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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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八十六 混然たる森の中で

土煙が舞う。
視界を覆う砂塵の向こうに、少年は眩く光る金を見た。
それは己の知る金とは似て非なるモノであった。


「残っているのはアイツだけか…他の連中は先に行ったらしいな」

すぐさま周りを見渡したシカマルが訊ねる。その質問は次郎坊にではなく、鋭い『眼』を持つ仲間に対するものだった。
「ああ。もう近くにはいない」
【白眼】で周囲を確認したネジの返答に、「せっかく追いついたと思ったのによ」とキバが舌打ちする。その会話を皮切りに、次郎坊は軽く手を叩いた。

「正直、前菜にもならんと思っていたが…俺の結界忍術から抜けるとはな。カス共の割にはやるじゃないか」
拍手しながら、ククク…と肩を震わせる。嗤いながらも、木ノ葉の忍び達を見渡していた次郎坊の眼が、中忍の証たるベストに留まった。
唯一身に纏っているに加えて、口振りなどからもこの少年がリーダーなのだろうと見当をつける。

直後、地を叩く。
「【土遁―――」

次郎坊の怪力によって持ち上げられたそれは、本来足下にあるもの。
ぱらぱらと砂粒を落とし、今にも木ノ葉の忍び達を押し潰さんと迫る、掘り返された土。
球状に切り取られた大地そのものが、ナル達の頭上に大きな影を落とした。
「―――土陵団子】!!」

勢いよく放り投げる。次郎坊の手から離れるや否や、突進する球体の土。砂煙を巻き上げ、ナル達に迫り来る。
回避して、後ろを振り返れば、土球の移動した痕跡が地面を深く抉っていた。
それを見たナルが怒鳴る。
「自然は大切にしろってばよ!!」
「確かにそうだけど、今はそれどころじゃないでしょ~!」

憤慨するナルに、いのが呆れ顔でツッコミを入れる。彼らの視界は土煙に覆われ、次郎坊の姿が見えない。
シカマルが皆に注意を呼び掛けた。
「気をつけろ!次、何が来るか…」

警戒を促すシカマルの声が途切れた。ぐっと足首を掴まれ、次の瞬間視界が反転する。
地面に潜んでいた次郎坊がシカマルの身体を宙吊りにしたのだ。
「お前が隊長だろ……お粗末な奴だ。俺達のリーダーとは月とすっぽんだな」
次郎坊の嘲笑を間近で耳にし、シカマルは眉を顰めた。次郎坊以外の音忍達を思い描きながら、一瞬思案する。
リーダーとは一体誰を指しているのか。
君麻呂か、多由也か、それとも他の二人か…。
だがシカマルの考察はすぐさま打ち消された。次郎坊の怪力によって投げ飛ばされたからだ。

「シカマル…っ!!」
吹き飛ばされたシカマルを助ける為、飛び出そうとするナル。しかし彼女の懸念は杞憂に終わった。
シカマルが上手く受け身を取って、怪我も無く無事に立ち上がったためである。
それを見て、ほっと一息ついた瞬間。


「仲間の心配をしてる場合か?」
「……ッ!?」
背後からの声に、身体が強張る。直後、ナルは天高く舞い上がった。
「「「「―――ナル!!??」」」」

今度はナル自身が次郎坊に強く投げ飛ばされたのだ。木ノ葉メンバーの中でも小柄な身故、シカマル以上に吹き飛ばされる。
ぐんぐん地面から遠ざかる中、ナルは体勢を整えようと空中で反転した。だが、それを見越していた次郎坊がナルの足首を宙で掴み、再び投げ飛ばす。
「く…ッ」

それでもなんとか着地する。地面に激突するのは免れたが、シカマル達から随分引き離されてしまった。
何度も投げ飛ばされたので、ふらつく身体を叱咤してナルは立ち上がる。遠目に、シカマル達がこちらに向かって来るのが見えた。呼び掛けようと口を開く。

しかしながら、仲間との合流は眼前に聳える巨体にて阻まれた。
「逃がさん」
目前の次郎坊と、駆け寄って来る仲間達にナルは視線を交互に遣った。逡巡は一瞬だった。
「―――皆、先に行ってくれってば!!」


自分の許へ来させまいと声を張り上げる。こちらへ向かって来ていたシカマル達が足を止めた。
キバが大声で反論する。
「馬鹿っ!そんな怪力野郎とお前が闘えっか!!」
「その通りだ。お前のような非力な女がこの俺に勝てるわけが無い」
嘲笑した次郎坊が印を結ぶ。そして先ほどの術を再び繰り出した。

「【土遁・土牢堂無】!!」
「そんな術、何度も食らうと思うかっ」
また閉じ込められてなるものか、と大きく飛び退く木ノ葉の忍び達。だが、それこそが次郎坊の思惑だった。

術を発動する。自分自身に向かって。

「なに!?」
次郎坊のすぐ傍にいたナルも巻き込まれる。
シカマル達の眼前で、次郎坊とナルのみを閉じ込めた土牢が堂々と鎮座した。
「ナル!!」

寸前まで内部に閉じ込められていた自分達が、今度は外部から【土牢堂無】を見ている。
なんとか壊そうとするが、土牢は強固な守りに徹しており、破れそうもなかった。
現在閉じ込められているナルを除いて。

「無事か!?ナル!?」
土の壁を叩いたシカマルが、中にいるナルに必死で呼び掛ける。
だが呼び掛けに応じたのは、期待を裏切って、敵のほうだった。

「逃がさん、と言っただろ」
「…ッ、てめぇ!!」
次郎坊の返事に、キバが激怒する。怒気を発する仲間達を横目に、ネジが冷静に【白眼】を発動した。中を透視する。

【白眼】に飛び込んできたのは、次郎坊に今にも殴られそうになっているナルの姿であった。




ナル目掛けて振り上げられる拳。間近から襲い来る、強烈な殴打。
あんな至近距離から殴られては、一溜りも無い。ましてや次郎坊は怪力なのだ。

身体が無意識に土牢を壊そうと動く中、ナルに視線を遣って、ネジは思わず息を呑んだ。
視界に映る、ナルのチャクラ。それは以前、中忍試験で目の当たりにしたものだった。
「―――【蛙組手】!!」

ネジの視線の先では、次郎坊の怪力を易々と受け止めたナルの姿があった。



「うお…っ!?」
次郎坊の身体が浮く。

軽々と巨体を持ち上げ、先ほど投げ飛ばされた仕返しとばかりに思いっきり背負い投げる。
狭い土牢の中で、次郎坊が苦悶の声を上げた。
「ナル…お前、」

見えないナルの姿を、皆は土牢の外から呆然と見つめた。荒い息遣いの合間に、ナルが静かに口を開く。
「オレ…まだアマルのこと、引き摺ってんだ…」

土の壁を隔てて、ナルの声が聞こえてくる。
アマルという名に、ナルから相談を受けたキバとシカマルだけがぴくりと反応した。

「サスケは連れ戻す……けど、オレは怖いんだってばよ」
「怖いって…何が?」
訝しげに、いのが問う。彼女の質問に、ナルは寂しげに笑ったようだった。

「サスケに……否定されるのが怖いんだってばよ」



アマルとの一件。
それは未だに根強く、まるで呪いのようにナルの心を絞めつけている。
確かに友情を感じたからこそ、ナルはアマルのことを思うと胸が痛くなる。
僅かな期間、友達だったアマルでさえこうなのだ。
同じ七班として共に過ごしたサスケから決別されるなど、考えたくも無い。ましてや、里に帰るのを否定されたら……。

「……けど、サスケは仲間だ。同じ木ノ葉の忍びだ――――友達、だ」
大きく息を吸って、ナルは一言一句大切に告げる。特に『友達』という言葉には深みと重みがあった。
「だからオレは、こいつを倒す事で、自分の弱さを克服する」


別れは人を臆病にする。
ナルはまだ、精神的に不安定だった。
アマルとの別れを克服出来ていなかった。
里人に忌避され、孤独だった過去があるからこそ、彼女は人との繋がりを大切にする。
故に、その繋がりを断ち切られる事が誰よりも、怖いのだ。
けれどその一方で、サスケに否定されるのを怖がる自分を、ナルは克服したかった。
敵を倒す事で、臆病な己の怖じ気を打ち消し、自身を奮い立たせたかった。

「お前を倒して、弱い自分を振り切らせてもらうってばよ!!」
「…面白い。やってみろ」
ナルの啖呵に、次郎坊が応えた。

見えなくとも、土牢の中では両者とも戦闘態勢に入っているのだろう。何も出来ない歯痒さを胸に、他の面々は躊躇する。
「でも、ナル一人を置いて…」
「早く行けってば!!」
逡巡するいのの言葉を遮って、ナルが再び促す。
「こいつはオレに任せて、あいつを…サスケを追ってくれってばよ!!」


あえて【土牢堂無】を壊そうとしないナル。ひとえにそれは、次郎坊を彼女自身に引きつけ、自分達のほうへ行かないようにしているのだ、と木ノ葉の忍び達は皆察していた。

ナルの決意がひしひしと、土壁を通して伝わってくる。やがて一人が踵を返した。
「――行こう」


ナルの言う通り、先に行こうとするネジを「本気か!?」とキバが呼び止めた。
「相手は一人だ。五人でかかれば、」
「此処で時間を食えば、その間にサスケは国境を越える。そうなればもう俺達だけの力ではどうにもならなくなるぞ」
ネジの正論に、キバは悔しげに唇を噛み締める。戸惑ういの達の前で、「それに、」とネジはつけ加えた。
「あいつは…ナルは、俺に勝った。そして救ってくれた。だから―――大丈夫だ」

瞳を閉ざす。瞼の裏に甦るのは、かつての自分。
日向一族の在り方に失望し、運命なのだと諦めていた。
空を自由に飛びたいと願う一方で、籠から出なかった。
そんな、闇の中にいたネジを救ってくれたのがナルだった。
運命とは自分の手で切り開くものなのだ、と身を以って教えてくれたのだから。
(大丈夫だ。俺より良い眼を持ってる、お前なら…)


何もかもを諦めていたあの頃よりもずっと良い眼で、ネジは見えないはずの土牢の中を見つめる。
その隣で、固く瞳を閉ざしていたシカマルが苦渋の決断を下した。
「……無茶だけはすんじゃねぇぞ、ナル」
「おう!」

土壁の向こうから返ってくる、勇ましい声。
その声を背景に、木ノ葉の忍び達は地を蹴った―――ナル一人を置いて。



次郎坊は、土牢から離れゆく木ノ葉忍び達の気配に眼を細めた。
そうして、目の前の少女をまじまじと見据える。
(…先に行かせて正解だったな)

既に此処から遠ざかっているであろう仲間の背中を思い浮かべつつ、次郎坊は改めて【土牢堂無】を唯一破れる金髪少女を観察した。

彼と酷似したその姿故、聊か躊躇する。己でさえ戸惑うのだ。他の者の動揺は顕著だろう。
君麻呂と多由也は一度木ノ葉の中忍試験に参加している為、彼女の容姿に狼狽一つしなかったものの、いざ闘うとなると話は別だ。

だからこそ、次郎坊は此処にいる。
波風ナルを足止めする、その為に。















地上から突兀と隆起した巨木の根。
地面を這う根の一つに腰掛けて、男が大きく息をついた。
「こんなに任務が長引くとは思わなかったな…」

一様に疲れた顔を見せる彼らは、今し方任務を終えたばかりの木ノ葉の上忍達。
並足ライドウ・不知火ゲンマ・シズネ……そして月光ハヤテ。
自らの里へ帰る最中だった四人は、此処で暫し休息を取っていた。

ふ、と空を仰いだハヤテが眉を顰める。
天蓋のように枝を広げる大木の葉叢がほんの一瞬ざわめいた。


「どうした?」
「いえ…さっきの道で落とし物をしたみたいです。ゴホッ」
「おいおい…」
ゲンマが呆れた表情を浮かべる。口に咥えた千本がやる気なさげにゆらゆら揺れた。
「先に行っててください。すぐ追いつきますから」


ハヤテの言葉に、三人は顔を見合わせる。念の為に周囲を見渡すが、敵の気配も感じ取れず、至って平和である。
それにもうすぐ木ノ葉隠れの里だ。

「わかった。里で待ってるからな」
単独でも大丈夫だろう、と判断したライドウが頷く。
「そちらの道よりもこっちのルートを使ったほうが里に近いと思いますよ」というハヤテの口添えを聞き入れ、ゲンマ達は地を蹴った。助言通りのルートで木ノ葉の里へ向かう。


三人の後ろ姿をハヤテはじっと見送っていた。姿が見えなくなり、気配も感じ取れなくなってから、再び彼は天を仰いだ。上方で生い茂った葉叢がハヤテの顔に陰を落とす。


刹那、無数の若葉が一斉に彼の視界を覆った。


とても開けていられない眼をなんとか抉じ開けると、春の鮮やかな緑の合間に時折美しい金が現れては消える。 
唐突な緑の嵐は終わるのも突然だった。あれだけ多く風に煽られていた木の葉は一枚たりとて地に落ちていない。
代わりに忽然と現れた少年が枝葉の間から射し込む陽射しに眼を細めていた。


「なかなか板に付いてきたね」
「それはパイプ役として?それとも、」

ハヤテの問いに、彼は穏やかに微笑んだ。空よりも蒼い双眸がハヤテの心の奥底を透かし見るかのように、美しく煌めいた。
「両方だよ」

波風ナルと似通った金の髪が軽く風に揺れる。
それは緑の濃淡で満ちた森の中で、一際鮮やかに輝いていた。


「お久しぶりですね…ナルトくん」
 
 

 
後書き
早くこの章を終わらせて次の章へ行きたい…っ!
その為に、頑張っていつもより早めに書き上げました!

ナルが若干憶病になってます。また、心情や心理描写がいまいちかもしれません。ご容赦ください!
原作とは違った闘いにしようと頭を悩ませる今日この頃…(汗)
上手く書けるかわかりませんが、これからもよろしくお願い致します!! 
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