恋姫†袁紹♂伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第15話
「そいじゃ、これより第四回武芸大会の決勝戦をはっじめるぜー!!」
『うおおおおおおおおお!!』
今回の武芸大会は猪々子が審判を務めている。始めは出れないことに不満がっていた彼女だが、 いざやらせてみるとノリノリで進行させていた。
「まずは南方、麗覇様とアタイの嫁!袁紹軍所属、斗詩ーーー!!」
『うおおおおおおおおお!!』
「ちょ、ちよっと文ちゃん!真名で呼んでるよ!!」
南方から慌てて出てきた斗詩、私塾から戻ってからも鍛練を怠らなかった彼女は、猪々子には一歩及ばないものの、二枚看板の名に恥じない腕を身につけていた。
「嫁の部分を否定しなさいよっ!!」
「落ち着け、桂花」
「もごっ!?」
主催者観覧席から身を乗り出すようにツッコミを入れる彼女の口に、茶菓子を放り込み黙らせる。
「…もむ、おいふぃれふ、れんはふぁまぁ」
「それは良かった。だが指まで食うでない」
「あぅ」
そして何故か指にまで甘噛みしてきたので、軽く小突き止めさせる。
「……何故、残念そうなのだ?」
「うっ……、知りません!」
袁紹に対して以前のような遠慮が無くなった桂花は、二人きりになると甘える事が増えてきた。
公私のけじめはしっかり出来ているため、政務などを疎かにする事は無いのだが、元々男嫌いであった彼女の変貌に、さすがの袁紹も動揺を隠せなかった。
「む、相手が来るな」
「問題のあの人ですね」
袁紹の言葉に反応し、目つきが変わる。彼女のこの変わり身の早さにはまだ慣れそうにない。
「そして北方、突然この南皮に現れた正義の味方!無所属、華蝶仮面!!」
「華蝶仮面、此処に見・参!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっ!!!』
「キャッ!?」
「さすがの人気だな」
「くぅ、忌々しいです!」
華蝶仮面の登場に、大地が揺れるような歓声が響き渡る。
―――華蝶仮面、猪々子の言葉通り、彼女はこの南皮に一ヶ月ほど前から突如現れた。
弱気を助け、悪を挫く、その言葉を掲げ人助けなどをしている。
これだけだと何の問題も無いように思えるが、そもそも彼女の人助けは警邏隊の仕事である。
彼等が現場に駆けつける前に物事を片付けてしまうので、民衆の人気とは裏腹に警邏隊の面子は傷ついていた。
そこで、彼女の素性と目的を訪ねようとしたのだが、話を聞こうとするたびに逃げられてしまう。
そのため、現在は桂花が指揮をとり身柄を追っていた。
「まさか参加するなんて……」
会場に現れた華蝶仮面に、警邏隊の面々が気が付き捕縛しようとしたが、対象の周りをその信奉者と思われる民衆達が取り囲んでいたので手が出せなかった。
その後、袁紹の要望もあり彼女の大会出場は決まったのだが、これまでの対戦相手を槍の一突きで倒してしまうほどの手練れな為、斗詩の苦戦は必須である。
「貴方が、かの有名な『袁家の二枚看板』の一人、顔良殿ですか、こうして戦えること嬉しく思いますぞ」
笑みを浮かべながら槍を構える華蝶仮面、余談だが彼女の仮面は目の部分しか隠しておらず、顔の大半は露出している。
あれで正体が隠せるものなのか? と、袁紹は疑問に思ったが、彼女の正体が露見していない事実からして、あれで隠せるものらしい。
「今話題の華蝶仮面さんが決勝の相手だなんて……」
少し自信無さそうに呟いた斗詩であったが、愛用の金光鉄槌を構えた瞬間顔つきが変わる。
「でも、皆が見ている前で負ける訳にはいきません!!」
その顔には闘志が溢れていた。
「両方準備は良さそうだな……、始め!」
「ハアァッ!」
「おっと」
開始と同時に大槌を横なぎに振るう斗詩、しかし華蝶仮面に難なく避けられてしまう。
「重そうな一撃ですなぁ、受けに回ったらひとたまりも無さそうだ」
「まだです!」
「むっ!?」
『おおっと、斗詩のものすごい猛攻だーーっ! 華蝶仮面は万事休すか!?』
いつのまにか実況者と化した猪々子の言う通り、斗詩は反撃の間を与えないように攻撃を仕掛け、華蝶仮面はその猛攻を避け続けている。時折、反撃に移るような動きを見せてはいるが、何故かその動きを意識的に止めていた。
(くっ、僅かな隙があるが手が出せない。実戦なら兎も角、致命傷が厳禁な試合となっては、こうも上半身を激しく動かされたら万が一があるかもしれん……、やはり狙うのは足下か)
「っ!? そこ!!」
「なに!?」
相手が一瞬、目線を下げたのを斗詩は見逃さなかった。
「くっ、大槌で突きだと!?」
横なぎや振り下ろし、振り上げとはまったく違う突きの軌道に、目線を下げていたのも相まって反応が遅れてしまう。
「チィッ!」
しかし間一髪の所で避けられてしまった。
「い、今のも避けられるなんて……」
「ハハハ、流石に今のは肝がひ―――え?」
一旦距離をとった華蝶仮面は、何故か言葉を途中で切り左手で仮面を押さえる。
(紐が切れている、先ほどの突きが掠ったのか? ……これはまずい!)
どうやら仮面の紐が切れて難儀しているらしい。斗詩にとっては攻める好機だ、しかし彼女は動かない。
「……何故、攻めぬのですか?」
その様子に華蝶仮面が問いかける。それもそのはず、彼女は個人としてだけではなく、袁家の忠臣としても優勝したいはずだ。
斗詩は華蝶仮面の目を見据えたまま口を開いた。
「これで勝ちを拾っては、私の成長を信じてくれた方に顔向け出来ないからです!」
「っ!?」
その言葉に目を見開いた華蝶仮面、そして――
「フフフ……、フハハハハハ!」
次の瞬間には高笑いしていた。
これには己の矜持を馬鹿にされたのかと、斗詩は怒りを感じたが相手は――
「いや失敬、この笑いは己の不甲斐無さに対してですよ」
そう言って仮面に手を掛け――
「貴方の武に対する真摯姿勢には、このようなもの……無粋でしたな!」
取り払い、後方に放り投げた。
『おおっと!? ここで華蝶仮面の素顔が明らかに、その正体はすっげー美人の姉ちゃんだ! 沸けい野郎共!!』
『うおおおおおおおおおおおおっっっっっっっ!?』
仮面越しにも彼女の端正な顔つきがわかっていたが、不敵な笑みを浮かべながら、さらけ出された素顔はことさら美しく見えた。
「謝罪致しますぞ顔良殿、貴方のおかげで目が覚めました。礼と言っては何ですがこの趙子龍の全力、お見せいたしましょう!!」
「うっ!?」
その言葉と共に槍を構え直す華蝶仮面―――もとい趙子龍、始めの方とは雰囲気が一変している。
「趙子龍……、旅の武芸者として話題の人物ですね」
「まさか華蝶仮面の正体が、あの趙雲だとはな」
呂布と同じく、三国志を代表するような英傑の登場に溜息を洩らしながら呟く、生真面目な人物を想像していたが、あの趙雲は少しお茶目な気質のようだ。
「ハッ!」
「させない!」
そして試合が再開される。先手を取ろうとした趙雲を出し抜いて攻勢に出ようとした斗詩だが――
「遅い!」
得物の長さ、一撃の速さの二つにおいて上回った趙雲に、先手を取られてしまう。
連続で繰り出される突きの嵐に、斗詩はたまらず防御に徹している。
(この突きの間は反撃できそうにないよぉ、ど、どうしよう……)
「そこ!」
「え? キャア!?」
斗詩が何とか反撃の糸口を探ろうとしている内に、意識が疎かになった足元を薙ぎ払われ転ばされてしまう。
すぐに立ち上がろうとした斗詩だったが―――
「そこまで!!」
猪々子の言葉により動きを止める。目線を少し上げると、眼前に槍の矛先が突き付けられていた。
「勝者北方、無所属、趙子龍!!」
『うおおおおおおおおおおおおおお!?』
「斗詩は大丈夫でしょうか……」
「心配ない」
敗北した斗詩を心配した桂花が呟く、それに対して袁紹は悲観することなく斗詩達に目を向けていた。
趙雲の手を借りて立ち上がる斗詩、二人はそのまま握手を交わし、お互いの健闘を称え合っていた。
負けたはずの斗詩の顔に負の感情は見られない。その表情には見覚えがあった、あれは私塾にいた頃、猪々子が自分の武に足りない何かに気が付いた時と同じ表情だ。
「斗詩に自信を付けさせようと出場させたのだが……、思わぬ収穫になったな」
こうして第四回武芸大会は、趙雲の優勝により幕を下ろした。
………
……
…
大会終了後、賞金の授与と勧誘のため趙雲を謁見の間に呼び出した。
「まさかお主があの華蝶仮面だとはな……」
「おや、誰の事でしょう?」
「ちょっと!この期に及んで惚ける気!?」
「……違うと申すか?」
「某は華蝶仮面に憧れを抱き、その風貌を真似て大会に出場しただけです」
疑われるなんて心外な、とでも言いたそうな表情で弁明する趙雲
「ふむ……、得物も真似たのか?」
「左様、某は形から入る人間故」
「そのわりには使い込まれているな」
「……」
「……」
ここまで追求されるとは考えていなかったのか、趙雲は目を泳がせ出した。
どうやら華蝶仮面には彼女なりの矜持があるらしい。
「フハハハハハ、意地の悪い質問はここまでにしよう。趙雲、見事な腕前であったぞ」
「ありがたく……しかしこのような美少女を質問攻めとは、罪な御仁ですなぁ」
「さもあろう、我は美女に恵まれている故な」
「れ、麗覇様……」
「あ、あぅ……」
「え、アタイも入ってんの?」
「勿論呂布殿の事ですぞー!!」
「……」
袁紹の一言に周りの者達が反応を示す、趙雲はその様子に目を丸くしていた。
(名族とは御堅い所だと思っていたが、中々どうして暖かい環境のようではないか、この陣営で槍を振るうのは居心地が良いだろうな……)
「袁紹殿、賞金の方は要りませぬ」
「ほう……、理由を聞いても?」
「無論、実は三つお願いがあるのです」
「叶えるかは別にして、聞くだけ聞こう」
かたじけない、と丁寧に頭を下げた趙雲は言葉を続ける。
「まず紹介したい者が二人ばかりおります。両名とも優秀な文官ですので、悪い話ではありますまい」
「確かにそれは良い話だ、その者達は何処に?」
「後日ここに来る手筈です。面食いな袁紹殿も気に入りましょう」
「ちょ、ちょっと貴方!?」
「落ち着け桂花、お前をからかっているだけだ」
その言葉に桂花が趙雲へ目を向けると、「おや、ばれてしまいましたか」と意地の悪い笑みを浮かべていた。
「~~っ、この者は危険です! 今すぐ牢獄に叩き込みましょう!!」
「落ち着けと言うに」
「あぅ」
憤怒した彼女の頭に手を置き黙らせる。一瞬にして大人しくなるその様子は、親猫に運ばれる子猫のようだ。
「ハッハッハッ、慕われていますなぁ」
「……桂花の反応が可愛らしいのは理解できる。だがこのままでは話しが進まぬぞ」
「それもそうですな、では改めて二つ目の願いなのですが、私を客将として雇っていただきたい」
「正式にでは無く……か?」
「私は仕える主を探して旅をしております。その一環として客将になり、その陣営を見極めたいのです」
「フム……、我を前にして大胆な申し出だな」
「そうですな、しかしこの程度の事に腹を立てるほど、器量が狭いとは思いませぬ故正直に申しました」
大陸屈指の名門袁家、通常なら頭を下げて仕官するものである。趙雲のように様子見するというのはもっての外だ。
だが袁紹には、そのような常識は関係無かった。
「当然だ、その程度の器では袁家の当主は務まらぬのでな! フハハハハハ!!」
「それは重畳、ではしばらくお世話になります」
「歓迎しよう。三つ目は何だ?」
「それなのですがな……」
少し言い辛そうにしている趙雲、これまでの堂々とした様子が感じられない。
「どうした? 大抵のことなら問題は無い、まずは言ってみると良い」
「では……、魚醤を作り出した者を教えて欲しいのです」
「魚醤の……」
「袁家で製法が秘匿とされているなら、その製法を編み出した者を――「我だ」は?」
言葉を遮るように答えた袁紹に目を見開く
「今……、なんと……?」
「聞こえなかったか? 魚醤は我が作り出した。もっとも、お主の言うとおり袁家の――「主!」うぉっ!?」
そして今度は趙雲が遮った。
「我が名は趙雲、真名を星、これより袁紹様に絶対の忠誠を誓います!」
「待て!、いろいろ待たぬか!?」
「ハッ」
言われたとおりに口を閉じる趙雲、袁紹は聞かねばならない事が沢山あった。
「まず、趙雲は客将でやっていくのでは無いのか?」
「それは過去のことであります! すでに我が心は主と共に!!」
「お、おう」
彼女の剣幕にさすがの袁紹も戸惑いを隠せない。
「……魚醤か?」
「……正確にはメンマですな」
「め、メンマ?」
左様、と頷きながら言葉を続ける。
「大陸一の食品であるメンマ! そのメンマの味を広げてみせた魚醤には感慨を禁じ得ませぬ!!」
「まぁ、確かに魚醤で漬けたメンマは味が濃くて、酒のツマミなどにピッタリだな」
「お、おぉ……」
その言葉に肩を震わせる趙雲
「やはり袁紹殿こそが我が主、是非私を――「断る」ふぇ?」
余りにもあっさりと一蹴され、思わず間抜けな声が漏れてしまった。
「先の約束どおり、お主には客将として身を寄せてもらう」
「……私では力不足、と?」
「そうではない、我にとってお主は喉から手が出るほどに欲しい人材よ」
ただ――と袁紹は言葉を続ける。
「お主の嗜好品を抜きにして、我が陣営を試して欲しいのだ」
仕官するのはそれからでも遅くはあるまい。と締めくくった。
「……」
趙雲はまじまじと袁紹を見つめる。過信するわけでは無いが、自分ほどの腕を持つ者なら抱え込みたいと思うはずだ。
通常ならあのまま仕官の流れだったであろう。そうさせなかった事に、彼の心遣いが感じられた。
(自分の利の前に他者を思って――か、他から見ればあり得ない考え方だが……、悪くない)
こうして趙雲は、袁紹の人柄に好感を感じた状態で客将として、しばらく袁家に身を寄せることとなった。
後書き
好感度変動無し
ページ上へ戻る