓦礫の中には、回収された神器の一部や、リンドヴルムのメンバーが居り、空中へ投げ出されていた。神器は下層雲海へ沈む前に天使のような翼を持ったヒトが回収したが、メンバーは無視されて、下層雲海へと沈んだ。

「――今度はなんだ!?」

地鳴りが空間を揺らす。転移門が閉じようとしていたのだ。シュヴァリエルは焦った。ヨルムンガンドが居るアールヴヘイムに閉じ込められれば、自分はともかくリンドヴルムの3小隊は全滅すると。ゆえに「くそっ!」全ての魔力を移動速度に回し、彼は“ドメスティキ”へと向かう。

「逃がすものか。我の眠りを妨げたうえこの神聖なアールヴヘイムを、下位次元世界の人間風情が穢すとは。その罪深さ、死を以って償え」

ヨルムンガンドより若い男の声が発せられた。含まれているのは怒り一色。ヨルムンガンドが大きな口を開くと、頭上にアースガルド魔法陣が展開された。魔術発動の兆しだ。シュヴァリエルは「させるか!」と、今度は魔力を攻撃力に変換、“メナス”を大きく振るい、強大な真空の刃を同時に幾つも放った。

――剱乱舞刀――

「何奴・・・?」

――HAGAL(ハガル)――

ヨルムンガンドより超古代魔術・ルーンによる魔力砲が発射された。シュヴァリエルの全力の一撃と真っ向から衝突し、互いの間で魔力爆発が起きた。すぐさまシュヴァリエルが動く。下層雲海ギリギリ上を飛び、“ドメスティキ”へ向かうために。

「この魔力・・・、貴様、シュヴァリエルか!? 何故アールヴヘイムに!? おのれ・・・! 生み親を、イヴィリシリア様らを討っただけでなく、再生を果たし、平和の時を続けていた高位次元世界に再び戦乱を巻き起こそうと言うのか!」

「知らんな、そんなこと! 俺は、俺のやりたいようにやるだけさ!」

「愚者めが!! いいだろう。二度とそのような事を口に出来ぬよう、我が存命の糧としてくれる!」

「お前と戯れている暇は無いんでな! 俺たちはこれでお暇させてもらうぜ!」

全長数十kmはあろう巨体ゆえに小回りの利かないヨルムンガンドの側を通り過ぎるシュヴァリエル。“ドメスティキ”がギリギリで転移門を潜り始める事が出来た最中、「転移門が・・・!?」また彼の想定外の事態が発生。転移門が消失しようとしているのだ。閉じるだけならまだしも消えかけている。それが何を示すのか。それは・・・

『転移先座標がメチャクチャになってしまいました! どこに飛ばされるか判りません!』

『いやだ、いやだ、死にたくねぇよ!!』

『座標の再設定が出来ません! 指示をお願いします、シュヴァリエルさん!!』

ブリッジは大混乱。転移先が不明となった以上一体どんな世界へ飛ばされるか解らないからだ。下手をすれば時代すらも超越して、過去か未来か、それすらも曖昧な次元へと飛ばされる可能性がある。それが転移門の孕む危険性。シュヴァリエルも、「旗艦停止! 止まれ、止まれ!」と指示を出すがもう手遅れ。

『シュヴァリ――ザザ・・ザザザ・・・ザザ』

ノイズの後、ぷつんと通信が切れた。転移門を潜った“ドメスティキ”が消え失せる。くそっ、と歯噛みするシュヴァリエルの背後より「貴様は逃がさん」とヨルムンガンドが殺意を向ける。

――IS(イス)――

ヨルムンガンドの口より氷の礫を含んだ吹雪が放たれた。直撃すればシュヴァリエルとて無事では済まないほどの威力。だからこそ彼は回避を選んだ。向かうのは今にも消えそうな転移門。護衛艦の真下を潜るように飛ぶことで盾とし、ヨルムンガンドの攻撃をやり過ごすシュヴァリエル。
その途中、あるモノが目に入った。白い下層雲海に紛れて見づらいが、それでも視認できた。少女2人に少年1人だ。いずれも10歳ほど。一人は綺麗な黒髪をした少年。気を失っているのかグッタリしている。一人はこれまた黒髪の少女で、今にも眠りにつきそうな眠気眼だ。

「んしょ、んしょ。お、重い・・・けど、あともう少しだもんね・・・!」

そして最後の一人。2人とは正反対の真っ白な長い髪、ツリ目で澄んだ水色の瞳、腰からは一対の白い翼を生やしている少女だ。その少女が少年と少女の腰の部分の衣服を引っ張って空を飛び、転移門を今まさに潜ろうとしていた。

氷結の融合騎(アイリ)!? お前、無事で――じゃない! 逃がすか!」

シュヴァリエルが白い少女の名を呼んだ。居住区の崩壊に巻き込まれ死んでしまったと思っていた少女の名を。アイリ。氷結の融合騎アイリ・フォン・セインテスト。かつての古代ベルカ時代にて、オーディンと名乗っていたルシリオンを主とした融合騎の少女だった。
ベルカ崩壊時よりずっと、もう1人の融合騎、炎熱の融合騎アギト・フォン・セインテストと共に行方知れずだった。ルシリオンは推測していた。2人は誰かの手に渡っているか、もしくは研究施設に捕らわれているのではないか、と。それは見事に当たっていた。アイリは捕まっていた。ロストロギア専門蒐集組織リンドヴルムに。

「わわっ、見つかった! アイリ、急げ、急げ! 逃げろ、逃げろ!」

一人称を自分の名前とすることは変わっていないアイリ。腰から生やす翼を精いっぱい羽ばたかせて転移門に入ろうとした。しかしそれより先にシュヴァリエルの手がアイリの翼に届いてしまった。

「きゃぅ!?・・・アイリの羽に触らないでって、昔からずっと言ってるよね、マイスター達の仇(シュヴァリエル)!!」

アイリがシュヴァリエルを睨みつける。それに構わず「戻れ!」とシュヴァリエルはアイリの翼を引っ張ったが、それがダメだった。その勢いでアイリが運んでいた2人の子供が彼女の手より離れ、転移門へと消えて行ったのだ。この時点で彼は責められないかもしれない。何せ2人の正体を知らないのだから。2人が消えたことで転移門の扉の閉まる速度が上がり、さらに消失速度もまた上がった。

「っく・・・! 来いっ!」

「痛い! 引っ張らないでって言ってるよね!」

「己ぇぇぇぇーーーーっっ!」

シュヴァリエルがアイリの翼を引っ張り、そのまま転移門へ進入。ヨルムンガンドの怒りの咆哮がアールヴヘイムに轟き渡る。こうしてシュヴァリエルとアイリもまた転移門を潜り先の知れない世界へと飛び、そして転移門ケリオンローフィティタは完全に消失した。
 
 

 
後書き
ヨー・レッゲルト。ヨー・ナポット。ヨー・エシュテート
前書きで書いたように主人公たちが誰ひとりとして登場しなかったプロローグ的な何かの今話。想定していた以上に文字数が増えてしまい、前話のあとがき予告のところまで行けませんでしたよ。
エピソードⅢの事件編の主は、VSリンドヴルム編となります。ANSUR設定の神器を巡る戦いですね。そして、ついにアイリの再登場です! 2年ぶりです。エピソードZEROからもう2年も経ってます! なのにまだエピソードⅢ! 私は馬鹿か! あと半分もエピソードが残っているじゃないか!
 
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