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傾城

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5部分:第五章


第五章

「私は。どうして越に」
「そなたは国を滅ぼす」
「その美しさ故にだ」
 それでだとだ。兵達は険しい顔で告げる。
「だからだ。越には入るな」
「王からの仰せだ」
「だからですか」
 西施は俯いてしまった。その言葉にだ。
 そしてだった。兵達のその言葉にこくりと頷いてだ。
 そのうえで。こう言った。
「では。私は」
「さあ、どうするのだ」
「越に入らねば命は助けるぞ」
「何処になりとも行くのだ」
「このまま。何処かに行きます」
 俯いたまま言ったのだった。
「それならば」
「死にたくないか」
「そう言うのだな」
「故郷に戻るならば死ぬのですね」
 もっと言えばだ。殺される、そうなるというのだ。
 西施としてはだ。それは避けたかった。それでなのだった。
 彼女は生きることを選んだ。それだけだった。
 それを選んでだ。兵達に言った。
「それではそうさせてもらいます」
「わかった。それではな」
「王のせめてもの情けだ」
 そのだ。情けによってだというのだ。
「既にそなたが身を寄せるべき相手が斉にいる」
「そこに送ってやろう」
「わかりました」
 こくりと頷いてだ。こうしてだった。
 西施は斉に入りそこのある貴族の側室となりだ。その生を終えたのだった。だが越では彼女は死んだことになった。そうなったのだ。
 王は西施を国に入れなかった。それでこう言うのだった。
「仕方のないことだ」
「仕方ないですか」
「そう仰るのですね」
「そうだ。あの娘が越にいればだ」
 どうなるか。それを話すのだった。
「呉と同じになってしまう」
「呉とですか」
「我等が滅ぼしたあの国とですか」
「だからだ」
 それでだとだ。また話すのだった。
「あれを国に戻す訳にはいかなかったのだ」
「それで斉に送られたのですね」
「そうされたのですね」
「あれが側室になった貴族は既に老齢だ」
 それならばだというのだ。
「女を愛するには歳を取り過ぎている」
「だからその者に送られたのですか」
「あえて」
「その通りだ。実は殺そうとも思った」
 西施をだ。その彼女をだ。
「だがそれは止めた」
「それで斉に送られて生きよと」
「ではあの娘は」
「生きる。斉でまたその美貌が噂になるかどうかは知らぬが」
「それでも生きますか」
「あの国で」
「消すには惜しい花だった」
 そうだったともいうのだ。
「ならば。せめてな」
 こうしてだった。西施は生かされた。だが、だ。その貴族は老齢でありながら西施を愛しそれが為に早死にしてしまったという。
 彼女はそれからその貴族の息子の側室になったがその息子もやはり彼女を愛し溺れ早くして亡くなったという。それが続いてだ。
 彼女は世を儚み斉を去り何処かへと消えたという。彼女がどうなったのか誰も知らない。だが彼女にまつわる国、そして男が不幸な結末を迎えたのは事実だ。史実には書かれていないがだ。この美女の辿った運命はそうした悲しいものだった。


傾城   完


                 2011・5・28
 
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