| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

裂かれた札

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

3部分:第三章


第三章

「何か声が聞こえますが」
「うむ、堂の外からだ」
 こう言いつつ彼は立ち上がった。そして堂の外を見る。
「誰かいるのか?」
「おい、生きておるぞ」
「運のいい男じゃ」
 堂の外にいたのは農民達だった。どうやらこの辺りの村人らしい。彼等は仁八が堂から出て来たのを見て驚きの声をあげたのである。
 それを見て仁八は。まず首を傾げてそのうえで今時分がいる堂の戸口のところから彼等に対して尋ねるのだった。
「運がいい?」
「全くじゃ」
「生きておるのだからな」
「生きているとは」
 その言葉を聞いてまた首を傾げる。
「何が何なのか」
「一体何なのでしょうか」
 ここで戸口にお淀も出て来た。村人達は彼女の姿を見てさらに驚くのだった。
「おおっ、女も生きている」
「これはまことか」
「運がいいだのまことだの」
 仁はちにとってはわからないことだった。あまりにも何が何なのか。それで堂から出て村人達に対して尋ねた。お淀も一緒だった。
「あの、何かあったのですか?」
「運がいいとは」
「この堂に入ってはならんのじゃ」
 村人の一人がまず二人にこう答えた。
「入れば死ぬのじゃ」
「死ぬ!?」
「左様」
 その村人は死ぬと言ってから仁八の言葉に頷くのだった。
「ここには鬼か何かがおってな」
「鬼が」
「そう。それで中に入って休んだ者を引き裂いて殺すのじゃ」
「引き裂いて」
「殺す」
 それを聞いて仁八だけでなくお淀も思わず声をあげた。本当のこととは思いたくなかった。
「それはまことで」
「そんなことが」
「だからこの堂には誰も入らず」
「それで朽ちるに任せておったのじゃよ」
「そうでしたか」
 仁八は今の言葉でどうしてこの堂がここまで寂れているのかわかった。鬼がいるとなれば誰も近寄らないのが当然の道理であるからだ。そういうことだった。
「しかし。どうして助かったのじゃ」
「特に娘さん、あんたじゃ」
 村人達はここでお淀を指差した。
「どうしてあんたが生きておるのじゃ」
「鬼は特に女を狙うというのに」
「女をですか」
「男と女がいれば両方共引き裂くのではなく女の方を引き裂くのじゃ」
「そしてそのはらわたを喰らう」
 こうも言う。
「鬼はな。引き裂いてそのはらわたを喰らう」
「だから怖いのじゃ」
「しかし。それでよく助かったものじゃ。どうしてかのう」
「どうしてかというと」
 仁八は村人達のその言葉を聞いて考えた。そのうえであの札のことを思い出したのである。
「そうか、あれか」
「あれ!?」
「あれというと」
「はい、これです」 
 ここでその札を村人達に対して出すのだった。見ればその札は右肩のところから左脇にかけて引き裂かれていた。見事なまでに。
「一枚ですが・・・・・・おや」 
 ここで彼は気付いた。間違えて二枚重ねにしていた。しかしその二枚目も全く同じ様に奇麗に引き裂かれていたのだった。一枚目と全く同じで。
「二枚でした」
「二枚か」
「では二人分じゃな」
 村人達はそれを聞いてわかった。何故二人が助かったのか。
「あんた、それ何処で貰った?」
「江戸でです」
 村人の一人の問いに対して答えた。
「江戸で占い師に貰ったのですが」
「そうだったのか。それではだ」
「それでは?」
「それで助かったのじゃよ、あんた達は」
 こう仁八だけでなくお淀に対しても言うのだった。
「これで助かったって」
「じゃあこのお札が身代わりに」
「そういうことじゃな」
 村人の中で最も年輩の一人が二人に告げた。
「それで助かったのじゃよ」
「そうだったのですか」
「お札で」
「それでじゃ」
 その年輩の村人はここで仁八に対して問うてきた。
「あんた、何と言われて貰ったのじゃ?」
「はい、これを持っていれば連れの者が助かると」
 江戸でその占い師に言われたことを思い出す。
「そう言われて貰ったのですが」
「貰ったか。それはまた」
「それはまた?」
「運がよかったというべきか運命だったと言うべきか」
 彼は首を捻りながら言うのだった。
「どっちにしろよいことじゃ。難を避けられたのじゃからな」
「そうですね。それでは」
「助かった命じゃ。大事にするといい」
 また仁八に告げた。
「折角じゃからな」
「わかりました。じゃあ」
「仁八さん」
 お淀がそっと仁八に声をかけてきた。寄り添うようにして。
「じゃあこれからも」
「そうだな。折角二人して拾った命だし」
「宜しくね」
「しかし。本当によいことじゃて」
「全くじゃ」
 村人達は難を逃れてそっと寄り添い合う二人を見て言い合う。
「鬼から逃れることができたのじゃからな」
「その分だけ幸せになれるわ」
 二人を見て言うのだった。その二人は京に戻ると夫婦になり仲睦まじく暮らしたという。しかしそれまでにはこうした思いも寄らぬ危険がありそれを避けられた幸運もあった。世の中何がどうなるか本当にわからない。危機もあればそれを救う神も仏もいることであろうか。


裂かれた札   完


                 2008・5・30
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧