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物の怪

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1部分:第一章


第一章

                         物の怪
 文衛門が家を出ようとした。しかし外は生憎雨だった。
 彼は江戸で商いをしている。商売は豆腐屋だ。一応生きられるだけの売り上げはある。しかし家をかなり大きくした祖父の頃と比べると少し寂しい感じだ。店だけやけに大きく見えるものになってしまっている。
 それでまず出したのは溜息だった。
「やれやれ、雨だねえ」
「傘あるわよ」
 家の奥から女房のお桂の声がしてきた。
「それあるから大丈夫よ」
「蓑はあるかい?」
「あるわよ」
 そちらもあるのだという。
「それもね」
「そうか。じゃあどっちにしようかな」
「どっちでもいいじゃない」
 また奥から女房の声がしてきた。
「あんたの好きなようにね」
「そうだな。そうするか」
「そうしたら?」
「じゃあ傘にするか」
 文衛門はそちらにすることにした。
 そうして傘を手に取ってみる。それから家を出ようとする。
 そして傘を広げたその時だった。
「んっ!?」
 持つ場所を見る。すると。
 何と普通ではない。足がそこにあった。しかも男の逞しいその一本足だ。脛毛が生えておりそのうえ指まである。筋肉がやけにしっかりしている。
 その足を見てだ。文衛門はまずは我が目を疑った。
 それで一度目をつぶってそれからもう一度見る。するとまだその足があった。
「足!?どうなってんだこれは」
「あはは、引っ掛かった引っ掛かった」 
 今度はすぐに声がしてきた。
「引っ掛かったよこの人」
「な、何だ!?」
「この人引っ掛かったよ」
 するとであった。傘が急に自分から動きだした。そうしてその傘がだ。
 文衛門の手から離れてそのうえで暴れだした。見れば傘から一つ目と口、そして小さな両手があった。その姿はよく浮世絵等で見るそれであった。
「手前、化け物か!」
「化け物じゃないよ物の怪だよ」
 傘は彼の前を跳ねながらだ。楽しそうに言ってきたのだった。
「僕は物の怪だよ。から傘だよ」
「物の怪!?やっぱり化け物か!」
「だから物の怪なんだって」
 こう言う彼であった。
「僕はね。それなんだけれど」
「手前、何時の間に家の傘とすり替わったってんだ」
「ああ、傘は傘だよ」
「何っ!?」
「僕はあの傘だよ。随分長いこと使われてたからね」
 しかしから傘は笑いながら話してきた。その口からやけに長い一本舌が見える。
「それでこうなったんだよ」
「長いこと使ってたら物の怪になるってのか」
「そうだよ」
 こう言うのである。
「それ知らなかったかな」
「そんな話知るものかよ」
 むきになって返す文衛門だった。
「ものが化け物なんてなるかよ。そんなことはよ」
「だから僕がそうなんだけれど」
「嘘つけ、それだったらな」
 彼はすぐに蓑を取ろうとする。丁度手が届くところに掛けられている。それを着ようとする。
 しかしであった。その蓑もだ。彼が触れるとすぐにこう言ってきたのだった。
「ほれ、ものは粗末にするものではないぞ」
「げっ、今度は蓑が」
「折角ここまで長い間使ってきたのじゃよ」
 蓑からの言葉だ。
「それだったらのう」
「まさか蓑もか」
「うむ、そこのから傘と同じことよ」
 蓑は自分から動きだしてきた。何故か火を出してきていて宙をふらふらと漂う。蓑もであった。
 
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