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妹がいなくなった

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第一章

                       妹がいなくなった
 まさに天下無双、李虞姫は香港の拳法家達からそう呼ばれていた。
 一七六センチの大柄な身体は逞しく俊敏で力も強い。技もある。
 黒髪は短くしていて癖がある、黒の瞳は燃える様であり男性的な趣が強い顔立ちは美麗というより端整だ。顔立ちはきりっとしている。
 拳法家としては折り紙付きだ、まさに戦えば必ず勝つといった具合だ。
 それは相手が何人でもだ。百人組手をしてもだった。
 誰も敵わない、それでこう言われたのだ。
「本当に強いな、虞姫は」
「まるで魯智深だよ」
「いや、孫悟空だろ」
「それとも呂布か」
 中国の古典の豪傑達にも例えられた、女であっても。
「名前は虞美人だけれどな」
「あれじゃあ項羽だ」
「ああ、あいつなら項羽とも戦えるだろ」
「勝てるかどうかまではわからないけれどな」
 流石に中国の歴史において伝説とまでなっている項羽には勝てないだろうとだ、香港の者達もそれはないとした。
 だが項羽が例えに出てだ、こう言われるのだった。
「けれどな」
「それでもだよな」
「項羽みたいだな」
「西楚の覇王とな」
「じゃあ小覇王か」
 これも三国志や水滸伝に出て来たものである。
「あいつは」
「いや、女だから女覇王だろ」
「ああ、そっちか」
「あいつは女覇王か」
「姫覇王ってところだな」
「そうだ、あいつは姫覇王だ」
「これからそう呼ぶか」
 こうして虞姫の渾名が決まった、虞美人どころか項羽だ。だがその渾名をつけられた本人は豪快に笑って言うのだった。
「ははは、いい渾名だねえ」
「本気でそう言うのかい?」
 共に済んでいる母は娘にだ、眉を顰めさせてこう言った。
「それは」
「駄目かい?」
「女の子が項羽って言われるなんてはじめて聞いたよ」
「だから余計に面白いんじゃないか」
「面白くないよ、大体ね」
「大体?」
「御前は昔から拳法ばかりして」
 それで、というのだ。
「女の子らしいことは全然しないで」
「あたしそうしたことは嫌いなんだよ」
「嫌いとかそうした問題じゃないよ」
「これだとお嫁の貰い手がっていうんだね」
「そうだよ、全く」
「これでもお料理やお裁縫は出来るからな」
 実は虞姫はそうしたことを趣味としている、それもだ。
「そっちでまずいことはないだろ」
「それで奇麗好きでもあるっていうんだね」
「そうだよ、だから母ちゃんが心配する必要ないよ」
「あるよ」
 母として娘に即座に返した。
「それでも」
「厳しいねえ、相変わらず」
「御飯はいつも山盛りを五杯」
 朝昼晩とだ。
「朝早く起きてまずは二十キロのランニング、雨でも晴れでも」
「健康的でいいだろ」
「そして趣味は喧嘩と修行」
「健康的でいいだろ」
「仕事は道場の師範、何処が女の子なんだよ」
 こう娘に言うのだった。
「全く、あんたは」
「いいじゃないか、これでも弱い相手をいたぶったりしないからさ」
 虞姫はそうしたことはしない、侠気もありそうしたことでも有名だ。
「あたしの拳は己を鍛えて悪い奴をのすことにあるんだよ」
「だから全然女の子らしくないでしょ」
「女の子ねえ、女の子ならさ」
 虞姫はここで自分の右隣を見た、そこには。
 黒髪を長く丁寧に伸ばした小柄で痩せた少女がいた。楚々として慎ましやかな感じであり赤い拳法着の虞姫とは違い白いワンピースを着ている。顔立ちも細く黒い目は優しげで唇は小さい。少女と言っていい姿だ。 
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