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大刃少女と禍風の槍

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主節・禍風と剛力
  初節・迷宮の天井(あまい)に流星走る

 
前書き
2015 11 9

文字数振り分けのため、一話一話が短くなりました。
なので五節までは、以前と内容は同じです。

では、本編をどうぞ。 

 
 最後に流れ星を見たのは何時だったか……男は不意にそんな事を考えた。

 満点の星空の下、肌寒い風の吹きぬける荒野で見たのが最後だっただろうか。草原の上で嫁ぎ先へ行く妹と、思い出にと見たのが最後だっただろうか。
 それとも、槍を振るうその最中、ちらと視線を向けた先に偶然移ったモノが最後だっただろうか―――と。

 無論ながら男は突拍子も何も無く、そんな記憶を思い起こしたのではない。薄暗い迷宮の中、その闇を切り裂かんばかりに迸る剣閃、それを目にうつした為だ。


 そして、その流星の主が何処となく危うげであると見抜き、彼は足音を僅かにも立てず、しかしそれなりの速度で歩いて行った。














 突撃兵(トルーパー)の銘を持つ亜人モンスター、『ルインコボルド・トルーパー』の片手斧を目の前に、少女は手にしたレイピアをしっかりと握ると脚を軽く曲げる。

 一度、二度、三度槌の如く来る振り降ろしを、紙一重な間合いでのステップ回避でやり過ごす。

 少女はこの三連撃後、モンスターの体勢が大きく崩れる事を知っていたか、レイピアを軽く引き白い光源を刀身に生みだす。


「ふぅ……ハアッ!」


 軽く捻られたと思った……刹那、凄まじいスピードで突きが放たれた。それは奇跡のみしか目に残らぬ、正しく神速を誇る一撃。


「ギュオオゴッ!?」


 この単発突きの名は、細剣スキルカテゴリの中でも初期に位置する技《リニアー》。
 ソードアート・オンラインと呼ばれるゲームの中で、ソードスキルという重要なシステム―――無限に存在する “剣” 技の内一つ。

 ゲーム……それ即ち、一見ファンタジー世界のように見えるこの迷宮は、実は全てデータの塊。目の前の犬頭の獣人・コボルドはモンスター “mod” 、レイピア携える彼女自身も本物の肉を持たない所謂 “アバター” なのだ。




 バーチャル・リアリティ・ゲーム―――ゲームの中に入り込み、自身が体を動かす事でキャラクターを操作するこのゲームは、『ナーヴギア』というそれを実現するハードの発売後、瞬く間に普及。
 一気に全てのゲームハードの頂点へと躍り出た。

 しかしながら、体を動かすといってもそれまで発売されていたソフトでもたった数十mぐらいで、何処か狭っ苦しく感じてもいた仕方ない状態を作り出す、そんな物ばかりだった。


 もっと自由に動きたい、現実ではできない事をしたい。
 ゲーマーが、学生が、VR世界に魅せられた者達が待ち望んでいたソフト。
 それが……この、ソードアート・オンライン。

 通称・SAOと呼ばれるそれは、自らが体を動かし、剣士としてレベルを上げて行く、MMORPG。



 一部アイテムなどを除き、魔法の類は大胆にも排除。遠距離攻撃も種類が少なく、また威力が高くないか、格闘戦を視野に置いたものしか存在せず、つまり通常のMMOでも珍しい近接特化型のゲームだという事も相まって、興奮は否応なく増長していった事が窺える。


 数ある微調整、より上の楽しみを手依拠する為のβテストを得て、いよいよ正式サービス開始の日となった2022年11月6日……皆挙ってログインしたのは言うまでもない。


 彼女もそんなプレイヤーの一人なのだが、余りに危機迫り過ぎているように感じられる。
 どんなロールプレイをしようとも勝手ではあるが、それにしたって空気が張り詰め緊迫する様な、まるで『命を掛けているかの様な』行動の裏に、一体何があるのだろうか。



 否……『命を掛けているかの様な』ではない。
 恐ろしい事に、このゲームはログアウト不可能な上、HPが全て無くなると、現実の肉体も死んでしまう―――デスゲームなのだ。
 そう、VRゲーム至上期待の一作は、2022年11月6日の昼過ぎに、冥界への一本道を明確に出現させた、恐怖の牢獄と化したのだ。



 ナーヴギアは頭にかぶるハードで、脳から送られる命令を延髄辺りで遮断、それをアバターを動かす電気信号へと変え、ゲーム内に反映させているという代物。
 それを動かす為にはかなりのバッテリーが必要で、本体の重さの三割はバッテリーセルなのだ……が、これが彼等にとっての“爆弾”だった。

 『殺す』ロジックは原理的には簡単で、いわばレンジで料理を温めるのと同じ事。脳を沸騰させ、焼き殺すのだ。
 そしてバッテリーせるが三割分もあるからこそ、そして電源が繋がれているからこそ、焼却せしめてしまう事も可能なのだ。

 ゲーム内からは何も分からない。本当に死んだのかどうかすらも判断できない。だが、一縷の頼りない望みと、しかと分からされた最悪ならば、どちらへ掛けるのかは明白であった。

 このゲームから脱出する唯一の方法、『浮遊城アインクラッドの百層に到達し、魔王たるラストボスを打倒す』ことを成し遂げる為、今日もレベルの高いプレイヤー達は迷宮区と呼ばれる登場のダンジョンへと乗り出す。


 しかしながら……それでも疑問が一つ。

 クリアを目指すならばいっそ酷いほど慎重に進み、肝心な時に集中力が途切れぬ棟ペース配分に気を付け、パーティかもしくは一人でも確りとして装備を持って挑むのが定石。
 だが細剣使い(フェンサー)の彼女は先の通りな、後先考えていないハイペースな戦いだ。危険にも程がある。


 大ぶりな叩きつけ三回を躱し、高速の《リニアー》を打ち込む攻防を二度行い、『ルインコボルド・トルーパー』を四散させポリゴンの欠片へと変えた彼女は、触れることの出来ない筈なそのポリゴンから見えぬ圧力を受けたかのように、グラリとよろめき壁へもたれ掛かる。


「はぁ……はぁ……」


 やはりと言うべきか、彼女にとってはかなり無理な連戦を強いているらしく、肉体的疲労は無いが精神的疲労が代わりに肉体へ圧し掛かって来るこのゲーム内で、誰もが滅多に上げないであろう荒い息を繰り返し吐いていた。

 現実では柄の方に重心がよっており軽く感じる為連続攻撃に向いている―――SAOでは実際に重量の軽い片手武器である《細剣》カテゴリのレイピアだが、今の彼女はその軽量な得物に幾つもの分銅が付いたが如く、持っているというよりも不安定にぶら下げている状態だ。

 そこまでの状態に陥って尚、未だ戦う事を止める気配が無い。ボロボロにほつれているフードケープを揺らし、僅かに疲労したレイピアを今出せる最高の力で握り締め、壁に手を突いて押し立ち上がる。


「グウウオオオッ!!」
「ッ!」


 唐突だった。背後からコボルドの雄叫びが響いた。

 ……完全に立て直すまでモンスターのリポップが、コボルドを動かすAIが、振り上げられた手斧が待っていてくれる訳が無い。
 原則とも言えない当たり前を忘れるぐらいに、彼女は激しく疲労していたのだろうか。

 それでも彼女は篝火の如く爛々と光る瞳で睨み、レイピアの切っ先を喉下へと向け、右足を動かし地を踏み、己の出せる最も鋭い一撃を打たんと構えた。


 レイピアか、手斧か、少女か、コボルドか、天が勝利のほほ笑みを与えたのは―――


「フグオッ!?」


 ―――どちらでも無かった。


「……えっ?」


 いや、正確に言うならば少女の方に微笑んだのかもしれない。目の前のコボルドはいきなり体勢を崩し、攻撃を止めさせられたのだから。


「オオオォォ!?」


 左足に体重が偏り支えきれずうつ伏せに倒れ、鎧と床がぶつかり合って派手な音を立てたコボルドへ―――次いで間隙すらなく吸い込まれる、鋭く細い薄緑色の光。


「シィィイ! ジェアアッ!!」


 ソードスキルのライトエフェクトが同色の光芒を引き、レイピアとはまた違うサウンドを立て攻撃が二度命中した。

 ソードスキル、そして一応モンスターのモノではない声、自分を掬うように放たれた攻撃。間違い無く他のプレイヤーだ。


 大凡人間が出さない奇声を上げて現れた人物に、何者なのかと姿を見る為視線を合わせて……少女は言葉を失った。


「凡人、じゃあ無し凡獣だあなこりゃ。オレちゃんにゃあ、ちょいと物足りんかね」


 まず背が高いことが驚きを呼ぶ一つだ。190cm代余裕ではあろうかという長身に、おおよそゲーマーでは有り得ない筋肉質な体。
 そして長い手足も、目を引く要素である。

 次に……風かもしくは嵐、そして鳥をイメージしたのであろう刺青が、顔から腕から胸から腹から脚から、それこそ体中にびっしり入っていたのだ。
 こんな奇抜の人物に少女は、ゲーム内外問わず未だかつて出会った事が無い。

 そして次に服装。
 頭にはバンダナをてきとうな感じに荒っぽく巻き、下半身こそ海賊の様なズボンと腰布を巻いているが、上半身は心臓部に胸当てが来る細めな一枚の布以外何も無い……即ち上記の様に記した理由は、彼が実質『半裸』だからなのだ。


 ざっと簡素に挙げても、独特なしゃべり方 + 特徴的すぎる一人称 + 刺青だらけ + 奇声 + 半裸―――特徴があり過ぎるにもいい加減にしろと、そう言いたくなるぐらい濃い人物である。
 疲れが溜まっていなければ、恐らく少女は悲鳴の一つでも上げただろう。


「グギュオオオオッ!」
「あーら、怒ったみたいだわな」


 余りにも口調が軽すぎる。そう思い少女は更に呆けた。
 間違っても命を掛けて刃を合わせるべき場に居るとは思えない……男の得物は刀でも剣でも無く “槍” だったが。

 怒りから勇んで向い来るコボルドへ、男は落ち着きはらいリーチの長さが違う事と、明らかに槍を使いなれている動作で、斧が届く前にコボルドで一撃。
 犬頭の獣人は本人が突撃してきた事もあり、相乗効果で威力が増強、見事後方へ一回転し床を舐めさせられる。

 槍を引き戻したかと思うと既に男は走りだしており、コボルドが起き上がった瞬間ソードスキルが発動。
 槍スキルのニ連刺突で鎧下から直接貫かれて、敵はまともに体勢を立て直す事が出来ない。


「グオオオッ!!」
(来た……三連撃……!)


 コボルドは高々と肉厚の刃を振り上げ、少女も散々対応してきた、手斧による三連撃を繰り出して来た。
 これを避け切れば大きく体勢を崩し、攻撃に対して何も出来ない恰好の的となる。


 なのに、男は槍の柄尻を地面に軽く打ちつけ、ニヤリ笑ったまま避けようとしない。一体何をするつもりかと少女が身をを乗り出したのと、コボルドが斧を振り降ろすこと。


「ほれっと」


 男が槍を回して斧の軌道を変え、自ら動くこと無く近くへ着弾させたのは同時だった。
 そこで終わらず男は斧の上に脚を乗っけて、相手が振りあげるのに合わせて跳躍。


 コボルドの頭を一度蹴って背後に降り立つと、がら空きとなった項へ突きこんだ。
 対するコボルドも姿を捉えんと向きを変えるのだが、彼が背後に居る所為で振り向く方向を誘導させられ、結果振り上げに合わせて足払いをかまされる。


「ギュオッ!?」
「おっと、まだ終わりじゃーないのよ」


 右方に陣取ったまま言葉通り、今度は槍を棍の様に扱い横薙ぎにするソードスキルを発動。
 倒れ込む後頭部を迎え撃つように一発、無理矢理立たされたコボルドの顔面側へもう一発叩きこんだ。


「ギュゴ―――――」


 そこでモンスターのHPは底を尽き、カシャアァン! と音を鳴らして体を爆散させポリゴンの破片となって……やがて消えて行った。


「フゥ~……」


 戦闘が終わるや否や男は壁にもたれ掛かる。

 ポーチへ手を忍ばせ、そこからパイプらしきストローにも似た、先端から五分の一辺りまでが一回り太く、そして若干上方へ曲がっている、細長いブルーベリー色の筒を取り出して口に咥える。

 一旦口から外して濃く青い煙を吐き出しながら、もう一度パイプを口へ持っていき、それを咥えたまま少女の方へと顔を傾けた。


「……お前さん、大分物騒な戦い方だったじゃないよ、ありゃ」


 先の戦闘を見ていたのだろうか。そうなると戦ってからコボルドが現れるまでの数十秒の間に少女を見つけた事になるが、そこで声を掛けなかったのは知らない人物であるし当たり前の事。

 だからこそ少女は、先まで影も形もなかったのが一体何時の間に、近い位置まで駆け抜けてきたのかを気にせず、男の発言に答えた。


「貴方には関係ないでしょ……他人なんだから」
「ん、まあそうだわな、けれども非効率だ。帰り道がしんどい事んなるが?」


 独特な話し方の所為で少し反応が遅れたが、少女は自分なりに彼の言葉を理解し、答えても不利益は無いと踏んだか口を開く。


「問題無い、わ。帰らない……から」
「帰らねーと? 睡眠に薬の補給、武器の修理は?」
「ダメージさえ受けなければ、薬なんていらないわ……武器なら同じものを、五本買って来てある……睡眠は、安全地帯で取ってるわ」


 安全地帯とは文字通りモンスターの出現し無い場所の事で、アイテムの確認にパーティーの呼吸整え、一時間程の小休止にはもってこいだ。
 だが、モンスターの咆哮に剣檄の音は断続的に響き、熟睡などはとても無理。

 目の前の少女はそこまで豪胆には見えない為、だからこそ疲れが酷く溜まっているのだろうと推測できる。


「あんな戦い方しとったら、お前さん何れ死ぬぞ?」


 肯定しているのか否定しているのか、そこまでいまいちよく解らない男の、初めて明確な意思を持った言葉。
 それに少女は数秒溜めてから、寄り感情の籠った声音で告げる。


「どうせ……どうせ、みんな死ぬ、のよ……」
「……」
「このゲームが始まってから一か月、それだけで二千人近くも、命を落としたわ。……にもかかわらず、第一層すら突破されていない、じゃない……このゲームはクリア不可能なのよ。つまり後は、何処でどう死ぬか、早いか遅いかが違う―――」
「お?」


 そこで唐突に言葉が途切れた事を不審に思った男が、壁にもたれ掛かるのを止めて数歩歩くと、ふらりと体を揺らして糸の切れた人形のように、少女はくずれて倒れ込んだ。

 少女が暗くなる視界の中、最後に思った事柄は、


(仮想世界で、気を失うなんて……一体どんな仕組みなんだろう……)


 至極如何でもいいであろう些事と、


(此処で、私は死ぬんだろう……な)


 諦観が占めた文句だった。




 倒れる、倒れて行く感覚の中、少女は何度もある文章を、頭の中で反復していた。



 これはゲームであるが故に『総重量』が決められており、アイテムや装備にその場限りのオブジェクトからアバターまで、そこまでの重量を超えると持てなかったり動きが鈍くなったりする、正しくゲームだからこその制限が設けられている。

 なので超が付く程アイテムに無頓着なプレイヤーでもなければ、倒れ込んだ者を支える事こそ出来れど、持ち上げて安全な場所まで運ぶ事など、現時点では絶対に出来ない。


 何より自らの命を危険にさらしてまで、見ず知らずの他人の命を助ける筈など―――


(……?)


 ―――とそこまで思考が進んでから、やっとこさ少女は自分に起きている異変に気が付いた。


(……生きてる……? それに此処は、迷宮区の外……?)


 今彼女が寝ているのは砂交じりの冷風が撫でる、迷堅い石造りの床の上では無く、穏やかで温かな風の撫でる、森林の柔らかい地面の上。
 明らかに迷宮区の外だ。

 今居るのはイバラと大樹に囲まれた空き地らしく、夕時近くの少々強い日差しが木々を照らし、苔がそれらを反射していた。

 少女は上半身だけ起こして目を閉じる。

 何故迷宮区で倒れた筈の自分が、何時の間にやらそこから離れたにフィールドに居るのか、考え―――――そして、一つの答えに辿り着く。



 その答えの主を探すべくゆっくりと顔を動かせば……そのお目当ての人物は、気を失う前と同様、ブルーベリー色のストーローにも似たパイプを咥えたまま、木の根に腰掛けていた。

 
 

 
後書き
 ガトウさんは浅黒く、コチラは黒人の様に黒い……ですので、どちらも日に焼けてはいますが濃さが違います。
 
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