山本太郎左衛門の話
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12部分:第十二章
第十二章
「あの者達にはあの者達の決まりごとがあるのです」
「そうなのですか」
「はい、だからこそその石にもこだわるのでしょう。その石は彼等にとっては神聖なものであったと思われます」
「はあ」
化け物に神聖なものがあるのか、と不思議に思ったがどうもあるらしい。やはり化け物の世界はよくわからない。
「奴等はそれを汚されたと思い貴方の家に来ているのでしょう。おそらく恨みを晴らす為に」
「そうでしょうか」
それにしてはやり方が大人しいと思った。実際には命の危険を感じたことはなかった。大入道にしろ女の首にしろ彼には危害を加える意図はあっても命を狙ってまではいないように今では思えた。
「このままだとやはり御命が危ないです」
それには疑問を感じている。だが上田は自信満々である。
「やはりここは毅然としていきましょう。今日で怪異を終わらせるつもりで」
「そうですか」
これには賛同しかねた。だが上田のやる気を見ているとどうしても言えない。
「よろしいですな」
「ええ」
平太郎は引き摺られる様にそれに従った。普段の彼からは思いも寄らぬことであった。
こうして上田は化け物退治に取り掛かることになった。札や経典等も取り出してきた。
「お札ですか」
「はい」
上田は答えた。見たところ彼の流儀は僧侶のそれに近いようだ。
「まあここはお任せ下さい。必ずや退治して御覧にいれますので」
そう言いながら刀も取り出していた。完全にやる気である。
夜も深くなってきた。二人が待っていると障子の向こうに何やら見えてきた。
「むっ」
それは細長いものであった。数えきれぬ程ありそれがふわふわと空を舞っていることが障子越しにもわかった。
「これですね」
「はい」
平太郎は上田に問われ頷いて答えた。流石にもうこれが何だかわかるようになっていた。
また障子がひとりでに開いた。そしてその細長いものが入って来た。
「今日は何かのう」
平太郎は悠然を腕を組んで座って見ていた。それに対して上田は柄に手をかけ片膝を立てて身構えている。その懐には札や経典がある。
細長いものはよく見れば輪であった。白く月の光によく映えていた。
「これは一体・・・・・・」
上田はそれに戸惑っていた。今目に見えているそれが何であるか全くわからなかった。
何をするべきかわからなかった。ただそれを見るだけであった。
平太郎はそれをよそにその輪をまじまじと見ていた。見ればその先の方に顔がある。
小さいが目も鼻も口もある。そしてどれも平太郎や上田を見て笑っていた。
「あの」
上田は戸惑いながらそれを見ていた。
「これが化け物ですか」
「ええ」
平太郎は答えた。特に驚くことはなく落ち着いたものである。
「まあ落ち着いて下さい。特に害はありませんから」
「はあ」
上田は彼に言われるままに膝を下ろした。そして座り込んだ。
「まあ一杯どうですか」
平太郎はそんな彼に酒を勧めた。
「しかし」
だが上田は乗り気ではなかった。化け物が気になって仕方がないのだ。
「放っておいても大丈夫ですか」
「ええ」
あからさまに不安そうな上田に対して平太郎は落ち着いたものであった。
「気を張る必要は少しはありますがね。けれど見たところ今日のは何もして来ないでしょう」
「そうですか」
「まあ心配なら壁にもたれかかって休まれることですな」
「壁にですか」
「ええ、こうやって」
丁度酒も切れた。平太郎は壁にもたれかかってみせた。
「こうして休むといざという時に対処し易いですし。刀を持っていれば安心でしょう」
「はあ」
平太郎を見ても何だか落ち着かなかった。だが上田は彼がこれ程自然に対応しているのが信じられなかった。
「ではお休みなさい」
平太郎はそう言うと眠りに入った。暫くするとすうすうと寝息を立てはじめた。
だが上田は違った。まだ目の前を飛び笑いかけてくる輪が気になって仕方がないのだ。
「大丈夫なのか」
そう思い心配でならなかった。とても寝られたものではなかった。
まんじりともせず彼等に注意を払い続けた。そして遂に朝を迎えた。
平太郎は鶏の鳴き声と共に目を覚ました。それと同時に輪は全て消えていた。
「ふうう」
彼はゆっくりと目を開けた。ごく自然に朝を迎えた感じであった。
「おお、お早うございます」
そして上田に声をかけた。実に血色のいい顔であった。
「ええ」
それに対し上田は憔悴しきったものであった。彼は結局一睡もできなかったのだ。
「おや、眠れませんでしたか」
「はい」
上田は力ない声で答えた。
「昨日のあれがずっと飛んでいましたので」
「そうでしょうね」
平太郎に憔悴したところはなかった。実によく眠れたという感じであった。
「こんなのが毎日ですか」
「はい。お払いはされなかったのですか?」
「しようとしましたが」
「それで」
見れば懐の札はそっくりそのままあった。使わなかったらしい。
「何の効果もありませんでした。どうやら私の知らない妖怪のようです」
「そうですか。その札は何だったのですか」
「狐狸のものと生霊、死霊の為のものでした」
「妖怪のものはなかったのですね」
「それはこれで対処するつもりでした」
そう言って刀を見せた。
「あれではとても切れるものではありません。どうしていいやら」
「そうでしょうなあ」
平太郎は何処か他人事のように答えた。
「とても切れるものではありませんから」
「ええ、確かにそうでした」
彼はもう話すだけで限界のようであった。疲れが見てとれた。
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