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山本太郎左衛門の話

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16部分:第十六章


第十六章

「ほれ」
 そしてそれを畳の上に置いた。
「約束じゃ。好きなだけ飲むがよい」
「うむ。確かに受け取った」
 平太郎は受け取ったことを言った。そこでまた彼等に言った。
「では祝いに飲みなおすとするか」
「何と」
 これにはさしもの妖怪達も呆れてしまった。
「また飲むというのか」
「お主はうわばみか」
「うわばみ」
 酒を何よりも好む大蛇の妖怪である。平太郎はそれを聞いて辺りを見回した。
「そういえばおらぬのう」
「ふざけるでない。お主のことじゃ」
 妖怪達は平太郎に対して言った。
「わしか」
「そうじゃ」
 またもや口を揃えた。
「他に誰がおるのじゃ」
「全くじゃ。うわばみでもこれ程は飲まんぞ」
「そうか、そうか」
 平太郎は妖怪達の呆れた声を聞いてさらに機嫌をよくした。
「わしは化け物より凄いのか」
「まあのう」
 天狗が渋々ながらそれを認めた。
「わしでもそこまでは飲めはせぬからな」
 鬼もだ。見れば猫又も狐も狸も頷いている。
「まあ今日はお主に酒をやったと思えばよいか」
「わし等も結構飲ませてもらったしな」
「うむ、まあこれで今日は納得するとしよう」
 どうも彼等も酒をかなり飲むことができ満足しているらしい。上機嫌で席を立った。
「それではな」
「あとはお主だけで楽しむがいい」
 そして彼等は平太郎の家をあとにした。平太郎は一人になった。
「ふむ」
 彼は大杯に自分で酒を注いだ。
「よくよく考えてみれば」
 とあることに気付いた。
「化け物共と話をしたのは今のがはじめてじゃのう」
 面白いことだった。そういえば今まで話なぞしようとも思わなかった。
「話してみれば中々いい奴等じゃ」
 ここで目の前に置かれている二つの樽に目をやった。
「こんなものまでくれたしのう」
 そしてまた飲みはじめた。その日は心ゆくまで酒に親しんだ。
 翌二十一日は流石に飲んではいなかった。二日酔いで苦しかったからだ。
「やはり飲み過ぎたかのう」
 彼はその場では幾らでも飲める。だが次の日にはその酒がかなり残っているのである。
 こうした体質であった。しこたま飲んでも酔わないが次の日にも残っている。こうしたことを見るとやはり彼も人間であった。
 さてこの日は書を読んでいた。酒は行く水で何とか抜いた。ようやく頭がはっきりとしてきていた。
 今読んでいるのは平家物語である。平太郎はこの書が特に好きであった。
「入道殿か」
 彼はその中でも平家一門に思うところが多かった。
 栄耀栄華を極めながらも滅んでいった。その有様は実に物悲しい。天下を手中にしたというのに彼等は滅び去ったのだ。
「これも世の中の摂理か」
 歴史を知らないわけではない。その後の源氏のことも彼はよく知っていた。
 だからこそ思うのである。人の世は実に無常なものであると。
「どの様に強い者でも必ず死ぬ。滅びぬ者はおらぬ」
 平家物語からそうしたことを学んだ。滅せぬ者なぞいないのだ。
 では武芸は無意味か。決してそうではない。
 悪源太義平にしろ木曾義仲にしろ彼等はそれぞれの生き様を貫いた。今井兼平も斉藤実盛もだ。どうして彼等を褒めずにいられようか。思わずにいられようか。
「わしもこうなりたいものだ」
 平太郎は彼等のことを読む度にそう思う。そしてさらに武芸に励むことを誓うのであった。
 そうして読み進んでいく。ふと行灯に目をやった。
「蝋燭は大丈夫かのう」
 見ればまだかなり高い。当分は安心だった。
 紙に包まれて淡い光を放っている。その周りに蛾がニ三匹飛んでいる。
 他には何もいなかった。紙をこして蛾の影がちらちらと見えるだけであった。
 しかしそこに急に別の影が映った。
「むっ!?」
 それは人のものであった。それは今の平太郎と同じ様に書を読んでいた。
「今宵の客か」
 彼はそれが何であるかすぐにわかった。そして平家物語から目を離しそちらに顔を向けた。
 見れば何やらぶつぶつと口を動かしている。耳を澄ませば何かを唱えているようだ。
 だが何を唱えているかまではわからない。結局平太郎はそれは無視することにした。
「仕方ないのう」 
 そして書を読むのを再開した。目が疲れて書を閉じるとまだ映っていた。
「すまぬが今宵はこれでな」
 ふぅ、と行灯の火を吹き消した。そうするとその影も消え去った。
 それを見届けるとその場を後にした。そして蚊帳の中に潜り込んで眠った。
 翌二十二日は早くに起きた。そして修練に励み道場で教えた。
 弟子達が帰り一人になった。道場を後にする頃には夕方になっていた。
「今夜は何が出るかのう」
 そう考えながら居間に向かった。すると早速いた。
「おお」
 見れば居間を箒が掃いている。これは有り難いことだと思った。
 
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