とある科学の粒子計測《インストルメント》
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Chapter01『非公式のセカイ』
第一章 開かれる大劇場 An_Encounter_With.
1
七月十九日。
四季において『夏』という季節に当てはまる今月も半ばに差し掛かり、夏期特有の蒸し暑い気候はより一層勢いを見せ始めていた。その原因の一つでもある、この清々しい青空に浮かぶやたら自己主張の激しい光り輝く球体のおかげで、どうやら今月における最高気温が計測されたらしい。
今朝のニュースの内容を胸の内でそのまま復唱した少年、折槻集の気分は酷くヒドく沈んでいた。
それは遥か彼方から送られてくる日の光りから来る熱気が原因ではないし、四方から鳴り響く蝉の不協和音が原因でもない。
少年の気分という名のパラメーターをマイナス0度以下まで下げたその原因。
────それは、目の前に凛! と佇むたった一人の存在だった。
「さて、そろそろこの状況について説明してくれません? 勿論、言い訳以外でお願いしますの」
腕に付けた緑色の腕章を指でさしつつ、こちらへ満面の笑みを向けてくる少女。そして、彼女と自分の周りには干からびた魚のようにボロボロの人影が数十人と転がっている。
この摩訶不思議な状況に対し、折槻は思わず苦笑する。
そして、誰に言うわけでもなく胸の内で一言。
───────どうしてこうなった。
言うまでもなく、こうなってしまった原因は自分にある。これまでの経緯を思い返してみよう。
とある事情で知り合いの教員とマンツーマンの授業を受け終えた折槻は、その帰りにコンビニに立ち寄った。そこで大好きな甘菓子を一通り買い占めて帰路につく。と、その道中ガラの悪い連中に絡まれている女生徒を見つける。その時のガラの悪い連中が今この場に転がっている彼らのことだ。
そして、今日という今日に限って正義感という普段抱くこともないモノに駆られてしまった折槻は、女生徒に助け船を出したのだ。
今思えばその選択がそもそもの間違いだった。
不良たちの矛先は女生徒から割り込んできた少年に移り、邪魔された鬱憤晴らしのため彼を痛めつけようと殴りかかってきた。
結果、彼らは折槻の手によって干からびた魚のようにボロボロになって地面に転がる羽目になったのだ。
しかし、彼は別にたった一人で数十人を相手に出来るほどの格闘術を身に付けている訳ではない。
では、どの様にして大人数を相手に傷一つ負わず場を収めることが出来たのか。
それは、少年の住むこの街の特殊な行いが成した惨事だ。
ともあれ、特殊なことをして場を収めた折槻の前に、『風紀委員ですの!』という決まり台詞と共に颯爽と彼女が現れたのは、ちょうど周りに転がっている不良共を打ち負かした直後だった。
そして、現在に至る。
とにかく面倒なことになってしまった。
少女が指した『この状況』。第三者から見れば、明らかに自分が周りに転がる不良たちを痛みつけた加害者に見えることだろう。事実、彼女の口振りからしてそのように誤認されていることは間違いない。
確かに危害は加えたが、あくまでそれは正当防衛に入るものであるはずだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。話せば長くなるんだがコレにはちゃんとした理由があるんだ」
「えぇ心得ていますわ」
ニッコリと微笑み続きを促してくれた少女。そんな彼女にホッと安堵の息をつく。どうやら話を聞いてくれそうだ。そうと決まれば事細かくこれまでの経緯を────
「言い訳は、所でたっぷりと聞いてあげますの」
「─────……は?」
素っ頓狂な声を上げる折槻。
その視線の先で、どこからか取り出した手錠をその手にしっかりと持つ少女が、アスファルトで舗装された道を小さく蹴る。
淡い色をしたツインテールが揺れ動いたと認識した瞬間、少女の姿が一瞬で集の視界から消え失せた。
確かに先ほどまでそこにいた筈の彼女の姿はどこにもない。
目前で起きた現象に眉をひそめる折槻。その時だ、不意に自分の顔に影が射したと思った矢先、ドンッ! と背中を軽い衝撃が襲った。
何だと視線だけ後ろへ向けてみれば、そこには見覚えのあるツインテールが。先ほどまで目先にいたはずが、どうやったら相手に気付かれず、ましてや一瞬で自分の背後に回り込めるというのか。
普通の理念で言えば不可能で片付けられる現象。しかし、折槻には思い当たる節がある。否、思い当たるのはこの答えしかない。
(この子、テレポーターか……ッ!)
地面に倒れ伏した彼が出した結論は、なんとも非科学的な答えだった。しかし、折槻やその上に馬乗りになり拘束する少女、加えて彼らと同じこの街に────学園都市に住む人間にとってその答えは、非科学的でもなんでもない。
ここは、学園都市。科学によって『超能力』という未知の力が現実となった世界。
超能力なんてオカルティな概念が授業の一環として時間割りに組まれたこの街では、超能力を有した人間で溢れかえっている。
先に述べた通り、ここ学園都市では科学の力によって『超能力』を発現させることが可能になった街だ。
故に、先ほど彼女が見せた『テレポート』と言われる空間移動能力も科学的な論理が働いている。
最も、今は『空間移動』についてどうこう言っている場合ではない。
「ちょっと手荒すぎるんじゃない、ジャッジメントさん?」
「貴方みたいに誰彼かまわず襲うような金髪の不良さんには、これくらいの処置がちょうどいいですの」
「だからそれは誤解だって言ってるだろ!? それと俺を不良呼ばわりするな! 俺は真っ当な学生だぞ!」
人の話を聞かず拘束した挙げ句、見た目だけで人を不良扱いする少女に怒りを覚えた。必死で誤解を解く方法を考えていたが、どうやら話が通じる相手ではないらしい。
────仕方ない。
そうポツリと呟き、折槻はゆっくりと瞼を閉じた。
「────リロード」
小さく、そう呟く。
これは合図であり、相手に対する警告。
たった四文字の言葉が、折槻が能力者として演算を開始する合図になる。
先ずは腕を縛っている手錠を外そう。
彼が思考した直後、音も立てず両手を繋げていた鉄製の手錠は姿形を消してしまった。これには、先ほどまで悠々としていた風紀委員の少女もたまらず驚愕の声を上げる。
しかし、そんな声を上げてる間に折槻は強引に背中から少女を押し除けた。そのまま空中に身を投げ出されたが、一瞬だけ彼女の姿が消えると、今度は近場の道に現れて華麗な着地を決めて見せる。おそらくテレポートを使ったのだろう。そんな少女の顔は、驚きという感情の色に埋め尽くされていた。
特製の手錠が跡形も残さず消滅した。一体、なにをどうすればそんな芸当が成せるのだろう。彼女にはそれを深く分析することは出来ず、能力で何かしたくらいにしか分からなかった。
疑問符を浮かべる彼女とは裏腹に、折槻は悠々とした面もちで制服に付いた砂利を手で払い落としている。
「ったく、制服が汚れちまったじゃん。いきなり人を押し倒すとか、常盤台にも破天荒な奴がいるんもんだなぁ」
ある程度払い終えると、顔を背後にいる少女へ向け、
「話せば長くなるから取り敢えずこれだけは言っとくな! さっきも言ったけど誤解なんだよ、じゃ俺は帰るからな!」
「な、お待ちなさい!」
それだけ言い捨てて街道の向こうへ駆け出した折槻。呆気にとられていた少女だったが、すぐに我を取り戻すと、自らの能力『空間移動』を使い一瞬にして少年の目前に現れる。
「なッ!?」
「お待ちなさいと言ったでしょう。どんな能力を有しているか存じませんが、さっさとお捕まりになってわ?」
「冗談じゃない、濡れ衣で捕まりたくなんかないね!」
なぜ一日一善をした日に災難にあっているのだろうか。これが神様によるイタズラなら、速攻止めていただきたいと願う。こんなことをされていたら、善意ある行為そのものが消えてしまいそうだ。
頭の片隅で、もし今度人助けするなんてイベントに遭遇した時はもっと慎重に行動しようと誓う。そんな最中、彼は右足で力強くその場を蹴った。
途端、少女の足場だけがまるで生き物のように動き出し、コンクリートの円柱となって少女を上へとはこんでいく。
ほんの一瞬だけ驚いた少女だが、すぐさま能力を使い地面にテレポートする。
────しかし、その選択は間違いだった。
「ひゃッ!?」
突然、ビリビリとした感覚が体の至るところを突き抜け、軽く痙攣しながら彼女の体は地面に倒れ込んだ。
その後ろでは、指先にバチィッと青白い電撃を迸らせた金髪の少年の姿が。
「ゴメンな。数分したら治まると思うから、そんじゃ!」
逃げるように走り出した折槻。
その背に向かって少女は叫ぶ。
「ちょ、お待ちなさいな! あー痺れますの!?」
悲痛の叫びを上げながらその場で悶える少女。手錠を消失させ、コンクリートで舗装された道を自在に変形させ、挙げ句には自分の敬愛する人物と同じ電撃まで操作する謎の少年。
何者なのか思考する少女。その時にはすでに、折槻集の姿はどこにもなかった。
2
「ほんッと、退屈しなさ過ぎだろこの街は……!」
風紀委員の少女から逃げ延びてきた折槻は、急いで街道を駆け抜けていた。
逃げ切るには十分なところまで来れたとは思うのだが、相手がテレポーターであるため保険もかねて十二分な距離をさらにとる。
近未来的な建造物が多く立ち並ぶ街道をあっちへこっちへと駆け抜けること十五分。丁度、公共の公園に入ったと同時に足を止めた。
「ふゥ……ッたくいい迷惑だ。ま、ここまで来れば大丈夫だろ」
額に浮かぶ汗を手で拭いながら、少年は手直に見つけたベンチに腰掛ける。緊張が抜けたからか、疲れが一気に体に押し寄せてきた。同時に、腹の虫がグゥと鳴く。
お腹をさすりながら、視線を公園に設置された時計台に。時刻は十四時を少し過ぎたと言ったところか。昼食をとったのが早めの時間帯であったことに加え、今の今まで走り通しだったこともあり小腹が空いてきた。
右手に握られたコンビニ袋。中にはトラブルに巻き込まれる前に購入した甘菓子類が所狭しと詰め込まれている。
丁度いいとおやつを食す気分で袋の封を開けてみれば、
「うーわぁ……」
中身は見事にシェイクされていた。それはもうアイスやケーキは混ぜくられグチャグチャに。これは食べられたものではない。
ハァとため息を吐くと、立ち上がりそのシェイクされたコンビニ袋をゴミ箱へ放り込む。名残惜しそうにゴミ箱を幾分が眺めた後、彼は家に帰ろうと帰路へ向け歩き出した。
3
折槻集が自身の在籍する彩槇学園の学生寮に帰り着いたのは、すでに空が茜色に染められた時間帯だった。
ふと見上げれば、そこには高校生が生活する寮というより裕福な人種が住まう高級マンションのような外観をした建造物がそびえ立っている。
折槻の通う彩槇学園は名門校である長点上機学園とまではいかないものの、そこそこ有名な学園である事は確かだ。故に在籍する生徒も大脳力者が多数いて、生徒の学力向上と成長を促すために、こういった福祉的な部分にも力を入れているらしい。
その結果、このように学生一人が住むには十分すぎる設備の寮で生活ができているのだ。
今晩は何を食べようかなどと頭の片隅で考えながら、集はついでにジュースでも買っていこうと備え付けの自販機に足を進める。
「さーてと、何を飲もうかねぇ……」
懐から取り出した小銭を投入口に入れながら、品揃え豊富な自販機に視線を張り巡らせる。
いつもはきなこミクルティーという甘々な組み合わせのジュースを購入しているのだが、この際新しいレパートリーを増やすのも悪くないと思い立ち、飲んだことのないものを選ぼうと視線をあっちへこっちへ移し続けたのだが、どれにしようか迷う。
何と言っても学園都市には自販機に限らず飲食ではチャレンジ精神に満ちあふれたキテレツな食品が数多く存在している。
代表的なのが今目の前にある『イチゴおでん』とかいう缶。甘党な彼でさえ買うのを躊躇うような一品もあったりと、このように美味しいのか微妙なものが溢れんばかりにあるのだ。
下手に手を出して失敗したくはない。
自然と慎重になる折槻の背後に、謎の人影が───
「品物選びで思い悩んでいるのなら、皆が大好きヤシの実サイダーをオススメします、とミサカはさり気なく自分の好みを貴方に推し進めてみます」
「そうか? じゃ俺もそれにするわ」
促されるままに聞かされた商品と同じ品名のボタンを見つけ、ヤシの実サイダーなる物を購入した。
身を少しかかげて缶ジュースを取り出すと、折槻は笑顔で振り返った。
「いやーありが…と、な───────」
その姿を見て、言葉を失った。
人目見ただけなら、かの常盤台中学のエース御坂美琴と見間違うであろうその外見に、少女に不釣り合いな頭のゴツい軍用ゴーグル。
いや、その容姿に関することなど、今この瞬間の集には完全に気にならなかった。否、気に出来る余裕などなかった。
瞬間、時間が止まった。
それは少女に見惚れたなんていう柔らかいものではなく、ただ……少女が背負う何かに惹きつけられた。
それを一言で現すとしたら、
──────儚い。
と、その言葉だけに尽きる。
集から見て、ただただ儚いと感じた。
──────何故────こんなにも近くにいるのに───何故───この少女は─────今にも消え入りそうなのか───────
何故──────こんなにも────彼女の瞳は─────闇色に染まり─────自分にすがりつくように見据えているのか────
何故………………?
─────言葉を忘れた。
─────思考が消え失せた。
─────視界が歪んだ。
─────本当に現実かと疑った。
───────この少女は─────?
「──────………誰、なんだ……………?」
「───ミサカです、とミサカは答えます」
「────!?」
気付いた時には口を開いており、相手の返答と共に折槻の意識は現実に強引に引き戻された。
そして、少女は─────感情の籠もった声で、こう言った。
「貴方に会うためにここまで来ました、とかなり大雑把に事情を伝えてみます」
後書き
感想くれると嬉しいです。
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