魔法少女リリカルなのは~過ちを犯した男の物語~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
三話:疑問
「さて、まずは何から話そうか」
ヴィクトルは昼食に作ったうどんの空になった器を静かにテーブルに置きながらそう、語りかける。フェイトとアルフは直ぐにでも聞きたかったのだが、麺が伸びると不味いので先に食べていたのである。そして、今ようやく食べ終わったので質問タイムの始まりなのである。
「何で、あんたはアタシ達に黙ってつけてたんだい? 分かってたんなら聞けばよかっだろ」
「黙ってつけたのは真実を知るためだ。君はともかく、フェイトは素直に話すかどうかが分からなかったのでね」
アルフの問いに答えたその言葉にフェイトは思わず赤面してしまう。実際のところ、彼女はヴィクトルにバレた場合はなんとかして誤魔化そうと考えていたのだ。これはヴィクトルに心配させたくないという彼女なりの配慮であったが、こういったものは本当のことを知らない方が余程心配になるということを幼い彼女はまだ理解できない。
「黙ってた理由は分かったよ。じゃあ、次に何で、実力を隠してたんだい?」
「別に隠していたわけではないのだが……この世界に来てから戦う機会が無かったので見せなかった。怪しいかもしれないが理由としてはそれ以外にはない」
そう言って、肩をすくめてみせるヴィクトルにアルフは少し考えるが、元々考えるのは得意な方ではないのでフェイトに判断を委ねることにして自身は考えるのを止める。そんな気持ちを汲み取ったフェイトはヴィクトルをじっと見つめながら考える。信用できるかどうかを。そして、あの自分を抱き締めてくれた優しさを思い出す。嘘偽りなどないあの暖かさ……それをフェイトは信じることに決めた。
「私はヴィクトルさんを……信じます」
「フェイトが信じるならアタシも信じるよ」
「ありがとう……信じて貰えるというのは嬉しいものだな」
二人の言葉に思わず泣きそうになってしまいそうになりながら彼は礼を言う。ずっと娘を騙してきた彼にとっては無条件で信じて貰えるということは何よりも嬉しく辛いものであった。そんな彼の気持ちは仮面の下に隠れて二人には伝わらなかったが暖かな空気だけは感じとることができた。
「あ…ヴィクトルさんはどうしてそんなに強いんですか?」
「どうしてと言われてもな……まず、私はこの世界に流れ着くまではエージェントという職業に就いていた」
「エージェント…?」
エージェントという聞き慣れない職業に小首を傾げるフェイト。そんな可愛らしい様子にヴィクトルは微笑みを浮かべながら説明する。
「エージェントというのは私の居た世界にある大企業の職員のことでね、通信エージェントや医療エージェントなど様々な分野で働いている者のことだ。その中でも私がいた分野は戦闘関連の仕事が多くてね。その結果、私は強くなれたというわけだ」
「エージェント……なんだか、カッコいい…」
フェイトの言葉にヴィクトルは笑みを深める。気分としては子供にパパのお仕事ってスゴいんだね、と誉められた父親そのものである。実際、エージェントという職業は相当な名誉な職業で彼の故郷であるエレンピオスではエージェントというだけで一目置かれる存在である。
詳しく説明するとエージェントとはクランスピア社―――通信や医療など様々な分野でトップシェアを誇り、何よりも迅速な方針転換によって常に世界の趨勢を見極めて、ほぼ業績トップ独走状態の経営を維持し続けている巨大複合企業で。その中で活動する、それぞれの専門分野を受け持つ職員のことである。
また、その分野のリーダーとなる人物は『トップ』更にすべてのエージェントの中で抜きん出た成績を持つ者に『クラウン』の冠詞が与えられクラウンエージェントと呼ばれる。この称号は、ヴィクトルの兄であるユリウス・ウィル・クルスニクが保持していた。因みにだが『クラウン』の上を行く最高のエージェントの称号こそが彼が名乗っている『ヴィクトル』なのである。
先代の『ヴィクトル』は彼の父親であると共に、クランスピア社の社長であったビズリー・カルシ・バクーであったが、彼が父を殺した時にその称号を受け継いでいる。さらには、彼は一介のエージェントではなく、副社長だったので、表向きにはクランスピア社の社長の座も受け継いだのだが、その地位は肩書きだけのもので彼自身が社長として働いたことは無かった。
「ふーん、それであんたは強かったのかい。魔法もないのに良く戦えるよ」
「むしろ、私からすれば魔法という物の方が異質だ。私の世界にもそれと似た『精霊術』と呼ばれるものがあったが、君達のような科学的な理論から成り立つ物ではなかったからね」
「なんだいそりゃ? 面白そうだし、見せてくれないかい」
「残念だが、私にはその適正がなくてね。お見せすることは出来ない」
精霊術というのは、リーゼ・マクシアに住む人々が使う、精霊の力を借りた術の事である。個人差にもよるが、素手で人を容易く殺すこともできる力は精霊術が使えないエレンピオスに住む人々にとっては恐怖の対象となり、リーゼ・マクシア人への迫害に変わった過去もある。
だが、それが、エレンピオス人がリーゼ・マクシア人に劣る理由にはならない。ヴィクトルしかり、かつて共に旅をした仲間にしろ、精霊術など使えなくとも圧倒的な力を持つ手練れはごまんといる。
何より、ヴィクトルはかつての仲間であるリーゼ・マクシア人の中でも一番といってもいいほどの手練れ達を一人で皆殺しにしたのだから。最も、自分には『骸殻』の力があったから勝てたのだろうとポケットの中にある黄金の懐中時計を触りながら彼は心中で一人呟く。
「そう言えば…ずっと聞きたかったんですけど……」
「なんだね、言ってごらんなさい」
何やら、言い辛そうに口をモゴモゴさせているフェイトにヴィクトルは優しく穏やかな声をかける。そんな声に勇気が出たのか、フェイトがか細い声でヴィクトルに尋ねる。
「ヴィクトルさんは……元の世界には帰りたくないんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ彼の顔が動揺で歪むが、それは顔を隠す仮面と大人になって身に付けられたポーカーフェイスでなんとかフェイトに隠し通すことが出来た。フェイトはずっと不思議だったのだ。何故、彼は自分の元居た世界に帰りたいと言わないのかと。
彼は恐らくは次元漂流者と言われる類の人間だろう。そういった人間の保護は本来なら時空管理局と呼ばれる次元世界を管理・維持するための機関の仕事なのだが、生憎、今の自分達のやっている行動はその管理局に敵対する行為なので間違っても頼ることは出来ない。
しかし、何も知らないヴィクトルに存在を教えるだけならまだ大丈夫かもしれないという理由もあって自分達がやっていることをヴィクトルに教えないのだ。だが、そんなフェイトとアルフの気遣いも虚しく、ヴィクトルは一度たりとも元いた世界に帰りたいと言うどころかその素振りすら見せないのだ。その事に以前から疑問を抱いていたのでこの機会に問いただしたのである。
「……私は帰りたいは思わない」
「どうしてですか?」
なおも訪ねて来るフェイトの目が真っ直ぐ見つめられなくなり、ヴィクトルは顔を俯かせ、切なげな表情を浮かべる。帰る場所というのは、誰かが自分を待ってくれている場所である。それが彼の思う帰る場所である。だが彼には―――
「お帰りと言ってくれる人がいないから……かな」
「え……」
その言葉に絶句するフェイト。その返事に冷たくなった空気を変えるためにアルフはそんなことは無いとばかりにヴィクトルに問いかける。
「仲間とか家族がいるんじゃないのかい?」
「仲間も、父も母も、そして兄も妻も、皆……死んだ……どこにも居ない」
その返答にアルフは血が凍り付く様な感覚に陥ってしまう。いくら何でもそれは辛すぎる。自分の大切な者を全て失った彼は一体どれだけの絶望の中で生き続けて来たのかは彼女にはとてもではないが想像できない。それに彼は死んだと答えたが正確には殺したである。
母だけは彼が幼いころに死んだので彼が手をかけたわけではないが、実は腹違いの兄であるユリウスが息子を狙った、追ってだと誤解されて襲い掛かって来たヴィクトルの母を誤って殺してしまったのである。その事からも彼の人生が如何に血に塗れているのかが分かるだろう。
そして、なによりも彼の帰るべき世界は比喩抜きで壊れてしまったのだ。彼の居た分史世界という存在は、時歪の因子と呼ばれる核を壊されると共に消滅する仕組みなのだ。彼の世界の時歪の因子は何を隠そう、彼自身だったのである。
その為にこうして彼は生きてはいるものの彼の世界は本物の“ルドガー”の骸殻によって間違いなく壊されてしまっただろう。だからこそ、彼は帰りたいとは思わないし、帰りたくとも帰ることは出来ないのだ。
「ご…ごめんなさい。……辛いこと聞いて」
「……ごめんよ」
「気にすることは無い。以前は認められずに取り戻したいと足掻いていたが……現実を今は受け入れられている」
彼の言葉を目の前の二人は変わらずに悲しげな表情で聞いていたが、二人を監視するために施した魔法からその言葉を聞いたある女性は動揺が隠せなかった。自分が決して認められずに足掻いている物事を諦めるのではなく受け入れていると話す男にどうしても感情が押し殺せなかった。一度胸に渦巻いた不快な感情は収まること無く、女性の心を乱した。そして、女性はある決断をして、フェイトに連絡を入れる。
「……え? お母さん。……ご、ごめんなさい。それで、何か―――え?」
フェイトは驚きで目を丸くしながら、ヴィクトルの顔を見つめた。それに対して何かあったのかと尋ねる様に見つめ返すと、フェイトが戸惑いながら何があったのかを伝えて来た。
「お母さんが…ヴィクトルさんに会ってみたいって…言ってる」
ヴィクトルはフェイトの母親に会うためにフェイトとアルフに連れられて『時の庭園』と呼ばれる次元間航行も可能な移動庭園にいた。元は明るい空間であったのかもしれないが今は主の心を映し出すかのように暗く重い雰囲気を漂わせている道を歩いていき、ある部屋の前で立ち止まる。フェイトの母親が二人には入るなと言っているので二人の案内はここまでだ。
「あの鬼ババァに殺されないように気をつけなよ」
ヴィクトルの身を心配したアルフがフェイトに気づかれないようにソッと耳打ちしてくる。ヴィクトルはそれに対して基本フェイトを中心にして動いているアルフがフェイトの慕う人物をこれ程までに毛嫌いしているということはフェイトの母親が娘であるフェイトに対して虐待にも近い厳しい態度をとっているのかもしれないと予想をたて、少しだけ悲しい気分になる。
「それでは、失礼するよ」
ヴィクトルが軽くノックをしてから部屋に入る。すると、それと同時に紫色の電撃が彼の顔目掛けて襲いかかってくる。だが、彼はそれに対してまるで分かっていたとでも言わんばかりに軽く頭を傾けるだけで回避する。そして、それを放ってきた人物の座った玉座のような椅子の元に何事もなかったかのように歩いていく。
「あなたがプレシア・テスタロッサで間違いないかな?」
「……そうよ、私がプレシア」
「ヴィクトルだ。この度の、ご招待感謝するよ」
ヴィクトルは軽く礼をして、緩やかにウェーブの掛かった長い黒髪に前面を大胆に開いたバイオレットのドレスと、肩に羽織る黒いマントでは隠しきれぬ柔らかな曲線を描く豊艶なスタイルに、左目を覆う髪では隠しきれぬ知的さを醸し出す色白の美貌を持つ女性、プレシア・テスタロッサを見る。
普段ならば目を見張るような美女なのだろう。だが、今の彼女の顔は青白くとても健康そうには見えない。なにより、化粧で隠してはいるが以前の彼の顔にも浮かんでいた死相が見て取れるのだ。もう、長くはないだろうなと彼は内心で顔をしかめる。
一方のプレシアの方も目の前に立つ男を注意深く観察していた。相手の出方を探るために放った自身の牽制の一撃を事もなげに避けたどころか、それを咎める事すらしない落ち着きがプレシアにとてつもない不気味さを感じさせた。
この男はひょっとすると弱り切った自分では手も足も出せない人物なのではないかという弱気な考えが一瞬彼女の頭をよぎるがそれをすぐに振り払う。自分はただ、体が弱くなって気も弱くなってしまっただけだと言い聞かせて、出来るだけ余裕のある声で問いかける。
「どうして、フェイトの元にいるのかしら?」
「行くあてがないのと、助けられた恩を少しでも返す為だ。……だが、あなたが本当に聞きたいことはそんな事ではないだろう?」
少したりとも言いよどむことなく答えられた予想通りの返事にプレシアが反応するのを待つこともなくヴィクトルは全てを見透かすような瞳で逆に問いただす。その瞳に彼女は不快感と同時に、理解者が居るという少しばかりの喜びを感じる。彼女は余りにも長い間、孤独な生活を送っていた。その為に対等に話すという事自体かなり久しぶりだったが故にそう感じたのである。だからこそ、彼女は戸惑うことなく本当に聞きたいことを彼に問うた。
「どうして、あなたは諦められているのかしら?」
仮面の下に隠れて見えないが少し苛立ちの籠った自分の言葉に彼がハッキリと眉をひそめているのが彼女には雰囲気で分かった。何を諦められているのかを彼女は言ってはいないが目の前の男が、自分が何を言いたいかを理解できない程愚かとは到底思えなかった。
今まで傀儡兵を使ってそれとなく男の様子を観察していたがフェイトとアルフに関わっている時はまさに父親のような優しい顔を見せるが一人でいる時は冷たい無表情でいることを彼女は知っていた。
そして、一度だけではあるが間違いなく傀儡兵を鋭い眼光で射抜いていた出来事があったのをしっかりと覚えている。それ以来、彼を危険視してきたのだがフェイトとの会話を聞いてどうしても同じような境遇の人間に聞いてみたいという気持ちが抑えきれなくなったのだ。
「……あなたと私はよく似ている。あなたも大切な者を全て失い絶望したのだろう?」
「あら……その根拠がどこにあるのかしら」
「隠しても無駄だ。私はあなたと同じ目を何度も鏡の前で見て来た。世界のすべてに希望を見出せなくなり、過去にすがるしか出来なくなった、生きながらにして死んでいる人間の目をな」
そう言って、ヴィクトルはプレシアの目を覗き込む。宝石のように美しい瞳ではあるがそこには宝石を輝かせるべき光が一切見受けられない。これは空虚なガラス玉という方が正しいかもしれない。その目に映されているものは在りし日の思い出だけだ。
その事に彼はかつての自分を思い出して悲しげに左目を揺らめかせる。そんな彼の目は彼女を苛立たせた。まるで、自分の行く末を知って悲しんでいるように見えて、自分が必ず失敗すると言われているような気分になって。
「御託はいいから、早く私の質問に答えてくれないかしら?」
「あなたに残された時間が少ないのは分かるが、人の話はそう急かすものではないさ」
「っ! どうして、それを!?」
「言ったはずだ。あなたと同じ目を私は何度も鏡の前で見て来たと」
苛立ちを隠そうともせずにプレシアは彼を急かしたが、自分が病魔に侵されて先が長くないことを言い当てられて、その表情に焦りを見せ、反射的に魔法を使おうとするがその手は彼に優しく抑えられてしまう。そして、その行動とは似つかないドスの利いた声で宣告される。
そのことに彼女らしからぬ表情で呆気にとられて彼を見つめると彼は彼女の手を抑えている手とは別の方の手で仮面を取り外し、その顔を彼女に見せつける。彼女はその顔を見て息をのむ。元々は端正な顔立ちであったのだろうと伺える顔のエメラルド色の目を持つ左半分は特筆するべきことではない。
しかし、その右半分はもはや人間の顔だとは思えなかった。本来白いはずの肌はどす黒く染まり、右目の黒目の部分は血のような赤色で白目は黒く染まっていた。一言でいえば化け物とも言える顔である。彼女はその人間とは思えない顔つきに声が出ずに金縛りにあったように見つめる事しか出来ない。
「これは私が一族に伝わる力を酷使したための代償だ。これのせいで私の寿命は半分以上が削られてしまってね。故に私も前はあなたと同じように焦っていた」
「………血を吐いたりは?」
「前は毎日のように吐いていたさ」
「そう……本当に似ているわね」
ヴィクトルの言葉に溜息を吐く様に呟くプレシア。こうも、置かれた状況が似ているにも関わらずになぜ、ヴィクトルの方は憑き物が落ちたような顔をしていられるのだろうと思うが、すぐにそれは彼がありのままの現実を受け入れたからだと気づき。自分には無理だろうなと彼女は悟ったように目を閉じる。同時になぜ前と言ったのかとも疑問に思うが知った所で意味の無い物だと判断して何も言わないことに決めた。
「大切な者を取り戻すのを諦めた理由だが……それを言う前に、あなたに頼みたいことがある」
「何かしら? 無理な物は無理と言わせてもらうわよ」
「そんなに難しい物ではない。ただ、私にフェイトとアルフの手伝いをさせて欲しいのだ」
その言葉にプレシアは目を見開く。何かしらの交換条件を求められるかと思えば、こちらの仕事を手伝わせて欲しいと明らかにこちらに有利な条件を無償で突き付けて来たのだ。深く考えない人間であれば疑いもせずに受け入れるかもしれないがプレシアは聡い女性だ。只より安い物はない。そのことを良く知っているために疑いの眼差しを隠すこともなくヴィクトルに問いただす。
「何が目的?」
「目的などという大したものではない。子供を守るのは大人の役目……それだけのことだ」
裏も何もなく答えた彼の言葉にプレシアは、自分が少しばかり惨めに思えて来た。フェイトを創り出した自分より、余程親のようではないかと思わされ、何故か無性に腹が立ってしまったので投げ槍気味に彼の申し出を了承する。
「いいわ、勝手にしなさい。内容は後であの二人に伝える様に言っておくわ」
「感謝するよ。それでは、理由を話すとしよう……理由としては―――娘に私の願いを拒絶されたからだ」
「…っ! そう……どうして拒絶されたのか聞いてもいいかしら」
「至極簡単な理由だ。愛する娘を偽物扱いし、挙句の果てには『思い出なんて、またつくればいい』などという馬鹿な言葉を投げかけたからだ」
懺悔するようにヴィクトルの口から吐かれた言葉にプレシアは動揺を隠せなかった。考えたことがないわけではない。彼が生き返らせようとしている娘、アリシア自身に自分がやっていることを否定されることを。それでも、娘に失った幸せを得て欲しいという願いから彼女は止まることはしなかった。
その結果がフェイトという人形の完成だ。アリシアの偽物として生み出し、挙句の果てには代わり等いくらでも作れるとばかりにアリシアの記憶を植え付けてしまった物。果たして、彼女が、それはアリシアではないと気づけたことは幸運だったのか、不運だったのかは誰にもわからない。
「例え生まれ変われても、その先に居るのは……私の娘ではなかったというのにな」
「生まれ変わるですって? そんなことどうやって成し遂げるつもりだったのかしら」
「どんな願いも一つだけ叶えてくれる場所……『カナンの地』。私はその場所を目指した、娘の愛情すら利用してな……」
深く、深く、懺悔するようにヴィクトルは目を瞑りながら答える。その答えにプレシアは、今度は笑いそうになってしまう。似ているとは思ったが余りにも自分と似すぎているのだ。フェイトを娘として認める事などしたくもないが、今もその愛情を利用してジュエルシードを回収させ死者蘇生の秘術を求めて忘れられし都『アルハザード』を目指している最中なのは事実だ。
自分達の間に違いなど殆どないのかもしれない。そう思うと酷く愉快な気分になった。どちらも、親という人種からすればもっとも忌むべき存在だというのに子の親なのだ。何とも皮肉な物だと内心で嘲笑する。
「さて、話は終わった。二人が待っている。そろそろ私は行かせてもらうよ」
「そう、あなたについてもう少し聞きたかったのだけど」
「また、来ることになるだろう。そんなに焦る必要はない」
「そうね……また、会いましょう」
ヴィクトルは仮面を手に取り、再び着け直して部屋から出て行く。その後ろ姿を見ながらプレシアは思う。なぜ、彼は偽物であっても娘を愛することが出来たのかと。そして、それが分かれば何かが変わるのではないかとそう思わずにはいられなかった。
後書き
プレシアさんを救うことが出来るか……。
ページ上へ戻る