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山本太郎左衛門の話

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9部分:第九章


第九章

「じゃがこれはこれで中々面白いぞ」
「そうなのか」
「うむ、これと言って大した危害はないからな」
 彼にとっては大入道も女の首も大したものではなかった。戦場の話に比べれば、と本気で思っていたのだ。
「慣れると案外面白いものかも知れん」
「慣れるとか」
「うむ、そろそろ慣れてきたぞ」
 彼はそう言ってまたニヤリと笑った。
「今度は何が出て来るかとわくわくしておる」
「豪気じゃのう、お主は」
「ふふふ、褒めても酒しか出ぬぞ」
「それだけで充分じゃ」
「そうか、ははは」
 二人はこんな話をしながら談笑していた。やがて日が暮れてきた。
「そろそろかの」
 貞八は暗くなってきた外を見ながら言った。
「いや、まだまだ」
 だが平太郎はそれを否定した。
「化け物は勿体ぶっておってのう。真夜中になければ中々出て来ぬのじゃ」
「本当か」
「うむ。まあ一概には言えぬがな。大体その頃じゃ」
「今は出て来ぬか」
「おそらくな」
「本当か!?」
 貞八はやけにしつこく問うてきた。
「じゃから一概には言えぬ。化け物にも色々いるからのう」
「そうかそうか」
 彼はそれを聞いて安心した様に笑った。
「では今出て来ても不思議ではないのだな」
「うむ」
 貞八はこんなにしつこかったか、と首を傾げた。どうも普段の彼とは違うように思われた。
(何やらおかしいのう)
 平太郎はそう思いはじめた。その時貞八の顔が妙な形に歪んだ。
「む!?」
 彼は一瞬目を瞠った。そこで貞八は平太郎を見据えてきた。
「その言葉を聞いて安心した」
 彼はからからと笑ってそう言った。
「わしが出て来ても不思議ではないのだからな」
「どういう意味じゃ」
「知りたいか」
 彼の目から光が消えた。まるで人形の様な目になった。
「ううむ」
 平太郎は考え込んだ。どうも答えると何やらよからぬことが起こりそうである。だが答えたかった。それよりも好奇心が勝った。
(何が起こってももう驚くこともないわ)
 そう考えられる状況でもあった。何を今更、と思った。今までの化け物達のことを思えば。彼は意を決した。
「知りたいのう」
 彼は答えた。そして大きく息を吐き出した。
(さて、何が起こるか)
 貞八を悠然と見下ろした。
「では見せてやろう」
 貞八は頭を屈めてきた。
「わしのとっておきの余興をな」
 そう言うと何と彼の頭が割れてきた。
「何と」
 これには平太郎も驚いた。頭は頂上から横に真っ二つに分かれていた。そこから脳が見えている。
 その脳から何かが出て来た。それは小さな人間の手であった。
「おぎゃあおぎゃあ」
 中から赤子が出て来た。血と脳漿を身体にまとい無気味な笑みを浮かべながら貞八の脳から這い出て来たのだ。
「今夜は赤子の怪か」
 平太郎は既に落ち着きを取り戻していた。そして赤子の動きを悠然と構えて見守った。
 それは一人ではなかった。何人も這い出て来る。
 そして平太郎の周りを這い回る。だがそれだけであった。
「やはり何もして来ぬか」
 彼はそれがわかると安心した様な笑みを浮かべた。
「貞八よ、中々面白い余興じゃな」
 そして貞八に対して言った。
「お主の余興、たんまりと楽しませてもらった。ご苦労であった」
 貞八はその言葉を聞くと悔しがりもせずそのままの態勢で姿を消した。やはり煙の様に消えていった。
 続いて赤子達も消えていった。そして後にはやはり何も残らなかった。
「赤子共の這った後まで消えているの」
 灯りを頼りに畳を見るとそこにも何も残っていなかった。
「さてと」
 彼は全てを確かめ終えると壁に背を付けた。
「では休むか。化け物が来たらその時に起きるとしようぞ」
 そして彼は眠りに入った。その日はそれで終わりであった。彼は比較的ゆっくりと眠ることができた。
 翌日目が醒めるとまず隣村に向かった。そして貞八を尋ねた。
「何じゃ?」
 聞くと彼はその日はずっと家にいたらしい。彼の家族もそう言った。
「わしの姿を借りたあやかしか」
「うむ、実に瓜二つであった」
 彼は昨夜のことを貞八に説明した。貞八も化け物のことは知っていた。
「面白いのう、わしも有名になったものじゃ」
 貞八はそれを聞くと上機嫌で笑った。
「見たいか」
 平太郎はそれを聞き話を振ってみた。
「いいや」
 だが彼はそれをやんわりと断った。
「お主に迷惑がかかるからいい」
「そうか」
 こうして二人は別れた。平太郎は暗くなった頃に家に戻って来た。帰ってみると刀が一振り何処かへ消えてしまっていた。
「これは」
 すぐにわかった。化け物共の仕業だ。
「おい」
 彼は天井に向かって言った。
「あの刀はわしが恩義ある方から譲り受けたもの。隠してもらっては困るな」
 それは事実であった。彼はその刀を剣の免許皆伝の時に祝いの品として剣の師からもらったものだったのだ。
「あれを隠すことは許さん。すぐに戻すがいい」
 だが返事はない。これもわかっていることである。
 そのかわりに天井から何かがニュッ、と出て来た。それは黒く細長いものであった。
「むっ」
 見ればその刀であった。それは天井から生える様に出て来ると下に落ちてきた。そして平太郎の手の中に収まった。
「わかってくれればそれでよい」
 彼は満足した声で天井に向かって言った。
「じゃが今度は許さんぞ」
 そう付け加えて刀を元の場所に収めた。それが終わると風呂に入った。普段は夕暮れ前に入るがこの日は遅くなったので今入った。風呂はわりかし好きな方である。今は熱いので行水だ。
「さてと」
 まずは盥を取ろうとする。その時だった。
 
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